幕間 『Lindvurm Aseklepia』
住宅街第四通りに居を構えるエイスクレピア家の邸宅。他の家々と比べ造りは大きく、真新しい清潔感に溢れた建物である。エイスクレピア家の社会的地位、ここで言う収入は上の下と言った所であり、それが二階建ての個人住居という形として、その一階がこの家の主の職業をはっきりと表している。
通りを颯爽と歩く長身細身の、まだ中年とまではいかない若さを感じさせる爬人の男。厚手の長い焦茶色の上着に、深い赤色の帽子と言う、近頃彼と同じ年代の男に評判の恰好で、その一つ一つがそこそこ高価なモノであった。男はそれが気に入っているのか否か、煩わしそうに上着の首元を緩めながら、磨かれた青銅で作られたエイスクレピア家の表札にぶら下がる札を『往診中』から『宅診中』へとひっくり返し、中へ入った。
「あら、お帰りなさい。さっきお隣のアロウニアさんから聞いたわ。ダーヴィトさん、また腰を痛めたらしいわね」
「あれほど安静にしろと言ったのに、痛みが一時的に引いたのを治ったと勘違いして無茶をしたそうだ。全く、しょうがない人だ」
出迎えた爬人女性に上着を渡しながら、この家の主、ヴェンツェルは愚痴を零す。ヴェンツェルの妻、マーリオンは上着を衣文掛けに通しながら苦笑いし、ヴェンツェルの言葉に同意した。
「鎮痛薬は使ったの?」
「ああ。【
「いいえ、机に向かって何やら必死に勉強していたわよ? 『沢山勉強しなきゃいけないんだ』って、妙に嬉しそうだったわね」
「ほう……」
息子の心境の変化にヴェンツェルは少々驚く。ヴェンツェルの後継、つまり医者を継がせるために幾度も勉強しろと、消極的な息子へ口を酸っぱくさせていたが、自発的に学ぶのはこれが初めてであった。近頃外で遊んでばかりいることには少々憤りを感じていたが、ヴァンは思いがけない切っ掛けを掴んで来たようだと、しかし縦に振ろうとした頭を横へと変えた。
「いやいや、確かに良い傾向だとは思うが、それと約束を破ったことは別だ。それも一日で三つもだぞ。その内の一つ、あれだけは絶対に守れと強く言い聞かせたのにだ」
「でもねアナタ。あの子がそう簡単に約束を破るような子だとは私思えないの。最初はこれが反抗期かとも思ったけど、話に聞いた感じと違うわ。きっと、街であの子を大きく変える程の事があったんじゃないかしら」
「分かっているさ。頭ごなしに叱り付けるような真似はしない。せっかく意欲的になってくれたというのに、それを萎縮させるようでは本末転倒だ。まずは何があったのかゆっくり聞くことにしよう。マール、茶を頼む」
幕間 『Lindvurm Aseklepia』
「ヴァン、入るぞ」
ヴェンツェルはヴァンの部屋の外から声を掛けた。だが中で勉強をしている筈のヴァンからは返事が無い。ヴェンツェルは少しだけ扉を開き、中の様子を覗き見た。
「えーっと、ここがここと繋がってて、量がこの式で決まって……あれ? ここは何の為にあるんだろ?」
片手に魔術書を広げ、手の平に作り出した魔法陣を見つめながら彼是と頭を悩ませているヴァンの後ろ姿。今までは言われるがままに覚えるだけだったのが、教えられたことに何の意味があるのかと、考えを巡らせている。自ら意欲を持って取り組む姿を初めて見たヴェンツェルの胸には喜びの感情が沸いたが、いやいやそうじゃない目的を違えるなと部屋の中へ入った。
「邪魔するぞ」
「ひゃっ!? お、お父さん、お帰りなさい」
「……ん? その魔術書は、私のものか?」
「あ、そ、その、ごめんなさい。詳しく書いてあるの、これしかなくて……」
手に抱えた魔術書を指さされ、あたふたと慌てるヴァンはその本で顔を半分隠し、ヴェンツェルを伺いみる。勝手に持ち出したことで怒られると委縮するヴァンを、ヴェンツェルは一先ず注意することにした。
「それは私が昔から、少しずつ少しずつ書き足していきながら作った大切な本だ。次からはちゃんと、お父さんに一言言ってから持っていきなさい」
「はい。ごめんなさい」
