第19話 『Spare The Rod And Spoil A Dragon Girl』

 基地へと向かう道すがら、今の俺達の事を改めて考えた。ヴァンとスコールはすっかり依頼をこなすことに慣れ、一人で仕事を持ってくる日もある程に経験を積んだ。スコールの話術が如何程なのか気になるところではあるが、きちんとやれる依頼を持ってくる点はしっかりしている。アリンはまだまだだが、見知らぬ人相手でも会話が成立する程度には成長した。手先の器用さを伸ばそうと小物を作らせたり簡易な箱を作らせたりしているが、結構出来がいい。アリンはこういったものの作業の方が意欲的だ。そのうち冒険で役立つようなものを作らせてもいいかもしれない。

 三人は着実に、身も心も成長している。俺はどうだろうか。その時その時を気ままに生き、やりたいようにやっている。しかしそれは生前だって同じだ。リオスクンドゥムとして肉体は成長している。心はどうだ? 記憶に頼った発想が、妨げになっていないか?


「はぁ! はぁ! あ! いたいた! おい、おう……赤髪のダンナ!」


「ん? ヘルマンニさん。どうしたんすかそんな慌てて」


 工業街の入口に差し掛かったところで、基地の隣人である小人族のヘルマンニさんが血相を変え走ってきた。顔が合い王子と言いかけたが、往来の多い場所ではまずいと思ったのか咄嗟にダンナと言い直した。俺の呼称バリエーション一つ追加。


「はぁ……はぁ……た、大変だ。 ダンナの家の前で、スコール君とヴァン君が知らない女の子と闘ってんでさ」


 なんじゃそりゃ。また俺達に喧嘩売ってくるやつがいんのか。女の子で思いつくのはこの間の三人組にいたあの水人族ぐらいだが、他に心当たりはねえな。へとへとのヘルマンニさんを背負い、基地へと走りながら詳しく話を聞いた。王子様におんぶされちゃったよと慌てているが無視する。


「それで、そいつの特徴は?」


「へ、へえ。それが、髪が空色で目が金色ってこと以外、何の特徴も無いんでさ。身なりはこの辺じゃ見ない恰好だったんですが、かなり綺麗だったんで、いいとこのお嬢さんじゃないかとは思うんですが」


 特徴が無えだぁ? 普通の人間みてえなのがこの世界にいんのか? そんな奴この国に……いや待てよ?


「そういやベルスさんも特徴が無いな。まさかとは思うが、竜人族か?」


「え!? あの竜人族ですかい!? あ、でも確かにあの強さは竜人かもしんないです」


「そんなに強い子なのか?」


「ダンナ達は前にウルレイトライガーを倒したんでしょう? あのスコール君とヴァン君が苦戦していましたぜ?」


「アリンはどうした?」


「危ないから大人達の後ろに下がらせてます」


 ……朝っぱらからなかなか刺激的じゃねえか全く。どんな奴か楽しみだ。そう考えると、俺の心を育てるには派手な出来事が一番だと思わされる。もっと俺の予想を超えて裏切って、俺を満たしてくれ。


「だ、ダンナ。顔があくどく歪んでますぜ……」





 第19話 『Spare The Rod And Spoil A Dragon Girl』





 基地の周囲はこの辺りに住む住人の殆どが集まったらしく、庭全体を人垣が覆い歓声が上がっていた。見世物状態になっているのは少しいただけないが、悪い事態にはなっていないようだ。


「なかなかやるじゃないあんた達! アタシの家来にしてやってもいいわよ!」


 うっわ、良く通る声だ。ベルスさんも結構声が通る人だから、おそらく同族だろう。つうかまだ姿見えねえけど、俺のモンから引き抜きをしようなんざいい度胸してんじゃねぇか。

 “殺気”をほんのり漲らせ、俺の中の“力”をちょっぴりだけ声に乗せる。


「どけ」


 観戦していた野次馬共は一斉に振り向き、俺を見て王子だ王子様だと慌てて道を空けた。便利だなこれ。一人退かなかった奴がいるが……なんだアリンか。俺に慣れすぎだろ。


「ようアリン。面白いお客様が来たって聞いて走ってきたぞ。お前は怪我してないか?」


「うん……あの人、朝ヴァンと一緒に来たら、怒ったスコールと中にいたの。ヴァンも怒って、追い出そうとして……ぁぅ」


「なるほどな」


 隙を窺い両手を地に付けて構えるスコールと、その一歩後ろで魔法陣を展開していつでも放つ準備をした状態のヴァン。全身傷だらけ。疲労もピークのようでふらふらだ。

 二人が睨んでいる少女。青紫色のゴシックなドレス。気持ち踵の高い黒い花飾りの付いた靴。青い炎のようなブルームーンストーン色の長い髪が揺らめき、美しく凛としながらも可愛らしい顔立ち。腰に手をあて、堂々と胸を張り、勝ち誇った金色の瞳で二人を見ていた。……服に汚れがねえな。全部いなしたのか。


