かわいそうな生き物
とても暑い夏の日だった。その老人は病室の冷房の効いた部屋でベッドに横たわっていた。彼は今、窓越しに聞こえる蝉の声を聞き、かつて友人とこんな話をしたことを思い出した。
「蝉ってかわいそうな生き物だよな」
「蝉かい」
「うん、蝉。生涯のほとんどを真っ暗で何もない土の中でひとりぼっちで過ごして、やっと土の上に出られたと思ったら、真夏の中、一週間しか生きられないんだ。そりゃあ、あんなに叫ぶように鳴きたくもなるよな」
「そう言われると、かわいそうに見えてきたな」
その時老人は、蝉に深く同情した。蝉は確かに、深い悲しみを追い払おうとするかのように、絶叫していた。蝉たちはいつの時代も変わらず、そんな風に泣き続けている。
老人は目を覚ました。花畑がひろがり、とても心地のよい感じがした。ここは天国だと、直感的に感じた。体も心も軽く、何もかもが素晴らしい世界だった。
老人がそんな心地よい感覚に身を委ねていると、ひとりの男が声をかけてきた。彼の顔は、こんなに素晴らしい世界にいるのにも関わらず、ひどく陰気だった。
「そこのあなた。あまり喜ばない方がいいですよ。がっかりすることになります」
老人はひどく困惑した。
「どうしてです」
「この世界にいられるのは短いってことです。ここでは生前長生きだった生き物ほど短命で、短命だった生き物ほど長生きします。人は一週間というところです」
一週間。その数字を聞いて、老人はなんと短いのだと思った。そして不意に蝉を思い出した。さしずめ人にとって生前の世界は土の中で、ここは土の上といったところか。この素晴らしい世界で長生きするであろう蝉は、喜びのあまり大声で絶叫していた。
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