第41話『Azure Dream』
「アニキーっ! あいつら上手く誘き寄せられたみたいですぜー!」
上空に放たれた一本の矢。矢尾に取り付けられたはためく青い布は、事が上手くいった証。それを見上げるクシャ顔の小男、ディッツが大きく手を振る。
「そーそー。ややっこしーけどー、それも重さの単位の一つなんだー。鉱石類は水豆でー、穀物なんかは決められた大きさの袋で量ってんだー」
「町民が質と量に関してかなりうるさいのは、昔“アズール石”を取り扱ってた頃の名残なんだろうな」
「えーっと、そこまでおいらは詳しく知らないけどー、多分そういう事じゃないかなー? そーいうのが直ぐ分かっちゃうリオって、やっぱ頭良いんだなー。半年で会話も読み書きも完璧に覚えちゃったしー」
俺の肩に乗りぺちゃくちゃと喋る毛むくじゃら、精人族のロンがちっこい羽をぱたつかせる。
「アーニーキーっ! もうそこまで来てますって! このままじゃあいつら串刺しですよ!?」
草原を疾走する大きな丸い影と三人の男。黒いウニのような物体がゴロゴロと地を転がり、青ざめ、鼻水と涙を撒き散らしながら懸命に走る男達を追っている。
「すっごいとげとげした
「……ウルレイトヘッジホッグ、か。つまらん。おーいっ、俺やる気無くなっちまったからーっ、お前らだけでやってくれーっ」
「無茶言わんで下さいアニキーっ!!」
「
「助けてーっ!! 死ぬーっ!! 死んじゃうー!!」
アズールの周辺に凶暴な
「もっ、もっ、駄目……いーちぬーけたっ!!」
「あ!? バロンの野郎逃げやがった!?」
「ガッツェ! 君の事は決して忘れないっ!!」
「ブルートてめぇ!! って近い近い近い!!? 嫌だーーーー俺まだ死にたくないよアニキーーーー!!」
仲間に見捨てられた哀れな
本を閉じてロンに渡し、高枝から飛び降りてガッツェを来い来い手招く。蜘蛛の糸を見つけたカンダタのように顔を輝かせ、大喜びで駆け寄ってくるガッツェの両肩に手を置き、前転する踏み台に利用して大きく跳ね飛ぶ。
ヘッジホッグは全身に生えた長く硬質な体毛を利用し相手を攻撃、また今のように転がる際地面をとらえるスパイク代わりに使い、縦横無尽正確に追いかけてくる。
しかしそのスパイクは全て地面に面している訳じゃ無い。回転方向に対して真横の針は遊んでいる状態だ。高速回転する縦軸の鋭い針を避け、容易に捉えることの出来る横軸の針を掴む。一緒に俺もぐるぐると回ってしまうが、バランスを崩したヘッジホッグの重心が偏り、軌道は大きく逸れ大地に弧を描く。両足が地についた瞬間、回転軸を俺へと強引に移し、ヘッジホッグの回転力をそのまま奪い取り駒のように振り回す。その勢いを殺さぬまま、俺が乗っかっていた木の幹へと強く叩き付ける。
「ギイィィィィッ!!?」
バキバキと太い幹が折れ、強烈な衝突は大地を伝わり重低音が足元を揺らし、ヘッジホッグが痛みに叫ぶ。激しい衝撃はヘッジホッグを硬直させ、ぱっくりとその身体を開かせる。そこには鋸歯が所狭しと並ぶ黒いグロテスクな大口。へし折れ倒れてきた木を掴み、その不快な口目掛け跳躍し奥深く突き刺した。
ビクビクと震える大きな痙攣は徐々に小さくなり、ヘッジホッグは息絶えた。
「わああああああああーうぷっ」
俺の頭へとつっぷすように着地し、へにょ~と潰れ目を回すロン。お前まだ木の上にいたのか、すまんすまん。
「やっぱアニキはすげえなぁ。魔法無しでこんないとも簡単に
「頭もめっちゃくちゃ良いし、絵本の王子様みてえな絶世の美男子だし、ボスが惚れ込んじまうのも納得だぁ」
そういや俺王子だったな、一応。もう自覚すらねぇや。
第41話 『Azure Dream』
俺達が逗留を続ける町、アズール。規模は大きくも小さくも無く、二つの川に囲まれた、見てくれだけはいたって普通の町。
「んだよ、ウルレイトヘッジホッグか。つまんね」
