第三章 少年期
第13話 『The Rainbow Wonders Of The Bee』
「なんか暇になっちまったな。また集会館のネーちゃん脅して依頼書ふんだくるか」
「可哀想だから止めなよリオ。お金はいっぱいあるんだから、無理にお小遣い稼ぎしなくてもいいでしょ」
「金なんてどうでもいいんだよ。刺激が欲しいんだ。刺激が」
「……」
二人と出会いとうとう一年が経った。身も心も一回り成長した俺達は、中央街で道行く人々を眺めながら暇を持て余していた。いつもなら適当な依頼をミリヤムさんから頼まれてそれをこなす為に奔走するんだが、ホーエンローエ一家は留守だった為、手持ち無沙汰になってしまったのだ。
「じゃあリオ、僕の魔法の練習に付き合ってくれる? 覚えるばっかりで使う機会が無くってさ」
「そりゃいいな。魔法は覚えるんじゃなく使ってナンボだって言うしな。スコールも……おい、スコール?」
噴水の淵、俺の隣に腰を掛けていたスコールが姿を消した。スコールがいなくなる時は大体食べ物が絡む時なので、近くの食い物屋に注視すれば大抵見つけられる。
「いたよリオ。あの露店の前」
こういう時に見つけるのはヴァンだ。観察眼の強いヴァンは、人混みに紛れた俺やスコールを容易に見つけ出す。当の本人は『二人は見つけやすいからだよ』と言っていたが、恐らくヴァンの“特殊能力”ではないかと思っている。
例えば、声を聞いただけでその人物の持つ持病や年齢を特定出来たり、見たことも無い箱の中身の良し悪しを判別出来たりと、魔法とは違う少し変わった能力を持った人がいる。細かい分類や定義は決められてないが、確かに存在する能力として国も認めている。
……曾爺ちゃんも、その特殊能力を持っているらしい。ただ、その能力は口にすることすら憚れ、絶対の機密事項として秘匿されている。
「駄目だ。スコールの奴、釘付けになって動かねぇ。当たりの店か」
スコールが置物のように動かなくなる店は、名店か珍味を味わえる店の可能性が九割だ。
「とりあえず行ってみようよ」
「あ……こんにちは、小さいお客さん達。よかったら買ってくかい?」
スコールが店の前でじっと立っていたにもかかわらず、巨人族の店主は俺達三人が近づいてようやく気が付いた。小さいから見えなかったとかそういう事ではなく、少々放心している様子が窺える。
「三つくれないか」
「三つだね。二百四十ディアムだよ。……はい、どうぞ」
一つ八十ディアムという良心的な価格に少し驚きつつ、スコールが欲しがった食い物を改めて見た。包み紙の代わりとして少し大きな葉に包まれた薄黄緑色の円形の柔らかい食べ物。一口食べてみると……こりゃまんまお餅だ。
「モチモチしてて、なんだか不思議な触感だね」
「ああ。だが甘みがちょっち……」
「……薄い」
食感は悪く無い。寧ろかなり良い方だ。手間暇が掛かっているのが分かる。しかし如何せん味が薄すぎる。
「や、やっぱり君たちもそう思うかい?」
店主は項垂れた。やっぱりと言うことは、この餅の欠点を既に知っているという事か。
「これ、私の故郷のお菓子なんだよ。これが昔から大好きで、グランディアマンダでも売れるだろうと思ってお店を開いたんだけど、この国の人たちは味の濃いものに慣れているみたいだから、評判はいまいちでさ。売れ行きは全然良くないし、やっぱり店たたもうかなぁ」
豊かな国であるほど味が濃くなる。それは、調味料がふんだんに使えるほど国に財力があり、頻繁な流通があるということだ。生きる上で甘いやしょっぱい等という味覚は必要ない。栄養があるか否かだけでいい。生きるための食という行為を娯楽という位置まで昇華させるには、それだけ一つの食に費やす材料が必要だ。だが……
「もったいねえな」
「え?」
