第23話 『Double-Edged Sword』

「だーめだめ。なーんも覚えてねーよ。そんな顔されたって思い出せねえもんは思い出せねえ。言っとくけど、オレは嘘をつかねえ性分だかんな」


「少なくとも変身出来るってことは、精人族じゃないの?」


「駄目だって。自分の種族も生まれも浮かんでこねえ。まっさらさらだ」


 基地の地下で見つけた剣、もとい少女。黒い瞳と、同じく立っていても床に届きそうな長い黒髪。体型は長いこと食事をしていなかったからか、痩せ細っている。頬がこけていても可愛いと思える程に整った顔をしているが、どことなく何か企んでいるような怪しく野性的な笑顔のせいで台無しだ。服はお隣さんにお願いして一着貸して貰ったのを着せている。

 少女はその記憶一切を失っていた。何を質問しても頭を振って知らんしか答えず、あの場所にいた理由も、自身の名前すら忘れたと言う始末。逆に教えてくれと聞き返された。


「そんなことよりよぉ。オレを目覚めさせてくれたのはオメーだろ? 感謝するぜ。っつっても、なんで嬉しいのかも分かんねぇけどな。イシシシ」


 八重歯を出して笑う名も無き少女。この無頓着さと刹那的さを感じさせる顔は、自分の今の境遇に危機感を持つどころか、むしろ楽しんでいるように見える。


「ぁぅ、なんだかリオに似ている気がします」


「匂いも一緒」


「この小生意気だけど、どっか憎めない感じが特にリオっぽいわ」


 一言二言余計やねん。だが、ティアの言う通り確かに俺に通ずるもんを感じる。そんなに俺に似てるというのなら、ほっといても勝手気ままに生きるだろうが、そう言う訳にもいかない。

 ヴァンの言う通り、変化能力を持っているという事は精人族であることはほぼ確実。精人族の能力は変性。自身を全く別の存在へ変化させる能力を持った種族だ。だが当の本人は知らぬ存ぜぬ。少なくともあの場所にいたということは、機密に触れるような存在であることは間違いないと思うのだが……


「失礼します。リオスクンドゥム様はこちらにいらっしゃいますか?」


 基地の扉を叩く音と共に、思わず背筋を伸ばしてしまうほど強制力に満ちた女性の声が聞こえた。アリンが真っ先に向かい扉を開くと、そこには立っていたのは八咫紅蓮オクタクリムゾンの一人、ウィヌミア・アムズィスィエ。ここ工業街の統括管理長だった。普段はよっぼよぼの婆さんなんだが、背筋は伸び、眼光が鋭く覇気を放っている。一緒に酒の匂いがしたような気がしたのでちらりとスコールを見ると、やはり顔を歪ませていた。ウィヌミアさんは酒が入った時、まるで酔拳のように人が変わり身体能力が急上昇し、全盛期の力を取り戻す。特殊能力の一種らしい。


「全員ここで待ってろ。ちょっと話してくる」


 殺されねえかな?





 第23話 『Double-Edged Sword』





 基地から離れ、誰もいない裏道へ連れていかれた。人払いは済ませているようで、周囲から人の気配は感じない。ピリピリと肌をかるく焼くような感じがするのは、この人に内面すら見られているように錯覚しているからか。


「リオスクンドゥム様。あの地下にあるもの。その存在と理由については……もうお分かりですね?」


「分かっています。仲間達にも、絶対に公言しないようにと釘を刺してあります」


 よろしいと頷くウィヌミアさん。正直言うと、酒が入っている状態のこの人は怖い。それは本能的な怖さだ。魔人族の平均寿命五百年を超え、六百年近く生きるこの人の持つその命の強さ。大らかな爺ちゃんとは違い、精神的重圧となってのしかかってくるのだ。無論、単純な力という意味においても、他の魔人の追随を許さない程に強い。身体は弱っているので親父や爺ちゃんには劣るものの、魔法技巧に関してはこの人の方が上と言う人達もいる。大昔から情け容赦のない人だったらしい。


