第12話 『A Treasure Porch』

「あんれま! こりゃ驚いたね。こんなに採ってくるとは思わなんだよ」


 夕刻。特段大きなトラブルも無く、無事にグランディアマンダへ戻り西門を潜ると、そこには依頼主のミリヤムさん(爬人族。クリームより香辛料をふんだんに使いそうなク○アおばさん)が腰に手を当て待っていた。心配だからとわざわざ門まで迎えに来てくれたらしい。頭が下がる。

 いやしかしソリで大幅にショートカットしたとは言え、大量のキンチャクダケを持ち帰るのは中々骨だった。もし途中襲われたりでもしたら、全て捨てる事になっていただろう。こんなにも持ち帰る必要は無く、せめてこの半分の量ならもっと早く帰って来れたはずだ。過ぎたる欲は身を亡ぼす。今後の課題だな。


「スコール、この人が今回の依頼主、ミリヤム・ホーエンローエさんだ」


「美味しいぜんまい焼きのおばちゃん」


 ありり? 知ってたんかい。食い物にはホントに抜け目のないな。スコールの言う通り、この人は城下街でぜんまい焼きを売っているおばちゃん。俺が城を下って最初に買い食いした店の店主。何度も食いに行くうちにすっかり打ち解けて、俺に容赦ない言葉を浴びせるようになった遠慮のない闊達な人だ。


「僕とスコールが初めて会ったのはミリヤムさんのお店なんだよ」


「あんたらチビッ子達が依頼を受ける、なんて言った時は何の冗談かと思ったよ。王子様が大丈夫だって言い張るから任せちゃったけど、よく知ったお前達が怪我するかもしんないと思うと、正直気が気じゃなかったよ。そんで? 何でお前たち上半身裸なんだい?」


「湖に突っ込んだ」


「湖に突っ込んだぁ? 何をどうすりゃそんな目に合うんだい全く」


 いやぁそれほどでもぉ、とテレテレしたら褒めて無いよとぺちんと腹を叩かれた。素肌に食い込んで赤くなった背負い紐の痕と、傷だらけの背中に響く。ちょっと痛い。


「まぁ怪我が無いならそれでいいさね。それじゃあ約束通り、美味しいもん作ってやろうじゃないの」


「やったぁ! 僕お腹ぺこぺこだったんだ!」


 ヴァンとスコールが喜び跳ねる。俺もはしゃぎすぎて腹はかなり減っている。あの美味なぜんまい焼きを作るミリヤムさんの飯、かなり期待できそうだ。





 第12話 『A Treasure Porch』





「さて、そんじゃ始めるよ。ちゃんと手は洗ったかい?」


 商店街第四通り中央。ここにある濃い緑の屋根の店が、ホーエンローエ夫妻の本店兼住居だった。こっちは旦那さんが切り盛りしていて、城下街のぜんまい焼き屋は副店。何で店を分けているのか聞いたら、ぜんまい焼きは香りが強く、他の惣菜の香りを殺してしまうのと、たむろう場所が少ない城下街では、手軽にさっと食べられるものが好まれるかららしい。グランディアマンダに昔から住んでるだけあってやり手だ。


「そういや王子様。アンタ湖に突っ込んだって言ったけど、キンチャクダケも一緒にかい?」


「それはダイジョブ。水一滴も付着してない」


 サムズアップして伝えるとミリヤムさんはよしよしと頷き、水がたっぷり入った大鍋を【瞬騰火スパーメ】で一気にしゃっ沸させた。すげぇ、早すぎて軽く手を振ったようにしか見えない。熟練が成す技だ。


「あの、ミリヤムさん。どうして水に濡らしては駄目だって言ったんですか?」


「キンチャクダケの旨味が全部水に吸い取られちゃうからさ。だから雨が降る前に採りに行きたかったんだけどね、夫が腰をやっちゃって。店を空ける訳にもいかないから、依頼を出したって訳さね」


 成程なぁ。そういう経緯があったのか。納得したと頷くヴァン。とスコール。お前、普段話をちゃんと聞いてるのか聞いてないのか分かりづれえけど、飯が関わると性格変わるな。


