第16話 『Boys Meet A Little Girl』

 ・深淵体アビスが存在する理由は何か? 生物を殺害するため。

 ・深淵体アビスが出没する時間帯は何時か? 昼夜を問わない。

 ・深淵体アビスが出現する場所は何処か? 何処にでも現れる(例外有り)。

 ・深淵体アビスの種類、強さはどれ程のものか? 多岐に渡り、大きく八段階の等級が付けられる。等級が低い程集団で活動する姿が散見される。

   ドット……殺傷能力は非常に低く、動きも緩慢。

   ブラック……要注意。強さはそれ程では無いが、注意すべし。

   ダーク……危険。下手をすれば命に係わる故、近づくべからず。

   ウルレイト……相対禁止。討伐を専門とする者以外関わる事を禁ずる。

   リトリート……国民へ勧告し、出現地域一帯を封鎖。

   フォービドゥン……災害。国が直接対応、指示を行う。

   カラミティ……災厄。一般国民を避難させ、全勢力を持って討て。

   カオス……文明崩壊。その土地を捨て、遠い地へ逃げるべし。

 ・深淵体アビスを討伐する者は誰か? 各国の保有する兵士。次いで民営の討伐隊。等級が低いものは依頼として掲示され、一般の狩人、冒険者等が主に報酬目当てで討伐する。

 ・深淵体アビスを討伐するにあたって、必要な能力、条件は何か? その者の能力、技能が十分にあれば、出身、年齢を問わず可能。


「【匍匐凍上フロストバイト】!」


 俺を犠牲にして誘い出し、面白いぐらい綺麗に集まったブラックゴブリンの足元をヴァンの魔法が駆け抜ける。ゴブリン達は地面ごと足を凍らせられ、身動きが取れなくなった。


「【飛刃斬スプリット】」


 スコールが水平に蹴った宙の軌道に乗り、横薙ぎの薄い刃が飛翔し、複数のゴブリンの首を刎ねた。


「あんまし強くねえなこいつら。殺る気あんのか?」


 ショートナイフをお手玉しながら二人の魔法を見ていたが、普通に決まってしまい歯ごたえがない。取り敢えず一本投げて一匹仕留める。全員動けないから纏当てゲーム状態だ。


「ブラックだとこんなに弱いんだね。なんか拍子抜けしちゃった」


 ヴァンが【断旋風ワールウィンド】を一匹に当てると、簡単にバラバラになった。


「……」


 スコールが無言のままもう一度【飛刃斬スプリット】を放ち、最後のゴブリンもあっさり倒した。





 第16話 『Boys Meet A Little Girl』





「折角冒険者登録出来たってのに、あんなんじゃ修行にもなんねぇな」


 あの日の一件で、俺達は集会館での受注許可が下りた。冒険者として登録し、公式に活動してもよい親父達から認可を貰ったからだ。


「最初に戦ったウルレイト級はあんなに怖かったのに、ブラックは全然そんなことないし。僕弱い者いじめでもしてる気分だったよ」


 ヴァンの首には菱形が三つ重なった様に削られた黒曜石のドッグタグが下がっている。俺達三人の名前が彫られた登録者の証。本来なら一人一人が持つものなんだが、俺達は三人揃ってなければ受注できないという制約を課せられているので、それならば一つにしてくれとお願いしたのだ。


「……つまんない」


 とうとうスコールの駄目だしが出てしまった。しかし、今の俺達が受注可能な依頼の中で一番手こずりそうなものは先程の討伐ぐらいしか無い。そりゃ俺もつまらんかったが、こうして堂々と出来るだけありがたいと思うしかない。


「仕方ねぇ。気分転換に貰った賞金でベルスさんの飯でも食いに行くか」


「賛成」


「じゃあまず一旦基地に戻って荷物置いてから行こうね」





 基地へと戻る道すがら、ヴァンが初陣の時の事について色々と聞いてきた。


「そういえばさ。リオってウルレイトライガーが吐いた深淵の焔の中にいたのに、何で平気だったの?」


「ああ。それには二つそれっぽい理由があってな……」


 まず挙げられたのが、俺が魔力を持たないからということ。親父達の推察は、魔力を持たない俺は体の構造が普通とは異なっていて、それが原因で効果が無かったのでは? ということ。