「出来れば、寛大な処置をお願いしたく思います」


「それについては保証しかねるということぐらい、王子ならば理解しているでしょう。彼らは貴方の仲間。貴方が責任をもって守りなさい」


 怖えー! 言葉の一つ一つが有無を言わせない程に重てえ。王子が相手であろうとおいたは許さないという意思がひしひしと伝わってくる。


「分かりました。では、あの黒髪の少女については……」


「扉の向こうに居たのはあの少女だったと。ですがそれに関して私は一切の情報を持ち合わせておりませんし、それを見つけた者をどうしろという命令も受けていません。先代のアムズィスィエと同じく、扉が存在する以外の事は知らされていないのです。今現在、その少女を唯一知る者がいるとしたなら……アーク様だけでしょう」


 曾爺ちゃんか。【八紅金剛封陣ディアマンドベール】の基礎となる式を考案した曽爺ちゃんなら確かに知ってるかも知れない。でも教えてくれっかなぁ。曽爺ちゃんが喋ってっとこ見た事ないんだよなぁ。


「私からの要件、答えは以上になります。それではリオスクンドゥム様、くれぐれも国に仇なすことの無きよう、お願いします」


 怖えー!









 基地に戻るとヴァンが俺達の冒険記を広げ、朗読会を行っていた。黒髪の少女にお前らは何もんだと聞かれていろいろ突っ込まれたからだろう。スコールとアリンとティアは楽しそうに耳を傾け、黒髪の少女は……うっわ、すげぇニヒルな顔。面白えもんを見つけたと言わんばかりのその表情。やっぱ俺に似てんのかなぁ。


「……はい、おしまい。所々飛ばしたからちょっと早かったけど、大きな出来事があったのはこんなもんだよ」


「まだまだ序盤なんだろ? それをこれから描いてくって訳か。イシシシ、面白え……面白えじゃねえか。おい、そこのオレを起こした無駄にイケメンな赤髪。お前が此奴らの頭張ってんだろ? オレも仲間に入れろ」


 無駄とはなんだ無駄とは。まるで俺には過ぎた代物みたいな言い方しやがって。この顔は授かりもんなんだぞ? まぁ同意なんだが。


「この無茶苦茶っぷりを描いた本を面白えとか言う変わりもん、そういう奴は好きだぜ。俺は文句ない。だが入れていいかどうか決めるのは俺じゃなく、そこの銀髪のスコールって奴だ」


「いいか?」


「いいよ」


 黒髪少女が聞くと二つ返事でスコールは頷いた。宜しく頼むぜと手をひらひら振る少女。軽い。


「ねえちょっと、アタシの時は耳ピクピク鼻フンフンさせて時間かかったのに、なんでコイツの時だけ即決なのよ」


「大丈夫だから」


 この身元も何も分からない上に悪そうな笑い方する奴のどこが大丈夫なのよとティアはスコールを揺すり抗議するが、スコールは大丈夫しか言わない。挙句、揺すられるのが楽しくなってきたのか尻尾も一緒に揺らし始めた。


「ははは。取り敢えず新しい仲間が増えたことだし、自己紹介したいんだけど……」


「あう……名前、なんて呼びますか?」


「ああ、そういやそうだな。オレの名前かぁ……やっぱ思い出せないから適当に呼んでくれ。つうか名前くれ」


 手の平を出して要求する少女にアリンがあうあうと慌てた。別にアリンの名前を寄越せって意味じゃ無いと思うぞ?


「こういうのは拾った人が責任持つべきよね。最後までちゃんと面倒見なさいよ」


「拾わせたのはティア。言い出しっぺ」


 減らず口-! と再び揺するティアと言い出しっぺを連呼するスコール。

 

「名前ねぇ……じゃあ、ヤイヴァ」


 その特徴的な八重歯やえば、変身姿が剣なのでやいば。日本語名を掛けた。安直だが細く鋭そうなその体と刺すような瞳とも合うだろう。


「悪くねえな、それでいいぜ。今日からオレの名前はヤイヴァだ」


 全員の自己紹介を終えて、ヤイヴァにお前名前も無駄に長いなと言われた。ほっとけや。









「長い名前は王子だったからか。良いとこの坊っちゃんかなとは思ってたけど、苦しゅうないご身分だったとはなぁ。何であんなとこで冒険者なんかやってんだよ」


 日が傾き始めていたので今日は解散し、ヤイヴァを俺の城へ連れて――再び剣に変身しているので正しくは背負って――きた。腹が減ったから飯食わせろだの、動けねえから背負えだの、お前はオレの相棒だからいいだろ色々教えろと、ひっついて離れない。俺としてもこいつの素性は気になるので剣の状態でいることを条件に、暫く俺の部屋へ間借させることにした。ミランダ辺りが騒ぎそうだが……別にいいか。