「うひょー! このでっかいとげとげダンゴ虫、アニキが一人でやっつけたのか!」
川辺まで小舟で迎えに来たのはヤイヴァと、刺青女もといアナベラの弟であるベベル。運んできたヘッジホッグの死体に興奮し、周りをすげーすげーと飛び跳ねている。
「スコールとヴァンはどうした?」
「あっちで水産業手伝ってんぜ」
舟頭に立つヴァンは自慢の目で魚影を捉え指さし、同舟する男達が網を放り一気に捕まえる。揚げられた網は水飛沫を跳ね上げ大漁だ。喜ぶ男達に肩を叩かれ、抱き締められと、ヴァンはやたらちやほやされていた。
「おおー、水があんなに高く上がってるぞー」
別の場所で飛沫が高く跳ねる。一直線に走った水柱の後にぷかりと浮かぶ水草と共に、アリンが作ったシュノーケルを装備したスコールが浮上する。熟した水豆の収穫を行っているようだ。近くに寄せた舟が浮いた水豆を回収していると、その舟めがけ魚が飛ぶ。スコールは収穫の合間に魚まで獲っているらしい。
「アニキ、飯はまだなんだろ? おれ舟渡し終わったら水豆の煮っ転がし作って持ってくっからさ、ヘッジホッグの事教えてくれよ。どうやったらあんな
水豆は川の中で栽培する作物でアズールの主食だ。炒ってポップコーンのように弾けでた中の薄黄色の実を食べる。下ざわりはしっとりとしたおからのようで、味は無い。副食は川魚、それと川で育つ海藻ならぬ川藻であり、食事で出されるほぼ全てが水中で育った食物である。
「分かった分かった。その代わり、サボったりしないでちゃんとやるんだぞ?」
「うん!」
「水豆って味っ気ねえからあんますきじゃねぇけど、ベベルの作った煮っ転がしはうめぇよなぁ」
「おねーさんのアナベラはてんで料理だめだけどなー」
「アナベラねーさんにゃ申し訳ねえですが、正直ゲロマズでしたぜ」
「意識吹っ飛ぶ料理って意味不明すぎだよなぁ。あのときゃあアズール川が三途の川に見えたよ。顔もしらねえじいさんばあさんが手ぇ振ってんだ」
川を渡り町中へ戻る。ヘッジホッグの死体に驚く町民を横目に解体場まで運んでいると、石の加工店で金槌を振るうアリンを見かける。一トン近くはありそうな四角い黒石にいくつもの楔を打っており、真っ直ぐ正確に振り下ろされた金槌によって見事に平らな断面を持った石へと割れる。それを見ていた男達は関心の声を上げ、アリンにあれこれ質問を投げかけていた。
「すっかり馴染んじまったな」
「アニキたちゃ良い人だって分かりやしたからね。ボスが亜人にあんま偏見持たねえってのもありやすけど」
「アニキの仲間、可愛い子ばっかだもんなぁ。面倒見たくなるのも当然っしょ」
「イシシシ。愛想良くして笑顔振りまいてりゃ向こうから勝手に寄ってくんだからちょろいもんだぜ」
「あ、アネキはその笑い方で台無しっすよ……」
「むぅー、おいらだってボスが可愛いって言ってくれるぞー」
「おめーは可愛いの意味が違うんだよ。つーか性別どっちなんだ?」
「女だよー。言ってなかったっけー?」
こんな感じで“
「リーーーーオーーーーっ!!」
重そうな荷、それに乗る商人二人をぶら下げた竜化ティアが着陸する。近隣にある町まで売り込みの手伝いだ。飛行能力があり力も強いティアは非常に重宝され、稼ぎ頭として忙しく飛び回っている。勿論他の町村の住人に見つからないようにだ。それが難しい時はヴァンも伴って透過魔術で身を隠し飛んでいる。
「たっだいまっ! あのねリ「ダーーーーリーーーーンっ!!」
またか。ティアの良く通る声さえも遮り、甘ったるい声で俺に、正しくは顔、いやもっと正確に言えば唇へダイブする影。当然躱し……落とすのはなんなので右腕で受け止めてやる。
「いやん、ダーリンのいけずぅ。アタイは痺れるような口づけが欲しいだけなのに~」
「次にやったら地面と口づけさせるぞ」