 二つ目は、尾手猿の尾に嵌められていた指輪。あれは護身用の防壁を展開する魔法紋が彫られているらしく、それが俺にも作用したかも、というオレーシャさんの説。


「う~ん、なんかどっちとも取れるような、そうじゃないような。あの尾手猿の指輪って、嵌めてない人にも効果あるの?」


「装備した者に効果が及ぶのが魔法宝飾品の特徴だからな。『近くの者にも』とか『任意の者に』とかで式組まれてるんなら話は別だが、あの指輪にそんな長ったらしい式組み込めるとは思えないな」


「結局分かんないってことなんだね」


 俺の中の謎の力が一番有力だが、暫く黙っていたほうがいいか。今日戦って、“力を噴き出させるトリガー”も何となく分かったし。


「健康で、御飯食べられるなら、それでいい」


 スコールの言うことは単純だが、なんだかんだで真理だ。生きるという行為において最も大切だろう。


「そういうこった。俺の健康の秘訣はまた今度考えて、今はこの空腹を満たそう」


 あれこれ話す内に基地に到着し、スコールが扉に鍵を差そうとする際、ドアノブに泥が付着しているのに気付いた。スコールの手を掴み止めさせ、ゆっくりとヴァンと共に下がらせる。


(何かあったのリオ?)


(今からそれを調べる。スコール、基地全体に【共振探知ユニゾーノ】だ)


 頷いたスコールが基地を探知する。反応は直ぐに返ってきたようだ。


(塔の上に人がいる)


(知ってる人か?)


 スコールは首を横に振った。物取りか? 確かに俺達はそこそこの金を蓄えている。だがあの鍵はかなり強固だ。わざわざ選んで開けるような奴なら、相当な手練れかもしれん。 


(ねぇスコール、その人の様子とかは分かる?)


(強い人じゃない、と思う。でも何してるかは分からない)


 窃盗ならば目ぼしい物盗りゃさっさとズラかるだろう。俺達を待ち構えて何かしようってなら、俺ならドアノブに痕跡を残すような真似はしない。手練でも無く、塔の上からは動かず。

 まどろっこしいな。こっちから仕掛けてやるか。


(いつもと同じだ。俺が前に出て隙をつくるから、スコールが仕留めろ。ヴァンは外で待機だ。俺らが捕まえ損ねて逃げ出された時は魔法で捕縛してくれ)


 二人は真剣な目で静かに頷いた。ライガーとの一戦以来、俺達は大分心に余裕を持てるようになっている。あの戦いは、俺達を確実に強くさせた。





 扉の正面には立たず、蝶番に背を当て扉を片手でゆっくりと開く。中から突然襲い掛かる感じは無く、トラップの類が仕掛けてある様子も無い。スコールには常に探知を続けさせ、基地の様子を覗き見た。いつもと変わりはない。荒らされたり、探ったような形跡も無い。足音を立てないよう、静かに塔へと続く扉の脇に立ち、もう一度様子を窺う。塔の上にいる人物は特に動きは見せないようだ。スコールと共に構え、指でカウントダウンを行い、最後の指を下げると同時、扉を開き走り出す。魔人と獣人の身体能力にモノを言わせ、螺旋階段を五段飛ばしで駆けあがる。壁を蹴り、拳を構え、櫓に飛び上がる。研ぎ澄ました集中力はスローモーションのように視界情報を収集し、こちらに気付き振り返る体育座りの女の子を捉え……女の子!?