「朝昼晩には旨い飯が勝手に出て来て、望みゃ他に何でもわんさか湧いてくる。誰もが敬い誰もが逆らわねえ。黙っていても良い女は寄ってくる。先人達が築いた血と汗と涙が染みついた高級な椅子にケツをこすりつけてふんぞり返ってりゃ、何をしなくても生きていける。どうだ、最高だろ?」


「納得。糞みてえな人生だな」


 背中のヤイヴァは俺の言いたいことを察しクスクスと笑い蔑んだ。実際はそんな単純なもんでもねえし、王族なりの苦労はある。それでも一般人なんかより遥かに約束された楽な人生なのは間違いない。


 いつものようにアストとルーナの魔法をいなし、今日の夕飯は一人で取ると使用人達に告げ、食堂へ向かう。


「何だよ。飯まで拒否すんのか? どんだけ王族嫌いなんだよ」


「そこまで毛嫌いしてる訳じゃないさ。少し前から厨房で爺ちゃん働いてっから、どんな飯か食ってみたいだけだ。ついでにお前の事も聞いてみる」


「なるへそ……あ? 爺ちゃん?」





「おいリベル! 山豚定食五人前追加だ!」


「あいよぉ! 山豚定食五人前ありがとうございまーす!」


 厨房から聞こえる威勢のいい声。頭に三角巾を巻いた半袖姿の爺ちゃんが料理長の命令のもと、豪快に立ち上る火柱を前に大鍋を振り回して食材を炒めている。修復費の返済が終わんねえのか、とっくに終わってるけど労働することにはまって続けてるか。爺ちゃんのことだから後者だな。


「おめえの爺ちゃんって事は、前王だろ? 何で厨房で鍋振ってんだ?」


「俺と同じで自分で何でもやりたがる性分なんだ。俺が爺ちゃんに似たとも言う」


 俺の性格は生前の記憶で形作られたもんではあるが、親父も爺ちゃんも似通った部分が多々ある。特に周囲を引っ掻き回す身勝手さと奔放さから、城に悪影響を与える二大巨頭として俺と爺ちゃんは王族と言う立場を押しのけ名を馳せている。


「王族は変わりもんばっかか」


「ばっかだ。おっちゃん、俺も山豚定食。大盛でオナシャス」


「喜んでぇっ!! リオ様から山豚定食大盛の注文いただきましたぁ!!」


「「「「「ありがとうございまーす!!!!」」」」」


 弟子達(爺ちゃん含む)が大声で返礼をする。前はもっと静かだったんだがなぁ。爺ちゃんがどっかの国で見た定食屋を真似てそれが広まったらしい。その店ラーメン屋だったりしないかな。






「モグモグ……あ、うめえ」


「味にうるさい爺ちゃんが作ってっからな。料理長も認めてるほどだ」


 人型になったヤイヴァが山豚の山菜炒めをうまそうにどんどんと口に運ぶ。城に勤めてる連中以外は有料になるから、大盛りを二人で分けてケチろうかと思ったのに、全部食われてしまいそうだ。


「リオ様、お疲れ様です」


「お疲れ様です! 王子!」


「うぃーっす王子。隣いいっすか?」


 今の時間は丁度訓練終わりの兵士が食事を取りにくる時間だ。俺の献身的な地位払拭活動は実を結び、こうして気さくに話しかけにくる連中はかなり増えた。それでも失礼な態度は絶対に取らないのは、上下関係に厳しい兵士ゆえにだろう。将軍ドゥーカスさんや隊長のカスペルさんのくっそ激烈な調教(教育)は徹底している。


「今日は食堂でお食事ですね……そちらの少女はどなたかな?」


「それを調べようと思って連れてきたんだ。剣に化ける精人族って、聞いたことはあるか? あと他に精人族について知ってることがあるなら、なんでもいいから教えて欲しい」


 周囲から集まる視線を気にせず一心不乱にがっつくヤイヴァを指さし、集まった全員に聞いてみたが皆顔を横に振る。そもそも精人族と会ったことがないと言う。


「竜人族並に他人と触れ合わない種族、というのが通説でしたか? 本来の竜人はティア様のような者が普通ってのは、ついこの間知りましたが。後はこの国にも数名住んでいるって話は耳にしたことがありますけど、真偽のほどは分かりませんなぁ」


