第40話 『Rough Ruffians』

 荒くれ者共が集う町、アズール。村長の話が正しければ後半日程で到着するはずだが、本当にそんな町はあるのだろうか。荒涼としていた光景は日を跨ぎ村から遠ざかるにつれ色を変え、今では胸丈まで伸びた雑草が辺り一面に広がっている。

 しかし、スコールの耳、ヴァンの目に引っ掛かる人や動物はいない。いつの間にか俺の服の中に潜り込んでいた、どう見ても枯れ枝にしか見えないナナフシのような昆虫はいたが。煌霧の森で貰った乾パンモドキを崩して与えると、器用に両腕(枝)を用いカリカリと食べた。満足したらいなくなるかと思ったが、俺の左肩にしがみつき離れようとしない。別に害は無さそうなので、旅は道連れとそのまま放置しておくことにした。


「ライズ地方も、セット地方と大きな違いは現時点で確認できず。気温、湿度、風量に粉塵。特筆すべき気候変化も無し、か。天候も安定してるし、それだけ考えるなら過ごしやすい土地だな」


 天の咢を中心に区分し、あっち側、こっち側と呼ぶのでは曖昧過ぎる為、便宜的に名を付けた。ライズ地方とは元々俺達がいた地域。セット地方が今現在の場所だ。

 そのセット地方に足を踏み入れ今日で三日目。肌を撫でるそよ風はさらりと乾いており、晴れ間が続いている。


「ライズ地方にいたときは好き放題竜化出来たのになー。たまには思いっきり翼を広げて、ぱーっと遊泳飛行したいわ」


「ついでに町が何処にあんのか見つけてくれりゃありがてぇんだが。いい加減この見渡す限りの雑草どもも飽き飽きだぜ」


「あんまり目立つような事はしない方がいいと思うよ。何処でどんな人が見てるのかも分かんないし」


 波打つ大地を覆い尽くす色濃い深緑の海原。背の低いアリンは文字通りのまれてしまうので、スコールが肩車をして背を稼いでいる。きょろきょろと小動物のように可愛く視線を四方八方に巡らせているが、未だに人の手が入ったような場所や物は見当たらない。


「スコール、また背が伸びましたか?」


「最近肘が痛い」


「町に着いたら丈の調整をしようね。……僕もそろそろ必要あるかな? 少しは伸びてると思うんだけどなぁ」


 全く必要無いなと否定しようとしたヤイヴァに俺とティアの手刀が落ちる。高い背丈は男らしさの表れだ。カッコよさを求めるヴァンがそれを望むのも当然であり、だが外見からはいまいち成長を実感できないことに未だ悩むヴァンをからかえば、日が落ちるまで不機嫌になること必至だ。


「(何で毎度毎度余計な事口にすんのよっ)」


「(イシシシ。ほら、お約束ってやつだよ)」


 不機嫌の発端は大体が男の娘ネタによるものだが、それが続く原因はプリプリと怒るヴァンがあまりにも可愛くて微笑ましくなってしまい、頬を綻ばせてしまう俺達の態度がヴァンのカンに触るからだ。


「男性の成長期は大器晩成型が多い。その内どかんと伸びるだろ。その為にも腹いっぱい食って栄養を付けたいとこだ」


「……前に三人、後ろに六人」


 声音を変えたスコールがアリンを下ろした。やっとご登場か。しかし友好的な雰囲気は全く無い。仲間へハンドサインで合図を出し、談笑する“ふり”を続ける。ゆっくりと歩き、視線が不自然にならないよう注意しながら、状況の確認を行う。


「一瞬だけど、身を屈めて静かに動いてたのが見えたよ。狙いは、僕達だろうね」


「見えなくても殺気でバレバレです」


「アリンに気取られてるようじゃ、どーってことなさそうだな」


「アタシ達に挑もうだなんてお馬鹿な連中ね。返り討ちにしてやる」


 ヴィラガ村を出る前に生まれた不安感は、表にこそ出てくるほどではないが、しこりのように消えず、炭火のように時折ぱちりと音を立てて俺の気を引いてくる。今までに抱いたことのない感情。何故こんなにも――