「うおおお!? 待て待てスコール中断中だうべぇあっ!!?」


「あ」


 相手があまりにも予想外過ぎ、拳を引っ込め意図せず抱きとめがならも急制止。何とか櫓の淵で止まったのだが、背にスコールのドロップキックが直撃。何故よりにもよって全体重が乗った攻撃を選んだのだろうか。

 侵入者を抱き締めたまま塔から落下し、基地の屋根に背中を打ち付け、バウンドして頭から地面に落ちた。









「で? お前は何処の誰なんだ?」


 直角に曲がった首に【万能静謐パナスィーア】を掛けてもらいながら、目の前でプルプルと震える全身泥だらけの幼女を尋問中。頑丈な魔人族だからむち打ち程度ですんだものの、唯の人間ならあんな高さから落ちたら即死だぞ。

 幼女は俺達より二回り小柄で、年下に見える。栗色の髪に、服から覗く手足は褐色。岩人族か。長い前髪が顔の殆どを覆い隠していて表情が見えない。寒くもないのに震えるところを見るに、俺達に怯えているようだが。


「……、……」


「あ? 何だって?」


 俺は何時から難聴系主人公になっちまったんだ。


「ごめんなさい、って言ってる」


 この蚊の鳴くような声をスコールが聞き取り、翻訳してくれた。一応逃げられないように扉の前に立たせているから一番遠い位置にいるんだが、そこでも聞き取れるのか。


「まぁ、人様の家に忍び込むのは悪い事だ。謝罪は受け入れよう。だがそれはいいとして、俺が聞きたいのはお前の名前だ」


「…………ィ……」


「自分の名前をちゃんと言えない悪い子は~、頭からムシャムシャ食べちゃうぞ☆」


 キラッとポーズを決めて脅すと幼女はびくりと小さく跳ねた。


「ア、アリィ、ネイ、ア……うぅ……」


 アリネイア……聞いたことないな。つっても俺はヴァンとスコールぐらいしかつるまんし。スコールも右に同じ。ヴァンは首を傾げうーんと唸っている。記憶を検索中のようなので少し待とう。


「この辺に住んでるのか?」


 アリネイアという幼女は小さく頷いた。


「ここにはどうやって入ったんだ? 鍵が掛かっていた筈だが」


 一応やんわりと聞いたつもりだったが、縮こまり震えながらごめんなさいごめんなさいと謝り始めてしまう。振り出しじゃんか。


「あ、思い出した。君、確かフェリクス達に……」


 どうやらヴァンの記憶に該当者がいたようだが、何やら言いよどんでいる。フェリクスとやらは中央街を縄張りにするガキ大将だ。最初に中央公園で会って以来、一度も顔を合わせていない。


「フェリクス達に……なんだ? 虐められたりでもされてたのか?」


「多分。フェリクス達が指差して笑う先に、この子が走ってたのを見かけたよ」


 ヴァンがそう話すとアリネイアは更に小さくなった。あの苛めっ子共に目をつけられてしまうとは、不憫な子だ。しかし理不尽な出来事に傷心しているとこ悪いが、確かめたいことがある。

 ヴァンに治癒を中断させ、基地の扉の錠一式を丸々取り外す。色々弄って知ったのだが、メンテナンスしやすいように扉から脱着可能な造りになっているのだ。取り外したものをアリネイアに渡した。


「開けてみてくれ」


 真っ赤に腫れた目に戸惑いを浮かべながら、錠を見つめるアリネイア。


「別に怒ったりしない。ほら」


 やや強引気味に押し付けた。アリネイアは上目遣いで長く窺ったのち、おずおずと受け取って膝の上に乗せた。首から提げた小物入れを開け、中から幾つもの細い金属が並ぶ小道具を取り出した。先がくの字に曲がっていたり、片仮名のマの字のようになっていたりと、かなりの種類の針金が入っている。その中から四本を選び出し、錠の穴に差し込み小刻みに上下左右、それぞれの針を器用にカチカチと動かす。体感五秒ほどだろうか。かちりと音を立てて扉枠に刺さる杭部分が引っ込んだ。