「これだけしっかりした弾力と粘性を持った奴を作るにはそうとう体力と労力がいる。おっちゃん、これを練るのに結構時間を費やしてんじゃねえか?」
「そ、そりゃあ、前の晩に粘りを出す為の葉っぱを採りに行って、早朝からずっと突き続けるから大変といえば大変だけんど……」
素材良し。店主の腕も良し。あと足りないもの……それは、インパクトだ。
「おっちゃん。店たたむのはもう少し待ってくれ」
なんせ俺の生前の国に近しい食材だ。ここで埋もれさせるのは忍びねえ。俺が生き返らせてやる。
第13話 『The Rainbow Wonders Of The Bee』
次の日の朝。一匹の生物が基地の庭で嬉しそうに駆け回る。火で炙った黒菜を放り投げてやると、パクリと一口。
「わっ。リオ、なにこの生き物」
「翼蜥蜴のサラダちゃんだ」
翼蜥蜴。頭から尻尾までの全長三メーダー程の青黒い蜥蜴。翼とか言う割にはそんな大層な飛行能力は無く、モモンガのような膜があるだけの蜥蜴だ。だが走る速度はなかなか優秀で、特に爬人族に懐きやすく飼いならしやすいので多少の遠出の際非常に重宝する。
こいつは俺と産まれ日が同じであり、親近感がわいたので厩務員に頼んで面倒を見させて貰っている。名前の由来は野菜好き(野菜炒めを上げると凄く喜ぶ)でサラマンダーだからサラダだ。しかし火は吐かない。サラダちゃんはスコールの事がかなり気に入ったのか、細長い舌でペロペロと顔を舐めまくっている。
「目的地まではかなり距離があるから、此奴で移動するぞ」
南門から出て南南西の方角に真っ直ぐ。徒歩三時間程度の場所に“巣”があるとベルスさんは教えてくれた。
俺達三人を乗せたサラダちゃんは広い草原を颯爽と駆け、時折吹く風に合わせて跳躍し滑空飛行で悠々と空を飛ぶ。細長い舌で微妙な気圧の変化や風の流れを読み取っているのだ。
「あはははは! 凄いねこの子! 僕達が乗っても平気で飛んじゃうよ!」
「上級兵士が乗る蜥蜴だからな。特にサラダちゃんは国が管理する翼蜥蜴の中でも体が一番デカい」
体感速度は大体四十~六十キロメートル。滑空中が最も早い。スコールはサラダちゃんと息ぴったりのようで、音で風を読むスコールがペシペシとサラダちゃんの首元を叩き、それに答えるかのように大きく飛び上がる。
「ひゃああああああ!!」
「ぼうや~よい子だねんねしな~♪」
七色蜜蜂。体長五十センテ~一メーダーの巨大な昆虫。花、樹木、草等のありとあらゆる植物から糖分を含んだ液体を採取し、体内の特殊な濾過機能を用いて高純度の糖を抽出し、蜜を蓄える。その蜜は七色蜂蜜と呼ばれ、世界で最も甘いと言われる。
抽出した際に残った不純物が毒になる訳だが、これがかなり危険で厄介な毒である。七色蜜蜂は採取する液体の種類を問わないので、個体ごとに毒の成分が異なる。なので解毒薬が効かない。【
「派手派手だね」
「気色わりい。目が痛ぇ」
「……うるさい」
体内の毒の成分で体色が個体ごとに変わり、黒と何らかの色の縞模様だ。七色という名の由来にもなっている。
「ここを登るんだね」
「ああ。昨日夜なべして作ったこれで、落っこちないよう気を付けながらな」
巣は一般的な蜂の巣と比べて巨大なのは、七色蜜蜂の体長から見て当然だ。最も異なるのは、その巣が岩盤に穿たれた穴であるということ。
七色蜜蜂が腹に持つ針は毒針では無い。琥珀色の硬質な長い針を中心に、茨の様に鋭い棘が幾つも生えている。これを高速で回転させ、まさに掘削機のように岩盤を削る。見るからに危険極まりないこの針は、当然武器にもなる。突進と同時にこんな掘削針が直撃すれば、あっという間にお陀仏だ。
だが本当に恐ろしいのはこの掘削針ではなく、掘削針と毒が生み出すコンボ。この掘削針は攻撃中周りの針が横に大きく広がる。実は、掘削針は突き刺すためではなく掠り傷を負わせる為にある。身体中に傷を負わせた敵に、体内の毒を口から広い範囲に散布する。気化した毒は傷口から容易に侵入し、その者の命を簡単に奪い取る。
