責任

 その男は腹を立てていた。食べていたスナック菓子の中に、ビニールのようなものが入っていたからだ。男はそれに気づかず、口の中に入れてしまった。嫌な思いをした男は、そのスナック菓子を買った店に、自分の携帯電話から苦情の電話を入れる。

 少しの着信の後、その店の従業員が電話に出た。

「はい。こちらAマーケットでごさいます。何の御用でございますか」

 男は不機嫌な声で言う。

「お宅で買ったスナック菓子ですが、中にビニールのようなものが入っていました。私はそれに気づかず、喉につまらせ、息が止まりそうになりました。どうしてくれますか」

 男は喉にビニールのようなものが詰まっていないが、腹いせに話を盛った。

「そうでしたか。それは大変失礼いたしました。今、店長に変わります」

 少し待つと、店長に変わった。

「お電話変わりました。その件なのですが、うちの店はあくまでも、本店から言われた通りのものを売っているだけです。今、本店に電話を繋げますので、しばらくお待ち下さい」

「ちょっと……」

 着信音がなり始めた。男は思った。いくら責任がないと言っても、俺の愚痴ひとつ聞いてくれないとは。いつからこんなにきっぱりとした社会になったのだ。そんなことを考えていると、本店に電話が繋がった。

「この度は申し訳ありません。詳しく話を聞かせてもらってよろしいですか」

「お宅の店で買ったスナック菓子の中に、ビニールのようなものが入っていたんですよ」

「そうですか……」

 本店の従業員はしばらくの沈黙の後、言った。

「その場合、製造元に責任がありますね。今、製造元に電話を繋げるので、しばらくお待ち下さい」

「待ってください……」

 また着信音がなり始める。男は思った。どいつもこいつも責任を取りたがらない。当たり前の話かもしれないが、責任をしっかりとるのも、当たり前のはずだ。悲しい世の中になったな。

 そんなことを考えていると、スナック菓子を製造した工場の事務に電話がかかった。

「この度は申し訳ありません。この度の事の経緯を説明してもらってよろしいでしょうか」

「お宅のスナック菓子に、ビニールのようなものが入っていたんです」

「それはいつ買いましたか」

「昨日の夜です」

「なるほど……」

 製造元の事務員はしばらくの沈黙の後、言った。

「そのスナック菓子は、うちで製造したものではありません。うちの工場では、半年前までのスナック菓子を製造しておりました。よって、責任は今のスナック菓子を製造している工場にあります。今、そちらの方に繋げますので、少々お待ち下さい」

「いや、待て……」

 またも着信音がなり始める。男は思った。俺は被害者のはずだ。なぜこんな風に、たらい回しにされなければならないのだ。訴えてやりたい。でもこの様子じゃ、訴えても、同じようにたらい回しにされそうだ。

 そんなことを考えていると、現在そのスナック菓子を製造する工場の事務に繋がった。

「この度は申し訳ありません。実は、噂でスナック菓子の梱包作業をする作業員が、仕事を雑にしているというのを耳にしていたのですが、ここまでだとは。今すぐ会社を辞めさせ、それ相応の罰金を払わせます。あなたからもがつんと言ってやりたいでしょう。今、その従業員に電話を繋げますので、しばらくお待ち下さい」

 また着信音がなり始めた。しかし、その着信音は男が今使っている携帯電話とは別に、男の自宅の電話機からもなっている。

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