「……やっぱり、殺しちゃうのは、嫌だな。そうしなくちゃいけない状況になったとしても、多分、出来ない……と、思う」


らなきゃ自分や仲間が殺られちまうかもしれなくてもか?」


 昨日の晩。枯れ山に点々と残る木陰の一つに皆で寄り添い合い、欠けた月を眺めている時の事だ。先のヴィラガ村で突然剣を振りかざされたことから、今まで以上に人には用心しろと仲間達へ改めて注意を促した。時にはその危険を祓う為に、相手を殺める必要も出てくるだろうと。それにもっとも難色を示したのがヴァンだった。当然と言えば当然だ。人を助ける、命を救う医者の家系として生まれ育ったヴァンに、その真逆の行為を進めているのだから。頭では分かっていても、そう簡単に納得できるものでは無いだろう。


「そんなの……そんなの、その時になってみないと、分かんないよ……」


 弱気な姿を見るのは久しぶりだ。自分が持つ理想。押し付けられる現実。その両方の狭間に陥った時を想像している。

 黙って月を見上げるスコール。心配してヴァンの手を握るアリン。遠くを見つめ大きく息を吐くティア。鼻を鳴らし狸寝入りをするヤイヴァ。ヴァンだけが答えを出せず、頭を悩ませていた。


「そうか。そこまで悩むんだったら誰も殺さねえと腹に決めろ。そしてお前や俺達が傷つくという可能性を受け入れろ。それを咎めたりなんかしねえ。何でかは言わなくても分かるだろ」


「……うん。ごめんね皆。僕の我儘にも、付き合ってもらうよ」


「んな事今更だろ甘ちゃん野郎。下らねえ問題で頭抱えてねえでとっとと寝ろっつーの」


 ヤイヴァの罵詈にアリンがクスクスと笑った。スコールも尻尾を静かに振り、安心しきった様子を見せている。ヴァンが結論を出せなかったのは、殺す殺さない云々ではなく、俺達が被る害を恐れていたから。ヤイヴァはそれが気に入らなかったから不貞腐れていたのだ。


「リオ、あんまり背負い過ぎないで。偶にでいいから、アタシにも背負わせてよ」


 ティアには俺の本音が見抜かれた。確かに俺は今背負った。こいつらに人殺しが出来ないのであれば俺がやる。俺が責任を負うと。正直言うとこの重みですら、強烈な刺激を求める俺にとって快楽に成り得るものであるんだけどな。


「気が向いたらな。お前らが心から望むんであれば、分けてやるよ……




 ――ヴァン達には色々な経験値を積ませようと、そこそこ手荒な事も俺が取捨選択し、見せ聞かせやらせていたが、逆にそれが過保護な行為だったのだろうか? 確かに唯一無二の情をこいつらには抱いている。だからこいつらの重荷だって俺のもんだと躊躇いなく背負えるし、それで俺の何かが変わる訳では無いはずだ。俺は、一体何を恐れている?


「一度決めたら躊躇うな。容赦なく、徹底的に、無心を貫け。後悔するのは後でいい。それで上手くいくことを祈っていろ」


 まあいい。今は保留しておこう。


「……三十二歩」


 こちらが気付いたことを知られないようにする為探知は用いず、音のみで距離を測ったスコールが歩数を告げる。どうぞと小さく呟いたアリンの言葉を始めとし、自分の歩数を心の中で数える。五……十……十五……二十。徐々に増える歩数に合わせ、狙いを集中させ、意識を尖らせ、力を圧縮させる。


 二十五……三十、三十一、三十二、三十三!


 三十三歩目を強く踏み出すと同時、後方でアリンの仕掛けた【炸裂閃火・魔封球バルサミナ・ボックス】が爆発。スコールの残り五人という言葉を聞いたヴァンとティアがヤイヴァを背負い走り出した俺に並び、スコールとアリンは後ろへ駆けた。

 茂みに潜んでいた影は、突然の爆発音、俺という急接近する敵に対処が追いつかない。大きくヤイヴァを振りかぶり、人影へ向け勢いよく投擲する。せいぜいヴァン達に感謝するこった。だが多少は痛い目を見てもらう。くらいやがれっ、新必(非)殺技っ!


