幸せ

 男は言う。

「ふと思ったんだが、俺は本当に人間に生まれて良かったと思うよ」

 隣に座ってテレビを見ていた妻は言う。

「いきなりどうしたのよ」

 男は食べかけの焼き鳥を見せた。

「こんな焼き鳥になって死にたくないだろ。俺たち結構苦労してるけど、こんな風にならないだけ幸せだと思うんだ。多くの生き物は食用として殺される。そりゃあ、人だって事故や、事件に巻き込まれることもあるけど、俺たちに食われる動物ほどではないじゃないか」

「確かにそうね。私も人間に生まれて幸せだわ」


 鳥は言う。

「俺は鳥に生まれて幸せだよ」

 一緒に飛んでいた鳥は言う。

「急になんだよ」

「だって、俺たちは自分の意思で自由に空を飛び回れるじゃないか。これは他の生き物には決して出来ないことだ。たまに何羽か人に捕まるが、それ以外に敵という敵もいない。本当に可哀想なのは、何の罪もない俺たちに食われる魚だよ」

「そうだな。俺も鳥に生まれて幸せだ」


 魚は言う。

「僕は魚に生まれて幸せだ」

 一緒に泳いでいた魚は言う。

「いきなりどうしたんだよ」

「お前、考えた事あるか。海はそれなりに平和だか、陸上は恐ろしい弱肉強食の世界だ。僕は静かで平和な海で暮らせる魚に生まれてよかったよ。たまに何匹か鳥に食われるが、毎日僕らに食われる海藻よりはいいじゃないか」

「確かにその通りだ。俺も魚に生まれてよかったよ」


 海藻は言う。

「私は海藻に生まれて幸せだわ」

 一緒に揺られていた海藻は言う。

「どうしてそう思うんだい」

「海を泳ぐ魚たちを見てごらんなさいよ。いつも忙しそうに泳いでいるわ。それに比べ、私たちはなにもしなくても海水から栄養を取って生きていけるのよ。たまに何本か魚に食べられちゃうけどね。本当に可哀想なのは、陸上に生えている木よ。物知りなマグロさんから聞いた話によると、ほとんどの木は寿命の前に人に切られて死んでしまうの。私はつくづく海藻に生まれて良かったと思うわ」

「その通りだ。僕も海藻に生まれて幸せだよ」


 木は言う。

「私は生まれてこれて幸せだ」

 隣に生えている木は言う。

「どうしてそう思う」

「沢山の生き物に囲まれ、それぞれから恩恵を受けて生きる。素晴らしいことだと思わないか。私はこの世界に生まれて幸せだ」

「そうか。私もそう思うよ」


 木だけが、本当の幸せを知っている。

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