俺達が堂々としていられる一番の理由。それは荒くれ共を取り仕切る首領であり、実質町を統治するこの女に見初められたからだ。名をクラウ。クラウディア・アレシガと言う。普人族であるが稀にみる魔力を有しており、その力でアズールを治めている。と言っても毎日をだらけて過ごしており、しかし人を引き付けるカリスマ性があるようで、特に仕事らしい仕事は一切せず、やりたい放題自由に生きている女だ。
「(いい加減しつこいのよこの阿婆擦れ)」
「ん~? あぁ帰ってたの
「とかげっ……、それもそうね。働きもしないで見向きもされない相手に粘着恋慕するノータリンよりずっと有意義だわ」
「ちっ。そんなことお前に言われる筋合いなんか無いね!」
「はぁ!? それどういう意味で言ってんのよ!!」
「そのまんまの意味に決まってんだろ! さっさと諦めなこのダボ!!」
争い事には関わらない町人。喧嘩っ早いがいがみ合わず悪事は働かずの雷花団。そして俺達仲良しこよしのアスタリスク。争い事など何一つ起こらない筈の平和なこの町で、唯一険悪な仲を見せているのはティアとクラウの二人。顔を合わせる度に睨み合い、けん制し合い、時には聞くに堪えない口喧嘩が繰り広げられる。今日も今日とて飽きもせずいがみ合う二人の罵詈雑言はあまりにも耳障りだ。顔を突き合わせる二人の頭を掴み、互いのデコを思い切り衝突させる。
「「ぁがっ!!? ~~~~~~~~っ!!」」
痛みに悶絶しじたばたと暴れるティアとクラウ。最初の頃は口頭注意。それで収まらなかったので先日は転ばせ強制終了。ここまでしても効果が無かったようなので今回は痛みを伴ってもらった。口で言って聞くようなタイプじゃないのはティアはもともと、クラウも同様なのは分かったからな。
「おめえらもいい加減学習しろよ。リオを怒らせてんじゃ本末転倒じゃねぇか(オレは見てて飽きねぇけど)」
「「だってこいつが!!」」
「お黙り!! はしたない態度っ、醜い罵倒っ、見苦しいったらありませんっ! 恥を知りなさい!!」
「「で、でもっ」」
「デモもストもありません!! 今日という今日は許しませんよ!! そこにお座り!!」
まだ懲りないようだ。淑女たる者とは何なのかを徹底的に教え込む必要がある。地べたに正座させ、涙目を浮かべる二人をキツく叱る。
「(なぁアネキ。何でアニキ、小姑っぽい言葉遣いになってんですかい?)」
「(その場の勢いで言ってるだけだから気にしなくていいぞ)」
「(アニキ、うちのおっかぁよりこえぇや。絶対怒らせんようにしないと)」
「これじゃーリオが町のボスみたいだなー」
アズールは先祖代々から暮らす者と、流れ者、荒くれ者の集まりである雷花団で町を形成している。元々は雷花団という統括された組織は無く、犯罪者集団が町を長い間支配していた。それを十五年前、ここへやってきたクラウが全員叩きのめし乗っ取ったのだ。
クラウの支配はかなり緩く、しかし部下となった連中には厳しくあった為町民達は快く受け入れ、力有る者には逆らわない荒くれ者共は大人しく彼女に従った。いつの間にか悪行を働く者はいなくなり、元荒くれ者共はクラウの立ち上げた雷花団の団員として町と、ボスであるクラウの為に働くこととなる。
そんな過去があった故に、町民達は外からやってくる者達を排そうとする気が薄い。黙って受け入れ、近寄らず、関わらず。俺達六人の亜人が入って来ても、誰も騒ぎ立てないのはそれ故であった。
「紹介するよ! この人が今日からアタイの旦那になるダーリンだ!」
集まった雷花団と町民達。壇上に立つクラウ。腕をがっちり抱きしめられる俺。言葉は理解出来ないものの、それは誰がどう見ても明らかにお披露目の講演であった。
「あ、あれが魔人族なのか。もう遠い過去に消えた種族だと思っていたが、まさかこの目で見る日が来るとはな」
「ああ、しかしえろう美人な
