第2頁 I decide what I would do!

「虚ろの者」を探すべく、地方貴族の屋敷に忍び込んだ。しかし、3人が口喧嘩をしたせいでその声を聞かれてしまった!絶体絶命だという中、どういう訳かデメルザは、腰から短剣を引き抜く。


「いいな?絶対に余計な事言うなよ?」

 デメルザは剣先を2人に向けたまま、静かにそう呟いた。当然2人は戸惑う。

「は?」

「え、何言って──?」

 デメルザはニヤリと笑う。

「未来の大物女優とまで呼ばれたこのデメルザ様の実力を、たっぷり見せてやんねぇと……!」

 すると彼女は、シーラとオーシャルに向けていた剣先をくるっと自分の方に向けると、


 ──グサァッ!!!


 自分の脇腹に突き刺した。白いシャツが赤く染まる。

「はぁ!!?」

「何してんの、ちょっと!!」

 2人もこの慌て様。無理もない。デメルザは顔をしかめつつ、更に剣で傷口を抉り、ヒュンッと剣を振りかざして床に血飛沫を散らせた。出血の量はそこまで多くはないので、浅めに刺したようだ。


 その時──。


「ど、どうなさったの!?」

 部屋の外にいた女性が、扉をバタンと開けて入ってきた。状況が状況でなければ、誰もが見とれてしまう程の美女だ。薄暗い部屋でも分かる程に綺麗な癖毛の金髪を結い、淡いピンク色のドレスを着ている。そして、やはりテベールの住民らしく、ドレスには可愛らしい花飾りがふんだんに使われていた。


 女性は部屋の光景を見て、血相を変えた。

「まぁ!!どうしたのよ!?」

 するとデメルザは腹を押さえながら、ヨレヨレと女性の方へ向かい、しがみついた。

「た、助けて!!血が……、血が出てるんだ!早く助けてくれ、死んじまうよ!!!」

 彼女は突然、重症であるかのような演技をし始めたのだ。シーラとオーシャルは戸惑う。しかし、ドレスの女性は違った。慌てつつも、部屋の外に向かって叫ぶ。

「誰か!!誰か来てちょうだい!怪我人がいるわ!!」

 そしてデメルザの方を見て囁いた。

「大丈夫!すぐに医者に診てもらって!」

 デメルザは尚も騒いでいた。しかし時折後ろの2人を見ては、一瞬だけ口角を上げる。




「つまり……、デリエンスからこちらに来る時盗賊に襲われて無我夢中で逃げていた所、この屋敷を見つけて咄嗟に身を隠したと……。門兵の言っていた侵入者というのはそれか。」

 上等な服装の年老いた男が言った。デメルザはあの後別の部屋に移動し、医者に手当てをしてもらったのだ。彼女はベッドに寝かされている。その騒ぎで、屋敷中の者がその部屋に集まっていた。シーラとオーシャルも然り。