別に自作の魔術書を身内に持ち出された程度で怒りはしないが、何も言わずに他人の持ち物を物色するのは誰だろうと気分のいいものではないぞと付け加える。ヴァンから罪の意識、反省の色を感じ取り、これ以上言うのは野暮かと止め、ヴェンツェルは机に持たれかかる。息子であるヴァンが父ヴェンツェルに恐怖心を抱いていることは、彼も重々承知していた。だからこそ、滅多な事ではヴェンツェルの私室に入らなかったヴァンが、勉学の為にと入ったこと。そのヴァンの変わりようが、良いのか悪いのか見極めなければと、ヴェンツェルは深く呼吸をした。
「アナタ、お茶入れたわよ」
マーリオンが盆に二つの食器を乗せ部屋に入る。紅茶の入った茶器をヴェンツェルの近くに置き、もう一つをヴァンの手元に置いた。
「今からお昼作るんだけど、二人は何か食べたい物はある?」
「何でもいい」
「えっと、僕も。何でも食べるよ」
何でもいいってのが一番困るんだけどねぇと、マーリオンはため息をこぼしながら部屋を出ていった。
マーリオンがいなくなり、父子の間には沈黙が漂う。ヴェンツェルは茶器を手に取って香りを嗅ぎ、ヴァンへ件の話を聞くことにした。
「昨日の事はお母さんから聞いている。歓楽街へ行き、夜遅くまで遊び、挙句の果てには“壁の向こう”へ出たらしいな。それは本当か?」
あくまで確認の為にヴェンツェルはゆっくりと問う。マーリオンの言う通り、ヴェンツェルもまた、ヴァンが約束を破るような子に育てた覚えはないからである。しかしながら、息子は父親の問いに躊躇う事無く頷いた。
「はい。僕は友達と歓楽街に行って、壁の外に出て、夜遅くまで遊んでいました」
「……最初から、お父さんとの約束を破るつもりでいたのか」
「ち、違うよっ。最初は行くつもりなんて全然無かったし、外へ出るだなんて思っても無かったんだけど、その、友達が……」
そこでヴァンは口を噤み、視線を落とした。どうやら約束を破った以外に、後ろめたい事があるらしい。おそらくその友人が原因で、ヴァンは約束を破ったのだろうとヴェンツェルは考え、その友人について追及することにした。
「つまり、お前の友達が、お前を歓楽街へ誘い、壁の外へと連れ出し、夜遅くまで引っ張りまわした訳だ」
「えっと、その、夜遅くなったのは、僕のせい、です」
「……お前はいつも誰と一緒に遊んでいるんだ?」
「スコールと……リオ」
「スコールとは……確か、リーマスのとこの倅か。人見知りだが、大人しくていい子だ。だがリオという子は、聞いたことが無いな……どこの家の子だ?」
リーマス・ファンレロ。生傷の絶えない子連れ狩人のことは、何度も手当てをしているのでよく知っている。その子供と仲良くしているとはヴェンツェルも初耳だった。だがリオとは誰のことだろうか。ヴェンツェルは紅茶を口に付けながら記憶を掘り返したが、リオとやらに当てはまる人物はいない。もしや歓楽街に住む子だろうか。それならヴァンが歓楽街へ行ったのも多少は納得できるが。とヴェンツェルが考察する最中、ヴァンの口から飛び出したのは、彼の度肝を抜く単語であった。
「グランディアマンドの王子様だよ」
「プバファッ!? づぅあ!? 熱っつぁ!! 熱っつ!!」
ヴェンツェルの口と鼻からは紅茶が逆流し、余りの熱さ、ではなく驚天動地な姓名が彼を狂わせ、手に持つ茶器をひっくり返させた。
「わ! ごめんなさいお父さん、大丈夫?」
「ぐ、グランディアマンドの王子様だと!? ならばリオとは、リオスクンドゥム・メルフェイエ・グランディアマンド様の事か!!?」
「う、うん。そうだよ」
何故よりにもよって国で最も尊く崇高な一族の名が出るのかとヴェンツェルは仰天する。そんな事は有り得ないと思考が混乱し始めたヴェンツェルは、ヴァンの口から嘘だと言わせよう、嘘と言って貰わなくては困ると躍起になった。
「ヴァン! お前は約束を破った上に、お父さんに嘘まで付く気か!? そんな大それた嘘を付くようなら家から追い出すぞ!!」
「ほ、ホントだよ!! ホントの事だもん!! だってリオ、魔法が全然使えないし、まほろばっていうものすんごく珍しいお酒持ってきたりするんだもん!」