これだけの凶悪な武器を兼ね備えた七色蜜蜂だが、とある七不思議がある。一人一人の人の顔を覚えていて、助けてくれた者には恩返しをするとか、鳶や鷹のような鳥達と競争して遊んでいるだとか。そしてその噂の内の一つが“俺達のような連中”に関りがある。
「よし、しっかり結んだな」
腰と太もも回りに巻いたハーネスモドキを引っ張る。緩みなし。二人のハーネスも異常なし。俺と二人を繋ぐ紐も解けないか確認。用意した紐は全て俺とヴァンとスコール三人がぶら下がっても千切れない程の強度を持つように結ってある。他にも色々と用意しなけばならない道具があるんだろうが、本職のロッククライマーでもないし、非力な人間とは違い高い身体能力を持った俺たちならゴリ押しで行けるだろう。
「先ずは俺から行く」
岩肌は固く、凹凸が多いので安易に手足を掛けられる。直ぐに二人と繋ぐ紐の限界の長さまで登れた。目の前の隙間にアンカーを打ち込む。
「大丈夫だ。二人とも登ってこい」
片手で来い来いして二人を登らせた。ヴァンもスコールもスイスイと登り、俺の隣まで上がってきた。
「ヴァン、平気か」
「うん。全然大丈夫。最後まで行けると思う」
「スコールはどうだ?」
スコールにも声をかけたが、首を傾げられた。そうだった、コイツ七色蜜蜂の羽音対策で濡らした綿を耳の穴に突っ込んで、更に耳周り頭部を布で三重四重に巻いて音を完全にシャットアウトしてるんだった。
親指と人差し指で輪っかを作り、残りの指を立てた右手をスコールに見せる。スコールも同じく指で輪っかを作り返した。……多分意味は分かってない。
「まあいいか。どんどんいくぞ」
「うん!」
「……(こっくり)」
半分ほど登りきった所で振り返る。真下には森が広がり、遠くには平原が何処までも続き、地平線の半分以上をグランディアマンダ国のデカい外壁が埋め尽くし、【
「こっからだとグランディアマンダのデカさがよく分かるな」
「え? どこどっうわわぁっ!?」
俺の言葉によそ見をしたヴァンが足を踏み外した。咄嗟に連結紐を掴みふんじばり、ヴァンの落下を防ぐ。
「あ、ありがとうリオ」
プラプラと揺れるヴァンが額の汗を拭う。例え落下せずとも腰に結構な衝撃が加わったと思うが、平気そうだった。
「あんまり気を抜きすぎるなよ。……スコール、別に遊んでる訳じゃないから、そんな面白いモノを見るような目をすんな」
揺れるヴァンを興味津々で眺めるスコールを諫める。俺の言葉は聞こえてないが、一応察したようだ。
とうとう巣穴周辺まで辿り着いた。俺達の周囲をブンブンと七色蜜蜂が飛び交う。
「……リオの言う通り、本当に襲ってこないね」
そう。こいつ等は何故か“子供は襲わない”のだ。その理由は一切不明で、七色蜜蜂の七不思議の一つとして数えられる。小人族の大人では襲われるようなので、体の大きさで判断しているようでは無いという事だけは知られている。
「…………」
「ん? え!? あれ!? スコール!!?」
「あぁ、捕まっちまったか」
スコールはハーネスを七色蜜蜂に捕まれ、持ち上げられている。襲わないけど、巣穴に連れてかれちゃうんだよなぁ。
「うわっ、こっちにも来た!」
「抵抗すると余計危ないから、大人しくな」
とうとうヴァンも俺も捕まり、俺達三人は七色蜜蜂の巣へ運ばれていく。
「なんだかよく分かんない蜂だね。襲わないし、巣穴に運ぶし。何がしたいんだろ」
「俺達子供を自分達の子と勘違いしてるんじゃないか、ってのが一番有力な説なんだが、釈然としないわな」
俺的にはフェロモンに関りがあるんじゃねえかなとは思う。蜂の意思疎通手段だし。
