第4頁 Get out within that I not get angry.

さて、ヤーハッタが近づくやいなや、デメルザは目を閉じて耳を塞ぎ、向こうには何もないと暗示をかけていた。シーラはようやく弟の手掛かりが掴めると、唾を飲む。穏やかな波の中、甲板の上は張り詰めた空気に満ちていた。


 すると突然、デメルザがシーラに詰め寄り、大声で怒鳴りつけた。

「おい、何してんだよ! 船着けんな」

 シーラは大声に驚くが、デメルザは構わず言葉を続ける。

「ヤーハッタは、港に着けると料金をぶんどられるぞ。港以外でも目つけられるから、ここからはボートで行くぞ」

「ボートで行ったって、金は取られるだろ」

「こういう時は、お決まりの手があんだよ」

 2人は沖合まで辿り着くと古びたボートを出し、デメルザが櫂を漕いで、島に近づいていった。


島の波止場に着くと、桟橋の1つにボートを着け、2人は上陸した。すかさず身分を鼻にかけたような顔つきの役人が近づいてきて、2人に支払いを要求する。

「料金は銅貨4枚だ。払え」

「え? なんだって?」

デメルザは仰々しく聞こえなかった振りをし、耳に手を添えた。役人の男は、顔色一つ変えずに言葉をつけ足した。

「国が指定した以外の大型帆船は銅貨10枚、小型は6、その他の船は4枚支払う。この国の決まりだ。公爵様がそう定められた。さぁ、払え。これ以上、この島にならず者を増やすな」

すると、あろう事かデメルザはボートに櫂を突き立てた。腐りかけた船底には大きな穴があき、水が泡を立てながら入り込む。ボートはあっという間に、海の藻屑と化してしまった。デメルザは残った櫂を海に投げ捨てると、肩をすくめてみせた。

「で、その船はどこに?」

役人は沈むボートの残した水面の泡を呆然と見つめると、険しい顔でデメルザに向き直り、「後悔するぞ」と言い残して去っていった。


ロットバーンズの北西にある島「ヤーハッタ」。とても小さな島だが、メイディア公国でも指折りの娯楽の町である。ロットバーンズが生産的な場所である事に対して、ヤーハッタは物の消費が激しい。あちこちで大金と娯楽が飛び交い、人々を楽しませているのだ。無論、娯楽にばかり浸っていては、人間は真っ直ぐに立てない。

「以外だった。前に来た時はその辺の不良がやって来たのに、ちゃんと取り立ての役人を置くようになったんだな」

デメルザが言った。

「でも、以外と腰抜けだったな」

「素晴らしい事だ」

 2人は酒場に立ち寄った。ロットバーンズよりかは狭く、カウンター席と少しのテーブル席があった。ロットバーンズ程大勢が集まるわ。訪れるのは常連がほとんどのようだ。


「ハン!もう、飲みまくってやる!!」

 デメルザはカウンターの空いている席にドカッと座ると、品もなくカウンターに足を乗せた。すると、左隣から声が聞こえる。


「おい、僕の隣だぞ。座るなら服乾かせよ。」

 座っていたのは、くすんだブルネットの男。緑色の服を着て、目を閉じていた。


「あっ……!!」

 デメルザは目を見開き、冷や汗を流した。海水に紛れて見分けがつかないが。

「あぁっ!!」

 シーラは驚きの声を上げた。その目はやはり、デメルザの隣の男を見据えている。

「オーシャル……。」


 オーシャルと呼ばれた男は、シーラの声を聞くと顔をしかめて、持っていた杯を置いた。

「……なんでここにいんだよ?」

 その声は明らかに怒りを含んでいる。

「なんでじゃないだろ?こんな所で遊んでないで、もう帰ってこいよ。」

 シーラは出来る限り、弟を刺激しないように努めていた。しかし、それも無駄だ。

「テメェ、僕がブチ切れない内に失せろ。ぶっ殺すぞ。」

 オーシャルはシーラの方へは振り向かない。顔も見たくないのだろう。

「親父もお袋も心配してんだぞ?家の仕事も人手不足なんだよ。」

「テメェがここ来たら、その分減るんじゃねぇの?」

「……行けと言ってくれた。」

「可哀想に、気を遣っちゃって。」

 オーシャルは薄ら笑いを浮かべている。


「いいから帰れ──。」

「黙ってろよ、このゴミカス野郎が!!」

 シーラのしつこさに耐えかねて、オーシャルが怒鳴りながら立ち上がる。遂に兄弟が対面した。オーシャルは、シーラ程鋭くはないが、目元がかなり似ている。怒った時の迫力は、兄にも劣らない。2人はしばらく見つめあっていた。