「……凄い」


 ヴァンが感嘆の声を上げる。こういった物にあまり興味を持たないスコールですら目を丸くしている。


「驚いたな。何処でこんなこと覚えたんだ?」


「い……家、で……。道具とか、ぁぅ、いっぱい、あるから……」


「お父さんとかお母さんから教わったのか? それとも師匠とか指導してくれる人がいるのか?」


 首を横に振るアリネイア。おいおい、まさかとは思うが。


「一人で、身に着けたのか?」


 おずおずと頷いた。マジか。独学でピッキングなんか覚えたのかよ。とんでもねえ幼女だな。


「この錠の仕組みを知ってたのか? 相当複雑な錠なんだが」


「し、らないけ、ど……なんとなく、分かる……ぁぅ……」


 ……特殊能力か。多分、見ただけで構造を理解出来たり、透過して中を見る事が出来る能力なのだろう。


「……ぁぅぁぅ、ごめんなさい……ごめんなさい……」


 ふぅ。さてこの幼女、どうするべきだろうか。もう二度としないようにねと忠告して帰せば、この超内気な態度からして二度と基地には入らないとは思う。じゃあそれでいこう。解決! 終わり! などというほど俺は生易しい男ではない。特殊能力持ちのピッキング幼女という面白そうな人物を俺が放っておくだろうか? いやない。


「アリネイア。お前には、この基地への不法侵入罪として罰を受けてもらう」


 俺の罰という言葉に、アリネイアはガクガクと震えだした。


「ちょ、ちょっとリオ。いくら何でも可哀想だよ」


「ここは、秘密基地。内緒の場所。勝手に入られたら、困る」


「そう言う事だ。スコールの言う通り、ここは管理者であるベルスさんの許可を特別に貰って、俺達が内緒で使わせてもらっている場所だ。誰も彼もが勝手に入っていい場所じゃない。知らなかったは通用しないぞ。罪は罪だ。どんな理由があろうと、悪いことをした奴には相応の罰を受けてもらう」


「リ、リオ……」


 小さい子相手に言い過ぎだってかヴァン? そんな苦い顔すんなよ。いずれは知っておかなくちゃならん事だ。

 立ち上がり、首を回すとゴキゴキと鳴った。頭をぶつけた箇所、肌の痛みは無くなったが、首の芯の痛みとでも言えばいいだろうか、それは魔法で消えなかった。やはり俺の体は普通じゃない。もうちょっと実験が必要だな。


「来いアリネイア。貴殿を水攻めの刑に処す」


 震えるアリネイアを立たせ、手を取り外に出た。









「つっ、つめたい……つめたい……」


「我慢しろ。泥が乾いてガチガチに張り付いてんだ。無理に引っ張ると余計痛えぞ」


 工業街は第四から第六通りあたりにかけて工業用水兼生活用水である奇麗な川が流れている。当然、上流側が生活用で下流が工業用だ。とは言っても、住人も職人も街中に点在する井戸水を使うのが殆どで、大量の洗濯や道具の手入れで多くの水を使うとき以外はあまり来ない。水浴びをするにも時期は早く、川水は冷たい。

 たっぷりなみなみと水を汲んだ桶の底には、小さな穴を複数等間隔で開けてある。適当な枝や竿にぶら下げれば、即席のシャワーになる。

 この世界の住人は、濡れ布で体を拭うか、川や湖で沐浴したり、金があれば浴槽に浸かるのが体の汚れを落とす一般的な方法だ。シャワーって流行らんだろうか。コインランドリーみたいなもん作れば儲けられそうな気がすんな。グランディアマンダは水源が豊富だから原価もタダだし。


「……へくちっ」


 おっと、今は儲け話に花を咲かせる場合じゃない。さっさと済ませないと鼻ちょうちんが咲いてしまう。服の中にも泥が入り込んでいたからアリネイアは全部脱がせてすっぽんぽんである。服はヴァンに川で洗わせている。