「ヴァン、スコール」


「! リオ。なんかこの子、僕達の基地に……」


「鍵を盗んでとか、錠を壊して無理やり入っていたりでもしてたのか? 俺達の持ち物を荒らしたりでもしてたのか?」


「そうじゃ……ないみたいだけど……」


 段々と語尾が小さくなるヴァン。基地には入られたが、よくよく考えれば悪いことはしていないということに気付いたらしい。気が少し抜けたのか魔法陣が消えた。


「なら収めろ。休んでていいぞ。ヘルマンニさん、人払いを頼む」


「へいへい」


 ほらほら散った散ったとヘルマンニさんは集まった人を基地の庭から追い出す。ヴァンとスコールは構えを解き、俺の後ろにまで下がってぐったりした顔で尻をついた。


「ふ~ん、あんたが噂の王子様?」


 腰に手を当てたまま俺の頭からつま先までじろじろと見る少女。敵意はねえな。純粋な好奇心を感じる。


「魔法が使えない出来損ないでイケメンの王子って噂なら俺の事だ。リオスクンドゥム・メルフェイエ・グランディアマンドだ」


「あら、後ろの二人と違って礼儀はあるのね。って、アタシも名乗らないと失礼ね。アタシの名はティア。竜人族のティアよ。他の種族と違って姓が無いのは知ってるわね?」


 イケメンがさらりと流された。せめて突っ込んでほしかったぜ。


「ああ。色々と聞きたいことはあるにはあるが……そうだな。俺達の事をベルスさんから何処まで聞いてる?」


「ベルスおじさんは街と外を縦横無尽に走り回る、チビッ子冒険者達って言ってたわ」


 やはりベルスさんと知り合いか。それで基地の鍵も今はこの子が持っている。あの鍵、正確にはこの場所はベルスさんにとってとても大事な場所だ。特別な理由がないとそう易々と鍵を渡したりしないはず。ということは、だ。


「ティア姫って言い直した方がいいか?」


「うげぇ! やめてやめて! アタシは姫なんて柄じゃ無いわよ……って、なによあんた。アタシの事知ってたの?」


「すこーしだけな」


 本当は他の国にどんな連中がいるかなんて知りもしないが。いやしかしお姫様が来ちゃったか。“元竜王の娘。ベルスさんの親友の忘れ形見”。鍵を貸し出したのも頷ける。


「まあいいわ。それより、あんたもアタシと闘うの? やるわよね? というか……やるわよ!」


 おいおいなんて好戦的……おお速え、もう俺の懐か。瞬発力はスコールより、ちょっと遅いぐらいか。俺はもう一度、さっきより多めに“力”を漲らせた。


「!!?」


 あれれ。急静止からの跳躍で下がっちゃったよ。体に力が巡っている間の防御力を測ろうと思ったのに。


「あ……あんた今、アタシの事を……」


 恐ろしいモノを見るかのような顔で瞳を揺らがせるティア。殺気が漲り過ぎちゃってたか。失敗失敗。この力、“殺気がトリガー”だから頭ン中で殺そうって考えは無くとも、外に悪意が滲み出ちまうのが難点だ。不味ったなぁ、脅すつもりは無かったんだが。一応力を引っ込めて様子を伺うが、警戒して動こうとしない。もういいや。さっさとケリつけるか。


「どうした? 俺と殺り合おうって意味じゃないのか?」


 両手をだらりと垂らし、隙だらけのままティアに歩み寄る。ティアは顔を歪め、じりじりと後退するが、後ろが基地の壁と気づき、舌打ちをした。もうこうなると行動が限られる。戦闘慣れしているであろう彼女は、左右に動くと攻撃が半歩遅れるのを知っているはずだ。加えてあの好戦的な態度。十中八九、俺に向かってくるだろう。俺はタイミングを見計らい、カウンターを狙う。先ほど懐に潜られた時に右手をかぎ爪のようにし、低く構えていたのが見えていた。見知らぬ相手には自分の素早い特技を使うのが定石だ。追い詰められた時はどうだろうか? 


