第17話 『Blow One's Whistle Signal』

「えっと、あの……リオ、様……」


「様付けすんな。呼び捨てにしろ」


「ぁぅぁぅ……リオ……」


「おう、どうした?」


「ぅ……おろして……」


「駄目」


「ぁぅ……」


 歓楽街大通り。アリンを肩車し悠々と歩く。時々スキップしたりクルクル回ったりでアリンを振り回し、あうあう悲鳴をあげさせているのはちょっとした罰だ。なぜこんなことになっているのか? それは……









「うーん……アリン、遅いね」


「……迷子?」


「そりゃないだろ。何度もここに来てんだぞ?」


 俺達に新しい仲間、アリンが加わり二日目を迎えた今日。三人で朝から基地でアリンが来るのを待っていたのだが、いつまで経っても来る様子が無い。

 準備だけでもしとくかと先にヴァンとスコールをイサンドロさんの蜂蜜餅屋に行かせ、俺は一人基地の屋根に立ちアリンが現れるのを待っていた。


「男を待たせるのは女の特権って思ったら大間違いだぜ。化粧に時間がかかった、道が混んでたなんて言い訳すんなら顔に唾吐いてケツ蹴り上げてやる」


 勿論アリンはまだ幼女だから化粧はしないし、くだらない打算的な行動をするような子でもない。言ってみただけだ。だが刹那的に生きる俺は正直待つという行為が嫌いだ。もう直接迎えに行くかと顔を上げると……遠くから物陰に隠れチラチラと俺を伺い見るアリンと目が合った。


「ヒャッハアアアアアアアアッ!! 見ぃつけたぜ幼女おおおおおおおおっ!!」


「あうあうあうあううううううううう!!?」









「何で逃げたんだよ。ホントは俺らと一緒は嫌なのか?」


「ち、違う。あの、えと、その……ぁぅ」


 世紀末雑魚軍団のように半裸になって、幼女幼女と連呼しながら屋根から屋根へ飛んで退路を塞ぎ、じりじりと袋小路に追い詰められたのが嫌だったのかもしれない。半泣きだったし。しかし幼女の涙程度じゃ俺は靡かない。問答無用でひっ捕らえ肩車で拘束し逃亡を許さないようにしている。ご近所さんが『変態が奇声を上げながら女の子を追い回している』と通報していたのだけが心残りだ。タイーホされるのは流石にまずい。


 話を聞けば俺達が揃っていた時点で基地の前まで来ていたようで、何故入らないんだと問えば、あうあうと言うばかり。アリンのあうあう語を翻訳するなら、『昨日の事は嘘だったかもしれない』とか、『嫌がられたどうしよう』とかそんな感じだろう。色々と怖くなって入れなかったってとこか。

 両手をアリンの足から離し、俺の頭に添えられた手を握る。


「そんなに気後れすんな。大丈夫だから、遠慮しないで俺らに言いたいこと何でも言って、どーんとぶつかって来い。それが出来ないなら黙って付いてくるだけでもいい。追いつけないなら今みたいに抱えてでも連れて行ってやる。だからアリン、いっぱい俺らに頼れ。嫌な事があったらすぐに教えろ。直ぐに助けてやるからな。それが友達ってもんだ」


「……うん」


 アリンが俺の手をきゅっと握った。遠慮がちな所と言い、櫓で一人泣いていた所と言い、どうも悩みや不満を抱え込んでしまう癖が付いているようだ。それも、両親という身も心も守る存在がいない環境に、迷惑をかけたくないからと祖父母に甘えなかった強がりが原因だ。だからといって一匹狼気質でもなく、こうして基地に顔を出したということは、人の温もりを俺らに望んでいるのは間違いない。自分から言い出せるようになるまでは、こうしてあちこち問答無用で引っ張り回すとしよう。


「あ! いましたいました! 兵士さんこっちこっち! あの魔人がそうです!!」


 やっべ。





 第17話 『Blow One's Whistle Signal』





 枕の森東側。もう何度も足を踏み入れ土地勘もつき、迷うことはまず無く、襲われた時の対処法も身に着けた俺達ではあるが、今日は翼蜥蜴のサラダちゃんも連れて来た。もし深淵体アビスに出会した際にアリンを乗せて逃げさせる為だ。この間のように護衛を下がらせることは二度と無いからいらん心配ではあるが――


