心を作った男
バケツをひっくり返したような土砂降りの雨の日。郊外にある小さな研究所に、一人の老けた男が訪ねてきた。その男を歓迎するように、ひとりの青年が出てくる。
「お待ちしていました。お入り下さい」
男は青年に案内され、応接間のような部屋に入る。そして、向かい合うように座り、青年が男に話しかける。
「例の設計図はそれですか」
男はうなづく。
「ああ。これが『心』を作ることができる設計図だ。決して心を模倣したものではない。完全な心だ。ところで君も、例のものは用意しているんだろうな」
「もちろんです」
青年は中に沢山の札束が入っている紙袋を机の上に置き、男に見せる。
「まさか世紀の大発明とも呼べるものを、私に譲ってくれるとは。大金を払うのにふさわしいものです」
青年が笑みを浮かべるのとは反対に、男は表情ひとつ変えない。そんな男の表情を見た青年は、男に尋ねる。
「もしかして私に譲るのが惜しいのですか。今さらそんなこと言っても、もう遅いですよ」
「違う。残念なのだ。私はこの発明を世間に発表し、今の世の中に革命を起こそうと思った。しかし、それは無理なことを知り、君に譲ることにしたんだ」
青年は不思議がる。
「なぜ無理なのですか。ロボットに心を宿すのは、長年の人類の夢です。誰もが驚き、革命は起こりますよ」
男は首を横に振り、言った。
「それはない。確かにロボットに心を宿すのは長年の人類の夢だ。しかし、それで何か変わるわけではない。心を持ったロボットよりも、心を持たないロボットを使った方が、ずっと効率がいい。実験にも使えない。無理にしようとすると、うつ病か何か心の病気になり、正確なデータは得られないだろう。結局人間相手に何かするのと同じになってしまうんだ」
青年はそんな事はないと、男に言う。
「しかし、機械的に心が作れたんです。どのように感情が生まれているか、分かったでしょう。それこそ重要なのです」
男はため息をつく。
「実は、それは分からない。感情が生まれているのは分かるが、なぜ生まれるかは、分からない。超自然的な何かがある。この設計図は、ただ心を作ることができるだけなんだ」
「では、感情の部分を調整して、思った通りの人格を作ればいいじゃないですか」
「無理なんだ。私はそれを何十年と研究したが、心を作った際にできる人格は、どうにもできない。まさに人と同じだ。人の手でどうにかできないのだよ」
「そんな」
青年の声は大きくなる。この事実を受け入れられないのだろう。
しばらくの沈黙の後、青年は何か思いつき、声を荒げるように言った。
「しかし、ロボットには人権がない。人にはできない非合法な実験をすればいいんですよ」
男は呆れた様子で黙りこんだ。そして、しばらくすると立ち上がり、作業台の上に投げられていたハンマーを手に取り、それで青年を殴ろうとした。
「急になんです。気がおかしくなったのですか」
「いや、君が言った通り、非合法な実験をしようと思うのだ」
「何を言っているのか分かりません」
男はハンマーをおろした。そして、なんとも言えない目で青年を見つめ、言った。
「君は、私が作った心を持つロボットなのだよ」
「なんですって……」
気が抜けてそれ以上言葉が出ない青年に、男は呟くように言った。
「しかし、まさか研究者になるとは。子供は親に似ると言うが……」
男は振り替えることなく、その研究所から去って行った。
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