第11頁 I don′t allow you to hide the king by fiction in front of me.

 怪物の暴走は刻一刻と激しくなっていった。その巨体からは想像も出来ぬ程に素早く動き、怪物は凶暴性すら増しているように思える。剣の突き刺さった所から大量の鮮血を流し続けても、痛みなど感じていないのか──または、痛みから来る怒りによるものか──苛烈な攻撃が続くのみ。


「いい加減に返してくれよ!丸腰なんだけど!!」


 デメルザ・ドゥリップはいよいよ余裕がなくなり、腰に差すものがない状態でピョンピョンと飛び跳ねながら大声で呼び掛ける。当然、答えなど来るはずもないので、不機嫌そうに顔をしかめて終わる。シーラは自分から仕掛ける事はせず、降り掛かってきた火の粉を払うだけに留めている。メルベスも同様だったが、彼の場合は仕掛けられないのかもしれない。

「おい!!お前さっさとアレ取って!」

 シーラが鉤爪の先でデメルザの剣を指しながら叫んだ。デメルザはますます機嫌を悪くし、悪態をつきながらチャンスを伺う。

「しがみついてでも取れって!やっこさんがカチンと来てんの、アレが原因だぞ!!」

 惑うデメルザに、シーラも焦燥感から苛立ちを覚えてきた。その頃、やはりメルベスは動けずにいた。彼の中で、2つの何かがせめぎ合っているようで、足を1歩踏み出しては戻すという行為を繰り返していた。


 ──すると。


「もう!使いにくいのよ、コレ。」

 メルベスの背後から鎖に繋がった刃が飛んできたかと思うと、女の声がした。やはり彼女である。マリーナの投げた刃は怪物に当たる事なく、その足下の草地に鈍い音を立てて落ちた。マリーナは急いで引き戻そうとするが、その時、不本意ながら怪物の足が刃を踏みつけ、マリーナに向かって歩き出す拍子に後方へと蹴り飛ばした。マリーナは鎖を握りしめていたので、それに引っ張られて怪物の前に躍り出てしまったのである。怪物は首をもたげ、マリーナに噛みつこうと突進する。シーラが注意を逸らそうと背後から攻撃をしに行くが、太い尻尾にはじき飛ばされてしまった。


 マリーナは悲鳴をあげ、すぐに動く事も出来ずに、固く目を閉じ佇んでいた。が、そんな彼女を、何者かが抱きかかえて後ろに下がる事で救った。マリーナはその人物を見て驚いた。

「メルベスさ──!!」

 彼女の声はいくつかの音に遮られた。怪物の咆哮と足音、呻き声、そして何やら恐ろしい音──。マリーナはその正体を確認しようとしたが、それは叶わなかった。メルベスが彼女を抱く左手でマリーナの目を覆い、景色から彼女を追いやったのだ。直後、体に大きな衝撃が走ったかと思うと、先程よりもっと恐ろしい音と、何かが地面に落ちる音がした。やっとマリーナの目から手が離れたが、彼女が辺りを確認しない内に、突然後ろに突き飛ばされ、何かにぶつかった。

「マリーナさん!」

 飛ばされたマリーナを追い掛けてきたフィオナが受け止めたのだ。フィオナは早く離れるようにと煽るが、マリーナは後ろを振り返って、あまりの衝撃に立ちすくんでしまった。

「メルベス……様……!!」


 メルベスは肩で呼吸をしながらマリーナをチラリと確認すると、左手で2振り目の剣を抜いた。彼はもう、右手に剣は握っていなかったのだ。いや、そもそも彼の右腕は、肘の少し上からぷっつりと無くなっていたのである。乱雑に千切ったような傷口からは、真っ赤な血が流れ落ちる。その場にいた誰もが動揺した。ある1人を除いては。


 怪物はメルベスの腕を噛みちぎっただけでは飽き足らず、またも彼に牙を向いた。メルベスは決死の覚悟で向き直ると、左で持った剣を構えた。最後のチャンスと言わんばかりに。怪物の顔が近づき、メルベスは剣を振った。