「外見に特徴が無い点は竜人と一緒ですね。証明するとなると実際に変身してるとこを見なきゃ判断できませんし、性格は争い嫌いで恥ずかしがり屋。そんなのもあって人前じゃ化けないって聞いたことがあります」


「精人族の変性能力は身を隠したり、守る為にあるって知り合いの森人が言ってましたぜ? ですから剣に化けるなんてよっぽど変わり者の精人だと思うっすよ」


 駄目か。精人族も竜人族と同じく目撃情報の少ない種族。だが変性が自己防衛の為ってのはいい情報だ。剣と言う尖った変身ならば、今後ヤイヴァの過去を探るうえで絞り込み易い。


「随分と好かれてるんだな。魔人なのに魔法が使えねえって言うから、てっきり嫌われてんのかと思ってたんだが」


 黙って飯を食う事だけに集中しているかと思いきや、俺と兵士達の会話は聞いていたらしい。だが話の内容ではなく俺の城での立場を量るところからして、自身の事を知ろうという意欲は全くないようだ。


「嫌われてんぜ? ほら、斜め右後ろの席の連中とか、正面の三番目の列のとこの集団とか見てみろ。魔人は目立つ髪色してっから何してても分かりやすい」


「ほーん……アヒャヒャ、すげえ露骨にリオのこと睨んでんぜ? 隠そうともしねえ。成程なぁ、同族からは徹底的に嫌われてんだな、お前」


 そう。俺は身内以外の魔人族からかなり嫌われている。俺一人だとすれ違っても気が付かなかったと無視するぐらいだ。完全に俺を見下し、便所の掃き溜めと言わんばかりに嫌悪している。


「で? どうなんだよ、王族であらせられるリオ様に逆らう奴はいたのか?」


 含み笑いをしながらフォークをくるくると回すヤイヴァ。俺が肩をすくめて首をふると、つまんねえなと最後の肉にフォークを突き刺し口に放り込んだ。とうとう一口も食うことなくたいあげられてしまった。


「そろそろ厨房が落ち着くし、爺ちゃんにお前のこと何か知ってないか聞いてみるか」


「おう」


 食器を下げる為にお盆をヤイヴァから引き寄せ持って立ち上がる。ヤイヴァが下げれば有料にされるかもしれないからだ。一緒に食った連中に挨拶をして長机の間の通路を通っていると、誰かとすれ違う瞬間にぶつかり、派手に食器をぶちまけてしまった。おいおい俺避けたのによ。前見て歩いてくれ……魔人か。見覚えがある奴だ。カリタス・オウパリオ。随分前に花瓶でぶん殴った奴だな。そのことを恨んでいるのか、特に俺を毛嫌いしているらしく、あちこちで悪口を言っていると聞いたことがある。別にどうでもいいが。

 周囲がしんと静まり返っている。一触即発って訳でも無いんだが、どうなることやらと固唾を呑んで兵士共が俺達の成り行きを観察している。カリタスは今にも舌打ちをしそうな顔をし、一歩下がって胸に手を置き、頭を下げた。


「……失礼いたしました、リオスクンドゥム様。謹んでお詫び申し上げます」


 かっち~ん。おいおい……久しぶりにキレちまったよ。その言葉の意味、抑揚、使い方、込められた感情、何もかもがぐちゃみそだ。まるでヘドロを口の中に流し込まれたかのような気分だぜ。


「おい、手を後ろに組め。休めだ」


「……これで宜しいですか?」


 俺の命令に静かに従い、足を広げ手を後ろに組み、休めの姿勢を取ったカリタス。俺は真正面に立ち、思い切り右足を上げる。怒りの金的キックだ。


「チェストォッ!!」


「くぶぁびぇっ!!?」


 股関に思い切り食い込む足。周囲から男達の悲痛な叫びと同情する声が上がる。内股になり息子を抑え、震えるカリタスを蹴り転がし、首を踏みつけながら至近距離で睨みつける。


