第9頁 I'll go back.
洞窟内──。
「17年前より突如現れた恐ろしき殺人暗雲。30日に1度ナプティアを覆い尽くすそれは、人々にただならぬ恐怖を与えた。我々、“暗雲撲滅班”は、その行方を突き止めるべく旅をし、道中、アトメティア王国のとある洞窟で、怪物退治をする事となった。その怪物とは一体何なのか?そして、我々は無事、暗雲を消し去る事が出来るのか!?」
マリーナは1人、ひたすら壁を伝って前へ進みながら、こんな事を呟いていた。彼女を置いて走っていった他の3人の姿と明かりは、とっくの昔に闇の中へと消えたまま、戻ってくる気配すら見えない。
「……馬鹿馬鹿しいわね。」
マリーナは奇行に走る自分に嫌気が差し、ため息をついた。そして、目の前の吸い込まれてしまいそうな闇に向かって声を掛けるも、帰ってくるのはぼんやりと反響する自分の声と、それを追いかける静寂のみだった。
さて、そんな気の毒な彼女を置いて、3人は何をしているかと思えば、やはり大した事ではない。
「や、やっと追い付いた……!!」
シーラは息を切らしつつ、汗を拭って呟いた。その手には金の入った袋が握られ、その目の前にはうつ伏せに倒れるデメルザとオーシャルがいた。
「もう二度とこういう事するな。次やったらぶっ殺すからな。」
シーラがそう言い放つと、オーシャルはガバッと起き上がって、いつものように罵声を浴びせ始めた。
「いきなり殴るんじゃねぇよ、ボケ!!次やんなくてもぶっ殺すぞ!」
デメルザも顔をしかめながらゆっくり起き上がった。
「良いし、別に良いし。怒ったりしねぇし。デメルザ様、器デカいし。」
些か顔を引きつらせて言うが、自分の顔に、倒れた時についたであろうかすり傷があるのに気づいて、もはや静かに声を漏らす事しか出来る事はなかった。
「
3人はしばらく歩き続けた。しかし、目に映るのは潮の香りが混じって気味の悪くなったジメジメとした風と、太陽の下では見る事のない、はっきり言って見たくもないような虫のみだった。滴る水はだんだんと楽器を増やし、奇妙な演奏はクライマックスに近づいて行く。
「なぁ、まだなのか?」
いよいよ耐えきれなくなり、オーシャルが愚痴をこぼし始める。が、後の2人は軽い返事をするのみで、どうにも彼を衝き動かす気分にはなれなかった。
「あのさ、今ちょっと、最悪な“もしも”を考えちゃったんだけど。」
オーシャルから松明を渡され、2人より少し前を後ろ向きに歩いていたデメルザが、一切顔の筋肉を動かさずに言った。この普段なら爆弾のように怒鳴る女も、湿った空気にすっかり高揚感を貪り食われてしまっている。
「やめろ、言うな。嵌められてなんかない。怪物はちゃんといる。」
シーラは周りの空気とは相反した、乾ききった口調で言い放ち、バサバサした金色の毛先を弄り出す。
すると突然、シーラの目が動かなくなった。いや、目だけではない。シーラ自身がピクリとも動かなくなったのだ。オーシャルは怪訝な顔をして右側にいる兄を見つめ、デメルザも彼らの方を向きながら、だんだんと足を止めていく。
「どうした?」
デメルザが尋ねるが、シーラは一切声を上げず、悪魔に魂を持って行かれてしまったかのような表情で、少し先の岩の天井を見つめたままだった。2人は彼を、つつくなり揺さぶるなりして何とか動かそうとしたが、シーラから絞り出したような声が流れ出るばかりで、進展はない。その状況に飽き飽きしたオーシャルが、ふとシーラと同じ位置に目線をやると、なんと彼までもが石のように固まってしまったのである。
「あぁん!?」