 ウルレイトライガーと戦ったその日の夕方。満身創痍(見た目が派手でたいした事は無い)、意識不明(疲れて寝てただけ)の状態で帰城した俺。ミランダは泣きじゃくりパニックを起こし、フィロメナは卒倒し暫く熱にうなされた。俺の身を案じた兵士他使用人さん方、おまけに八咫紅蓮オクタクリムゾンのプエレルアさんとカリバン兄ちゃん二人が俺の部屋に押し掛け廊下は混沌とし、キレたアローネお姉ちゃんが【渦振空破撃インパルス】(←上位魔法)で集まった全員を追い出し(吹き飛ばし)城の一部が損壊。丁度同じ頃、別の場所で憤怒していたお袋が【荒天戴聖破オーバーレイ】(←上位魔法)で親父と爺ちゃんを丸焦げにし、流れ弾で城の外壁の十分の一程が融解。修理費用は一割親父、九割を爺ちゃん、それぞれのポケットマネーで自己負担。この件で爺ちゃんの冒険費用が底をつき、修理の不足金を補填する為暫く城で雑用係として働く事に。真相を知った皆誰もが(俺を嫌う魔人の連中ですら)前王を庇わなかった。


 ――とまぁそんな事があったから、警戒するのは俺らじゃなくて今も息をどこかで息を潜める護衛達。どうやらお袋から護衛全員に俺に関する5W1Hを全て報告しろとお達しがあったそうな。プエレルアさんがお袋はキレると見境が無くなると言っていた事は本当だったので、へまをしてまた余計なとこに損害を被ることの無いようぜひ頑張ってほしい。

 しかし森に入った時からスコールの様子がおかしい。遠くを見ては首を傾げ、茂みをかき分けては首を傾げ、唐突に木に登り辺りを見渡すと直ぐに下りて首を傾げと落ち着きがない。


「リ、リオ、見つけてきた……」


 手に集めた陽粘の葉を広げアリンが駆けてきた。陽粘の葉は磨り潰すと粘りのある液体が滲み出る薄黄緑色の葉だ。イサンドロさんの作る蜂蜜餅に必要な材料で、季節問わずあちこちに生えているので採取難易度は低め。アリンに採取の感覚を掴んで貰うのに丁度いいと考え、イサンドロさんに無償でいいからやらせてくれと頼んでおいたのだ。


「どれ、おお沢山集めてきたじゃないか。だが……これと、これとこれは違う。葉には葉脈っていうモンがあってな? ほら、薄い線が見えるだろ。こっちは線が横に走ってるが、こっちの葉は縦に走ってる。これはクマトスの葉って言って、見た目はそっくりだが全然違う種類の葉っぱなんだ」


 クマトスの葉は軽い毒性を含んでいる。触ったぐらいじゃ何ともないが、食べると腹を壊す。


「ぁぅ……ごめんなさ「それ以上いけない!」あう!?」


 最後まで言い切る前にアリンの額を小突く。怒られたと思ったのか、ちょっぴり涙目になったアリンの頭を撫でる。


「知らないということを恥だと思うのは構わん。それが無意識の悪事に繋がることもある。だけどな、大事なのは経験して学んで、次に生かす事だ。アリン、誰かからモノを教わった時、最初に言わなくちゃならん言葉があるだろ?」


「……ぁ、ありが、とう……。」


「よしよし。その直ぐに謝る癖、どうにかしないとな」


 不思議そうなものでも見るような目。半分は理解したが、もう半分は分からないといった様子だ。もっと他人と触れ合わせて、距離感を掴めるようにさせるか。

 暫くアリンに植物の仕組みを教授していると、ヴァンがパンパンになった袋を持って帰ってきた。採取はもうヴァンにはお手のモンだ。陽粘の葉程度なら特徴を教えれば直ぐ集められる。


「大きくて虫に食われてないやつだけ選んだつもりだけど、ちょっと取りすぎちゃったかな」


「蜂蜜餅があんだけ売れてんだから、多いに越したことはないだろ。そっちの小さい袋は?」


「これは僕の家にある図鑑に載ってた薬草を色々とね。帰ったらお母さんに煎じ方習おうと思って集めたんだ。医療魔法よりも、自然の物を使って治療するほうが効果が高いんだって。あ、そのクマトスの葉貰うね。塩に塗して天日干しにすると胃痛に効く薬になるんだよ」


