不死の薬

 教授であるその男は、いつものように大学の実験室で様々な液体を混ぜ合わせていた。表向きは末梢血管に関する研究をしていることになっていたが、本当は違った。彼は不死の薬を作ろうとしていた。

 この男は単純に永遠に生きたかった。そのために、学生時代は医学や人の体について学び、卒業後はひたすら自宅で試行錯誤の毎日だった。周りからはおかしな目で見られたが、それでも良かった。男は情熱を持ちながら不死の薬を作ろうとした。

 不死の薬を作ろうとして何年かたった頃。不死の薬はまだまだ完成する気配はなかった。しかし、研究の過程で、まだ治療法が発見されていなかった病気の特効薬や、新しい細胞など様々なものを見つけた。それは世間にとっては革新的なものばかりだったが、男にとってはあまり意味のないものだった。男は研究費を手に入れるため、それらを発表していった。

 男が三十歳の時。ある有名大学から電話があった。

「あなたはまさに天才です。うちの大学教授になりませんか。もしなってくださるのなら、研究費は全額負担させて頂きます」

「それはありがたい話です」

 そうして、男は大学教授になった。

 それから、整った設備と豊富な研究費のおかげで、効率は前と比べ物にならない程上がったが、できるのは不死の薬とは関係ないものばかりだった。それもまた、世間にとっては革新的なものだったが、男は少しも嬉しくなかった。

 毎日毎日、男は不死の薬を作るべく、様々な試行錯誤を……。


 男は八十歳になっていた。その歳になっても研究を続けていたのは、男の情熱を表していた。しかし、男は年々老いを感じており、彼の頭には夢を諦めるということが次第にはっきりと浮かぶようになっていた。

 男は、研究室でひとり試験管をふりながら呟く。

「こんなにも作れないものなのか。しかし、なにも出来なかった訳ではない。生き甲斐があったし、人の役にもたてた、いい人生だった……」

 男は何の反応も見せなかった試験管を元の位置に戻し、ゆっくりとした足取りで研究室を出ていった。


 研究室の出入り口で、変わった服を着た男がその男を待っていた。

「あなたは人類史上、最も優れた功績を持つ方です。あなたの頭脳は天才的です。少し可哀想ですが、これからあなたには未来に来てもらい、研究者として永遠に生きてもらいます」

 男は驚いた。なるほど。不死の薬を作ろうとして正解だった。

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