「っ! この!」


 やはり同じ手で来た。だが魔法陣を開いたのは失敗だろう。放つ瞬間が丸見えだ。それにその式、【加流射カタパルト】は俺もよく知っている。確かに瞬間的な最大威力は大したもんだが、行動が直線に限られてしまうのが弱点だ。おまけに伸びきるまで中断が出来ない。

 体を外に倒して悠々と躱し、伸びきった腕を掴んでティアの背へ回すと同時に足払いをして体を前に倒させ、片足を首の裏から回して挟み込み、そのまま地面へ体重を掛け押し倒した。


「がっ!?」


「無理に動くと肩が折れるぜ。もしそのまま関節の中を走る筋を傷つけりゃ、二度と動かなくなる」


 もがこうとするのを脅して止めさせる。完全に極まったから自分から折る覚悟で暴れれば解けるだろうが、そこまでするような勝負でもない。悔しそうに呻くティアを放し、立ち上がった。ティアは極められた肩を抑えながら体を起こすが、前髪で顔が隠れて表情が見えない。


「なんだよ。勝負はついただろ? そんな顔すんなよ」


「…………やしい」


 なんだ? もっと元気よくはきはきと喋らないとだめじゃないか。いつか営業社畜になった時におっきな声が出せないと先輩上司に怒鳴られるぞ?


「あぁぁぁぁぁぁぁぁもぉぉぉぉぉぉぉぉくーーーーやーーーーしーーーーいーーーーっ!!!!」


「っがああああっ!?」


 デカすぎだよ! 基地の硝子窓にひび入れるってどんな声してんだ! ああ頭が痛てぇ、耳近づけんじゃなかった。竜人は声がでけえってのがよくわかった。コイツが営業ならインターホン壊れてて聞こえませんでしたが通用しないな。


「ス、スコールっ。スコールっ」


 あまりの爆音声にスコールが気絶しちまった。アリンとヴァンが慌てて介護している。


「せっかく……せっかくあんた達を倒して冒険の旅に連れてこうと思ったのにーーーーーーーー!!」


 ……なんじゃそりゃ。








 スコールの意識が回復したのち、基地へとティアを案内して事の顛末を話してもらった。というより、ティアが一方的にペラペラと喋ってくれた。


「アタシの目的は冒険者になることよ! 色んな場所を飛び回って走り回って、知らないモノを沢山みるのがアタシの夢! でもその為には仲間がいるわ。私はそこらの深淵体アビスに負けないぐらい強いけど「さっきリオに負けた」……うるさいわねっ。とにかく、世界には一人じゃ攻略出来ない人食い洞窟とか、一人だと絶対に辿り着けない幻の秘境とかあるから、仲間は必要だって本に書いてあったわ!」


 そんな本誰かが悪戯か面白半分で作った創作本としか思えないのだが……いや、こんなファンタジーワールドなら有り得るか? ともかくティアは全身を使って妄想と現実の狭間を行き交いながら、いかに外の世界が素晴らしいかを語った。


「それでね、今日はお爺様がグランディアマンダ国に行くって話を聞いて、アタシも連れてってお願いしたの。外を見たかったのもあるし、何よりアタシの“お父様が小さい頃にいた”国でもあったし。でも堅苦しいのは嫌だから城に行くのはやめて、ベルスおじさんの所に行って、色々おしゃべりしてたら教えてくれたのよ。アタシと同じくらいの年の冒険者達がいるって。鍵を渡されて、そこで待ってろって言われたから待ってたの」


 ベルスさん、確信犯だったか。仲間意識の強いヴァンとスコールがこのおてんば娘が鉢合えば、騒ぎになることくらい予想できただろうに。


「ここには確かに冒険者っぽい道具が揃ってるし、ホントに冒険者なのかもって思って。それならあんた達を倒してアタシを認めさせてやるって決めたわ。本物の冒険者が仲間なら、百人力ってやつだもの。……負けちゃったけど。それでね、教えてほしいの! 世界って広さってのを! ベルスおじさんが言ってたわ。実際に見た奴じゃないと分からない場所だって。だから教えて! 私に、世界の広さを教えて!」