 医療に関してエイスクレピア家は貪欲だ。前に親父さんと人体の構造について話した時は、そりゃもうワニのように話に食いつき離してくれなかった。そう言う点で言えば爬人族らしいっちゃらしい。ヴァンもその血をしっかり引き継いでかなり意欲的な子だ。スポンジのように直ぐ何でも吸収するし頭も良い。そのうち俺を超えるだろうな。

 スコールも真面目、というか与えられた内容を黙々と最後までこなす頑張り屋だが、腰に括られた袋はぺしゃんこのまま。気になるものでもあるのか何度も何度も周囲を探知で探り、そのたびに首をかしげていた。今も俺から離れず、目を閉じて耳をピクピクと動かしている。


「…………っ!」


 突然背後へと後ろ回し蹴りで【飛刃斬スプリット】を茂みに放った。飛翔する斬撃は木々の合間を縫い、背の高い雑草が一直線に裂け、ピギィという鳴き声が響く。スコールは駆けだし裂いた茂みに飛び込んだ。その後ひょこりと顔を出しいそいそと茂みから出てきたスコールの手には、絶命した小動物が握られていた。仕留めた獲物はまるでどっかのサーカス団の耳の大きい子象のようだ。


「それ、大耳兎だよね。耳が美味だって言う。食べたかったの?」


「…………、……(こっくり)」


 おい待てコラ。思考を食い物に支配されんな。


「スコール。ホントは何を狙ったんだ?」


 絶対他の何かを狙ったに違いないんだが、「ん」と大耳兎とやらを掲げ、これを狙ってたと押し通そうとしている。駄目だこりゃ。


「す、すごい……」


 アリンが若干興奮気味にスコールを見つめ、握り拳を小さく振っている。すごいってのは、今使った魔法の事か? 工房に出入りしているならヴィクトルさんの魔法を見てるだろうし、【飛刃斬スプリット】は下位魔法で驚く程の事はないと思うんだが。


「ビューンって、飛んだ。ヴァンも、リオも、できるの?」


「ビューン……こんなのかな?」


 ヴァンは【断旋風ワールウィンド】で近くの枝を切り裂いて見せた。アリンはほおおっと目を輝かせ、その無垢な瞳を俺へと向けた。


「リオ、は、魔人だから、もっと、すごい?」


 いやあ、そんなキラキラした目で期待されると答えない訳にはいかないジャマイカ。


「無理。俺魔法使えないっ☆」


 ウィンクと共にサムズアップして爽やかに告げると、凄まじく悲しい顔をされた。他人に期待を寄せられると、リオはつい裏切りたくなっちゃうんだ。


「アリン? リオは魔法より凄いモノ持ってるんだよ?」


「魔法……より?」


「一緒にいればわかる」


 はてさて、ヴァンとスコールはそう言うが、俺が持つ魔法より凄いモンねぇ。このふてぶてしさと生意気さと我儘さと無鉄砲さ以上に勝るもんなんか俺にあるかね。生前の記憶は見る者が見れば確かに魔法以上に価値あるとは思うが。

 あとあれだ。事態を引っ搔き回して悪化させることに関しては定評がある。周りの連中も巻き込むから生前ではハリケーンボ○ビーとかキ○ガイダイソンなんて仇名をつけられた。


「俺らと一緒にいりゃ色んなもん見せてやるって言ったろ? そういうことだ。試しにサラダちゃんに乗ってみな。なかなか爽快だぞ」


 サラダちゃんが張り切って膜をバサバサとさせるが、アリンは怖がって俺の後ろに隠れた。残念、俺の傍に寄ったのは間違いだったな。


「あうあうあう!?」


 アリンを抱き上げ、無理やりサラダちゃんの背に乗せた。ヴァンとスコールを呼び、アリンを挟むように騎乗させる。


「リオは乗らないの?」


「俺まで乗ると滑空出来なくなる。先に三人で街に戻っててくれ。ついでだからその大耳兎をベルスさんに持ってって料理して貰えよ」





 アリンの悲鳴を伴ってサラダちゃんは飛び立って行った。ヴァンにはああ言ったが、サラダちゃんは俺が加わっても全然問題ない。重い甲冑と武器をひっさげた兵士が乗れるように鍛え上げられた騎蜥蜴だ。子供四人程度乗っかってもへっちゃらだろう。