「お前俺に喧嘩売ってんだろ? みみっちい謝罪なんかしやがって、耳が腐るかと思ったぜ。そんなに俺の存在が気に食わねぇなら堂々と言えや。『生まれに助けられた魔力のねぇ糞餓鬼がしゃしゃり出るな』ってよ」


 どうだと提案するが、抵抗するかのように首を横に振り、否定しようと声を出そうとする。が、それは許さん。踏みつける足に更に体重を込め、磨り潰すように靴底を首に押し付け声を出させない。


「そんな事言える訳ねえだろってか? そんなんだからいつまでたっても八咫紅蓮オクタクリムゾンに成れねえんだよ。しょうがねえよなぁ? ママのおっぱいを卒業しても、今はとっかえひっかえ女のおっぱい吸ってる甘えん坊ちゃんだもんなぁ?」


 挑発に顔を真っ赤にして俺を睨むカリタス。今にも俺を殴りそうだ。これで少しは楽しめると思うと、自然と顔がにやける。足を退かし、立てと命令する。股関の痛みは消えたのか、それとも忘れる程にキレているのか。堂々と立つカリタスに指さし、俺は喧嘩の始まりを告げる。


「俺はお前が気に入らねぇ。何故ならお前が吐き気をもよおす謝罪なんざしやがったからだ。そしてお前も俺が気に入らねぇ。何故なら俺は出来損ないの魔人族、魔人の誇りとやらを汚す異物だからだ。そんな気に入らねぇ者同士があった時、やることは一つ」


 長机に飛び上がり中央に立って食堂に集まった兵士共を見下ろし、注目した全員に俺の声を響かせた。


「王族も魔人も何もねえっ。男と男が出会ったのなら! 恥も外聞も捨てて、相手を叩きのめすのが自然の摂理だ! 野郎共ぉっ! 決闘だぁ!!」


 俺の声に怒涛の歓声が答え食堂を震わせ、足踏みが地響きを起こし室内が揺れた。指笛が鳴り、まるで打ち合わせていたかのように机が中央に集められ、俺の立つ机と繋がり、即席の大きな決闘場が出来上がった。爺ちゃんが銅鑼を鳴らすかのように鍋を叩き、魔法陣を展開して結界のようなものを張りながら周囲を回り、その後ろに続く料理長達が大樽に入った酒を器に注いで全員に配る。全員に行き渡ったころ、カリタスも剣を持ち机の上に上がり、俺にその切先を向けた。


「ヤイヴァ! 来い!」


「あいよぉ! まさか最初に振るわれんのが決闘とは思いもしなかったぜ! 最高に面白えじゃねえか!」


 意気揚々と飛び上がり光に包まれ、大剣に変化したヤイヴァを掴み取り、俺もカリタスへ切先を向けた。ヤイヴァの重さ、感触、まるで自分の体の一部かと思える程に手に馴染んでいる。確かにこいつは俺の為の剣らしい。テンション上がって来たぜ。


「「「「「「「「誰が為にその血を流す!! 誰が為にその刃を振るう!! 誰が為にその者を否定する!!」」」」」」」」


「俺の為だ」「私の為だ」


「決闘の始まりだあああああ!!!!」


「リオ様ぁ!! そんな顔だけの気障野郎ぶっ殺しちまえーーーー!!」


「カリターース!! 餓鬼相手に負けたら情けねぇぞぉ!!」


「その糞生意気な王子を黙らせてやれーーーー!!」


 酒を煽りさらに熱が高まる観衆の声が罵声の様に響き渡る。応援、野次が飛び交い、俺達をなじる連中の感情と声、その全てが心地良い。最高の気分だ。カリタスは切先を下ろし、俺を強く睨んだ。


「……王子と言えど、侮辱されたからには手を抜きません。怪我では済まされませんよ?」


「お前こそ剣をちゃんと振れんのか? 股にぶら下がったご自慢の剣と腰を振る方が得意なんだろ?」


 カリタスのこめかみに筋が入った。さあさあ、その怒りを思う存分俺にぶつけてくれ。爺ちゃんが鍋を大きく打ち鳴らし、決闘開始の合図となった。


「【四鳥別火リーヴファイア】!」


 先に仕掛けたのはカリタス。四つの火球が飛んできた。溜めもなく魔法陣を開くと同時に発動させるとは流石だ。だが……俺は気にせず前へ走り、体を軸にしてヤイヴァを振り回し遠心力を乗せ、驚き身構えるカリタスへ斬りかかった。反応がやや遅れたカリタスは受けきることができず後ろへ飛ばされるが、そのまま体を後ろへ倒し片手を地に着けてバック転し体勢を整える。