 一応言っておくが、俺に幼女趣味はない。


「ぁぅ……まだ……?」


「まだだ。もう少しだから、頑張れ」


「うん……」





 ……もし、あの時死なず、変わらない普通の生活を送っていたとしたら。今頃、アリネイアのような娘や息子が、俺にもいたりしたんだろうか。





「……リオ?」


 気づけば傍らに布を持ったスコールが立ち、俺の顔を覗き込んでいた。少しボーっとして、俺らしくない妄想までしちまった。

 よくよく考えりゃ俺みたいな碌でなしを好いてくれる奇特な女がいるとも思えんし、子なんざ俺にゃ縁の無い話だ。


「いや、何でもねえよ。にしても結構立派なの買ってきたな」


 スコールには体を拭く為の布を買いに行かせてたのだが、柄入りのそこそこ値が張る布を買ってきたようだ。金はあるから別にいいっちゃいいけど。


「途中でベルスさんに会った。アリネイアのこと話したら、買ってくれた」


「そういうことか。後でベルスさんに感謝しとかないとな」


「リオー、洗い終わったよー」









 場所を河原に移す。ヴァンの魔法、【子狐火フェンファイア】で点火した薪がパチパチと燃え、干したアリネイアの服が熱風に煽られる。体に布を巻いたアリネイアを焚き火の近くの石に腰かけさせ、弱めた【断旋風ワールウィンド】をドライヤー代わりにし、アリネイアの髪を拭く。


「ほう、結構奇麗な髪してるな」


「そうだね。サラサラで絹みたいだ」


 俺とヴァンのまるでホストのような対応に、アリネイアは恥ずかしいのか俯いて耳を赤くしている。俺は自他共に認める超イケメン王子だし、一部のお姉さん方に受けそうな可愛い男の娘であるヴァンに挟まれれば、どんな女の子もイチコロ(死語)だ。スコールも額に傷を持った影のありそうな整った容姿も、女性受けがよさそうだ。

 実際は食べる事が思考の半分を占めていて、今は何をしているかとスコールを見れば、素手で川を泳ぐ魚を見事に捕まえ、木の枝を串替わりに突き刺し、焚き火で魚を焼き始めた。


「ん? あっ! ちょっとスコール! 何してんの!? アリネイアの服が魚臭くなっちゃうだろ!?」


「……お腹減った」


「僕だってお腹減ってるよ! でもアリネイアの服を乾かすのが先!」


「ヴァン、もう一つ焚き火を作ってくれ。スコールはあと三匹捕まえてこい。焼くのは風下でな」


 全くもう! とプリプリ怒りながらヴァンは枝を集め始めた。周囲に気を配れるし、面倒見がいいヴァンは将来良いおくさ……お父さんになれそうだ。

 一通り乾いたアリネイアの髪に櫛を通す。俺も腰当たりまで髪を伸ばしているから、紳士の嗜みとして櫛は持ち歩いている。真っ直ぐ丁寧に通し続けると、前髪がアリネイアの顔を完全に隠し、ジャ○ラのようになってしまった。後ろ髪を纏める黒い紐を外し、アリネイアの前髪を頭頂部で纏め縛る。可愛らしい顔が晒され、くりくりと琥珀色の透き通る目が俺を捉える。微笑み返してやると頬が赤くなった。可愛い。





「はい、魚焼けたよ。リオの分」


「ぐらっちぇ」


「はい、これはアリネイアのだよ」


「ぅ……ぁぅ……」


 アリネイアは焼き魚とヴァンの顔、俺の顔を見ておろおろとしている。待てをして先に食べるなと抑えたスコールが早く早くと急かす。


「どうした? 魚は嫌いか?」


「ぁぅ……いいの……?」


「勿論だよ。はいどうぞ」


 ヴァンがアリネイアの手に串を握らせた。焚き火の近くに座らせ、俺達三人も囲うように座る。


「「「いただきます」」」


「ぁぅぁぅ、い、いただき、ます……」


 待ってましたと言わんばかりに齧りつくスコール。ヴァンは焼き加減は丁度良かったねと断面を見て頷いている。しかしアリネイアは魚をじっと見て固まったままだ。様子を見ていると、不意にちらりと上がる視線。魚を齧り、微笑んでやると、俺を見つめながらも小さく齧った。それに俺が頷くと、ようやく魚を食べ始めた。


「…………グス……グス……ぁぅ……ぇぅ……っ……ぅっ……」


 一口齧るごとにアリネイアは涙を零し、嗚咽を漏らす。よっぽど辛い目にあったのだろう。


(ねぇ、リオ……)


(落ち着くまで待ってやれ)


 意地汚く骨をしゃぶるスコールに俺の半分残った魚を渡してやり、アリネイアの涙が止まるまで静かに待った。









 友達が欲しかったそうだ。いつも皆で街を駆け回る同年代の子が羨ましく、自分も仲間に入れて欲しかったが、どうしても声を掛けられない。それでもなんとか勇気を振り絞り、アリネイアは三人組の子供に近づいた。