「もういいぜ。出てきてくれっ」


 虚空に向けて呼びかけると、周囲の木々から影が複数飛び降りる。今日の護衛はエクムントさんとラウレンスさん。それにフィルマンさんにカスペルさん、あと一人は知らない角人族さんだ。額から堅牢そうな群青色の角が生えている。


「いやいや、肝が冷えましたよ」


 フィルマンさんが黒い外套を脱ぎ、広げた。中心から横へ半分ほど裂けている。


「フィルマンの【屈折実景ディストート】は完璧だったと思うんですがねぇ。匂いもありませんでしたし」


「偶然でも無い。フィルマンの存在を感じ取っていた」


「リンドヴァーン君でしたか? あの子も凄いですね。まるで呼吸をするかのように【断旋風ワールウィンド】を。座標にもまったく狂いがありません。下位魔法といえど、あそこまで完璧に発動させるのは難しいですよ」


 フィルマンさんの隠遁術に不備は無いとラウレンスさんは答え、スコールの探知能力の高さをエクムントさんは示唆した。角人さんもヴァンを褒め称えている。


「生半可な態度で臨むからそのような失態を生むのだ。リオ様はもとより、ご友人も才能溢れる子達だと散々説明を受けているだろう」


「無茶言わないで下さい隊長。以前頂いた情報に書かれていたスコラウト君の探知範囲限界より、五メーダーも離れての【屈折実景ディストート】ですよ? 成長の伸び幅が大きすぎます」


 へぇ、そこまで強くなってたのかアイツら。体と強さが資本の兵士を驚かせるってことはよっぽどだ。


「無手であんなに射程のある【飛刃斬スプリット】を飛ばす技量も、あの“狼人族”だけあって「ラウレンスっ」……っと、こりゃ失礼しました」


「もう知ってっと思うけど、スコールんちは城下街に引っ越してっから。ライオネリウス国からの移住者がちらほら増え始めてるし、街中では発言に気を付けてくれな」


「肝に銘じておきます」


 ファンレロ一家の出自に関してはごく一部の者だけが知る機密事項だ。あんまり変な事態に巻き込まれなきゃいいが。


「それよりリオ様。これ以上距離を置くといざという時に若干の遅れが生じます。その僅かな差が、大事になる可能性は否めません」


「分かってる。だからって護衛の存在をアイツらに話すのは反対だ。自分は常に守られているなんて怠慢な感覚が付くのは避けたい。成長の妨げになる」


 そう意見を述べると、帰ってきたのは笑い声。俺も口にしてから気付いたわ。護衛は俺の為に存在するのであって、ぶっちゃけヴァン達の身がどうなろうと、俺が無事ならそれでいいのだ。


「ふふ、リオ様は随分とあの二人に入れ込んでいるのですね」


「クックック、俺と違って優秀だからな。魔力がないから代わりのモンが欲しくなるのさ」


「御冗談を。それで、あのアリネイアという子もリオ様のお眼鏡に適ったので?」


「アリンはどうなるかはちょっとわからねえな。楽しみな奴だ」


「と、言いますと?」


「ヴァンとスコールは宝石だ。原石のままでも十分輝いてるし、磨けばさらに光る。アリンは言うなれば種。水と栄養の与える量を間違えれば腐る。どんな花を咲かせるかも分からない」


「その花が凡愚だったとしたら、どうするんです?」


「どうもしねえよ。偶々俺んとこに落ちてきた種を、俺が勝手に育てるだけだ。だが腐らせるつもりはねえ。必ず咲かせてやる」


 ピッキングをしちまうような繊細で緻密な器用さ。それを独学で覚える自力とセンス。そして外の世界に対する好奇心。化ける可能性は十分にある。


「リオ様に育てて頂けるとは、幸運な種ですなぁ」


「不幸の間違いだろ。踏んづけて育つ痛みを知ってもらうぜ」


「綺麗な花ではなく、強い花が咲きそうですね」


 違いないとまた皆で笑いあった。







 中央街でヴァン達と合流し、ベルスさん特製の大耳兎のシチューを堪能した後、オレーシャさんの店へ向かった。


「こんちわ王子様。例のモン、出来てるぜ」


「仕事が早いですね。昨日の今日で申し訳ないです」


「このぐらいならお安い御用さ。王子様たってのお願いとくりゃ、張り切らない訳にゃいかないよ」


 鼻の下を擦りながらニカッと笑うオレーシャさん。俺に対する態度はすっかり軟化した。慣れない敬語を頓珍漢に喋ってガタガタ震えてた昨日とはまるで別人だ。オレーシャさんの頭の上では尾手猿のロヴィーが手(尻尾)を振っている。