「なんじゃ。随分と疲れ切った顔をしておる。もうボスに絞られたんか?」
「まあ、悪さしないんだったら何でもええ」
顔を見合わせる町人達だが、特に言うことは無いといった様子だった。
「魔人を旦那にしちまうなんてなぁ。教会の糞共が聞いたら大騒ぎすんぜ」
「おれたちゃ元々はみだしモンだ。シャバの事情なんざ無視無視。それより、ボスの旦那っつーことは、おれたちの……なんだ、えっと、アニキ?」
「お、それいいな。そう呼ぼうぜ。アニキーっ! よろしく頼んますー!!」
「「「「「「宜しくお願いしますっ、アニキ!!」」」」」」
ボスの親近者(強制)ということで雷花団は一切の反対なく受け入れ、俺は何故か兄貴分として、そのまま自然と雷花団の面倒を見る係となった。
「それからこっちにいるのがダーリンの下僕達だよ。つまり、アタイのモンでもある。使えっけど言葉が喋れねえらしいから色々教えてやんな。手はだすんじゃねえぞ」
「うっひょーっ! ちょーマブい女の子ばっかじゃん!」
「あの爬人の子もろ好みなんすけど! もうアニキのお手付きなのかなぁ」
ヴァン達も同様であり、特に差別的な扱いを受ける事はなく雷花団の団員に加えられ、クラウの直接庇護の下、毎日を割り当てられた仕事、目的であるクリーグ語の習得に奔走することとなる。
しかし、ここに来てちょっとした問題が発生した。ティアの勉強嫌いが障害として立ちはだかったのだ。
「もーやだ! 勉強やだ! やだやだやだ! アタシには必要ない! こんなのどっか行っちゃえ!!」
「あっ!? 何も放り投げる事ないでしょ!?」
学習意欲の高いヴァンとヤイヴァは書物を使い勝手早々にクリーグ語を覚え、スコールとアリンは町民達と雷花団から習い、俺は四六時中付きまとうクラウとの会話を中心に覚えた。
だがティアについては本当に苦労させられた。勉強は嫌いだと豪語していたが、まさか本を読み始めて五分と経たず眠ってしまうとは。しかも一度寝ると例のごとく何しても起きねえし。
「何でやねん! 物語本とか自叙伝書は読めるんやろ!?」
「だって勉強っていう目的で読んだら眠くなっちゃうんだもん!」
「竜王がティアに後継がなくていいっつったのって、為政者に向いてないからじゃねぇの?」
しまいには勉強なんてしなくても生きていける。クリーグ語を覚えなくても俺達が通訳してくれればいいと駄々をこねる始末だった。それを見かねた、というより本を粗末に扱われた事によって怒った我等アスタリスクのマザー・ヴァンは、ティアにとって恐ろしい制約を科せる。
「これより、アスタリスクはエウスル語での会話を禁じ、クリーグ語のみを扱うものとする」
「何よそれぇっ!? そういうの虐待って言うのよママ!!」
「誰がママだよ!! こういうのは常日頃から使わないと覚えられないの! 勉強が嫌なら尚更! ていうか何でみんな僕の事女の子扱いすんだよ!! 止めてって言ってるだろ!!」
「雷花団の皆さん、ヴァンが男の子だって知って凄い顔してましたね」
「!!?」
「アリン、時々しれっと大燃料投下すんの止めちゃれ」
ヴァンの鳩が豆鉄砲を食ったような顔、どうやら自覚が無かったらしい。詐欺だとかよくも騙したなだとか言う阿呆もいたんだが、自分の事とは思って無かったようだ。一部それはそれでいいとか益々興奮する奴もいた事教えてやろうか。どんな風に発狂するか見ものだ。
「ティア、ヴァン。諦めが肝心」
「「うわーーん!!」」
とまあそんなこんなはあったが、会話縛りという荒療治は中々に効果的で、仲間はずれにされまいとティアは必至になり、読み書きこそは出来ないものの、なんとか日常会話が出来るレベルには達したので良しとした。後は自然と覚えるだろうと半分諦めてしまったのもあるが。