「お酒は大人になってからだと言っただろう!!」
「僕は飲んでないよ!!」
もはや当初の諍いすら忘れ、二人はリオという人物が王子か否かで揉めることとなり収拾がつかなくなった。しかしながら、ヴァンが今まで嘘を付いた事など一度としてない。嘘を隠せるような性格でもなく、家族であるならば見れば察せるその表情は本当であると語っていた。であるならば、次に起こさなけらばならない行動は何だろうかとヴェンツェルは頭を悩ませた。もし王家に粗相をすることなどしてしまえばと焦るヴェンツェルだが、その彼へと無意識に、無邪気に、ヴァンは追い打ちを掛けてしまった。
「そういえば、リオが『そのうち挨拶するつもりだ』って言ってたよ? 嘘だと思うなら連れてくるけど?」
「なん……だと……? グランディアマンドの王子がたかだか一市民の家に挨拶だと!?」
これは天恵か、それとも破滅かとヴェンツェルは窓からヴァンの部屋を飛び出し下階へ飛び降り、昼の用意をする妻の元へ急いだ。
「ま、マール!! 急げ!! 急いでエイスクレピア家に代々伝わる秘蔵の酒を!! いやいや王子様は未成年だった! ありったけの全財産をかき集めろ!!」
「きゃあああああ!? アナタ一体何処から入ってきてるの!? それに突然なんなのよ!! お隣に見られたら何事かと思われてしまうわ!!」
「それどころじゃない!! 我がエイスクレピア家全勢力をもってもてなさければならんのだ!!」
下階でぎゃあぎゃあと近所迷惑この上ない大騒ぎに、やっぱり話さないほうがよかったなぁとヴァンは後悔した。
「突然の訪問でありながらもこうして持て成して頂き、誠に有難う御座います。既にご存じかと思いますが、改めて名乗らせて頂きます。私は、リオスクンドゥム・メルフェイエ・グランディアマンド。グランディアマンド家グラウィス王が嫡男、現第一王子であります」
「こっ、これはこれは、我ら愛国の至宝、神の愛子に最初に名乗らせてしまうなど、一生の不徳致す限りで御座います。遅ればせながら、私はヴェンツェル・エイスクレピア。我が愚息、リンドヴァーンの父親で御座います。こちらは我が妻、マーリオン。このような形で王子を拝見させて頂くとは思いもよらなかったとはいえ、大した持て成しが出来ず大変心苦しく思います」
「ヴェンツェル殿はご謙遜を仰る。我が友、ヴァンは大変に優秀な友人です。ヴェンツェル殿がヴァンと私に繋がりがあるのを知らなかったのも、私が不利益を被ることをヴァンが危惧したからですよ。誇って下さい。貴方の息子は、能力だけでなく他者の機微を察するだけの優しい心を持った、聡慧な童です」
「いやはや、まっことの神の子にそこまで言わしめさせてしまうとは、私は勿論、息子もこの上ない恐悦至極に御座います。っと、また私はリオスクンドゥム様に粗相をしてしまうところでありました。どうぞこちらへお掛けになって下さい」
いつもと全く違う雰囲気、口調で場を進めるヴェンツェルとリオの姿にヴァンは困惑気味だった。彼が知る限り厳格な父が頭を下げたことなどは無く、普段飄々としているリオが丁寧な口調で喋ることに違和感を通り越しふざけているとしか思えなかったからである。『紅茶です』と震える仕草と声で台に置くマーリオン。ぺこぺこと頭を下げるヴェンツェル。両親の徹頭徹尾低姿勢な姿を見つめ、リオがいかに偉大な人物であるか思い知らされるのであった。
「先ずは、最初に謝罪をさせて頂きたい。ヴァンを唆し、歓楽街に入れ、外壁の外へ連れ出し、夜分遅く帰宅することになったその原因。全て私、リオスクンドゥムにあります。大変、申し訳ありませんでした」
リオが頭を下げた。その行為にヴェンツェルだけでなく、マーリオンまで慌てだし、居間は騒然となる。この国で最も偉い人物が、父と母に頭を下げている。何を企んでいるのかと最初ヴァンは疑いの視線を向けていたが、彼の言葉を反芻し、そして気付いた。
(全責任押し付けるつもりで、俺の名前出せ)
あの時の言葉は冗談でも、その場の勢いで口にした言葉でもなく、リオの本音であった。彼が頭を下げるのは、自分の罪を全て背負い、責任を取るため。
