第8頁 I have no choice but to go.
デメルザ達はアトメティア国王・バルサートの頼みを聞き、メルベスという男の協力を得て洞窟に住む怪物を倒さなくてはならなかった。しかし、メルベスが答えを出すのに時間を要した為、その使命は妨げられつつあった。そして彼らは、メルベスの答えを聞く為に、今一度彼の住まう小屋へと集まっていた。
「さて……。」
メルベスはテーブルに肘をつきながら、静かに切り出した。
「結論から言えば、お前達に協力してやる。洞窟に行くぞ。」
メルベスの言葉に、デメルザ達は安堵と共に驚愕を覚えた。
「1晩で心変わりか?人を外に放り出すとそうなるのか?」
デメルザは苛立ってつま先でコツコツと床を叩く。オーシャルは腹が立った様子で彼女を指差しシーラを見るが、シーラの方は手を振って止めた。
「いや……。今後起こるであろう事を考えるに、お前達に任せるのが最善と見た。互いにその方が都合がいいはずだ。」
この時、彼のそばに立っていたフィオナの顔が、僅かながらに曇った。
「じゃあ、すぐに出ますか?」
シーラがさっぱりとした口調で言うと、メルベスは気持ちゆっくりと頷いた。
「ただし、だ。最低限これだけは守れ。
絶対外に出すな。」
4人は如何わしい表情を浮かべるが、すぐにメルベスが話を続けた。
「言っておくが、あの人はかなり危険な状態になっているはずだ。長い間様子を見ていないから何とも言えんが、民衆に被害が及んでは困る。それに、私も亡骸は見たくない。」
メルベスの顔に影が差した。
「だから、洞窟の中で仕留めろ。お前達が中にいる間も入口は封じておくが、まぁ、戸を叩くなり何なりで合図を送れ。」
そう言うとメルベスはマントと剣を2振り、そして棚の引き出しから小さな鍵を取った。
この日は気持ちのいい朝だった。黒い夜の辛気臭さは何処へやら、爽やかな風が草の匂いを運んでくる。柔らかい陽の光が辺りを暖かく包み込み、1日中ベッドから出られない病人でさえ思わず飛び起きてしまうであろう、そんな朝だった。平原に並ぶいくつもの丘を遠くから見ると、微かに建物の陰が見え、そこに息づく文明を眺める事が出来た。このまま「アトメティアぐるっと1周・ツアー」を開催してもいいのだが、デメルザ達が命を懸けている間に呑気に観光もしていられないので、洞窟に着く直前まで割愛しよう。
一行が東の方へ向かい歩き続けると、やがて切り立った崖が行方を遮った。この崖の高い事、町のある丘と同じくらいの高さを誇っていた。この崖沿いにずっと北へ歩いていくと、石造りの巨大な2枚扉が現れた。手を掛ける部分があるので、左右に開くようだ。
「うぉぉぉ!なんじゃこりゃ。」
オーシャルが感嘆の叫び声を上げる。扉は南京錠付きの──小さな宝石箱に使うくらいのサイズだった──鎖で施錠してあったが、これを外した所で扉が開くようにも見えなかった。
「これ……開くの?」
マリーナがこっそりとフィオナに尋ねると、フィオナはそんなに得意気でもなさそうに答えた。
「見ていれば分かりますよ、ほら。」
その間、メルベスは小さな鍵を使って南京錠を外すと、爪の先で扉の手持ち部分を軽く弾く。すると辺りに、金属を叩いたような鈍く、大地を揺さぶるような音が鳴り響いた。いや、実際に大地は揺さぶられているように思えた。思えただけであるが……。
「開けるぞ。」
メルベスは静かにそう言うと、扉を左右に引いた。すると重そうな石の扉が、まるで宙に舞う羽根を払うかのような力の入れ具合で、簡単に開いたのである。扉は音もせず、両脇の岩壁に消えていった。
「もう一度言うが、外には出すなよ。」
「分かってるよ!何度も言う──。」
「おい。この先、海あるのか?」
デメルザが深刻な顔つきで尋ねた。確かに奥からは風が吹いており、微妙に潮の匂いもする。
「そうだが?」