気分が落ち込んでいたデメルザも、流石に動揺せざるをえなくなり、慌てて2人の目に映るものを確かめようと振り向いた。
瞬間、デメルザは後悔した。心の底から自らの行動を悔いた。はっきりとは見えないのだが、目の前の闇と松明の光とが交わるその中に、巨大な「何か」がいたのだ!それはカサカサと大きな音を立てながら蠢き、長い首を下げて、巨大なトカゲのようなヌメヌメとした顔を向けた。その首は、卵を飲み込んだ蛇のように膨れた腹に繋がっており、その腹の両脇からは、蜘蛛に似た毛むくじゃらの細い足が何本も生えていたのである。太く長い尾は硬く艶やかな鱗に覆われ、先になるにつれ平たくなっていた。
「
デメルザがか細い声で声を掛けるな否や、トカゲの口がパックリと割れ、その中から糸を引く唾液と、真っ赤な目玉が1つ現れた。
3人は悲鳴をあげて元来た道を死に物狂いで逃げた。
「キモッ!キィモッ!!」
シーラの右側に着いたデメルザは松明を右手で持ち、これまでにない程の慌てぶりで、目を潤ませながら叫び続けた。3人は振り返る事なく逃げ続けたが、虫が這うような音が鳴り止まないのと、耳をつんざくような咆哮が聞こえる事から状況を確かめるまでもなく、疲れも知らずに走り続ける。
「なぁ、あのさ!」
シーラの左側にいるオーシャルが真っ青になりながら話し出す。
「何!?」
反対に真ん中のシーラは真っ赤な顔で、苛立ち気味に噛み付く。
「もしかしたらさ、僕達が逃げてるからアイツもこっち来るんじゃないの!?止まったら解決するかもよ?」
オーシャルはそう言うが、シーラは苛立った表情を全く変えなかった。
「馬鹿か、お前!そんなお袋みたいな心境で来てる訳ないだろ!!」
オーシャルは諦めた顔をしたが、
「いや、一理あるかも。」
とデメルザが発言した事により、その表情は戻った。
「はい!?」
シーラはとうとう怒り出したが、火がついた彼らは暴走以外を拒否する。
「よし、3つ数えたら止まってみるぞ。1、2、and...3!!!」
さて、結論から言えば、シーラは直後激怒した。と言うのも、彼は律儀に足を止めたが、後の2人は止まる素振りすら見せなかったのである。
「おい、コラァ!!」
シーラは慌てて追いかけながら怒鳴り続けるが、デメルザとオーシャルは
「おーこったー、おーこったー!」
と歌って煽り立てた。だがここで諦めないのが、シーラ・クロックメイカーである。彼は意味も持たぬ雄叫びを上げながら、なんと2人に並び着いたのだ。
「おぉ!?足速い、この野郎!」
デメルザは焦って些か速度を落としてしまうが、すぐに意地を張って2人との距離を詰めていく。
そんな光景を闇が隠しているとはつゆ知らず、マリーナは再び独り言を始めた。人間諦めかけた時は、ある種の呪文を唱えて踏ん張ってみるのも手だ。
「よし!こうなったら区切りをつけるわよ。あと30歩進んで何も無かったら、私は帰るわ。大体、こんな一本道を追い掛けたって進展ある訳ないもの。世の中諦めが肝心ね。」
彼女は諦めるのが前提のようだ。だが、結果マリーナは諦めずに済んだ。と言うのも、いよいよ聞き慣れた叫び声や怒声を湿った潮風が運んで来、向かい風で消えかけている松明の明かりが見えたからである。
「あら!なんだ、よか──。」
刹那の笑顔を浮かべるマリーナだが、それもすぐに消え失せた。当然、目の前の3人が逃げて来たのであり、その背後からおぞましい生き物が迫り来たからである。
「やっぱ帰ろ。」
マリーナは髪が乱れるのも気にせず、即座に後ろへと走り出した。
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