「最初はキノコの傘と柄を分けるよ。柄を引っ張れば根元から簡単に取れるから、どんどんやっちゃいなさい。傘はあんまり強く握らないようにね」


 言われた通り柄を引っ張る。すっぽんと簡単に分離した。ミリヤムさんが俺達が分けた柄から素早く石づきを切り落とし、適度な大きさに切った柄を熱湯に次々と放り込んでいく。


「柄は特に旨味が多い。出汁を取ってる間に、具材を用意するよ」


 麦を研ぐのをヴァンとスコールに任せ、俺とミリヤムさんで数種類の根菜を手早く微塵切りにする。全部が全部同じでなく、口当たりや触感も考えて適切な大きさに刻む。料理は得意だが流石にそこまでは知らないないのでミリヤムさんを真似て刻んだ。


「……王子様、アンタいくら何でも手慣れ過ぎてないかい?」


「このぐらい王族の嗜みですぜ、ミリヤムさん。曽爺ちゃんも爺ちゃんも、剣捌きは一流。グランディアマンド一族はどんな刃物でも扱うのが得意なんです」


 モチロン嘘だ。長剣を扱う親父でも調理器具は握るどころか、台所に立ったことすら無いだろう。曽爺ちゃんは知らんが、爺ちゃんは冒険者なので自炊必須だ。多分だが、爺ちゃんは料理上手だろうな。そんな気がする。俺のホラにミリヤムさんは、まあそんなもんかねと答えた。一応納得することにしたらしい。


「ミリヤムさん、研ぎ終わりました」


「どれ。ん~、肌ヌカは残し過ぎず、取り過ぎず。うん。丁度いいさね。他の雑穀と刻んだ具とを窯に入れて混ぜ合わせるよ」


 窯に具材を放り、よく混ぜ合わせる。スコールがノリノリでヘラをぐるぐると回している。何故か尻尾も連動してぐるぐると回る。


「大体混ざったね。最後に出汁をたっぷり含んだこいつを入れて、半刻炊いたら中身の出来上がりさね」


 黄金色になったスープを混ぜ込んだ具材にひたひたになる程度に注ぐ。うおおお、まだ炊いてもないのに立ち昇る湯気から食欲を直撃する香りが。絶対美味いもんが出来ると分かっちまう。スコールも目が爛々と輝いている。