 ──はずだった。


「何!?」

 メルベスは目を見開いた。目と鼻の先に迫ってきた怪物より、もっと残虐で冷酷なものを見たからである。デメルザ・ドゥリップは素早く怪物の首を越えるように飛び跳ね、首に刺さった自身の剣をしっかりと掴んだ。ここで、この女は浮かべた。軽蔑、愉悦、限りない悪意を含んだ、勝ち誇ったような笑みを。そして、怪物の長い首を飛び越えながら──。




 ────斬り落とした。




 声はなかった。ただ、命が流れ失せる音が辺りに響いただけだった。大地は黄昏時よりも真っ赤に染まり、惨状という名の混沌、静寂という名の秩序を共存させている。デメルザは、毎朝よく見るただの鳥を見るかのような涼しい顔で、剣に着いた血を振り払った。彼女の傍には2つに分かれた怪物の死体、そして、驚愕に我を失うメルベスが、何も言わずに存在している。怪物に飛ばされたシーラ、近くで見ていたマリーナとフィオナ、2人を追い掛けてきたオーシャル。全員がここに揃った。


 だが、ここで異変が起こった。怪物の死体が突然、垂れ幕を揺らすように歪み始め、あのおぞましい姿の片鱗すらも感じさせないものに変化したのだ。いい加減な切り口で首を切られた、1になったのだ。


「こ、これは……!?」

 なんとも悲惨なその屍を見て、シーラは思わず呟いた。たが、そのすぐ傍で膝をついている男の方が、もっと悲惨な事に気がついた。メルベスは声すら出せず、青い顔で絶望にくれていた。右腕の断面からは相変わらず血が流れ、それが余計に、彼が悲しむ事を禁じていた。

「お……?これは知らなかったな。」

 デメルザは首を切られて動かない男を見て、少し驚いて見せた。


 その様子を見て、フィオナはデメルザに歩み寄った。

「貴方……。全て知っていたのですか?」

 厳しい口調で問う彼女に対し、デメルザは無感情な顔を見せて答える。

「知っていた?何を、だ?」

 向き直りながら話すデメルザの口調は、実に軽薄な響きを持っていた。だが、この語り口の彼女は、決まって真剣なのである。

「何を知っていたと? “アトメティアの先代・国王は病に伏してなどいなかった”事か? “国家ぐるみでそれを隠し、奴を洞窟に閉じ込めていた”事か? “デリエンスがアトメティアに攻め入る理由は、その怪物をかくまっている事にされたから”だという事か?」

 デメルザが言葉を発すると、フィオナは言葉を奪われた。デメルザは悦に入った笑いを上げる。

「正直、コレは全部ここに来る前から知ってた。というよりも、分かってた。そして、ここに来てから分かった事が三つ。」

 デメルザは指を3本立てる。


「まず一つ。“呪いは死んでも解ける”事。二つ。“コイツが先代・国王である”事。そして三つ。“あたしは、イカれた王と間抜けな王の小さい揉め事に巻き込まれてた”という事。」


 デメルザは順に指を折って話した。折り終えると、かつてのアトメティア国王の亡骸を見ながら、髪を弄り始めた。

「そして、ここで知りたい事が一つだけ。アビリシオに呪いをかけたのは誰だ?グランヒルトか?」

 フィオナは顔を曇らせ言葉を詰まらせる。その挙動から、デメルザは全てを察した。

「そうなんだな……。」

 デメルザは不気味な笑みを浮かべたまま、泣き王の遺体へと近づく。

「しかし、これは困ったぞ。怪物の首を取ってこいって話だったが、これを持っていくのは大問題だ。」

 するとデメルザは首のない遺体に手を伸ばすと、その指に着けられていた綺麗な指輪を抜き取った。

「コイツで代用しよう。本当なら、もらっちまいたいが。」

 デメルザは指輪を手の中に収めると、その場を去ろうと歩き出した。


「待って!」

 フィオナが慌てて止めるが、デメルザは歩みをやめなかった。

「どうして、あのタイミングで殺したの!?どうしてこんな事するの!?」

 フィオナの声は悲しみと怒りに濡れていた。デメルザは立ち止まったが、振り返りはしなかった。


「あたしの前で、王に虚構を着せるのは許さない。」


 デメルザはそれだけ言うと、その場を去っていった。この瞬間、1度だけ風が強く吹き荒れた。

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