どんな場所であろうと住めば都。半年も経てば人はその町の生き方に順応する。だが俺達は冒険者だ。当初の目的を達成した以上、ここに留まる必要は無い。飯が美味い訳でも無く、娯楽がある訳でも無く、観光できそうな場所がある訳でもないからな。
「だーあーりんっ(はぁと)」
「あの、クラウさん。ちゃんと聞いてます?」
「聞いてるわよー。続けてー」
「案外分かんないもんだな、人の心ってのは」
「そうよねー、たかが石ころに心奪われて大金かけちゃうんだからさ」
しかしこの見所の無いアズール、その歴史は意外にも長く、古書によれば二百年以上前から存在しており、かなり知名度が高い。ぱっとしないこの町が有名なのは、今は無き地下洞窟で世にも美しい紺碧の宝石、アズール石が採掘されていたからだ。
その余りにも美しいアズール石はどんな貴婦人達をも虜にさせ、この石を持って告白すれば絶対に成功すると言われるほどであった。そんなアズール石を貴族や大富豪達が求め、目も眩むような高値が付いた。たった一つの石で人生が変わる。辺境の地にありながらこぞって集まるのは一攫千金を狙う者達。欲望がアズールを栄えさせた。
しかし夢の集いも束の間。約百二十年前、アズールから向けて北西に聳え立つ“ヴァンヴァルディガ山”が大噴火を起こした。流れる溶岩は大地を燃やし、火山岩、火山灰が雨の様に降り注ぐ。山の怒りはアズールにまで及び、数カ月続いた噴火はアズールを洞窟ごと埋めてしまった。
生き残った町の者達が再び洞窟を掘り返したが、流れ込んだ溶岩はアズール石の採掘場まで続く道を閉ざしてしまっていた。横穴を掘っても採れるのは石炭ばかりで鉱石は一つもない。その石炭が取れる洞窟すら、地形の変化により大きく向きを変えた河川が流入し、殆どが水底へ沈んでしまう。
今では町外れにある僅かばかりに残った洞窟から採れる石炭が貴重な収入源であり、細々とした、過去の栄華からは余りにも遠い町となった。
「ふーん、昔そんなことがあったなんてねぇ」
「おい、仮にもここで頭やってんなら知っておくべき知識だろうが」
「だってそんな事知らなくたって生きていけるも~ん」
「……どっかで聞いたような台詞だな」
「喧嘩が絶えないのは同族嫌悪ってやつかな? 種族は違うけど」
ここは雷花団の根城、最上階のクラウの私室。別名、ボスとアニキの愛の巣(などという迷惑な名を付けた部下一号には鉄拳を食らわせた)。長椅子に座らさせられた俺の太腿に(勝手に)頭を乗せたクラウがそっぽを向く。朗読を命じられていたヴァンが溜息を付き、黙って本を手に部屋から出て行った。命じた本人が興味を失い、俺の腹に顔を擦りつけ甘え始めたからだろう。猫撫で声を出し腿を撫でるクラウの手を掴んで止めるとそのまま指を絡めてきた。俺への好意に溢れた手がいやらしく蠢く。
クラウにとって俺の容姿はもろ好みどストライク、あっちゅーまのフォーリンラブだったらしく、何がなんでも俺を陥落させようとあの手この手で誘惑してくる。甘言、露出、接触、エトセトラ。靡くつもりはないと態度に見せても、諦めるつもりは一切ないようだ。というか、段々エスカレートしてきているな。面倒を見て貰っているのもあって拒絶する訳にもいかない。我儘は俺の専売特許で治外法権(異世界的な意味で)も有しているというのに、最近論理的利己主義という名の行政は採算が合わないと執行停止中、いやサボタージュか。ここまで好意を寄せられた事がないからどう扱えばいいか分からんと思考放棄してるだけだが。
「一つ聞いていいか?」
「一つと言わず何でも聞いて? 何ならアタイの敏感なとこ、教えてあげよっか?」
痴女かよ。いや俺への好意がそうさせんのか? まったく恋愛って奴は度し難い。だから嫌なんだよメンドくせぇ。
「ヴィラガ村の長とは面識があったんだろ? だが村長はクラウがここで頭領をやっていると知ってる様子が無かった。何でだ?」