「変身!! 【仮面蝗襲脚ライダアアァァキイイィィッッッック】!!」


「※○×っ!!? ぐべぁばらぁあああっ!!」


 飛翔するヤイヴァは人型へと戻り、特に意味のない回転を決め攻撃に入る。大きく突き出された右足は、仰天する痩せ細い男の頬に華麗に直撃。鼻血をまき散らしながらフィギュアスケーターのように宙を舞い、地に落ちた。





 第40話 『Rough Ruffians』





「特徴らしき特徴無し。ぱっとしねぇ髪色。やっぱ普人族か」


「こっちの人は短刀が二本。っと、背中にも一本。うーん、この靴どこか怪しいような……うわやっぱり。仕込み刃だ」


 輪環状に座らせ後ろ手を縛り繋ぎ、拘束した普人族の男達を物色する。暗い緑色に染色した亜麻布の上下に、表面を蔓草で覆った革の軽装と靴。顔は染料で迷彩を作り、全員が首に青いスカーフを巻いている。


「盗賊かしら?」


「一概に決められるような装備が無い。だが、食料を一切持っていないということは、近くに拠点としている場所があるだろうな」


「それがアズールだといいですね。……きゃっ」


 突如アリンへと飛来した鉄矢。ヴァンがアリンの前へ刀を盾に構え、スコールが矢を直接掴み取った。鏃に毒と思われる無色透明の液体が塗布されており、ヤイヴァが匂いを嗅いだが首を振った。匂いで追うのは無理か。


「今度はスコールに気取られねえほどの手練か。さっきの【炸裂閃火・魔封球バルサミナ・ボックス】は失敗だったな。目立ち過ぎた」


「……見つからない。多分、隠密魔法。かなりの練度。ティア、揺らして」


 しゃがんで地面に耳をつけるスコール。ティアが鉄爪を突き刺し、【超振砕牙メオウシュレッダー】を一瞬だけ発動させ、大地に高周音波を流す。位置の特定とまではいかなかったが、反応から近くに三人潜伏しているのが分かった。


「今のでやっこさんも人数が悟られた事に気付いたろう。さて、どう出てくる?」


「……僕にもスコールにも見えない所から、一体どうやって狙いを定めたんだろ?」


「こそこそと鬱陶しい連中だな。いっそ辺り一帯と一緒に焼き払っちまえよ」


「よくもそういう危ない事思い付くわね」


 とても建設的とは言えないぶっ飛んだヤイヴァの案件は即時棄却し、後手になってしまうが出方を窺うことにした。


「来る」


 魔術を察知したスコールが構える。俺達も同様に周囲を警戒した瞬間、足元の土が液状化し、一気に膝辺りまで飲み込んだ。


「!? 目視しないでこんなに正確な位置に発動させるなんてっ」


 魔人族ですら感心する程の使い手であるヴァンが驚ほどどはな。慌てて抜け出そうと藻掻くが、貼り付く泥が徐々に自由を奪う。


「ヤイヴァ」


「あいよ。「【礎砕黒輝淵アンチフェノメナ】」」


 変質した破力が足元一帯の沼を駆け巡る。硝子を踏み砕くかのようにバキバキと硬質な異音が走り、土を沼へと変えた魔法を否定し、砕き、沼をただの土塊つちくれへと再構成させた。

 術が無効化されたとも露知らず、俺達が身動きを取れなくなったと踏んだのであろう、頭まですっぽりと若草色の外套を羽織る三人が、俺達を取り囲むように姿を現した。


「……」


 性別すら判別出来ない背格好の三人は、二人が弩を構え、もう一人が陣を展開し、俺達の一挙手一投足を見張っている。特に魔人族である俺への警戒は凄まじく、瞳の動きすら見逃さないと圧迫感が伝わってきた。