メルベスは無表情で答えた。デメルザは眉間にしわを寄せる。
「そうだが?じゃねぇよ。その怪物さんが泳いで行っちまってたらどうすんだ?」
「泳げない。水には触れられないから安心しろ。」
「え……。」
あまりの乾いた対応に、流石のデメルザ・ドゥリップも困惑した。この対応の不自然さに気がつくのは、もう少し後だったのだ。
「あとさ、ソイツってどんな見た目なの?普通にここに住み着いてるのと、なんか違う?」
この問いに、メルベスは顔をしかめて少し考えてから答えた。
「あまり言いたくないな……。まぁ、“あ、コイツ絶対この世の生き物じゃないな。”と思ったら、それだ。」
「いいの?それで。」
「
デメルザはやはり戸惑いつつも無理に納得し、フィオナの応援の言葉と共に4人は洞窟内へと入っていった。
洞窟内は外とはうって変わり、暗く湿っぽい空気に覆われていた。辺りで何かがガサゴソと動く音や、雫が落ちる水音が響き渡る。
「さぁて、何はともあれ行くしかな──おぉう!!?」
突如後ろで硬いもの同士がぶつかる音がしたかと思い振り返ると、たった今入口が閉ざされたのだと分かった。
「うるせぇよ!!!」
デメルザが扉に向かって怒鳴りつけた。その声も、威力を弱めながら静かな空間に消えていく。
「開けた時と同じかんじで閉めらんない訳?」
デメルザが振り向いて言うと、シーラが軽い態度で答えた。
「難しいんじゃない?」
4人は前へと歩き出した。洞窟は広いものの一本道だ。不気味な音が鳴り響く中、4人はしばらく黙って歩いていたが、突然、松明を持っていたオーシャルが口を開いた。
「あのさ、怖い話しようぜ。こんなとこ歩きっぱなしじゃ、つまんねぇよ。」
デメルザは賛成するが、シーラは呆れて首を横に振る。
「ふざけるなよ。遊びに来てるんじゃないんだぞ。」
案の定、オーシャルは怒り出した。
「うっせぇ!!そういう奴は別に参加しなくて結構ですので!」
「いや、そうじゃなくて──。」
「決定事項ですから!はいっ!!」
オーシャルは手振りで拒否を表した。シーラの方は舌打ちしてからマリーナと話し始める。
「どう思うアレ?」
マリーナはさして興味がないようで、流すように答えた。
「好きにさせとけば?」
そして、オーシャルとデメルザは怖い話大会を始めた。
「どっちから行く?」
オーシャルが言うと、デメルザは高々と手を挙げた。
「OK!あたしからな!えーっとですね……、むかーしむかし、ある所にシーラ・クロックメイカーという真面目ぶってるアホな男がいました。彼は洞窟に入っている間に、お金を失くしてしまいました。お金はどこに──?」
真面目ぶってるアホなシーラは全てを察し、顔を引きつらせた。
「ちょっと待てよ……。」
「そう!お金はここでしたぁー!!」
デメルザは初めてシーラと出会った時のように、小さな袋を振ってみせた。相変わらず金属のぶつかる音が小さいので、銅貨3枚が入っているのだろう。
「あぁ、忘れてた!コイツ!!」
シーラが怒鳴ると、デメルザは笑いながら洞窟の先へ走っていってしまった。
「待て!!!」
シーラも後を追いかけ、オーシャルもそれに続いた。
「えっ!?ちょっと待ってよ!」
3人の姿はあっという間に見えなくなり、その場にはマリーナだけが残されてしまった。松明もオーシャルが持って行ってしまい、マリーナは完全な暗闇に包まれたのだ。
「もう!揃いも揃ってアホしかいないじゃない。全く……。」
マリーナは一通り愚痴をこぼしてから、暗闇に向かって「おぉい」と叫んでみたが、返事はなく、風の吹く音と、相変わらずの不気味な音、そして反響した自分の声が響くだけだった。
「仕方ないから行くわよ。仕方ないから!!」
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