「炊き上がるのを待つ間は、傘の中のゴミ取り。時々石虫が入ってるから、念入りに取るんだよ」


 言われた通り傘を一つ一つ丁寧に確認する。あ、いた。こいつが石虫か。蟻の腹の部分が石のようになった虫だ。


「ねえ、これも石虫? なんだかとっても綺麗なんだけど」


「おおっ、運が良いねぇ。そいつは石虫の亜種の小金虫だ。そいつの入ってたキンチャクダケを食うと、お金持ちになれる。なんて言われてるぐらい縁起の良い虫さね」


 ヴァンは手の平にその金色に光る虫を乗せ、マジマジと観察した。その横でスコールが普通の石虫を摘まんで匂いを嗅いでいる。


「ミリヤムさん、コイツは食えんの?」


「まさか。文字通り石のように固い虫だ。キンチャクダケと一緒にこんなの齧っちまったら最悪の気分になるよ」


 途端に興味を無くしたスコールは石虫を放り捨てた。





「さあて、そろそろ時間さね」


 ミリヤムさんが窯の蓋を取ると、もわんとアツアツの湯気と共に、キノコ特有の何とも言えない独特な香ばしく味わい深い香りと共に、艶々と山吹色に光る具が顔を出した。


「ほわあああすごおおおおい!!」


「っ! っ! っ!」


 ヴァンの興奮度は最高潮だ。スコールも尻尾が過去最高の振れ幅を見せる。


「さあもう少しだ。まずは仰いで粗熱を取って、手で触れる程度になったら傘に詰めてくよ」


 程よく冷ました具をキンチャクダケの傘の中に詰め込み、口を細いタコ糸で結ぶ。ヴァンとスコールは口を結ぶのが難しいらしく、悪戦苦闘しながらもなんとか形にしていく。


「王子様、やっぱアンタ手慣れてるでしょ。手付きが素人のそれじゃないね。ホントは何度か料理したことがあるんだろう?」


「目についたモン何でもやりたがる器用貧乏なんだ」


 これは本当。特に料理は結構好きだし、すんなり慣れた。そこそこ腕前が付いてしまったのは、家庭科で女子に屈辱感を与える為だけに必死こいて練習したせいだ。


「さて、全部詰め終わったね。後は釜土で綺麗な焼き色が付くまで焙ったら完成さね」


 たっぷり具を詰めたキンチャクダケを所狭しと網に並べ、釜土の中へと滑らせた。









「いい香りだ。上出来さね。ほうら、これがホーエンローエ家特製、宝キンチャクだよ」


 炊き上がった具よりも更に香ばしい色と匂いが俺達を包む。言葉に言い表せないその宝物に目を奪われた。


「ほらほら。眺めてないで暖かいうちに食べな」


 熱々の宝キンチャクを取る。ぎっしりと詰まった具が、旨味の量をそのまま表しているようだ。袋の中はまさしく味の宝庫となっているだろう。三人でせーのと大きくかぶりつく。


「~~~~~~~♪」


 スコールは別世界へ旅立ち、


「んんんん~~~~うまあああああい!!」


 ヴァンは雄叫びを上げた。


「傘袋が破れた途端に拡散する、その芳醇な大地の恵の濃い香り。中の具からジワリと染み出す濃厚なキノコの旨味が、それぞれの具材と調和して口いっぱいに満たす。触感と歯触りが楽しい根菜達が更に食を高揚とさせる。まさに……まさに味の宝石箱や~~~♪」


 いやあホントにうめえ。腹減ってたから尚更うめえ。食べるという行為でこんなにも心躍るのは初めてだ。


「苦労して採ってきただけの甲斐は、あったみたいだね。最初はアンタ達に任せたのを後悔しかけたけど、杞憂だったさね。喜んで貰えてなによりだよ」









 店を出る頃には、日はとっくに沈み、満月が空に浮かんでいた。


「すっかり遅くなっちまったな」


「お父さん、怒ってるだろうなぁ」


 そう言いながらも、ヴァンは満足そうに微笑んでいた。まだ残る大きな余韻に浸っているようだ。スコールは浸り過ぎて時々フリーズしている。土産に持たせてもらった宝キンチャクを家に着く前に食いつくさなきゃいいが。


「……ねえリオ、スコール」


「あん?」


 空に浮かぶ月を見ながら、ヴァンが呟いた。


「ちょっとだけ、基地に寄ってかない?」









「いや~~~グランディアマンダは夜景も素晴らしいな」


「うん!」


「……(コックリ)」


 俺の感嘆にヴァンが同意し、スコールが無言で頷く。俺達は塔の天辺から、満天に広がる月と星空、彼方此方に灯された明かりに照らされて、暗闇に浮かぶグランディアマンダ国を見つめた。日が落ちてまだ早いこの時間は蝋燭や魔法の灯りが家々から漏れており、まるで地上でも星が瞬いているようだ。


「この光の一つ一つが、みんなが生きてる光なんだね。何だか、色んな大切なモノが光る宝石箱みたいだ」


 あらあら、ヴァンったら、なんてロマンチストなのかしら。もしも俺が女だったら、ヴァンの優しい言葉と表現にキュンと来たかもしんねえな。


「……世界って、もっと広いんだよね。僕、今日初めて外に出て知ったよ」


 ヴァンが東に見える枕の森を見つめながら急に真面目な顔になり、自身の事を話し始めた。


「僕、お父さんからね。『お前は将来医者になるんだ』って、ちっちゃい頃から言われてて。今も言われてるんだけど。それで、僕、この国でずっと暮らすことになるのかなって」