「……。※○×※※?」


 弩を持つ一人が更に深く構え、短く“クリーグ語”を話した。セット地方の公用語だ。様子からして俺へと何か問いかけているようだが、勿論意味は理解出来ない。

 だがこいつらにとって絶好ともいえる状況で、何故止めを刺しにこないのか。ヴィラガ村の一人は問答無用で斬りかかってきたんだがな。


「△▽っ、※※☆◇◇※っ!」


 今度は語尾を強めた同じ問い掛けが飛んできた。やはりどうしようもないので、手で発声する表現をし、頭を指差した後、両手でバツ印を作り頭を横に振って会話が出来ない事を伝えてみた。理解してくれたのかどうかは怪しいが、警戒心のなかに疑惑が混ざったようで、少々殺気が落ちた。僅かな隙が生まれた訳であるが、そこには剣でなく言葉を斬り込み、敵意が無い事を出来る限り伝える。


「リオスクンドゥム、リンドヴァーン、スコラウト、アリネイア、ティア、ヤイヴァ」


 彼らにとって俺達は非常に曖昧な存在だ。免許証のように自身を証明し、怪しいものではないと否定できる証でもあればいいのだが、そんなものは無い。だが少なくともこうして俺達の話を聞こうとする態度からして、無駄な殺生をするつもりはないようだ。

 懐から白い羊皮紙を取り出し、俺の額に狙いを定めている一人に差し出す。最初は受け取ろうとしなかったが、他の二人と一瞬だけ顔を見合わせたのち、引き金に指を掛けたまま慎重に片手を弩から離し、素早く羊皮紙を取り上げた。俺達から姿勢を変えず距離を取り、片手で紙を広げ中に記載された文を読み始めた。


『わたしはヴィラガ村の長を務める者である。地図にすら乗らない弱小村が何のつもりかと憤られるかも知れぬが、彼らに手に着く職、そしてクリーグ語を学ぶ事の出来る環境を与えて欲しい。仕事の内容は問わないそうだ。彼らは遥か遠い異国から渡ってきた冒険者達であり、世のしがらみに関わらず世界を巡る者達である。実際、彼らは深淵体アビス第六階位ダーク八体を一瞬で葬るだけの力量を所持している。知にも長けているようなので、どんな職でもこなすであろう。魔人を庇いだてる老い先短い老婆の戯言と取ってくれても構わぬが、村を救ってくれた大恩ある彼らに少しでも役立ちたくこうして筆を取った。どうか、人の悪しき風習に捕らわれず世界の美を求める彼らへの支援を、お願い申し上げたい』


 村長が俺達の為にわざわざしたためてくれた貴重な紹介文だ。今この場で出せる手段の内の特別な一つ、カードで言うならジョーカーのようなもの。吉と出るか、凶と出るか、短い文章を何度も内容を反芻し吟味している。

 すると、先程ぞんざいに広げたときとは打って変わって紙を丁寧に折り畳んで外套の中へと仕舞い込み、弩を肩紐に下げ背へ回し、頭巾を取った。

 現れたのは、少々顔の彫が深く左目周りに青い刺青を入れた日に焼けた普人族の、女かよ。声からして男じゃないかと思ってたんだが、どんな変声術使ってんだ。弩を持つもう一人も頭巾を脱いだ。こちらは目つきの鋭い細身の普人族の男性。そして魔法陣を展開していた奴が……な、なんじゃこりゃ?


「(え? 嘘? その髪色と変わった耳してるのって、まさか、水人、族?)」


「(何の冗談だ? この魚面さかなづら、ホントに人か? キメェ顔だな)」


「(なんか、指と指の間に膜みたいなのがあるよ。どういうことなんだろ)」


「(……深淵体アビス?)」


「(スコールが一番酷い事言ってますっ)」


 俺達の常識を外れた突飛な容姿。魚面さかなづら(仮名)は驚きを隠せない俺達に不思議そうな顔を……してんのか? 分かんねぇ。見た事の無い面構えのせいで表情から感情を読み取れない。


