未来への旅

 そう遠くない未来。時間に関する研究が進み、人類はついにタイムマシンを開発した。しかし、そのタイムマシンには二つの欠点があった。一つは、料金がとてつもなく高い事。最新かつ精密な時間旅行は、大富豪が全財産を払って、やっと一回いけるといったものだった。しかし、行きたくていける人はそれで良かった。なぜなら、二つ目の欠点、時間旅行は行ったきりだからだ。タイムトラベルというのは、未来に行くことはできるが、過去に戻ることはできない。まさしく行ったきりなのだ。だから、未来へ行った人に感想を聞くことはできないし、電波さえも未来から過去に戻ってくることはできないので、通信もできるはずがなかった。

 一人の有名企業の会長である老人は、時間旅行をするため、時間旅行会社に行った。秘書や周りの人々は止めたが、本人は言うことを聞かず、無理やり意見を通してやって来たのだ。未来に行きたいという気持ちは誰もが持っているはずのもの。大富豪なら、誰もがそうするだろう。

 受付で、秘書に支払いや、その他の手続きを済まさせ、大富豪である老人はタイムマシンの席に座った。期待に胸を膨らませ、その時を待っていると、従業員の女がやって来て言った。

「何度も申し上げておりますが、もうこの時代には戻ってこれません。未来に過去へ戻れる方法があれば別ですが、ありえないでしょう。例えるなら、重力が逆さまになるようなもの、魚が陸地で暮らし始めるようなものです。なにより、未来人が来ていないのがその証拠。それでもいいでしょうか」

「知っておる。それを踏まえての事だ。早くしろ」

「承知いたしました。ところで、何年ほど先がいいでしょうか。大体未来に行く方は、百年から二百年後へ行きますが……」

「なに。皆そんなにせこいのか。わしはそんなもんじゃ足りん。千年後にしてくれ」

 従業員の女は少し驚きの表情を見せたが、すぐに営業の顔に戻り、言う。

「本気でごさいますか」

「ああ。本気だ。無理なのか」

「無理ではごさいません。しかし、千年後となると、どうなっているか分かりませんよ。戦争が起きているかもしれませんし、宇宙人が侵略に来ているかも……」

「それはそれで面白いじゃないか。早くしろ」

「し、承知いたしました」

 従業員の女はタイムマシンの設定を始めた。しばらくしてそれが終わると、言った。

「では、快適な未来への旅をお楽しみください……」

 その声と同時に、老人に仮死薬が投与された。タイムトラベルによる体への影響を抑えるためだ。次老人が起きる時は、千年後の未来に着いた時だろう。


 プシュウー、という音と共に、タイムマシンのハッチは開いた。老人は目を覚まし、体を起こす。

「な、なんと……」

 そこには、老人の想像にはなかった光景が広がっていた。余りにも見慣れた光景だったのだ。老人は銀色に輝くビル群を想像していたが、街の様子に大きな変化はなかった。変わっているところと言えば、潰れた店、新しくできた店があるくらいなのと、ロボットが歩いているくらいだった。いや、よくみると、ロボットしか歩いていない。老人は大きな不安を持ちながら立ち上がった。

 そして、老人は近くを歩いていたロボットに話しかける。

「わしは千年前から来たものだ。ここは本当に千年後なのか。いや、とりあえず、人と話がしたい。お前の主人にでも会わせてくれないか」

 ロボットは立ち止まり、冷たい声で言った。

「人はいません」

「なに。どうしてだ。もしかして、伝染病か何かで滅んでしまったとか…」

「いいえ。滅んでなんかいません」

「何を言っているんだ。いないんじゃないのか」

 ロボットは混乱する老人とは反対に、冷静に話し続ける。

「皆さん、未来に行ったようです。今では誰でも時間旅行ができますから。つまんない現代から抜け出せとか言って、誰一人残っていませんよ。残されたのは、文明を守るように作られた我々だけ。しかし、人があんなようでは、未来へ行っても大差ないと思いますが……」

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