 しかし、オーシャルに因縁があるのはシーラだけではない。


「だぁーーっ!!そんなもんいいから、さっさと賭け金払えや、ゴルアァァァ!!!」

 デメルザがオーシャルに殴りかかる。だが、あっさりとよけられてしまった。

「なんだよ。ヤーハッタにしばらくいりゃ、その内払ってやるっつったのに、テメェが勝手に出てったんだろうが。」

「……なんだと?やんのかテメェ!!!」

 デメルザはオーシャルの胸ぐらを掴み、彼を床に押し倒す。オーシャルも抵抗して、またも酒場で乱闘が勃発してしまった。


 ──すると、まさかの出来事が起こった。周りにいた人達も、突然殴り合いに参加し始めたのだ。ロットバーンズでは信じられない光景だ。

「おぉい!なんで!?」

 シーラは困惑する。辺り一帯が謎の喧嘩で溢れ始めた。娯楽街だというのに、何故そんなストレスが溜まっているのか……。

「あの……、やめっ──!」

 シーラは止めようとするが、熱気がありすぎてどうしようもない。しかし、弟を帰らせるために家を出てきた彼も諦める訳には行かなかった。


「一旦、やめええぇぇぇいっ!!!」

 シーラが手を叩きながら叫ぶ。その声に、今まで殴り合っていた者は全員黙り、シーラを見る。しばらくの間、沈黙が空気を支配した。

「いいか?万が一のことがあると困る。ここは穏便に──。」

「でもシーラ──。」

「ちょ、ちょ、黙って。まだ喋って──。」

「いや、でも──。」

「黙ってろっつってんだろ!聞こえねぇのか、コラ!!」

 デメルザが口を挟むことすら良しとせず、シーラは話し続けた。

「で!ここは穏便に済ませる。話し合うぞ、オーシャル。」


「はーい、裁判長。」

 デメルザが手を挙げる。シーラはいつの間にか裁判カツラと眼鏡をつけていた。

「どうぞ。」

「オーシャルくんは私に、“賭けで負けた分の銀貨30枚を渡す。”と言いました。確実にです。なのに本人は今になっても返しません。当てがないんでしょ、どうせ!彼は有罪です!間違いありません!!」


「異議あり!!」

 オーシャルも手を挙げて叫ぶ。

「その証言には誤りがあります!私は“ヤーハッタにしばらくいれば、返す。”と言いました。しかし彼女はヤーハッタに滞在しなかった上、私が返すと言ってから、まだ5日しか経っていません!私に罪はないでしょう!!」

「被告人、発言を許可していませんよ。」

 激しく反論するオーシャルを、シーラがなだめる。

「あ!?冷めたことすんじゃねぇよ、クソみたいな裁判長だな!」

 その言葉が、シーラの精神を逆撫でた。

「なんだと、おい!?もういっぺん言ってみろ!!」

 シーラがオーシャルに殴りかかる。本日2度目の乱闘が起きた。


「え!?穏便にいくんじゃないの!!?」

 デメルザは困惑した。先程とは、関係性があべこべになっている。デメルザはシーラのつけていたカツラと眼鏡をつけた。

「えーっと、じゃあオーシャル被告は有罪で。」

「ちょっと待てよ!!分かった、分かったってば!確かに払えないけど……!全財産、ポケットの中だけど!」

 シーラは殴るのをやめた。顔が真っ青だ。

「……払えないの?」

 声まで消えかかっている。無理もない。

「普通に働いてりゃ、2、3日で稼げるだろ?メイディアなら。」

 デメルザも呆れているようだ。オーシャルは気をまずくしていた。

「つーかコイツが家出したのって、何でよ?」

「それは──。」

「おい!待って待って!!」

 オーシャルは必死に止めるが、シーラは聞く耳も持たず言い放った。


「ロットバーンズで27股かけたんだよ。」


 周りは騒然とした。デメルザはもはや言葉が出ない。オーシャルは苦い顔をして、ゆっくり目を閉じた。

「もしや……、アレもやっちゃった?」

 デメルザが気まずそうに聞くと、オーシャルは少し間を置いてから口を開いた。

「まぁ……、それは、ね。言っちゃダメだよ……。」

「マジか…………!」

 オーシャルは汗でびしょびしょになっている。流石にまずい事をしたという自覚はあるらしい。


「あとさ、お前のポケットにある全財産って、コレ?」

 デメルザは小さめの袋を取り出した。中で金属のぶつかる音がする。

「あ、おい!なんで持ってんだよ!!」

「おー、兄貴よりゃ持ってんな。」

 それを聞いてオーシャルはシーラを見つめた。

「お前、まだ銅貨3枚持ちなの?」

「今に限って、お前に言われたくないぞ。」

 もっともだ。


 オーシャルを連れ出す目的も果たされ、旅は本来のものに戻った。

「さぁーて、お二人さん!ロットバーンズに帰る前に、ちょっくら付き合ってもらうぜ!暗雲探しを手伝え!!」

 なんだかデメルザは嬉しそうだ。2人は少々、腑に落ちない。

「暗雲探しってなんだよ。暗雲の日になりゃ来るだろ?」

 オーシャルがそう言うと、デメルザが指を振って下を打つ。

「ちぃがうんだなぁ!あたしが探してんのは暗雲のルーツ。どっからアレが湧いてきてんのかを知りたいんだよ!」

 クロックメイカー兄弟は顔を見合わせる。オーシャルは如何わしい顔でデメルザに言った。

「17年前に、暗雲にやられたっていう奴いるらしいけど、聞いてみるか?」

「お!いいね!!ちょっと連れてって。」


 3人は、暗雲の目撃者を訪ねていった。

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