リオの姿が、ヴァンにとってたまらないほどに、勇ましく映った。
「頭をお上げくださいリオスクンドゥム様!!」
「そ、そうです! こうしてヴァンは無事でいますし、ヴァンもリオ様のお陰でとてもいい経験が出来ました」
「そういう訳にはいきません。私はエイスクレピア家のご子息を、私の身勝手で危険にさらす真似をした。その事実に変わりありません。貴方方両親に、罵られても何らおかしくないのです」
「の、罵るなどと! たかが一市民に過ぎない私共がリオスクンドゥム様を罵るなど、恐れ多すぎます!」
「……ならば、グランディアマンド家の王子としてでは無く、“唯の子供のリオとして、ヴァンの友達として”謝ります。本当に、すいませんでした」
リオの纏っていた厳粛な雰囲気は一切無くなり、見た目相応の子供らしさで再び頭を下げた。その行為にマーリオンはいいのですよと謝罪を受け取ろうとしたが、ヴェンツェルに止められる。
ヴェンツェルは、頭を下げるリオと対等の位置で向かい合おうと決意した。
「……リオ、君。と言ったかね」
「はい」
リオを君付けで読んだヴェンツェルにマーリオンは小さな悲鳴を上げたが、リオは頭を上げ、真っ直ぐな視線でヴェンツェルを見つめ返した。
「リオ君が私達の息子、ヴァンと共に行った所業。そのどれもが危険を孕んでいるということ、全て分かった上で一緒に行動したのだね?」
「はい」
ヴェンツェルはやはり、と心の中で頷いた。リオは王子扱いされ、今回の件を水に流してしまう事は望んでいないということを察した。この年で何という責任感の強さだと、ヴェンツェルはリオの王子としてではなく、一個人としての評価を高く上げた。
「成程。リオ君はかなり早熟のようだ。だがヴァンはそうではない。色々な物に直ぐ影響を受ける年頃なんだ。リオ君としても、ちょっと早すぎやしないかな?」
「そのことも踏まえて、ヴェンツェルさんとお話するために僕はお邪魔させていただきました」
最初から語り合うことを想定していたと暗に話すリオに、ヴェンツェルはこれはとんでもない強敵だと苦笑いしながらも受け入れる事にした。
「かなり先の事を読んで行動していたという訳か。流石、賢王子と称えられるだけある。マーリオン、ヴァン。少し席を……いや、夕飯用の食材を買いにでも行っててくれ。せっかくヴァンの友達が遊びに来てくれたのだ。最後まで楽しんでいって貰おうではないか」
「ありがとうございます、ヴェンツェルさん」
「礼を言うのはこちらになりそうだがな。いや、どうだろう。お前にはやらんっ、と突っぱねる可能性もあるな」
ただ一二度の会話で打ち解け笑いあう二人に、同じく微笑むマーリオンはヴァンを連れ外に出た。
「お父さん凄く楽しそうだったね」
「ふふ、リオ君のように頭の良い人とおしゃべり出来ることってなかなかないから、お父さんも嬉しくなっちゃったみたいね」
マーリオンとヴァンは商店街の大通りで買い物をしながら、先程のヴェンツェルとリオの様子について話していた。
「ねえ、ヴァン。リオ君ってどんな子なの?」
「えっとね、王子様らしいような、そうじゃないような」
「なあに、それ」
マーリオンはヴァンと友達だと言う王子を少しでも知ろうと聞いてみたが、ヴァンのリオへ対する印象は曖昧だった。
「僕もよく分かんないんだ。僕達と同じ子供かなって時もあれば、お父さんみたいに大人な感じの時もあるし、なんだか不思議な人なんだよ」
「……そうなの」
「うん。それからリオは、自分の事をダメ人間、人として失格なんて言ってた」
「そ、そうなの」
あれ程の高等な弁舌を見せておきながら、ダメ出しをするとは一体どういう事なのだろうかと、マーリオンはリオの事が益々理解し難い人物になった。確かに噂では魔法が使えない無能王子と耳にしたことはあるが、あれだけの逸材を国が無能と切って捨てるのはおかしいのでは、というのがマーリオンが今日初めて会ったリオへの印象だった。
「だけどね。リオは僕の知らないこといーっぱい知ってて、色んなこと沢山教えてくれて、毎日毎日遊んでてて、楽しくない日なんてないんだ」