元々クラウも野党の一人で数々の狼藉を働いていたが、行き倒れてヴィラガ村の世話になったことがあったそうだ。懐の大きな村長の施しにクラウは心打たれ、全うに生きることに決めたらしい。今じゃ下っ端どもの上に胡坐かいて見る影もないが。ちなみに魔法技巧は村長から習ったとのこと。亜人への偏見が無いのも同じだ。
「若くてピチピチのアタイよりもあのシワシワお婆ちゃんが好みだって言うの? あ、冗談だから、グーは止めてグーは」
拳の甲にハーハーした俺を見てクラウが身を起こした。最初っから真面目に答えてくれ。
「村って言うような小さな集まりに住む連中ってさ、大体閉鎖的で、余所者を嫌う傾向にあんでしょ? ヴィラガ村は特にそれが顕著でさぁ。アタイも恩返しがしたいんだけど、村の奴らがアタイを犯罪者だって知って向けてきた目。あれを思うととてもじゃないけど会いに行けないね。迷惑掛けちゃうだけさ。お婆ちゃんも流れ者だって言ってたけど、アタイなんかの面倒見ちゃっても何にも言われないとこ見て、よく信頼を得たなぁって関心したよ」
……村の機微に触れるような真似はしないということか。思っていたより他者に気を使っているな。お山の大将かと思っていたが、見誤ったか。
「だからダーリン達の面倒をしっかり見て、ちゃんと生活出来るだけの知識を身に付けさせてあげるのが、お婆ちゃんへの恩返しになると思うことにしたのさ。本当はずっとここにいて欲しいけど、そのつもりは無いんだろう?」
「冒険者だからな。時が来たら出て行かせてもらう」
「ぶぅ。少しは思いとどまってくれたっていいのにさ」
話の区切りがつくのを待っていたのか、会話が途絶えた所で側近の一人、クラウの右腕である刺青女、アナベラが入室してきた。
「ボス、また浮浪者が“ファラン”からやって来たぞ。無法者だ。町で繰り返し窃盗騒ぎを起こした罰として放り出されたらしい」
「最近多いねぇ。ファランの治安ってそんなに悪いもんじゃ無かったと思ったけど」
荒くれ者が集うと呼ばれるのはこれが原因だ。アズール石の取れない町に誰も興味を示すはずなどなく、辺境の地に足を運ぶ物好きでも荒くれ者達と聞けば避ける。よってはみ出し者ばかりが明日の食い扶持を求めてやってくる。
「それじゃ、いつものように“面接”やっちゃうよ。あ、ダーリンも見る?」
「ん? 入団試験でもやんのか?」
「試験というより、洗礼と言った所だな。まぁ見ればわかるだろう」
一階の中央に置かれた椅子に縛り付けられた男。取り囲むように立つ雷花団の面々。そして時折迸る雷光が部屋に溢れる。
「クラウは雷系統が得意魔法なのか」
「そうだぞー。女のボスを花に例えて、それで雷花って団名になってんだー」
「もうお前に行く当てなんか無いんだよ! 返事は『お世話になります』か、『はい喜んで』か、『一生尽くします』の中から好きなの選んで答えな!!」
「い、今更他人と関わって生きていくなんて出来ねぇ。もういいだろっ、離してくれっ」
「諦めな! お前の人生は雷花団が頂いた! さあとっとと首縦に振んなっ!! さもなきゃ……」
「ま、まて! もうその魔法は止めてくれ! やめあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
両腕を組んだクラウから迸る雷が男を襲う。バチバチと派手な音を立てる光、絶叫する男と高笑いするクラウの声が部屋に響き渡る。魔法式電気椅子ってところだろうか。
「これがこの町に流れてきた者の末路か。選択肢すら与えられんとは」
「はぐれ者が住める場所などここ以外に存在しない。放っておいてなにかしでかされるぐらいなら、目の届く所に置いておいたほうがいい」
「前に川畑荒らされたこともあったしなー」
一応周辺治安の事は考えているらしい。二度と堅気に手は出させないよう教育(調教)するとも言う。団から組に変えたらどうだ?