「でこれが頼まれたもんだ」


 オレーシャさんが「ロヴィー」と呼ぶと、片方の尻尾を広げ首飾りを見せてきた。上部は花の模様が彫られた筒状の鉱石に鹿の角を模した細い飾りが付けられ、下部は空洞にくり削り角と直線以外を残して平面部分を硝子で埋めた真珠で出来ている。宝石を取り扱うだけあっていい腕してるなオレーシャさん。


「アリン、こっち来い」


「ぅ、うん……」


 アリンはオレーシャさんとロヴィーを警戒しながらも傍に寄った。俺の服を掴み、上目遣いで一人と一匹を見つめる。


「この子がアリンちゃんか。随分めんこい子だね」


 オレーシャさんがアリンの前に屈むと、ロヴィーがアリンの頭に飛び乗り、首飾りをアリンの首に通した。よしよしとオレーシャさんは満足げに頷き、ロヴィーが尻尾を叩き合った。拍手のつもりらしい。


「アリンちゃんによく似合ってるよ。美人に磨きがかかったな」


「ぁぅ……これ……」


「王子様達が取ってきた真珠で作った首飾りさ。でも、普通の首飾りじゃないよ? その筒っぽみたいな所、穴が開いてるだろ? そこを口に咥えて、思いっきり吹いてみな」


 アリンは言われた通り首飾りを加え、(アリンにとっては)力いっぱい息を吹き込んだ。鳥の鳴き声のように高く透明で、獣の咆哮のようにしっかりとした澄んだ音が周囲に響き渡った。ヴァンとアリンはその不思議な音色を奏でた首飾りに目を取られ、耳が敏感なスコールはちょいと驚いたようだが、その音色が気に入ったらしく尻尾を振っている。


「うーん、あちきながら良い出来だ。王子様の基本設計図が正確だったのもあるけどね」


「いや、流石ですよ。一晩で形にしてしまうとは思いませんでした」


「いい仕事させて貰ったさ。でもこれで完成じゃない。試作品でもそうだったけど、やっぱり中に球を入れないと音が安定しないね。と言う訳で、王子様ら冒険者に依頼だ」


 依頼という言葉にヴァンとスコールがピクリと反応し、顔色を変える。態度も心構えも様になってきたな。


「ここから北西へ行った先の、夕焼け色の岩山に埋もれる鉱石、『月森の石』。淡い緑色に光る小さな鉱石だ。それをそいつの中に入れて、完成させてくれ」









 岩山へサラダちゃんを伴い四人で向かう。俺だけは体を鍛える為にサラダちゃんには乗らず、ずっと走り続けている。体感で百メーダーを大体十秒フラットってとこか。速度を維持し落とさないよう気張る。時折スコールもサラダちゃんから飛び降りて俺と一緒に走り、疲労が溜まると背に戻るを繰り返している。瞬発力はあるんだが、体力はあまりないスコール。


「リオ……、お、お水……」


「はっ……はっ……はっ……さ、サンキュ」


 サラダちゃんと並走し、アリンから水の入った革袋を受け取り喉を潤す。目の前に赤い岩山が見えてきた。あと半分だな。


「ぁぅ……ねぇ、リオ……?」


「はっ……はっ……何だ?」


「なんで……からだ、きたえるの?」


「俺は生まれつき、はっ……魔法が使えない、はっ……出来損ないだ……ふぅ。せめて体だけでも、はっ、鍛えて、強くなんねえと、はっ……ヴァンと、スコールと、ふぅっ……アリンに、迷惑、掛けちまうからな、はっ……」


 言いだしっぺだし。あの“謎の力”が無くても、ウルレイトライガーを一撃で仕留められるぐらいの強さを得たい。環境と血筋は利用しても甘えたりはしねぇ。もっともっと研鑽積んで昇華させてやる。


「僕はリオが迷惑だなんて思ったこと一度もないけどね。多分これからも思わないよ」


「……(こっくり)」


「こうやって、俺の我儘に、はっ……ヴァンもスコールも、はっ、付き合ってくれる、はっ……大事なダチだ、ふぅ。それにちゃんと、はっ……答えて、やんねえとな。勿論、はっ……アリンにも、な、ふぅ」