 ところが、その三人は自分を見るなり、髪の毛お化けだ。やれメデューサだと罵り始める。怖くなったアリネイアは三人から逃げ出した。何故仲間にいれて貰えないのか。自分の何が悪いのか。やっぱり駄目なんだととても悲しくなり、いつもの場所、お気に入りの場所である高い塔へと向かう。その場所は段々と荷物が増えてきており、人が住んでいたのは知っていたが、誰にも見られず、一人になって泣ける場所をアリネイアはそこしか知らなかった。

 なぜこの場所なのか。広い景色を見ながら泣いていれば、そのうち嫌な気持ちが無くなるからだった。おじいちゃんとおばあちゃんは自分が悲しむと同じように悲しむ。それが嫌だから、二人の前では泣かないようにと決めていた。友達をつくるのは、諦めた。

 今日はおばあちゃんにお使いを頼まれた。中央街の裏道を通ればすぐ行ける場所であったが、あまり知らない道を通り迷子になるのをアリネイアは恐れ、遠回りになるが大通りを通り商店街に行こうとする。しかしそれは失敗だった。以前自分を罵った三人組に見つかってしまい、魔法で泥だらけにされてしまう。しまいには泥団子を投げつけられ、泣きながらがむしゃらに走っていたら、いつの間にかまた塔の近くに来ていた。また落ち着くまでここにいて、それからお使いに行こう。裏道を通るのはちょっと怖いけど、我慢しようと決め、景色を眺めていたその時だった。俺達と出会ったのは。





 たどたどしくも、アリネイアは何があったのか話してくれた。こんないたいけな幼女を苛めるとはとんでもないガキ共だ。ヴァンは何とかしてやりたいと訴え、スコールもどうするのと俺をじっと見ている。しかし、俺の答えは最初から決まっているんだよ。


「アリネイア。お前は鍵が無くとも俺達の基地に入ることが出来る。それを、見過ごすわけにはいかない」


 今は髪を上げているので、アリネイアの表情がはっきりと見える。何かされるのか。また痛い目にあうのだろうかと、その瞳から感情が伝わってくる。確かに、ある意味で痛い目をみることになるだろう。これを不運と取るか幸運と取るかは、アリネイア次第だ。


「つーわけで決めた。アリネイアが堂々と基地に入れる奴になれば問題はない。ヴァン、お前はどうだ?」


「へへ。なんかそんな気がしてたんだ。僕は歓迎だよ」


「スコールはどうだ?」


「……アリネイアはいい子。心があったかい子」


 スコールのお墨付きを頂いた。決まりだ。


「アリネイア。お前には俺達の仲間になってもらおう」


「……な、なか、ま……」


「友達ってことだよ。ねえアリネイア、塔から見える景色が好きなんだよね?」


「ぅ、うん」


「俺達といれば、塔から見える景色なんぞより、もっとすんげえもん見してやるよ」


「す、すげぇ……もん……?」


 そうだと答え立ち上がる。ヴァンとスコールも、俺に合わせて立ち上がった。


「スコラウト・ファンレロ。スコール」


「リンドヴァーン・エイスクレピア。ヴァンって呼んでね、よろしく」


「……す、すっスコール……ヴァン……」


 二人の愛称を呼んだアリネイアに、スコールがレアスマイルを返した。


「そして俺の名は、リオスクンドゥム・メルフェイエ・グランディアマンドだ。長ったらしいから、リオでいいからな」


 俺の名乗りにアリネイアが瞳を開き、とんでもないものを見てしまったと言わんばかりの瞳で見つめられた。


「ぐ、ぐ……グラン、ディアマンド、様……」


 こんな小さな子でも名だけは知ってんのか。王族の知名度は半端ないな。時々忘れそうになるぜ。


「リオでいいって言ったろ? アリネイア……いや、アリン。俺達と一緒に来い」


 手をアリンへ差し伸べた。アリンは怯えと期待半々の表情で俺達三人の顔をゆっくりと見回し、それから俺の手をじっと見つめ、弱々しくも、確かに握った。


「そらっ」


「あうっ?」


 小さく細い華奢な手を引っ張り無理やり立たせ、肩に手を回して引き寄せる。アリンの怯えが五割から七割へと上昇。諦めな。俺が垂らした蜘蛛の糸を掴んじまったのが運の尽きだ。こいつは波乱万丈への片道切符さ。