 俺達は確かに冒険者を名乗ってはいるが、まだ駆け出しのひよっこどもだ。この国を離れて活動なんぞ出来るはずもなく、一番遠く足を運んだ場所も七色蜜蜂の巣ぐらいで、そこもグランディアマンダの領土内。俺達の体験を説明したところで納得するかどうか……そうだな。


「ヴァン。俺達の冒険記、コイツに読んで貰うのはどうだ?」






 ヴァンは初めて外に出た頃からの出来事を、拙いながらもしっかり濃密に書いている。ティアは俺達のこれまでの軌跡が走る文章を目を輝かせて読んだ。硝子細工を扱うかのように丁寧に捲り、俺達の体験を想像しているのか表情がころころと変わり、心を躍らせながら更に捲るが……そこは白紙だ。


「え……もう、終わり? ねぇ、続きは?」


「これから書くんだよ。僕達の大冒険を」


「ずっとずっと広い世界。皆で歩く」


「ぁぅ……一緒に見るの」


 コイツらの言葉に込められた想い。それを深く感じ取り身を震わせるティア。ティアの外への好奇心は、その言葉と態度からして本物だ。かなり強い興味と憧れを抱いている。自らが望んだ外の世界。その入り口に立つ俺達。ティアは力強く願った。


「アタシにも……っ! アタシにも見せて!! 外にある色んな世界に連れてって!! あんた達の冒険にっ! アタシも混ぜて!!」


 こんだけ外に憧れを抱いてんだ。そう言うと思ったぜ。俺的に考えれば、ティアのような強力な種族が仲間になるのなら、俺達の戦力は大幅に強化されるし文句はない。ちょっとうるさいのが玉に瑕だが、ヴァンもスコールもアリンも大人しいことを考えれば、丁度いい塩梅だろう。何となく、こいつ等とも気が合いそうだ。いいぜ、来いよ……って俺が言っちまえば、ヴァンもスコールもアリンも受け入れちまうだろうが、今回は三人に決めさせてみよう。


「なぁヴァン。俺達が出会った時だ。俺が一緒に遊ぼうぜっつった時、スコールに同意求めたよな?」


「そういえば、そうだね。その時は何となくだけど、スコールがいいって言うならいいと思ったんだよ」


「でよ、アリンの時もそうだったろ? 俺もそん時二人に聞いたが、スコールがオッケーだって言うんなら問題ねえと思ったんだよ」


「あはは、僕もそうだったよ。だって、スコールの言うことに、間違いなんか無いんだもん」


「だろ? だからよ、ティアを友達に、仲間にしてやっていいかどうかは、スコールに決めさせようぜ」


 ヴァンはそれがいいと同意し、アリンも頷いた。


「どうだスコール、頼めるか」


 こっくりと頷いたスコールは緊張の面持ちで立つティアの前に立ち、ピクピクと耳を動かし始めた。時折首を傾け、場所を変えてまた耳を動かし……近づいてフンフンと匂いを嗅ぎ、また場所を変え……場所を変え……最後に正面に戻り、頷いた。


「優しい音と声がする。この人は大丈夫。……この人も、リオの事が好き」


「な!? なななななななな何言い出すのよあんた!! 好きって何よ好きって!? (そ、そりゃ見た目はカッコいいし、アタシを簡単に倒しちゃうぐらい強いけどぶつぶつ)……」


