高いか安いか
すっかり人々が寝静まり、暗い夜道を古い街灯が静かに照らしている。そこを、たったひとり、残業を終えた男が歩いていた。
疲れていたその男は、早く家に帰りたい気持ちから自然と少し早歩きで歩いていた。
「すいません」
不意に男に後ろから声をかける者がいた。男が振り返ると、若いのか歳をとっているのかわからない男が立っていた。どこか不思議な印象を受ける。
「質問をしてよろしいでしょうか」
男は早く家に帰りたかったが、彼が少し困った様子だったので、質問に答えてあげることにした。
「いいですよ」
「ありがとうございます。では、一円は高いですか、安いですか」
男は気が抜けた。想像していた質問とまったく違う。てっきり場所でも聞いてくるのかと思ったが、一円が高いか安いかなんて、誰にでもわかる。
「馬鹿にしているのですか」
「いいえ。私は真面目です」
ふざけた様子はなかった。ということは、頭がおかしいらしい。こういう相手には、適当に答えてやって話を終わらせるのに限る。
「一円は安いですよ。では、さようなら」
「待ってください。では、十円はどうですか」
「次は十円ですか。安いですよ。さようなら」
「まだです。百円はどうですか」
男はこれが続くのかと思うと嫌になったが、相手は正常ではないのだ。素直に答えてあげよう。
「百円も安いと思いますよ」
「そうですか。では、千円はどうでしょうか」
「それは何とも言えませんね。まあ、大金ではないんじゃないでしょうか」
「なるほど。では、一万円はどうでしょうか」
「一万円ですか。それは、高いですね」
「一万円が高いのですね。では、一万倍の一億円はとてつもない額ということですね」
「そりゃあそうですよ。一億円はとんでもない額です。なんでも買えます」
すると、質問攻めをしてきた男の表情は明るくなった。
「そうですか。質問に答えていただき、ありがとうございました」
「いえいえ。では、わたしはこれで」
男は面倒ごとから解放され、足早に自宅に帰った。
次の日の朝。男が眠い体を起こし、ニュースを見ようとテレビをつけると、アナウンサーが深刻な様子で原稿を読み上げていた。
「大変です。現在、宇宙人が一億円で地球を買うと言っています。安すぎますと言っても、宇宙人は騙されないぞの一点張りで、どうしようもありません。一億円でも売らないのなら、侵略を開始するとも言っています……」
男は驚いた。画面に映っている宇宙人と言われているやつは、昨日のあいつじゃないか。まさか地球を買おうとしていたとは。男は後悔した。一億円というものは大金だが、買いたいものが地球と言うなら、あまりにも安すぎる。
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