「アリン、おばあちゃんからの依頼をこなそう。俺達四人の、初依頼だ」


「ねぇアリン。おばあちゃんは何を買ってくるようにって頼んだの?」


「ぁ、ぁぅ。……たから、きんちゃく……みっつ……」


 宝キンチャクか。あの時も始まりはそれだったなぁとヴァンとスコールと目が合い、三人で何となく笑った。


「ミリヤムさん」


「だな。よし行くぞアリン。任務開始だ」









「んん? その子はリヴァノヴァさんのとこの子だね。王子様、この子どうしたんだい」


 任務などとは少し大袈裟だ。ホーエンローエ家の惣菜店は裏道を通れば数十分で着く。旦那さんがいないな。またあの人腰やったのか。


「依頼任務中だ。さぁアリン、ミリヤムさんに買うものを言いな」


「う、うん。……あの……ぁぅ……た、宝、キンチャク……み、み、三つ……ください……ぁぅ」


「宝キンチャク三つだね。あいよ、出来立てほやほやさ。熱いから気を付けるんだよ」


 ミリヤムさんはアリンから受け取った布に宝キンチャクを詰め、静かに持たせた。アリンは袋を握りしめ、小さく息を付いた。ようやく手に入ったことで安心したようだ。


「おっと、あたしとしたことがお勘定を忘れてたさね。六百ディアムだよ」


 六百ディアムと聞き、アリンは提げた小袋に手を入れ……宝キンチャクの入った袋を置き、小袋をひっくり返した。中から小道具と思われるものがカラカラと落ちてきたが、アリンの望むもの、財布は出てこなかった。フェリクス達から逃げる途中で落としちまったんだろうな。


「ぁぅぁぅ、どうしよう……どうしよう……」


「はい、ミリヤムさん。六百ディアム丁度だよ」


「確かに受け取ったよ。ほら、アリンちゃん。はやくおばあちゃん達に届けてやんな」


 悲観に暮れるアリンを他所に、ヴァンが支払いを済ませた。ミリヤムさんは大体の事情を察してくれたようで、優しい笑顔でアリンを促した。どうしてと言わん瞳を向けるアリン。落ちた小道具を回収し、提げ袋に入れてアリンの頭を撫でる。


「アリン。お前は俺達の仲間だ。お前の悩みは、俺達全員のモノ。財布を無くしちゃった事は、おばあちゃんに皆で謝るぞ」


 戸惑うアリンを連れて、俺達はアリンの住む家へ向かった。





 アリンの住居は小さな工房だった。扉を叩くと、少し腰の曲がった岩人族の年老いた女性が出迎えてくれた。


「はいはい、皆さんお揃いで。おや、アリン、お帰りなさい」


「た、ただいま、おばあちゃん……」


「……はて? そちらの銀の髪の子は、ひょっとしてスコール君かい?」


「こんにちは」


 知り合いかよ! スコールに問いただすと、スコールの親父さん、リーマスさんの武器を研いでいる職人と言うのは、ここの老夫妻のことだった。アリンがここに住んでいるというのは知らなかったらしい。


「アリンは人見知りが酷くて、誰か来るといつも工房に引き籠ってしまうから、知らないのも無理ないねぇ」


 家に上げてもらい、居間でくつろがせてもらいながら事情を話した。アリンの祖父、ヴィクトルさん。祖母、アルテナイさんは菩薩かと思えるほどに優しく、朗らかで大らかな老夫妻だった。