「おい聞いたか! アタイ達の団に加わるとよ! 喜べおめえら! また新しいおもちゃが増えたぞ!!」
「「「「ありがとうございますっ、ボス!!」」」」
「おめえも嬉しいだろ? ほら嬉しいって言って笑えよ! 笑うんだよ!」
「ひっ!? 言いますから電げあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛う゛れ゛し゛い゛で゛す゛う゛う゛う゛う゛!!」
ひでぇ。
アズールを覆う河川の上流。アリン主導の下完成した桟橋に、男達がその頑強さに驚き何度も感嘆の声を上げていた。
「おお揺れねえ揺れねえ。板っぱ二枚交差させたの挟むだけでこんなに変わるんだなあ」
「トラス構造って言うんですよ。まげもーめんとと言う力を変換して全体を支えるんです」
「それも魔人のあんちゃんの知識かい? ホント何もんなんだい」
「頭の良い人の考えてることを、オラ達が理解出来る訳ねーさ。アニキさんの頭ん中にゃきっと何百年と学んだ苦労が詰まってんだ」
「? リオはまだそんなに生きていませんよ?」
アリン達が歓談する横、桟橋の
「いつまでブー垂れてんだよ。あんなのになびくわけねぇって言い張ったくせに、一番揺らいでんじゃねぇか」
「……うっさいわね。分かってるわよ、そんなこと。そんなんじゃないのよ」
「えぇ!? あの魔人のアンチャンまだ十五歳なんか! 確かに若え顔してっけどしっかりした佇いしてっし、少なくとも三、四十ぐらいはいってると思っとったよ」
「はい。ヴァンとスコール、ティアも同い年です。ワタシがみんなより二つ年下で、ヤイヴァは色々あって千年近いんですよ」
「せっ、せせせっ、千年!!? おったまげたなぁ、このほそっこい嬢ちゃんそんな長生きしとるんか!」
「殆ど寝てて意識ねぇから年に意味なんかねーけどな」
普人族の常識からすれば遥かに逸脱した寿命。ホラと言われてしまえばそれまで。証明する手段は無いものの、町民らがアリンの話を鵜呑みにするのは、この町での六人全員の信頼性が高い事を示す。
結果を出せば人は自ずと着いてくる。逆に言えば信頼を得たいのであれば結果を出すしかない。その行動基盤はグランディアマンダで地道に培ったものであり、アリン達は無意識の内にそれを理解していた。町民達はアスタリスクの着実な成果、そして求めるものの倍以上の成果に諸手を挙げて喜び、彼らの誠実さに答えようと積極的になっているのであった。
「はぁ~、ヤイヴァちゃんは普人族じゃなかったのか。じゃあみんな“
「あ?
「知らねえのかい? 見た目が限りなく人型、おれ達普人族に近い亜人達をそう言うのさ。魔力が高くて体も丈夫な強い亜人の証。普通亜人って言や魚の特徴持った水人のジャーダとか、半分愛玩動物みたいになってるロンとか、おれらからかけ離れた姿してんのが一般的なのさ」
「わたしらからすれば憧れの存在なのよ。歴史に名を連ねるのは、みんな
桟橋の下から聞こえる女性の声。すっと伸びた腕が縁を掴み、飛沫を殆ど挙げず桟橋へ滑るようにあがる。その体は上半身が人であり、下半身が魚の尾のような姿をしたジャーダであった。小さく唱えた魔法により下半身が淡く明滅し、元の二本の足へと変化した。
「土台はしっかり水底の土掴んでるみたい。これなら嵐にも耐えられそうよ」
「わざわざ確認して頂いて有難う御座います、ジャーダさん」
「水人って泳ぐときあんよが魚の尾っぽみたいに変化したっけ? さてはお前、変体か?」
「精人族なのに剣なんて物騒な物に変身するあなたの方がよっぽど変よ、ヤイヴァ。
アスタリスクの存在はクラウと縁がありアズールで暮らしていた亜人二人、ジャーダとロンにも大きく影響を与えた。アスタリスクがアズールの住人達の亜人に対する固定観念を払拭したことは二人に対する偏見が無くなったと同義である。ジャーダがアリンの手伝いを快く受け持ったり、臆病種族と言われる精人族のロンがリオに懐いているのは、二人共にアスタリスクの功績に深く感謝しているからである。
「なんだ、アリンちゃん達は半年前までは言葉も話せねぇっていうぐらいだったし、どっかおらたちも知らん遠いとこに、