 オッケーが出たのはいいが、俺への好意は必要だろうか? 嫌いだと言われてギスギスさせるよりはましだが。


「……この子ぶつぶつ言い始めてるけどどうしちゃったの?」


「好きの意味を履き違えてんだろ。俺に対する好意を恋愛に当て嵌めて勝手に悶絶してるだけだ」


「ぁぅ……ティアは、リオと恋人になりたいの?」


 ヴァンは好きにも種類があるのを分かっているようだが、アリンはそのまんまの意味で捉えた。恋人という単語が出てくるあたり、ちょっとおませさんなんだな。


「惚れられちまったかぁ。俺も罪な男だなぁ。アリンは俺の事好きか?」


「ぁぅ、ぁぅ……うん」


 頬を赤くして恥ずかし気に頷くアリン。実に可愛いじゃないか。おにいさん大興奮だよ。


「よしよし、お礼に肩車してやろう」


 ぽーんと持ち上げ肩に乗せ、くるくると回った。あうあう言っているが、笑い声も混じっている。よし、次はもっと刺激の強い体験をさせてやろう。


「それより、スコールが大丈夫だって言うんだから、今日からティアも友達だね。僕の名前はリンドヴァーン・エイスクレピア。ヴァンって呼んでね」


「スコラウト・ファンレロ。スコール」


「ぁぅ、ぁぅ、ぁぅ、ぁぅ、わたし、ぁぅ、ぁぅ、落ちる……落ちる……」


「リオ、降ろして自己紹介させてあげなよ」


 もうちょっとで足裏から背にかけて鋭角のイナバウアーが出来そうだったんだが止められてしまった。


「ぁぅ……アリネイア・リヴァノヴァ。アリンって、呼んで」


「リオスクンドゥム、以下略。リオだ。ようこそティア。お前を歓迎しよう、盛大にな」


「う、うん。改めて言うわ。ティアよ。よろしく」


 俺の差し出した手を恥ずかしそうに握るティア。握ったな? 握っちゃったな?


「うおら!」


「きゃあ!? な、何? 何すんのよ!? ちょっと! え、え? どこ行くのよ!?」


 アリンの時と同じよう、がっつりと肩に手を回し固定する。仲間となった者への恒例行事だ。戸惑うティアを引きずり、俺達は街の外へ出た。









「ふはははははははは!! 俺の速さにっ! 世界の速さについて来れるかああああああああっ!!」


「負っけらんないわよおおおおおおおおっ!!」


「……っ」


「僕達はゆっくり行こうね、アリン」


「ぅ、うん」


 二人を除き、森の斜面を全力で駆け上る。キンチャクダケ狩りが親睦を深めるのに丁度いいと思い、ミリヤムさんから籠を三つ借りて枕の森までやってきた。しかしティアはノリのいい子だ。最初に来た頃を思い出して走り出したのだが、ティオはすぐさまくらいついてきた。スコールも後に続いたが、今回のヴァンは大人しい。元々そういう性格なのもあるだろうが、アリンを気遣って自制しているのだろう。ヴァンのような奴はまとめ役に相応しい。やっぱりヴァンが親分でいいんじゃねえかな。


「【加流射カタパルト】」


「その手があったわね! アタシもっ、【加流射カタパルト】!!」


「あ!? 狡いぞゴラ!! 他の人が出来ないことをやって優越感に浸っちゃ駄目ってお母さんに習わなかったのか!!?」


「あはははは! 勝った者勝ちなのよ!」


 言うじゃねえか。だったらどんな手を使ってでもおめえらを貶めてやる。目的が変わったのはきっと気のせいだ。調子に乗って魔法で突き進む二人が一直線に並ぶ時を見計らい、叫んだ。


「スコール!! おすわり!!」


「!!」


「えちょ!? 急に止まぐえぇ!!?」


 狙い通り俺の言葉に忠実に従い止まったスコールにティアが激突した。追いついた俺は二人の脇腹に手を回し、そのまま後ろへ何度も転がり勢いをつけて二人を同時巴投げで斜面下へ放り投げた。


「…………」


「きゃああああああああ!!」


 歩くヴァンとアリンより後方へ投げ出された二人は宙で体勢を整え、奇麗に着地した。見事なもんだな。


「あっひゃっひゃっひゃ! ざまぁみろぉ♪ あっひゃっひゃっひゃ!」


 尻を叩いて挑発し、俺はまた駆け上る。今度はアンブッシュしてとっちめてやる。


「こおおおおんのおおおお!! 絶ええええ対にっ、許さないんだからああああああああ!!」


「…………」


 ティアが挑発に乗り怒り心頭で追いかけて来る。スコールは尻尾をぶんぶんと振って楽しそうだ。あの巴投げが面白かったのだろう。おっと、早く先に行かなくては。


「……また、行っちゃった」


「怪我しないようにね~!」









「これがキンチャクダケって言うキノコね。凄い沢山生えてるわ」


「ここは穴場みたいなものなんだ。普通こんなに沢山は生えないんだよ」


「ふ~ん、外は柔らかいのね……あ、虫が出てきた」


「ぁぅ、虫さん、靴の中入っちゃダメ……」


「石虫。食べられない」


 全身落ち葉と砂だらけになったティアはキンチャクダケを引っこ抜き、しげしげと観察している。一応お嬢様なのだが、汚れや昆虫に抵抗は無いようだ。


「時期的に今日が最後の採取だ。宝キンチャク作る以外にも乾燥させて使うから、好きなだけ採って来いってさ。色が白っぽくなってるのは旨味が無くなってるから、採らないようにな」


