第12頁 However, the heartless king can no longer see the future.

 デメルザを除いた一行は、フィオナの家へと向かった。一つは、メルベスの腕を手当する為。もう一つは、落ち着いた場所で真実を分かち合うである。王の亡骸は、公にしたくないと言うメルベスとフィオナの意向で、洞窟内の岩の陰に安置された。


 メルベスは汗をかいているが顔色が悪く、寝室のベッドの上で気を失ったように眠った。フィオナは部屋の扉をそっと閉めると、4人を自分の部屋──昨日マリーナが泊まった部屋だ──に引き連れて、静かに口を開く。


「“術士の三大禁忌”というものを、ご存知ですか?」


 シーラとオーシャルの兄弟は首を傾げたり、眉を寄せたりした。今まで通り、術士とは無縁の世界で生きてきた証が現れているのである。一方のマリーナは、何か怯えるような表情で答えた。

「ええ。言葉だけなら……。」

 3人の目線が彼女に注がれる。


「一つ、悲しき魂を呼び戻す事。一つ、悪しき爪痕を人に残す事。一つ、招かれざる赤子を産む事。」


 マリーナは詩を朗読するようなたどたどしさで言い上げた。フィオナは噛みしめるように頷く。

「どういう意味だ?」

 オーシャルが尋ねると、フィオナは俯き、険しい顔で話した。

「術士たる人間が、決して行ってはならない事。1つ目は、“亡霊を生み出す事”。2つ目は、“他人に呪いをかける事”。3つ目は、“使い魔を生み出し、その親となる事”。」

 フィオナは顔を上げて続ける。

「かつて、この2つ目──呪いという忌まわしき術をかけてはならない──その掟を破った者がいたのです。」




 その頃、サベナ城では──。


 若きバルサート王が、ある男と向き合っていた。その表情にはあからさまな敵意が込められているが、それもそのはず、互いに背後に騎士を従えているのである。バルサート側には当然、兵隊長・ベリーオと、その母であり王の側近のラーダもいた。対するは、バルサートと異なり老年の男性であったが、通った鼻筋に鋭い緑色の目をしており、かつては端正な顔の男であった事が伺えるが、それをも凌駕する威厳と風格を備えていた。バルサート王も何とか気を張ってはいるが、若く拙い彼など、狼を前にした子犬のようである。


「我が城に踏み入る事は許可したが、それは血の流れぬ決着の為であろう。貴様はその気があるのか、グランヒルト?」

 バルサートは慣れない様子で言い放った。しかし、デリエンス国王の態度で、その頑張りは水泡に帰した。

「さて、まぁ。しかし、そちらも同様の数が用意出来ると言うのであれば、その叱責はお門違いなのではないかな?まぁ確かに、立場をわきまえていないとは思うがね。」

 グランヒルトは笑みを浮かべてこう言った。その言葉に込められた軽蔑と嘲笑の念を感じ取り、バルサートの顔が険しさを増す。




「デリエンスとアトメティア、両国はかつてより敵対関係にありましたが、ここ数十年は落ち着きを保っていました。」

 部屋ではフィオナが話している。

「しかし、グランヒルト7世がその猛威を猛威を振るうと状況が一変しました。それまでデリエンスを囲っていた他国に侵略戦争を仕掛け、僅か3年にしてデリエンスを巨大な軍事大国に仕立て上げたのだとか。」

 拳を握り締めて感情を押し殺しながら、話は続く。

「しかし、我がアトメティアもナプティア有数の大国。そう易々と敵の侵入を許しはしませんでした。しかし、かつての人々は気にも留めなかったのです。あの男が、“術士”である事を──!」




 グランヒルトは自身の着ているマントを撫でつけながら、ゆっくりと湿っぽく話し出した。

「バルサート、貴様は詩歌を好むか?私は非常にこれが好きなのだが、中でもお気に入りがあってね。」

 グランヒルトは1つ深い息を入れると、城の壁を見渡しながら続けた。

「ウェリポットという、ツァルターの詩人が唄ったものなんだがね──。」


「“古き良き時代は流れ、哀しき現在いまと嘆く鳥。彼の者が見し淡き夢、永久とわなる栄華えいがと明日なれど、者がまことに見し物は、すなわち、永久なる憂苦なりき”。」


 グランヒルトの言葉を遮って、何者かの声がした。その場にいた全員が、声の主を暴こうと振り向く。すると、ラーダはあっと声を上げ、ベリーオですら動揺を隠せなかった。バルサートの顔も強ばった。微かに血のついた右手を握りしめるデメルザの登場により、3人は全てを察したのである。だが同様に、如何わしくも思った。