巣の中に入り、俺達が見たものは沢山の七色蜜蜂がガリガリと壁を掘削し、巣穴を拡張している姿だった。まるで工事現場のようだ。
「す、すごい音」
「スコールは耳塞いで来て正解だったな」
スコールの耳はかなり鋭敏だ。【
蜜蜂の工事現場を通り過ぎ、俺達を抱える蜂達は更に奥へ進む。
「っ! スンスン、スンスン」
スコールが鼻を鳴らし始めた。どうやら蜜の貯蔵室へ運ばれて行っているらしい。薄暗い洞穴を通り抜け、何故か明かりが漏れる先に見えたものは。
「!! これが全部、七色蜂蜜……」
壁という壁全てが金色に輝き、あちこちで蜜がトロリと滴り、まるで蜂蜜の鍾乳洞。蜂蜜特有の強烈な香りがこの空間全体を漂い、匂いを嗅ぐだけで鼻血が出そうだ。
「っ! っ! っ!」
スコールが垂れ落ちてくる蜜や柱の蜜を取ろうと暴れているが、蜜蜂は放してくれない。とうとう蜜の貯蔵室も通り過ぎ、更に奥へと進んだ。
「おいおい、こんなところまで入るなんて言ってなかったぞ」
「どういうこと?」
「実際に俺達と同じ年の時に運ばれた人が知り合いにいるんだが、そんときゃ蜜のある部屋まで連れてかれて、適当に舐め終えたら外に連れ出されたって話だ」
「じゃあ、この先は?」
「多分誰も見たことがない。見たことないが……一番奥の部屋ってのは、一番偉い奴がいる部屋だ」
「それってつまり……」
話を続けようとしたところで視界が暗くなり、蜂の羽音だけが響く。ヴァンが生唾を飲み込み、スコールは大人しくしている。数分も飛び続け、蜂に連れてかれた場所。そこは青白く発行するキノコが生い茂り、部屋全体を明るく照らしている。その部屋の中央に鎮座する、この巣の主。
「七色、女王蜂……」
体長十メーダー近くある巨大な蜂達の女王。七色の名の通り体が虹色に仄かに光っており、一見サイケデリックなように見えるが、計算されたかのような色合いが素晴らしく美しい。
……片羽が無いな。
「ヴァン、下手に騒いで刺激するなよ。俺達をここまで連れてこさせたからには何か理由がある」
「そ、そうなの?」
「ああ。働き蜂は滅多な事じゃ女王の巣には入らない。女王が食べる蜜の運搬役だけが進入を許されている」
「じゃあ、僕達は女王の、餌として……」
「普通に考えたらそうだが……」
俺の言葉に顔を青くするヴァンだが、俺は餌として連れ込んだとは思えない。
蜂は俺達を女王蜂の目の前へ降ろすと、来た道を戻っていった。女王蜂がゆっくりとその頭を擡げ、俺達を品定めするかのように巨大な顎をカチカチと鳴らし、真っ赤な複眼でじっと見つめてきた。ヴァンは俺の背に隠れ、スコールはいつものようにポケっと突っ立っている。
「り、リオ」
「大丈夫だ。スコールを見てみろ。危険が無いのを察してる」
女王蜂は更に俺達に近づき……頭を地面に置いた。
「え……え? どうしたの?」
「リオに、あいさつしてる」
「そういうことか」
「そいうことってどういこと? これって、あれだよね。女王蜂が、リオに服従してるってことなんじゃ?」
「まぁ、それに近いかもな」
女王蜂に近づき、昆虫特有の硬い甲殻に覆われた頭を撫でる。女王蜂は触角で俺を突いてきた。多分、喜んでいる。
「“爺ちゃん”は相変わらずあっちこっち冒険してる。今度戻ってきた時、お前と会ったこと話すよ」
俺の言ってる事が分かっているのか、女王蜂は顎をカチカチとならして答えた。手を放すと女王は頭を持ち上げ、口を開き蜜を垂らしてきた。
「いいのか? お前だけの特別な蜜だろ?」
そう言ったが早く受け取れと言わんばかりに顎を鳴らすので、背に背負った大きな瓶を取り出し、溢れる寸前まで受け取った。
「ありがとうな」
長く暗い洞窟をキノコで照らし、戻りながら二人に爺ちゃんの昔話をした。
「へぇ。じゃあリオのお爺さん、リベルタス様が助けたのがあの女王蜂なんだ」