「……こたえ、る……」


「はっ……そうだ、はっ……たとえ望まれなくても、頼まれなくとも、はっ……言われなくとも、ふぅ。そいつの為に、何とかしてやる、はっ……それが、仲間って、もんだ、はっ……」


 岩山に着くまで、アリンは俺を見つめ続けていた。








 岩山は言うほど山という訳でもなく、どちらかと言えば丘陵に近かった。夕焼け色に染まると言っていたのは、草木といった緑が無く、赤土が山一帯を覆っているからだろう。隙間だらけの赤岩があちこちで隆起しており、光の当たり方によっては一部が光っている。赤岩は確かに鉱物を含んでいるらしく、硝石らしき鉱石が露出している岩もある。


「うーん……駄目だ。ここの岩にはないよ」


「……こっちも無い」


「ぁぅ……ぁぅ……見つからない……」


 一つ一つ念入りに赤岩を探しているが、淡い緑色に光る鉱石は見つからない。裂け目に借りたボロいツルハシを突き刺し、砕いてみても顔を出さない。あんまりこのツルハシ使いたくないんだよなぁ。三分の一ぐらいの確立で壊れそうな気がする。


「…………? リ、リオ……」


 呼びかけられたので岩の隙間を覗き込むアリンに近づく。これと指を指すので俺も中を覗くと、なにか赤く光る鉱石が見える。月森の石ではない様だが、ツルハシで掘り出してみた。


「これも何かの鉱石か?」


「えと……えと……す、朱雀の、石……。め、珍しい、の」


 へぇ。流石は鍛冶屋の孫だな。嬉しそうな顔をするアリンに朱雀の石を渡し、頭を撫でる。今回の首飾りを完成させるという依頼、本来は鉱石関係の依頼を見繕ってくれと予め頼んでおいたものだったんだが、アリンにぴったりの依頼になりそうだ。


「リオ。鉱石は見つからないけど、気になる生き物がいたよ」


 ヴァンとスコールが戻り、スコールが指に摘まんだ赤い羽根の蝶を見せてきた。


「こんな岩だらけの場所に蝶がいんのか」


「あっちに沢山飛んでた」


 何でこんな場所で蝶が飛んでんだ? 何食ってんだよこいつら。


「それで、遠くから観察してたんだけど、どうやら岩とか石とか食べてるみたいなんだよ」


 ほらと蝶を近づけ口元を見せられた。蝶が蜜を吸うときに使うストロー状の口吻はなく、蛸のような口が付いている。随分変わった蝶だな。さすがファンタジー。


「その蝶が飛び回ってる場所に行ってみるか」





 スコールの言う通り、沢山の赤い羽根の蝶が飛び回っている。赤岩に留まり、岩を齧っている様子が見える。全体をざっと観察すると、何匹か色の違う蝶がいる。


「色違いが混じってるな」


「うん。多分食べた石の色に羽が染まるんだと思う」


 白い蝶が硝石にとまり、齧りついた。他の蝶は……あの白い蝶だけだ。ふむ、ちょっと実験してみるか。


「アリン、その朱雀の石持って群れの中に入ってみてくれ」


「ぁぅ……うん」


 アリンは朱雀の石を持ち蝶の群れに近づいた。すると、舞っていた赤い蝶たちは一斉にアリンの周囲を飛び交い、朱雀の石に群がった。


「あうあうあうあう!?」


 蝶の大群にアリンはビビり、プルプル震えるがそのまま放置し、全体の蝶の動きを見た。


「……同じ色の蝶だけ」


 俺の確かめようとしたことに気付いたスコールが答えた。確かに同じ赤色の蝶しか飛んでこない。他の色の蝶はひらひらと飛んでいる。

 ヴァンの【断旋風ワールウィンド】で蝶を追い払い、震えるアリンを宥めながら俺の考えを三人に伝えた。


「見ての通り、この蝶は羽色が同じ石を食べている。他の色の石には見向きもしないことが分かった。これを利用して、月森の石を見つけようと思う。月森の石は淡い緑色。同じ色の蝶を探すぞ」