「ウェリポットは内容はいいんだが、言葉選びに捻りが無くてつまらんな。子供向けの物語みたいだ。」

 デメルザはニヤつきながら言ってのける。その場違いな態度といえば、これには流石のグランヒルトも、笑みを絶やす他なかった。

「貴様!!恥を知らぬか!」

 デリエンス側の騎士の1人が、剣に手を掛けながら怒鳴りつけた。その横に騎士団長であるフラデュレ伯爵もいたが、彼はデメルザの様子を見て少し驚愕しているようだった。相手が、以前自分が手を貸した人間であったのだから、当然だろう。

「待て。」

 意外な事に、グランヒルトは怒りもせず、しかし真剣な面持ちで、デメルザと向き合った。その目には、多大なる興味のみが浮かべられていた。

「では、お前はどの詩を好む?」

 この問いに、デメルザは鼻で笑ってみせた。

「詩なんて嫌いだよ。歌も物語も大嫌いだ。言葉を飾り立てるからな。ぼんやりした頭で考えられた言葉に、何の力があるんだ?」

 デメルザはつま先で床をコツコツと叩き始めると、なんとグランヒルトを指差した。

「なぁ、お前さ。この詩に“未来”を見てるよな?変わってんな。夢見ちゃいけないんだって、その考えはいいと思うけど。」

 グランヒルトは感情を見せず、ただ静かに答えた。

「そうだな。しかし、お前はどうだ?この詩に何を見る?」

 デメルザはわざとらしく考え込むと、仄かに寂しい目つきを見せた。

「そうさなぁ……。まぁ、“後悔”と“終焉”、かな。」

 グランヒルトは特に反応せず、デメルザはそれを見て、心の底から面白そうに微笑んだ。そして彼女は、呆然と立っているバルサートに向き直る。

「ほれ、土産だ。」

 デメルザはそう言うと、アビリシオ王から抜き取った指輪を彼の足元に投げた。アトメティア側の騎士達がざわめき始める。ラーダとベリーオは息を飲み、バルサートは息を止めて目を閉じる。

「悪いな、首はダメだった。知らなかったよ。悪しき爪痕は、死人には無用の長物だったみたいだ。」

 デメルザは冷笑してグランヒルトを見つめる。デリエンス王は、驚き呆れたような、しかしどこか嬉しそうな表情で、深呼吸を繰り返すバルサートに目をやった。

「貴様、とんでもない傭兵を雇ったな……!」

 しかしバルサートは何も答えられず、代わりにデメルザが言葉を発した。

「アビリシオに呪いをかけたのはお前だな、グランヒルト?呪いにかかったアイツは、何らかの条件で、不本意に他人を死に至らしめたはずだ。化け物になるって事は10年か、それ以上か、かけ続けてたんだよな?」

 グランヒルトは諦めたような顔で、深くため息をつき、目の前の女をジッと見つめた。

「そこまで分かっておきながら、何故私ではなくアビリシオを殺したのだ?私を殺せば、奴の呪いは解かれたというのに。」

 デメルザは王を睨みつける。

「あの姿では、もう理性も記憶もなかったはずだ。洞窟に幽閉するまでに、犠牲者が出なかったはずがない。あたしはな、アビリシオがそれを許せる人間ではないのを分かってるんだよ。お前と同じで。」

 デメルザの言葉は、発する度にその重みと怒りを増していった。初めは抱いていなかった、グランヒルトに対する激しい怒りが込み上げてきたのだ。

「あたしは、王の在り方を重視する。王を虚構で覆い隠したりする事は、許されざる罪だ。だがな、人の心を持たぬ王には、もはや見える未来もないぞ!」

 デメルザの、この上ない怒りの言葉である。

 グランヒルトは動じはしなかったが、しかし何か心地悪いものを感じたようで、囁くように最後の問いを吐き出した。

「貴様は何だ……?王なのか?」

 グランヒルトの問いに、デメルザは一層機嫌を悪くしたが、目を閉じて、敢えて冷静に応じた。

「あたしは王を殺す者だ。間抜けな王は、さっき殺した。最も偉大な王も殺した。この世で最も忌まわしき王も──いや、コイツはまだ死んでない。殺さなければならない!……だが、次は誰だか分からんぞ。」

 デメルザはそう言うと、肌寒い空気を残したまま颯爽と去っていった。グランヒルトも配下を連れてその場を後にする。


 残されたバルサートは、父の形見の指輪を拾おうと屈んで、そのまま崩れ落ちた。

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