「そんなことがあったんですか。知らないところでそんな想いをしていたとは。すまないねぇアリン。もっと早く気づいてあげるべきだった」


「ぁぅぁぅ、平気、平気だから……」


「困った事があったら、いつでも言いなさいと言っているのに、この子ときたら」


「だって、だって、ぁぅ……」


「それならもう大丈夫だ。な? アリン」


「ぁぅ……えと……う、うん……」


 しかし、仲間に引き込んでおいて勝手だが、俺達は街の外に出るような行動ばかりしている。それは幾度と危険な場所へ赴く危ない行為をしている連中だということだ。それらを踏まえてリヴァノヴァ夫妻、そしてアリンに説明したが、ヴィクトルさんから返ってきた言葉は予想外の答えだった。


「アリンや。お前はこの方達と共に行き、多くを学び、多くを見なさい。お前が工房に籠ってこっそり金具を振っているのを何度も見ているが、外でしか採れない鉱石や希少品に目を輝かせているのはよく知っている。……外の世界に、憧れているのだろう?」


 いつの間に見られていたのかとアリンはあうあうと慌てるが、見透かすような、それでいて温もりに溢れたヴィクトルさんの瞳に見つめられ、アリンはゆっくりと頷いた。


「行ってきなさい。外には、もっと珍しく眩しいもので溢れているぞ。私も若い頃は妻と一緒に世界中の鉱山を巡ったものだ」


「ほっほ、懐かしいわねぇ。決して忘れられない、輝かしい日々。辛い時も、悲しい時も。楽しい時も喜ぶ時も、おじいさんと一緒にいたんだよ」


 遠い目をするリヴァノヴァ夫妻。いいねぇ、俺もいつかこんな想いをしたいもんだ。


「リオ王子様。ヴァン君、スコール君。どうか、うちのアリンをお願いします」


「お、おじいちゃん……」


 ヴィクトルさんは良き理解者だった。だが、本当は自分達でアリンを外に連れて行きたったのではないだろうか。もうこの老体ではアリンの望みを叶えてやれないから、俺達に託す。そんな風に聞こえた。


「アリンが望むのであれば、俺は、俺達は何処までも行きますよ」


「僕達の友達、仲間だもんね」


「大冒険」


 俺達の言葉に、ヴィクトルさんとアルテナイさんが優しく微笑んだ。










「ほら来いアリン。何度も登ってんだろ?」


「ぅ、うん」


 リヴァノヴァ夫妻宅から離れ、今度はアリンを伴って塔へと上る。四人で櫓から足を放り出して淵に腰かけ、揃って街を見下ろした。


「これが宝小袋なんだもんね。僕もだんだん見えてきたよ」


「ここは小さい。世界は、もっと大きい」


 ヴァンとスコールは街から目を離し、もっと遠い場所を見つめだした。二人とも俺に毒され過ぎだと思うが、それが嬉しく思えてしまう俺も大概だ。アリンが二人の視線を追い、その先にある天の咢を見て、体を震わせた。


「アリン、今何を思った?」


「……ぁ……あそ、こに、何があるの……かな……」


 類が友を呼ぶとはまさにこのこと。アリンもまた、世界の未知に心を躍らせる、好奇心旺盛な探究者だ。こいつはヴァン以上に内気だが、いいさ。望むんなら、俺が引っ張り上げてやる。


「アリン、お前はもう俺達の一員だ。怖いことや嫌なことがあったら、俺達も背負ってやる。逆に楽しいことや嬉しいことがあったら、お前に分けてやる。全部平等にな」


「一蓮托生ってやつだね!」


「みんな一緒。ずっと一緒」


 アリンの瞳が潤み瞼が震える。見せたくないのか、膝を抱え顔を隠し鼻をすすった。


「俺達と一緒は、嫌か?」


 頭に手を置きそう聞くと首をぶんぶんと横に振り、嗚咽を漏らす。


「なら決まりだ。今日から俺達は、ずっと友達だ」


「……うぅ、グス。グスっ。うん……うん、うんっ。グスっ、うんっ! うぅ……ふえぇぇぇぇぇぇぇぇ……うぇぇぇぇぇぇぇぇ…………





 声に乗せられ響くのは、孤独で小さな女の子の心。だがもう独りじゃない。独りにはさせない。俺と関わった以上、独りにはなれない。

 

 アリン、お前の悲しみも俺のものだ。これからお前に起こりえるであろう全てを、俺が喰らい尽くしてやる。




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