「お前さ、やる気あんのか? 当てる気すらねえ、何の意図も感じねえ、あんなこけおどしの魔法で何がしてえんだよ。俺の事舐め過ぎだっつーの」


「くっ」


 カリタスが棒立ちを止めて構えた。押せえんだよ、最初っからそうしろ。今度は【岩弾時雨ロックレイン】をきちんと俺めがけて飛ばしてきた。飛んでくる幾つもの岩礫の位置を予測してヤイヴァを盾にしながら受け流し、更に接近してきたカリタスの上段切りを受けとめる。ぎりぎりと鍔迫り合いをするも、筋力も位置取りも俺は負けている。わざと力を抜いてカリタスの剣をヤイヴァの上に滑らせ跳ね上げ、腹筋めがけて蹴りを入れるが片手で止められた。そのまま足を掴まれ宙に投られ、再び放たれた【四鳥別火リーヴファイア】が俺に襲い掛かる。良い戦法だとは思うが、もっと早いか数の多い魔法を撃つべきだったな。【四鳥別火リーヴファイア】の四つの火球は同時ではなく順に飛ぶ。一つ一つ切り裂いて消し、着地する際に溜まる筋肉のばねを利用し、カリタスへ向かい反動を足に乗せ駆ける。カリタスは剣を構えて俺に応戦し、互いに五撃ずつ剣を入れ打ち合い、俺が下がるとカリタスも下がった。


「宙に飛ばした時点で私の勝ちだと思ったのですが、甘かったようですね」


「だから油断し過ぎだっての。宙でも腕は振れる。重心と力の偏る着地した時を狙うのが定石だろう」


「……舐めてかかった事を謝罪します。では、本気で行きますよ」


 いよいよマジになったカリタス。速いと思った瞬間には俺の体を横に薙ごうと剣が迫っていた。ヤイヴァでギリギリ受けきったが、思い切り斬り飛ばされてしまう。身体が跳ねつつも何とか体制を整え直し、顔を上げると大量の石礫が飛んできていた。ヤイヴァで防ぐにも遅く、幾つもの石が俺の体に食い込む。また高速接近してきたカリタスの剣を受けようと構えると脇腹を蹴り込まれた。しくったぜ、剣は囮だったか。瞬間的にわざと飛んでダメージを和らげようとしたが遅く、脇腹に鈍痛が走る。痛みに萎縮する身体を強引に動かしカリタスから距離を取ると、見覚えのある魔法陣が展開されていた。


「【匍匐凍上フロストバイト】!!」


 ヴァンとは比べ物にならない程範囲が広く強烈な霜柱が机全体に広がる。捕まったら確実に俺の負けだ。捕まらなくともこのまま決闘が長引けば体力差で俺は負けちまうだろう。そもそも実力に差があり過ぎる。だがそれでも俺は引くつもりはない。カリタスに向かって走り幅跳び飛びで霜柱を回避しつつ接近する。予測してた通り着地狩りを狙い【四鳥別火リーヴファイア】が飛んできたが、俺はヤイヴァを凍った机に突き刺し足場代わりにして腕力のみで跳躍し、前転して態勢を整え火球に突っ込む。服を焼かれ肌を焦がされるも、全て無視してカリタスへ突っ込む。予想外の行動を取られたからか、剣を俺に向けて身構え……おい、ふざけんなよ糞が。


「今更躊躇ってんじゃねえ!!」


「なっ!!?」


 俺を突こうとし止めた刃に飛び込む。カリタスが慌てて引こうとした剣は腹に深々と刺さり、腹の中のもんが飛び出るかのような感覚と共に体を貫通した。刺す気は無かったと言わんばかりに剣から手を離したカリタスの顎を狙って回し蹴りを入れる。脳震盪を起こして倒れたカリタスに腹に刺さった剣を抜きながらのし掛かり、顔のすぐ横に刃を突き立てた。腹に開いた傷穴の痛みとカリタスの下らない余計な良心のせいで怒りと殺意が吹き出し、破力が俺を包む。