「ああ。むかーし、怪我して飛べなくなった蜂の世話をしたことがあるって言ってたの思い出してな。まだ巣立ちして間もない頃の女王のことだったようだ」
爺ちゃん職務放棄して何やってんだよって感じだが。
「しかしあの女王、よく俺が血縁者だって分かったな」
「不思議だね」
「リオ、リオ。もう舐めていい?」
俺とヴァンで蜂の不思議について考察している最中、スコールは俺の背負う蜂蜜瓶が気になって仕方ないらしく、何度も何度も舐めていいかと聞いてきた。後でね後でねとスルーして来たが、そろそろ限界のようだ。
「ったくしゃあねえな。ちょっとだけだぞ?」
瓶を降ろし蓋を開けるとスコールは尻尾をブンブン振りながら飛びつき、人差し指で蜜をすくった。とろける蜜は七色に甘く輝き、ねっとりとした雫から高密度の糖分を含んでいることが覗える。
「おいスコール、それは取りすぎだ。そんなに舐めちまったら……」
俺の言う事を聞かずスコールは指にたっぷりついた七色の蜜を舐めとってしまう。……耳塞いでんの忘れてた。
「~~~~♪ っ…………っ、っ! っ!? っ!!」
蜂蜜の超濃厚な甘さに至福の時を過ごすスコールだったが、突如頭から煙が飛び出た。まるで機関車のようにぽっぽぽっぽと煙を噴出しながら暴れ、来た道を一直線に暴走し始めた。
「スコール!? ねえリオ、スコールどうしちゃったの!?」
「取り合えず追いかけるぞ!」
慌てて瓶を背負い後を追うが、スコールは凄まじい速度で巣を駆け抜けていく。普段の二倍近い速さだ。
「はぁ! はぁ! その蜂蜜っ、唯の蜂蜜じゃないんだね!」
「ああ。この蜜は女王蜂だけが食べる特別な蜜、別名『皇帝の雫』。またの名を『万能霊薬』。一滴舐めれば不眠不休で三日間過ごせる程の強力な栄養と強壮成分を含んでる。あいつ暫く寝れない日が続くぞ」
薄めて使うんだよこれ。普通の七色蜂蜜ですらベロンベロンに甘いんだから。
「でっ、出口だ!」
とうとう出口まで暴走を続けたスコール。しかしそのレ○レのおじさんのような走りは止まらず……飛び降りた。
「うっそだろあの馬鹿!?」
「スコールーーーー!!」
出口崖際で急制止し、崖下を見た。おいおい、マジかよ。
「か、壁を走って降りてる……」
「この切り立つ壁を走るとは。皇帝の雫、恐るべし」
スコールはそのまま一気に駆け降り地面と衝突し、盛大に砂埃を上げた。普通に落ちるよりやばくねえか?
「あ! スコール! って、また走り出した!」
「えぇ……」
舞い上がる砂煙から飛び出し、再び暴走し始めたスコールは森の中へと突入する。高い木々がスコールの姿を隠したが、巻き上げる砂埃のせいでどこにいるかがはっきりわかる。
「仕方ねえな。ここまで来たら俺達もやるっきゃねえだろ」
瓶の蓋を開け、ほんのちょっぴりだけ蜜を取り舐めた。蜂蜜の濃厚な甘みと香りが口いっぱいに広がり、直後、体の中が石炭でも燃やし始めたかのようにカッカと熱くなり、全身に力が漲ってくる。興奮作用もあるようで、気が高まってきた。
「ほらヴァン、ちょーっとだけな」
「う、うん。ペロ…………~~~~!!」
ヴァンも同じく強壮作用が働き、全身に溢れる力が出口を求めて暴れ出したようだ。
「いくぞヴァン!」
「うん!」
巣穴から飛び降りる。ヴァンですら躊躇いなく飛び降り、一気に崖を下る。スコールのように走るまではいかなくとも、微妙なでっぱりや岩の隙間に手足を引っ掛け、突っ込みながら勢いよく下る。最後は地面から高さ十メーダあたりから飛び出し、大地へ体を叩きつけるつもり着地する。隣でもヴァンが両手をついて着地した。
「とんでもねぇ蜜だなこりゃ」
「うん。まだ体がドキドキしてる。なんか今なら何でも出来そう」
ヴァンはその場で跳躍し始めた。すげえ、二メーダー近く飛び上がってるよ。
