テセウスの船
都心の大きな中央病院。その手術室へと向かう廊下で、事故に巻き込まれたために、担架にのせられた、無惨な姿をした青年と、それを大急ぎで運ぶ看護師、続いて医者とその青年の母親がいた。
大急ぎで手術室へと向かう中、母親は必死に医者に話しかける。
「先生。息子は助かるのでしょうか」
「落ち着いてください。一昔前なら手のつけようがありませんでしたが、今の医療技術を持ってすれば、必ず助けられます。安心してください」
「本当ですか。先生、ありがとうございます」
手術室に着き、青年をのせた担架がその部屋へと入っていく。医者は手術室に入る前に足を止め、振り返り、母親にこう言った。
「これから行う手術は一時的に命を繋ぎ止めるようなもので、主な治療ではありません。主な治療は一年で終わります。それまで息子さんには会えませんが、ご了承下さい」
「わかりました。我慢します。息子をよろしくお願いします」
医者はうなずき、手術室へと入っていった。
一年後。母親が中央病院を訪れた。
「先生。息子は治りましたか」
医者はうなずき、母親を息子がいる病室に案内した。
母親が病室に入ると、息子である青年は「母さん」と言うと、勢いよくベッドから立ち上がり、母親に抱きついた。
母親が感涙に浸りながら言う。
「よかった。本当によかった。さあ、帰りましょう」
「そうだね、母さん」
その言葉を発したのは、今、抱きついている息子じゃなかった。後ろから声が聞こえたのだ。
振り替えると、もう一人、息子がいた。
母親の涙は止まり、呆気にとられ、医者に聞いた。
「これはどういうことです。先生」
先生はごほんと咳払いをしてから、話し始めた。
「事故にあった息子さんの体内は、全ての臓器がぐちゃぐちゃに潰れ、使い物にならなくなっていました。そこで、それらを全て人工の臓器と変えたのです。しかし、一気に変えると色々と不都合が生じるものですから、仮死状態にして、一年間で、壊れた臓器を一つずつ人工のものに変えたのです。その時取り外した壊れた臓器ですが、捨てずに培養していたら、いつの間にか全ての臓器が回復したものですから、それでもう一人息子さんを作ったのです」
母親は二人の息子に囲まれ、放心状態になったようだった。医者はそれに構わず、こう続けた。
「……では、どちらの息子さんを持ってかえりますか」
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