「さぁ、生殺与奪の権利は俺の手の中にある。お前に命令しよう。生きたいのなら『参った』、死にたいのなら『殺せ』。好きな方を言え」


 今度は喉を抑えていないというのに、カリタスは何も言わない。この俺に、この状況に恐怖して震える瞳を見れば何を考えているのかがよく分かる。生き恥をさらすのは嫌だ、だが死ぬのも嫌だ。そこで思考が止まっている。魔法を使うでもよし。強引に俺を振り払うもよし。どうしても王子にこれ以上の傷を負わせたくないというのなら、頭をぶん殴って気絶でもさせりゃいい。こんな状況でも俺が圧倒的に不利である事に気づけない。……だからいつまで経っても変われないんだよ。破力も引っ込むほど興ざめしたし、やめだ。カリタスから降りてヤイヴァを拾い、肩に担ぐ。


「おいもう終わりかよ。ったく、あの糞野郎とんだ根性なしだな。決闘をお遊びとでも思ってんのかよ」


 ヤイヴァが吐き捨てるように文句を垂れる。俺も同感だが、あんなのに期待した自分達が愚かだっただけだと溜飲を下げた。





 上体は起こしたが、俯いたまま動かないカリタス。決闘が終わり、俺の勝鬨を期待して見上げる連中を睥睨する。こんな締まらねえ駄作なんぞより、もっと面白いモンを教えてやる。


「お前らよく聞け。知っての通り、二年後には千年祭が待っている。グランディアマンダの祭りだ、世界中から多くの人が集まるだろう。偉い奴が、金持ちが、快楽を求める連中が、祭りの熱気を求めてやってくる。そして……一緒に強え奴等もやってくる」


 ざわざわと騒ぐ観客共。一体何を言い出すのかと疑問に満ちた視線が俺に集まる。そう慌てんなよ。


「誰だって一度は思うだろう。今、この世界で誰が一番強い? 魔力に長けた魔人か? 竜人だって破壊力は半端ねえ。圧倒的な瞬発力を持った獣人か? いやいや、角人の一点突破能力も侮れねえ……違うぜ。種族で括った時点で、何もかも間違っている。いつだって雌雄を決するのは、自分自身の力だ。お前ら、自分の腕に自信はあるか? 平和に満ちたこの場所を、退屈だと思ったことは無いか? 自分の中に眠る力を、思う存分解き放ちたいと、思ったことは無いか?」


 しんと静まり返る兵士達。ぐるっと見渡せば様々な種族が、様々な人が、俺を見つめている。俺に期待をしている。それに答えてやろう。何故なら、俺も期待をしているからだ。


「いずれ中央街に完成する大闘技場。そこで……世界最強を決める。それを手に入れたいと思うか? それを手にする者を見たいか?」


 どうだと手を広げると、一人が賛同するかのように拳を上げた。それにつられて一人、また一人と拳が興奮と共に広がり掲げられる。沸騰寸前の熱意が行き場を求めて暴れ出した。そこに一石を投じ、一気に爆発させる。


「喜べ、俺達全員が主役だ。全力を持って、世界を轟かせようじゃないか!」


 ヤイヴァを、剣を高く掲げた。一人一人の大きな期待が、大きな喜びが、大きな感情が一つとなり雄たけびを上げる。うねる意思と意思がぶつかり合い、互いをより高みへ昇らせ、大歓声が俺とヤイヴァを叩いた。


「アッヒャッヒャ!! 当然、オレ達も参加すんだろ!? その闘いによぉ!!」


「あったりまえさ。世界最強なんざに興味は無いが、俺とヤイヴァを楽しませてくれる奴がそこにいるはずだ」


「いいねいいねぇ!! 魂を震わすような刺激を頼むぜぇ!!」


 こいつも心を満たすモノを望んでいる。幾時をあの場所で過ごし、全てを失った自分を満たす為に。





 俺と同じ性格のヤイヴァ。こいつも自身の快楽のために周囲をひっかきまわすだろう。それが俺にとって吉と出るか凶とでるか。いずれにしろ、退屈と思う日が消え去ることは間違いない。俺も望むぜ、魂を震わすような刺激をな。




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