居酒屋での出来事
夜の八時頃。俺は仕事帰りに偶然見つけたおしゃれな居酒屋で、カウンター席の隅に座って酒を飲んでいた。少しずつ酒を飲んでいると、小さく悲鳴のような声が聞こえた。ふとその方向を見ると、カウンター席の斜め上にテレビが置いてあり、心霊番組が流れているのがわかった。
俺はなんとなく心霊番組に目をやった。心霊写真が映され、専門家が何やら解説をしている。
「あれは幽霊じゃありませんよ」
テレビからではなかった。いつのまにか隣の席に座っていた男が声をかけてきたのだ。知らない男だった。
「そうなんですか」
俺がそう尋ねると、男は自信ありげに話し始めた。
「ええ、そうです。幽霊というのは世間一般的に、白い着物を着た女性というイメージがありますが、それは違います。実際、幽霊というのは黒い服を着ているのです。それに、幽霊は女だけでなく、男だっていますよ。死んでいるのは女だけじゃないんですし」
男は嘘つきを見るような目で、心霊番組を流すテレビを見つめながら言った。
そんな男に、俺は気になったことを質問してみる。
「なぜ、幽霊は黒い服を着るんですか」
「幽霊は朝眠り、夜に生活をしています。そして、幽霊というのは普通の人は見えませんが、霊感のある人には見えます。そんな人が、夜に活発に動く幽霊を見て驚かないようにするためですよ」
「なるほど。人のことを考えてくれているのですね。それにしても、黒い服とは。意外ですよ」
「他にも意外な点はありますよ。幽霊は皆、坊主なのです」
「坊主ですか。なぜです」
「刈られるのですよ。天の川を渡る時、男女構わず坊主にされます。理由はよく分かりませんが」
「そうでしたか…。今までの幽霊へのイメージが全く別のものになりました」
「そうでしょうね。幽霊のイメージというのは、霊感のない人が、適当に決めたものなのです。実際、はっきり見える人ばかりなら、白い着物を着た女のイメージなんてつきませんよ」
「ですね…」
俺は相づちをうち、酒を一口飲もうとすると、酒がなくなっている事に気づいた。マスターにおかわりを頼む。
「同じやつを、もう一杯」
「分かりました」
マスターはそう言い、俺のグラスを受けとる。そのグラスに酒を注ぎながら、俺の顔をチラッと見て言った。
「お客さん、誰と話しているんです」
「どういうことですか」
「何か、時々隣に向かって話しているようでしたから。…誰もいないように見えますが」
「いや、いますよ」
「どこですか。誰に向かってです」
俺は確かに今も隣に座っている男の特徴を探し、言った。
「誰って、黒い服を着た、坊主の男性ですよ」
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