「○×○×、××※□※」


「※※。……、※×※っ、〇〇※△▽!?」


 今の会話は大体理解出来た。刺青女が魚面に術を解くよう指示したが、効果がなくなっていておかしいと騒いでる。出てもよさそうなので両足をズボズボと引き抜き脱出する。


 村長の紹介文はウルトラCの効力を発揮した。まだまだ、俺達に運は向いているらしい。









 拘束していた九人の普人族は開放すると刺青女が指示を出し、俺達とは別の方角へと向かっていった。お前らはこっちだと来い来い招く刺青女の後に続く事数刻。遠くから流れる大川が途中で二股に分かれ二つの川となり、暫くそれが続いた後に合流している。その二つの川に囲まれた場所に町はあった。


「※◇◇〇▽※。アズール」


 河川に運ばれた、もしくは削られた石を加工し、それを土台にした木造の家ってとこか。一回建ての平屋が多く目立つ。町の中心から少し外れた所に最も高い建物があるが、窓から見るに四階建て。二つの川にはちらほらと小舟が浮いており、どうやら魚を捕っているようであった。


「※×▽※〇〇※」


 顔を隠せと言われたので、ロングコートに元々付いているフードを深く被った。耳にガサガサとあたる感触を嫌うスコールが文句を垂れているが無視する。丘を下り川岸へと寄ると、刺青女は無人に見える小舟の内の一つに弩を構え、流れ作業のように矢を放った。吸い込まれるように飛んだ矢はスコンという音を立て船の内縁に刺さり、同時にギャーという悲鳴を響かせ黒髪の小柄な少年が飛び上がった。少年は慌てた様子で手に櫂を取り、こちらへと船を漕いで川岸に着けた。髪の色、そして顔の彫からして、この刺青女とは姉弟なのだろう。青い顔で、しかし抗議するかのように少年は櫂を振り回し怒りを表現しているが、姉と思われる刺青女は意に介さず船へと乗り込んだ。


「※〇、×▽※〇〇」


 俺達も乗っていいらしい。少年は不思議そうなものを見る目で俺達を見つめているが、乗船拒否されることはなかった。









 荒くれ者共が集う、と言うからにはそれなりの、つまり劣悪な環境を想定していたのだが、ものの見事に裏切られた。道端にごみが散乱しているようなこともなく、地べたに座り込んでいる者も服装はしっかりしており、浮浪者には見えない。目につく住人は全て普人族であり、ガタイの大きい男が多い。前で歩く魚面は嫌われ者の亜人族の一人である筈だが、町の連中は気にしていないよう……いや、無視しているようだ。害が無い事を認知しているが、関わるつもりは無いということか。

 特に寄り道するでもなく真っ直ぐと進み、遠目に見えていた高い建物に到着した。中からがやがやげらげらと喧しい声が聞こえてくる。入口と思われる鉄枠の木扉に立つ、見事に顎の割れた筋骨隆々の大男に刺青女が二言ほど話すと、大男は頷き、俺達を中へといざなった。

 外に漏れるほどの大音量で騒いでいたのは……なるほど、荒くれ者共とはこいつらのことか。品の無い笑いを上げ、むやみやたらに机椅子を鳴らし、酒と体臭が空気を汚している。そして皆一様に首に青いスカーフを巻いている。俺達を襲った連中はこいつらの仲間だったようだ。


「あぅ」


 突如隣でこけたアリンを抱きとめると、周囲から笑い声が響いた。見れば半歩後ろで禿げ髭デブの三拍子そろった醜い男がニヤニヤと笑っている。足引っ掛けやがったのかこの野郎。いいだろう。その喧嘩買ってやるよ。


「り、リオ。ワタシは平気ですから」


 アリンの静止を流し、未だ下品な笑みを浮かべるデブへと近寄る。ひでえ悪臭だ。風呂入れや。


「※××◇※、※×▽※〇〇※?」


 そうだよ。買ってやるってんだよ。さぁ、まずはテメエのもんを見せやが、れっ!


「! あぅあぅっ、ティア、何するんですかっ、何も見えないですっ」


「見なくていーの。全くこれだから男ってのは油断ならないのよ」


「アッヒャッヒャッヒャ!! 一口山豚ポークビッツ!!」


 ヤイヴァを含む男共は大爆笑し、デブは俺にずり降ろされた下着を慌てて履き直しながら、顔を真っ赤に染め腕を震わせ、怒りに満ちた目を向けるデブ。哀れな奴よ。我が身に宿りし大いなる力に気づかぬとは。刮目せよっ、そして恐れおののくがよいっ。ペンデュラム召喚!!


