生還

 太平洋の真ん中にたったひとつ浮かぶその島には、ひとりの男がいた。しかし、この男はその島の住人ではない。遭難したのだ。一昨日の朝、漁に出かけ、いつもより遠くまで行ってみると、急に波が押し寄せ船が転覆、遠くへと流されてしまった。

 そして目が覚めると、この島に流れ着いていたのだ。目が覚めた男に大きな不安が襲いかかる。一緒に漂着した、壊れてしまった船には特に役に立ちそうな物はなかった。このままではまずいと、男は考え込む。どうにかして、故郷へと戻りたい。どうすれば……。

 男は一時間ほど考えたが、何も思いつかなかった。そこで、とりあえずこの島を歩いてみることにした。

 まず、近くの森林に入ってみると、そこにはたくさんのフルーツがあった。どれも美味しそうな雰囲気だ。

「こんなに都合のいいことがあるのか」

 腹が減っていた男は、ひとつもぎ取った。少しためらいがあったが、それを口に運ぶと、とてもいい味がした。口いっぱいに水々しい果汁が広がる。

「どうやら食べ物には困らなそうだ」

 男はさらに奥へと進んだ。すると、今度はとても大きな木が生えており、その幹には人が入れる程の空洞ができていた。そこで雨風が防げるといった様子だった。

「住む場所も大丈夫だな」

 男はさらに奥へと進んだ。すると、今度は服の形をした葉っぱを生やす植物が生えていたのだ。

「なんと。衣類も困らなそうだ」

 その日から、男の何一つ不自由ない生活が始まった。眩しい太陽の下、好きな時間に起き、腹が減ったら食べ、眠くなったら眠る。暇なときは釣竿を作って釣りをした。男は何日、何ヵ月とそこで暮らす。きっと、一生をここで過ごすんだな、と男は思った。

 ある朝。男が目を覚まし、砂浜へと出た時、遠くから微かにバラバラと風を切る音が聞こえた。目を凝らして見ると、ヘリコプターがこちらに向かって飛んで来ているのが分かった。

 やがてヘリコプターは男の住む島へと着陸し、中から数人の救助隊員が出てきた。

「よく生き延びててくれました。もうこの島で暮らす必要はありません。さあ、帰りましょう」

「それは良かった」

 男は救助隊員に支えられながらヘリコプターに乗り込んだ。男はひとりでも歩けたが、救助隊員は男が衰弱しきっていると思ったのだろう。

 ヘリコプターは飛び立ち、故郷へと飛んでいく。男は窓から海を見下ろしていると、救助隊員が話しかけてきた。

「本当に良かったですね。もう、不自由な生活をする必要はないんですよ。故郷へ帰れば、かつてのように、たくさん働き、たくさんのくつろぐ。好きなことができるのです。生きた心地がしますよ」

 男はそう言われ、違和感を感じた。島での生活にも充分生きている心地はあった。充分くつろげたし、働かなくてよかった。好きなことができた。むしろ、故郷での生活こそ、生きた心地がしないものでは。生活するため嫌でも働き、したいことも充分にできない。そんな生活じゃないか。

 島に戻りたい。しかし、それは聞いてくれないお願いだろう。男は狭苦しい世界から、夢の島へと生還するための計画を考え始めた。

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