俺達が蜜の凄さに興奮していると、近くの茂みからサラダちゃんが顔を出した。ちゃんと言う事を聞いて待っててくれていたようだ。
「んじゃ暴走スコールを追っかけんぞ」
「うん!」
サラダにも蜜を舐めさせ、普段の二倍以上の滑空飛行でスコールを追いかけた。スコールが駆け抜けた跡を追跡し続け……とうとうグランディアマンダまで帰ってきてしまった。
「物凄い音が壁から響いてきたから何事かと思いましたが、リオスクンドゥム様のご友人でしたか」
「「ご迷惑をお掛けしました」」
南門前。見張りの兵士へ謝罪する俺とヴァン。俺達の脇で眼を回し気絶しているスコール。南門の東側百メーダーあたりの壁に、スコールが衝突したと思わしき跡が残った。
三日後。中心街に並ぶ出店の一つ、とある店の前には連日長蛇の列が並び、一躍国の人気菓子となった蜂蜜餅は飛ぶように売れまくった。
「やあ君達! この間はありがとう! おかげで大盛況だよ! あ、これ新作ね。王子様の言う通り焼いてみたんだけど、こっちもすごい売れたよ」
午前中で完売してしまうほどに人気となり、店主、イサンドロさんは店仕舞いをして俺達の基地へ顔を出しに来た。背が高すぎるせいで殆どお辞儀状態だ。
「あの蜂蜜、そうそう駄目になることは無いが、一応保存には気を付けてくれ」
「分かってますよ。自室の冷暗所で厳重に保管してます」
持ってきた蜂蜜は半分イサンドロさんへ渡し、もう半分は基地に置くことにした。現在使い道を模索中。もしかしたらヴァンの親父さんにお願いする事になるかも。
「それで、これが私からのお礼になります」
イサンドロさんは机に重そうな袋を置いた。中に入っていたのは、おおすっげ、大量の金硬貨だ。ヴァンも目を見開いて驚いているが、スコールは目もくれず一人表面パリパリ中もっちりの焼蜜餅の虜になっている。
「うわわわわわわ!? こんなにいいんですか!!?」
「今後の売り上げを考えたら、全然少ないと思いますよ。それぐらい売れに売れています」
「俺達にゃ十分さ」
爺ちゃんの“友達”にも会えたしな。今回はなかなかに爽快な出来事だったぜ。
「それじゃ、私は明日の仕込みに戻ります。皆、本当にありがとう。よかったらいつでも店に来てください」
イサンドロさんは出入り口を四苦八苦しながら抜けて帰っていった。
「ねえリオ。僕買いたいものがあるんだけど、いいかな?」
袋の中の硬貨を見つめながらお願いをするヴァン。物を欲しがるとは珍しいな。
「おう。あんまり高かったりするもんじゃなきゃいい。何が欲しいんだ?」
「えっとね、本が欲しいんだ」
「学術書か? それとも魔術書か? ありゃ高ぇけど一、二冊ぐらいなら買っていいぞ」
「ううん。何も書かれてない本が欲しいんだ」
「何も、書かれてない本?」
焼蜜餅を食べながら俺の代わりにスコールが聞いた。一応話聞いてはいたのか。
「うん。僕達の冒険をね、思い出として本に書こうと思うんだ」
「自叙伝ってやつか。いいじゃねえか。早速でっかく分厚いやつ買いに行くか!」
硬貨の詰まった袋を掴み基地の扉を開け放つ。特注品を作らせるから結構な金額になるだろう。
「で、でっかい本なの?」
「あったりめえだろ」
振り返り、驚くヴァンと、不思議そうな目で俺を見るスコールに、ニヤリと笑う。
「俺達の冒険だぜ? 毎日毎日こんだけ暴れてんだ。唯の本じゃあっという間にいっぱいになっちまう。俺達の大冒険を全部受け止められる、でっかい本じゃないとな!」
「っ、うん!!」
「ぼうけん。でっかいぼうけん」
ヴァンが喜び、スコールが笑う。
そうさ。俺達の、俺の人生を、ありとあらゆるもんで埋め尽くしてやる。
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