「えっ? きゃっ」


「な、何ですかっ? 何が起こったんですかっ」


「ちょっとリオ!!? 何やってんの!!?」


「わーお」


「どれどれ……おぉう、艦首波動砲バトルシップキャノン……」


「×▽※〇〇☆◇☆っ!!? 〇☆※〇☆※!!」


「▽※〇※☆☆☆※※!! 〇☆◇!!」


「××!!? 〇◇〇!!? ※☆※☆◇◇!!」


 世界へと晒された創造神(意味深)はこの場にいる男達を戦慄させ、一つ振れる度にデブは仰け反り、後退る。腕を組み堂々たる姿で胸を張り威圧すれば、とうとう膝をつき、手を地に這わせ、深く項垂れるのであった。


「……早くしまいなよリオ」


 はいはい。一応コートで隠しているので荒くれ者達以外(覗き込んだヤイヴァを除く)には見られて無いはずだ。……ティアが一人鼻息荒く、視線を俺の下半身へ集中させている。そういうのに興味を持つ年頃か。獣のような欲が瞳の中で疼いている。なんか、ちょっと怖い。

 生唾を飲み込む荒くれ者共を尻目に、半目をした刺青女はさっさと上がれと階段を指さした。




 ごつごつと粗い石階段を上がり二、三階を過ぎ最上階である四階。高級感のある工芸品達が、とてもその機能を発揮しているとは思えない程雑多に並び、部屋を満たしていた。まるでそれが有名だから、高いからという理由だけで入手し、それだけで満足しているかのようだ。宝石の付いた小さな装飾品は飽きられたのか捨てられたのか、床に転がり鈍く光っている。

 奥の少し高い台座には青く長いソファが設置されており、へりの肘掛けに上半身もたれかからせ、だらりと寝そべる女がいた。こいつが荒くれ者を束ねる首魁か。


「あ゛ーーーー※※▽※〇※☆ーー……」


 どうやら二日酔いでグロッキー状態らしい。床に転がる空の小樽から葡萄酒が溢れている。茶がかった金髪は荒れたい放題。濃い翡翠色の瞳は血走りクマが出来ており、体内を巡る毒素に辛うじて抗っている。はだけた下着だけの扇情的な格好も、周囲を漂う負のオーラが掻き消し台無しである。


『はぁ。※○ー、※×☆ー』


「ん?」


 耳元でくぐもった声が響くと同時、左腕に巻き付いたままだった枝が発光する。呆気に取られる内にそれは形となり、そこに現れたのは。


「……なんだこのモコモコした生物は」


 手足の短い二頭身の茶色い毛玉が、背中についた小さな羽をハチドリのようにプーンと羽ばたかせ、二日酔い女の元へ飛んで行った。


「なんか、随分愛らしい姿の、その、人? ですか? 喋りましたよね」


「木の枝の姿に擬態してたっつーこたぁ精人族か? こっちの亜人共は一体全体どうなってんだよ」


 新たな疑問が生まれ困惑する俺達を他所に、小さな精人は二日酔い女の背中に手を当て魔法を使った。みるみるうちに顔色が良くなり、先程とは打って変わってソファから飛び上がり、腰に手を当て高笑いをする頭領。


「ハァーーハッハッハ!! ▽▽※〇※☆〇※☆っ!!」


「〇※☆※、▽※〇☆」


「あぁん? ※※▽※〇※、☆※☆※※?」


 刺青女が件の手紙を渡し、怪訝そうな顔をしながらも頭領はそれを受け取り、ざっと目を通すとフンと鼻をならしながら俺達を睨んで頭巾を取れと指示してきた。


『大丈夫かしら? 急に襲って来たりしないわよね?』


『それなら最初っからやってるだろ』


 顔が割れている以上ここで渋っても意味は無い。魚面の水人族、そして謎の精人族を受け入れている理由は不明だが、先の様子から手荒にされる可能性は低いだろう。俺が躊躇いなく脱いだのを見て、ヴァン達も恐る恐る顔を晒した。


「…………!!」


 なんだこいつ? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔して。やっぱ魔人である事は不味かったか?