「そうなんだよ!!どうなってやがんだ、カシャールは!危うく死ぬ所だったんだぞ!!」

 デメルザは男に怒鳴りつける。ありもしない被害に文句を言っているのだ。

「貴様!この方はマーシュル領主、ザナレオ・ノゼ・マーシュル子爵にあらせられるぞ!口を慎め!!」

 兵士の1人が怒鳴る。しかし、男はそれを制止した。

「やめろ。お前達が警備を怠ったのだろう。客人に無礼を働くな。」

 マーシュル子爵はデメルザに微笑みかけるが、デメルザは少し眉を寄せる。兵士はそっと下がった。


「ところで、この者を見つけたのは誰だ?怪我人を救った、偉業だぞ。」

 マーシュル子爵がそう言うと、先程デメルザ達と居合わせた女性が口を開いた。

わたくしですわ、父上。」

 すると、子爵の顔つきが変わった。

「マリーナ……。貴様、何故勝手に部屋を抜け出している?」

「それっ──!!」

 振り返って凄まじい剣幕で睨む子爵に、その女性──マリーナは言葉を詰まらせてしまった。そして俯いて呟く。

「……申し訳ございません。」

 子爵は体の向きを直すと、更に言葉に怒りを含ませた。

「自室謹慎の期間を延長だ。部屋に戻りなさい。」

 マリーナは不服そうな顔だ。

「しかし──!」


「部屋に戻れ!!!」


 父の怒声にされ、マリーナは目に涙を浮かべつつ、急ぎ足で部屋を出ていった。



「厳しすぎやしませんか……。」

 ずっと黙っていたシーラが話し出す。マーシュル子爵は首を横に振った。

「いや。あの娘は如何せん、お転婆が過ぎる。少し懲らしめなければ分からんのだ。もうじき婚礼だと言うのに……。」

 頭を抱える子爵に、デメルザが声をかける。

「あのさ、あんまりウジャウジャいられると敵わないんだけど。」

 子爵はハッとして立ち上がった。

「そうだったな。ではゆっくり休んでくれ。全員退出しろ!ほらほら!!」

 屋敷の者達は居なくなった。



「ヒィ〜!!危なかったなぁ……。」

 デメルザは仰向けになりながら天井を見つめた。シーラはホッとしたのか呆れたのか、大きく息をつく。

ドタマイカレちまったのかと思ったぞ、マジで……。」

 デメルザは得意気な表情で指を振っている。

「全くもって致命傷じゃねぇなんて、貴族のボンボンにゃ分かんねぇよ。まぁ、医者にまでなんも言われなかったは奇妙だが……。」

 オーシャルまでもが呆れ返っている。

「なんでこう、何もかも都合良く行くんだよ。毎回。」

「何もかも都合良く行ってたら、今頃暗雲消せてるよ……。」

 デメルザはそう言うと、扉に向かって叫んだ。

「おーい!!誰かいるかぁ!?」

 返事も反応もない。

「よぅし!ザル警備だぜ、こいつぁ楽だな!」

 デメルザはすっと起き上がると、子爵が新しく用意してくれたシャツを着始める。

「おい、何してんだよ?」

 シーラが問うと、他に用意してくれた服を見つめながら答えた。

「決まってんだろ?逃げんだよ。嘘がバレたらブチ込まれるか、最悪こうだぞ。」

 デメルザは親指で首を斬るフリをした。



 3人はソロソロと部屋の外へ出た。扉のそばどころか辺りには誰一人いない。

「うし!早いとこトンズラしようぜ。ここどうも花粉が酷い──。」

「あらぁ、ハンカチーフが必要かしら?」

 デメルザの言葉を遮って、彼女の背後から声が聞こえた。シーラとオーシャルは焦った表情をしている。デメルザも察した。

「……逃げまーす。」

「待ちなさいよ!!」

 前へ走ろうとするデメルザの腕を掴んで引き戻すと、マリーナは腰に両手を当てて3人を睨んだ。

「やっぱり大した事なかったのね。演技臭いと思ったのよ。」

 マリーナは大層腹を立てているようだ。しかし、そんな説教を間に受けるデメルザではない。

「なぁ。ミス・自室謹慎にダメ出し食らったんだけど。」

「未来の大物女優、面目丸潰れだな。」

 デメルザとオーシャルが小馬鹿にしたような会話をし、更にマリーナを苛立たせた。

「ちょっと!状況理解してんの!?」

 デメルザは手を前に出して制止する。

「まぁ、待てって。すぐに出てくからいいだろ?」

「いい訳ないでしょ!元の場所に戻せば、万引きも許される……みたいな事言ってんじゃないわよ!!」

 マリーナは呆れたように首を振ると、腕を組んで続けた。

「とにかく父上を呼ぶわ!正当な処罰くらいは覚悟するのね!!」


 するとデメルザは、どういう訳かニヤリと笑みを浮かべた。

「いいのかぁ?あたしらをとっ捕まえるってこたぁ、結婚はしなきゃならなくなるぜ?」

「え?」

 シーラとオーシャルが彼女の方を向く。マリーナは目を見開いた。

「なんで分かったのよ……?」

「あるあるだろ?勘だよ。」

 デメルザは前髪を弄る。マリーナは黙って俯いていたが、再び口を開く。

「確かに……、彼と結婚するのは嫌よ。でもソーノット侯爵の家柄は、繋がりが持てて損するものでもないし……。」

「嫌なんだろ?」

 マリーナはデメルザの誘惑には乗らなかった。


「どうするかくらい、私が決めるわよ!大体、なんでアンタが口出してくる訳!?」


 デメルザは両手を方の所まで持ち上げて、掌を上に向けると、少々イラついた顔で話した。

「あっそ!じゃあ、もういいよ。あばよGood-by!」

 デメルザは駆け出す。

「あ!?え、おい!待てよ!!」

 オーシャルは慌てて彼女を追いかけた。残されたシーラは苦笑いを浮かべて、マリーナを見る。

「ホントにすいませんでした……!!」

 2人を追いかける。

「ちょっと!こら!!」

 マリーナは追いかけようとするが、ドレスではうまく走れなかった。見えなくなった3人を見つめ、再び腰に手を当てる。

「捕まらないわね、全くもう……。」



 3人はマーシュル子爵の敷地の外へ出た。

「いやぁ、あっさり出してくれて助かったな!あの女以外にはバレてないみたいだ。」

 デメルザはなるべく足早にその場を離れながら、些か嬉しそうに言った。

「どうすんだよ?扉開けなきゃ意味ないんだろ?」

 シーラは少し息を切らしている。

「とりあえず情報集め直しだ!全員駆けあーし!!」

 デメルザは全速力で走っていった。



 その頃マーシュル邸では──。


 子爵が使用人に命じていた。

「マリーナをここに呼べ。」

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