 だが緑の羽をした蝶は見つからない。一応赤岩も見ているが、淡い緑色の石はない。空を見れば、もう日が暮れ始めている。帰りの時間を考えると、そろそろ限界か。


「今日は諦めるか。雲も流れてきているし、夜は月が隠れて真っ暗になるだろう。引き上げだ」


「しょうがないよね。でも依頼はいつまでなんて決まってないし、明日また頑張って探そう」


「……(こっくり)」


「ぁぅ……ぁ、い、いた……」


 帰ろうと踵を返したその時だった。アリンの指さした方向に、緑の羽の蝶が飛んでいる。


「……少しだけ粘るか。あと半刻、それで見つけられなかったら、ホントに引き返すぞ」


 蝶の飛ぶ後を追った。何かに誘われるように蝶は飛び続け、五百メーダーほど飛んだところで、一つの赤岩に留まった。よく見ればその赤岩には沢山の緑色の羽の蝶が留まっている。


「…………っ」


 俺達より先にアリンが近寄り、岩の隙間を覗き込んだ。


「あ、あった……」


 俺達も覗く。確かに、緑色に淡く光る小さな鉱石があった。あの大きさなら、もしかしたら丁度いいかもしれん。


「取れそうか?」


 頷いたアリンが手を伸ばした。細い腕は引っかかることなく隙間を抜け、石を握った手を引っ張り出した。蝶が群がる前に、アリンから受け取った首飾りを上下に分解し、真珠と硝子の玉の中へ、月森の石を入れた。


「うわぁ……奇麗だね……」


 透明な硝子から漏れる淡い緑の光。石は加工せずとも丸みを帯びていて大きさも真珠にぴったりだった。


「さあ、アリン。吹いてみろ」


「ぅ、うんっ」


 アリンは首飾りを両手で握り、緊張の面持ちで口に付ける。大きく息を吸い込んで、吹き込んだ。





 完成前とは、全く違う。音が呼吸をしている。音が生きている。風に乗って、嬉しそうに音が駆け抜けてゆく。何処までも伸びる音は周囲の空気さえも変えてしまうのではと思わせる程の音色。蝶たちが岩を離れ飛んだ。俺達の周囲を飛び交い、その羽を淡く発光させる。アリンがもう一度吹いた。その音に合わせるように、蝶がまた光り、強く羽ばく。空にさえ届きそうなその音は、俺達に違う景色を見せた。









「アリン、もっかい吹いて」


「うん」


 帰り道。スコールはこの首飾りの音色が大層気に入ったらしく、何度もアリンにせがみ、吹かせていた。美しい音色が響くたびに、スコールは目を細め、音の波に合わせ尻尾をゆらゆらと揺らし、アリンの調べに夢中になった。


「本当に良い音だね。聞いてるだけで、なんだか気持ちよくなってくるよ」


「そうだな……」


「それでさリオ。どうしてこの首飾りをアリンに?」


 ヴァンが俺にそう聞くと、アリンは吹くのを止め俺を見た。スコールも俺を見て、そういえば何故なのかと疑問を浮かべている。


「アリン。朝、お前に言ったことを覚えてるか? 『遠慮しないで俺らに言いたいこと何でも言って、どーんとぶつかって来い。それが出来ないなら黙って付いてくるだけでもいい。追いつけないなら今みたいに抱えてでも連れて行ってやる』って」


「……うん」


「だがそれでも、俺達とはぐれてしまうことはあるだろう。そしたら、迷わずその首飾りを力いっぱい吹け。例えどこに居ようと、俺達がすぐに駆けつけてやる。逆に、俺達の誰かが居なくなったら、その時も吹いてくれ。その音が、俺達の帰る道しるべになる」


 俺がアリンを見失わない為でもある。我儘だから、何でも手元に置いておきたいのさ。じゃねえと落ち着かねぇし。


「その首飾りは、俺達を繋ぐ絆を形にしたモンだ。これからは、その首飾りが俺達を結ぶ。それをアリンに託す」


「そう言う事かぁ。へへへ、何かあったらアリンのところに行けばいいんだね」


「いっぱい吹いて」


 淡く煌めく首飾り。アリンは瞳に涙を浮かべながら両手で大切そうに握りしめ、今までで一番強く吹いた。





「ヒャアアアアッハーーーー!! アリン様がお呼びだぁ!」


「あうあうあうあう!!?」


 サラダちゃんの背からアリンを持ち上げ肩車し、全力で走った。


「なんかこうなる気してたんだよね」


「……(こっくり)」


「……たまにはいっか! 僕も走ろっと!」


「うん」


 ヴァンとスコールもサラダちゃんから降り、俺達は街まで続く夜道を走る。


「あうあうあうあう……ぁぅ、すうぅー」


 アリンがまた、強く音を響かせた。




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