 持ってきた籠は坂を上る途中で放り捨てていたのだが、ヴァンとアリンがしっかり拾って此処まで持ってくれた。帰りは俺とスコールとティアが背負う。


「よっと。結構軽いわね」


 ティアは満杯の籠を軽々と背負った。スコールは背負わず、前に抱きかかえるように持っている。尻尾の付け根を圧迫して痛いかららしい。俺も背負ったが、中にキノコが入ってねえんじゃないかと思うほどに軽く感じる。こんなにも力強く成長しちまうんだな、亜人ってのは。


「んじゃ、後は下るだけだが……」


「剥しておいた」


 既にスコールが木の皮を五枚並べていた。仕事が早い。以前のように滑り降りる気満々である。


「木の皮で何をするのよ?」


「こうすんのさっ」


 俺は以前の様に座らず、上に飛び乗る。


「ヴァン、【匍匐凍上フロストバイト】で俺の足首から下を皮ごと凍らせてくれ」


「? うん。いくよ、【匍匐凍上フロストバイト】」


 両足と木の皮が一体化し、跳躍しても剝がれなくなった。これなら行けるぜ。俺は体重を傾け、凍った木の皮で斜面を一気に滑り降りる。雪は無いが、スノボーのように駆使して進む。


「何それ! 面白そう! ヴァンっ、アタシもアタシもっ」


 ティアは俺の真似をし、同じように滑り下りてきた。スコールも同じく追随し、また三人で競争紛いをしながら高速で森を突っ切る。


「僕達は普通に滑ろうね」


「うん」





「行くぜ! ハットトリックだ!」


「アタシも決めるわよ! それ!」


「…………」


 凍って強度が上がった皮は多少の無茶をしても千切れず、砕けない。木の幹を利用してループを決め、岩を左右に避けず全身を使って跳躍しサークルターンを決めながら飛び越えた。ティアもスコールも俺を真似して技を決め、数回で慣れてオリジナルの技を編み出して思い思いのままに、派手に動き回りながら木と木の間を突き進む。


「さあ最後だ! 大技決めてやるぜ!」


 湖が見えたところで背負った籠を捨て、さらに速度を上げる。スコールとティアも躊躇うことなく俺に続き、三人横並びで突撃し、幹をジャンプ台代わりに一気に飛翔する。ティアがダブルバックフリップ、スコールがフラットスピン、俺はクアッドコーク。互いに高難易度の技を決め込み……三つの水柱を上げた。


「ああ、やると思った……」


「ぁぅぁぅ……」


 湖の真ん中。びしょ濡れになって大笑いする俺達を、ヴァンが呆れて、アリンが心配そうに上から見ていた。







 湖から上がったのち籠を回収し、俺とスコールは以前と同じように上半身裸に。ティアもドレスを脱ぎ、インナーだけの恰好。最初は恥ずかしがっていたが直ぐに慣れ、この恰好の方が楽でいいわねと解放感に浸り両手を広げて風を浴びている。草原で川の字に寝っころがり、全員で空を見上げた。四羽の鳥が高く飛び、鳴き声を上げている。指笛を作り鳴き声に合わせて吹いた。アリンも首飾りを手に取り、その美しい音色を響かせる。


「あんた達は、毎日こんなことばっかりしてんのね……」


 鳥を見つめながらティアが呟く。アリンが再び首飾りを吹くと、遠くから飛んできた一羽が四羽に交じった。なんだか象徴的じゃねえか。なぁ?


「おうともさ。これまでも、そしてこれかも……まだまだ行くぞオラぁ!!」


 飛び起きて籠を背負い走る。まだ今日は終わってねえ。始まったばっかだ。


「っ!」


「アリンもちょっとだけ走ろっか」


「うんっ」


「……これまでも、これからも……っ、今度こそは負けないわよ!!」


 全員揃って平原を駆ける。ど突合い、転がり、魔法を撃ち合いとはしゃぎ、真っ直ぐ変えればすぐに帰れるというのに、時間をかけて互いを知り、互いをぶつけ合った。





 ガキらしいか? そうだな、俺もそう思う。だがそれを悪いことだとは思わねえ。成長だなんだって考え巡らせて変化を求めようと、本質は変わらん。やりたいことをやる。それで十分だ。




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