「確かに皆ワタシ達と同じ見た目をしてますが、強さはピンキリですし、そんな力を振るうような争いとは無縁の、凄く平和な国ですよ」
「じゃあそんだけ良いとこから出て、わざわざ亜人が嫌われてる場所に冒険に来てんか。変わった性格してんなぁ」
暗に変人であると言われ、ヤイヴァはケラケラと笑いその通りだと肯定した。
「冒険者ってのは言わば情報中毒ってやつでよ。常に新しい光景とか知識とか経験とかで頭と心を刺激し続けてねえと、退屈で死んじまうような連中なんだぜ」
「なんでい、じゃあこないつまらん町にいてもしょうがないだろ。次のとこ行かんのかい」
確かにその通りであった。新し物好き新体験好きであるアスタリスクは、その土地に何も無いと分かれば目的が定まっていなくとも早々に出発し、予想外の展開に喜ぶ変人達である。最も長く逗留した煌霧の森ですら、なんの惜しみを感じなかったほどに。
「……リオの様子がおかしいのよ。町から離れようとしない」
一人会話に混じろうとしなかったティアが、ぽつりと漏らす。それはどういう事だと聞こうとするも、むすっとした横顔と、背に漂わせる負の感情が男の口を噤ませた。
「(お、おい。何とかしろよ。ティアちゃんますますご機嫌斜めじゃんか)」
「(う、いや、だってよ)」
「(おめえはホント馬鹿じゃの。ティアちゃんはボスにアニキさんを盗られて不安なんじゃ)のうティアちゃん? あんまり抱え込まんで、アニキさんと二人だけでお話する機会作ったらどうじゃい? アニキさんの本音を聞けば、きっと楽になるじゃて」
リオの本音、それは如何ほどのものか。ティアが望んで止まない答えがそこに含まれているのか。それは確かに間違いなくティアの切望するものであったが、今欲しい答えはそれでなかった。
「話しても教えてくれないわよ。リオはそういうやつなの。(一人で背負い込まないでって言ってんのに)ぶつぶつ……」
恋い慕うリオがその胸の内に不安を抱いている事をティアは見逃さなかった。だからこそ少しでもリオの傍に寄り添い、同じアスタリスクとして、リオを好いた者として支えたいと望んでいるのだが、その一日をクラウに独占され、仲間同士の時間が明らかに減っている事にティアは憤っているのだった。故に、リオの心を見ようとせず自身の気持ちしか押し付けないクラウとは友好的になれない、とリオの注意を聞こうともしないのはその為である。
「そうですね。次の行先もヴァンはまだ選定してるようですし、リオもまだここにいる気なら、何か楽しませてあげられる出来事でもあればいいんですが……」
「そういやこの町、昔は宝石が採れる洞窟があったんだってな。宝探し気分で今からでも掘っ返せねーかな?」
「アズール石のことですよね? 折角ならお目に掛かりたいです」
「それは夢のある話だけんど、おら達の曽爺ちゃんの頃のことだかんなぁ。噴火でほっとんど埋まっちまったよ」
「全部じゃないんだろ? もし残ってる洞窟があんならスコールの探知で探り当てられんじゃね? こっこ掘ーれわんわん♪ ってな感じで」
「わんわん」
「どぉうびっくりしたっ!?」
「……なんで川の中にいんのよ。ほら手」
泰然自若な性格のヤイヴァですら素っ頓狂な声を挙げる程、既知の間柄であるスコールの返事、その発生場所は予想の範囲外であった。ティアはヤイヴァの直ぐ足元の真下にいるスコールの手を取り、桟橋へと引き上げた。シュノーケルと下着を着用した姿から意図的に潜水していた事が窺え、腰に括った袋からがらがらと音が鳴る。
「石」
「石? 石を拾っていたんですか?」
頷いたスコールはしゃがみ腰袋をひっくり返し、中の物をばら撒いた。五つの黒くてかる角ばった小石が落ちる。
鉱石に強い好奇心を持つアリンはそれが唯の石ころで無い事を見抜き、一つ手に取り隙間を撫でる。アリンは常に持ち歩いている工具を取り出し、石の隙間に
「……アズール、石」
百年以上の時を経てその石は再び世界へと現れる。それはアズールに住まう人々と共にアスタリスクにもたらされた幸運であったが、同時に不幸も呼んでしまった事は、誰にも予想出来なかった。
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