「……」
リオの事を語り始めたヴァンの横顔は、マーリオンが今まで見たことが無いほどに、羨望と決意で満ち満ちていた。
「リオは嫌なことも怖いことも笑い飛ばしちゃうし、誰よりも堂々としてて、凄くカッコいいんだ。そんなリオとずっと一緒にいれたならって思ったけど、リオが言ったんだ。『知らないことが沢山あるってことは、やりたいことがいっぱいあるかもしれないってことだ』って」
とても子供らしからぬ考えの持ち主だった。そしてその考えが、その言葉が、引っ込み思案でいつもおどおどとしていたヴァンを変えたのだ。
「『もっといっぱい勉強して、もっといっぱい考えて、自分の心が出した心に従え』。だから僕、いっぱい勉強するようにしたんだ。もっともっといっぱい知らないこと知って、皆を助けたりわくわくさせたりできる、リオみたいにカッコいい人になるのが、僕の目標なんだ」
両手を広げ、満面の笑みで語るヴァンの姿に、マーリオンは思う。ヴァンはとても良い友達を持ったと、リオとの幸運な巡り合わせに感謝した。
次の日の朝。ヴェンツェルが部屋を覗くと、そこには本を抱え眠るヴァンの姿があった。
(神よ。リオスクンドゥム様とヴァンを引き合わせてくれてたこと。心より感謝申し上げます)
「ほらヴァン。起きなさい」
「ん、ん~~……、あ……お父さん。おはよう……」
寝起きの良いヴァンがまだ寝ぼけ眼でヴェンツェルをぼーっと眺める。ヴェンツェルが机の横に立てられた蠟燭台を見ると、蠟が完全に溶けきっていた。
「頑張って勉強するのはお父さんも嬉しいが、流石に夜遅くまでするのは感心しないな」
「……はい……ごめんなさい……」
「とりあえず、顔を洗ってきなさい」
「はい……」
裏庭に汲まれた甕水で顔を洗い、朝食を取ったヴァンはヴェンツェルに診所へ連れてかれる。
「ヴァン、今日はお父さんのお手伝いをしなさい」
「お手伝い?」
「“リオ君と共に外に出る”のなら、私の医療魔法をきちんと覚えなさい。そしたら、街の外に出るのは許そう」
「そ、外に出ていいの!?」
ちゃんと覚えたらだとヴェンツェルはヴァンの額を小突き、念を押した。
「お父さんの教えることは、お前の将来に必ず役立つだろう。私の持つ医療の知識、全て覚えるつもりで励みなさい」
「うん!!」
夫と息子の楽し気な姿にマーリオンは微笑み、札を下げようと入り口を開けると、そこにはふくよかな爬人の女性が、同じ体型の爬人男性の腰布を掴み引き摺る姿があった。
「痛てててて!! 頼むミリヤムそんなに引っ張らないでくれ!! 腰に、腰に響くぅっ!!」
「うっさいねぇ! ヴェンツェルさんが動くなって言ってんのに、何であんたは言う事聞かないんだい!?」
「し、しかし一日一回は糠床をひっくり返してやらんとあたたたたたっ!?」
「そんぐらいアタシがやっとくよまったくもう!! すまないねぇマーリオンさん、ヴェンツェルさん。またうちの馬鹿旦那を診てやってくんないかい? 文字通りお灸を据えてやってくれ。キッツいのをね!!」
院内に夫を引きずり込み、診察台へどんと乗せたミリヤム。叩きつけられた衝撃で腰に激痛が走り、ダーヴィトは悲鳴を上げる。
「ふむ、ならば丁度いい。ダーヴィトさんには、我が息子の実験台となって頂きましょう」
実験という聞き捨てならない言葉にダーヴィトは顔だけ上げ、痛みに悶える姿を心配そうに見つめるヴァンと目が合う。
「い、痛くしないでくれな、ヴァンちゃん」
黙らっしゃい! とミリヤムに腰を叩かれ、ダーヴィトは再び悲鳴を上げた。
「い、いいのかな」
「いいのよヴァンちゃん。何なら二度と起き上がれないようにしちゃったって構わないよ」
腰に手を置き胸を張るミリヤムにヴァンとヴェンツェルは苦笑ながら、ダーヴィトの診察を始めた。
さあ、まずは医療魔法の代表、【
はい!
いいか? 先ずは正確な座標を式に組み込むんだ。間違いが無いのを確認したのち、注ぎ込む魔力量に細心の注意を払いながら……
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