「(これは……ティア、前途多難ですね)」


「(ひっじょーに不愉快だけど、リオがこんなの受け入れる訳無いわ)」


「(どうだかねぇ。まぁとりあえず、寝床と食い扶持に困ることはなくなったんじゃね?)」


 おい、その微妙な反応はどういうことだ……っ、いつの間に間合い詰めやがったコイツ!? 敵意が無いから油断しち……って、抱きついてきやがっただと!?


「▽※〇※☆▽※〇※☆※▽※〇※☆♡♡♡っ!!」


「酒くせぇっ!! うわベトってしたし! 下着にゲロついてんじゃねぇか!! はっ、なっ、れっ、ろっ!!」


「そういうことか。でもいつかこんな日も来るかなって思ってたし……頑張ってね、リオ」


「女難の相」


「おいっ! 傍観してねえでこいつを引き剥がすの手伝ってくれ! そこの下っ端二人も手伝えっつーのっ!! 目を逸らしてサムズアップすんじゃねぇ!!」 


 がっしりと抱きつき胸を押し付け唇を近づける下着女に全力で抵抗するも、仲間達も、刺青女達も、誰も俺を助けてくれなかった。









 リオ一行がアズールに到着した同日。遠く離れた東の地、古びれた小さな町で、魑魅魍魎達の阿鼻叫喚が響き渡る。


「せいっ! はっ! やぁっ!!」


 まだ成人に満たない金髪碧眼の少女が町を駆け、噴水を跳ね飛沫を飛ばし、屋根を飛びかい蒼い剣線を踊らせていた。瞬く暇すら与えぬ裁きの剣は、ただ一体の深淵体アビスをも残す事なく冥府へと送る。町の住人はその舞とも見れる美しい姿に歓喜し、声援を送る。

 戦う少女を後ろから眺め、満足そうに頷く白い髭を蓄えた老人。その背後から忍び寄る深淵体アビス。気が付いたのかどうか、老人が振り向くと深淵体アビスへと青白い雷光が迸り、ボロボロと崩れ去った。


「アーロン、サボるの禁止」


「儂の出る幕でもなかろう、アレス。ほれ、今日のアンジーはいつも以上に技のキレが良いみたいじゃて。しっかり観察しておかんとの」


 頬を膨らませ、動かぬアーロンに不満を漏らすのはアレスと呼ばれる小柄な少年であった。手に持つ赤樫の長杖で動けと突くも、アーロンはぴくりともせず、顎髭を撫でながら頷くばかりだった。


「…………」


「む? ヴァネッサ、もう終えたのかの?」


 いつからそこにいたのか。アーロンの右背後に音無く出現した女性は柔和に微笑み、胸に手を添え目を細める。


「ローマン殿、こちらも今しがた完了した」


「おお、ノバディア。無茶な事を押し付けて申し訳無かったの」


「我輩であれば、あの程度容易い」


 細身であり、異様に背が高い全身甲冑は見た目通り重い金属音を響かせる。何百枚とありそうな流線形の、まるで羽を折り重ねて作られたかのようなその鎧からは、男とも、女ともとれる声が漏れた。


「うむうむ。みなしっかりと力を付けたの。これなら、魔神を倒すことが出来るじゃろう」





 屋根の上に降りた立った少女はぐるりと回り、周辺の深淵体アビスを一掃した事を確認し、深く小さく一呼吸を入れ、その手に持つ大剣を見上げる観衆達へと掲げた。


「我が名は勇者アンジェリオナス!! 世に蔓延る一切の悪を討滅する守護人っ、この身は人々を悲しみと涙で覆わんとする闇を切り裂く天剣なり!! 亡き父と母より授かりし唯一無二のこの体とっ、神より授かりしこの剣に誓おう!! 人々が何も恐れる事無くっ、自由に、平等に暮らせる平和な世界を必ずもたらすと!!」




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