 スコールはヴァンの話に耳を傾けながら、夜風に身を任せて目を細めている。


「医者になるのは、嫌じゃないよ。勉強は大変だけど、本を読むのは好きだし、困ってる人がいるなら、助けてあげたいって思うし。それなら、医者になるのがいいかなって」


 俺達と会う前のヴァンは、興味はありながらもあまり外出はせず、自宅で本ばかり読んで過ごしていたらしい。少し前の俺と似てるかもな。


「だけどね? スコールと会って、リオと会って。毎日が楽しくて。二人といると、知らないこといっぱい知れて……なんて言えばいいのかな? 多分、えっと、幸せ? なのかな、うん。それでね、思ったんだ。外には、もっと知らないこと、沢山あるんだなって。僕なんかじゃ、想像できないようなこと、いっぱいあるんだなって。今日、二人と一緒に遊んで、思ったんだ」


「その通りだ」


 立ち上がって胸を張る。記憶を反芻するヴァンの、今を喜ぶスコールの見つめる視線が俺へと向かれた。


「ヴァン、スコール。この国は確かに素晴らしい国だ。さっきヴァンは言ったな。『宝石箱みたい』だって。確かに宝石のように輝いているっちゃいるが、世界から見りゃ、所詮これっぽっちなのさ。この国は精々、宝小袋ってとこだな」


「こんなにおっきい国が、小袋なの?」


「ああそうさ。だが世界は箱どころじゃねえ。箱から溢れかえって海の様に波打ってんだ」


「海……?」


「うみ……」


「お前ら、海を知らねえだろ。何処までも何処までも続く、でっけえでっけえ塩っ辛い水溜まりだ。火山って知ってっか? ドロドロに溶けた岩と火を噴く山だ。砂漠はどうだ? 辺り一面見渡す限り砂以外何もない場所だ」


 ぽかんとした表情で俺を見つめる二人。そんな場所が存在するだなんて、想像したことも無いだろう。


「“天の咢てんのあぎと”は、知ってんな?」


 二人は頷き、西の大地の先にある、空を貫く馬鹿でかい影を見た。


「あの超でっかい大岩山の向こう側に、まだ誰も見たことが無い世界が広がってるって言ったら、信じるか?」


「誰も、見たことが無い……」


「……世界」


 小さく呟いた二人はあの向こう側に何を想像しただろうか。俺は……実は、ほんの少しだけ知っている。


「……ねえ、リオ、一つ聞いてもいいかな」


「おう、何だ?」


「……どうして、王様にならないの?」


「それは……ちょっと教えらんねぇ。が、俺とずっと一緒にいりゃ分かるぞ?」


「一緒?」


「ああ。だが俺と一緒に居んのは骨が折れるぜ。俺は我儘で、無茶苦茶をする奴だ。間違いなく危険な目に合うだろうし、後悔するかも知んねえなぁ。だが、間違いなく退屈はしないだろう。俺は未知なる場所に、モノに、世界に飛び込む野郎だ。だから俺と一緒に居れば、毎日が新しい発見になる。いや、してやるのさ」


 二人の瞳が輝いた。危ねえって言ってんだが、気にも留めてないな。


「ヴァン、スコール。俺は将来、そう遠くない未来にこの国を出る。いつかあの天の咢の向こう側に行くのが、俺の目的だ」


 俺の言葉に、二人が顔色を変えた。ヴァンが衝動的に口を開き、スコールは態度で、その思いが溢れだした。


「っ!」


「ねえリオっ、僕もリオと……」


 ヴァンの口を塞いで最後まで言わせず、立ち上がろうとしたスコールを抑えた。こいつら、かなり俺に懐いちゃったな。


「お前らのその気持ちは正直嬉しいさ。だけどな、俺達はまだ子供だ。知らないことが沢山あるってことは、やりたいこともいっぱいあるかもしれないってことだ。ヴァン、お前がこの国を大切に思って、ここでずっと医者として暮らすのも、決して悪い事じゃない。むしろ、お前にしか出来ない素晴らしい生き方だ。スコールも、親父さんと一緒に狩りをする生活を送る事だって、立派な生き方の一つだ」


 座り直し、二人の肩に腕を回して引き寄せた。俺の言ってることは、二人は半分も理解していないだろう。だが、それでいい。今はそれで十分だ。


「ヴァン、スコール。お前らは賢いから、俺が何を言いたいのか、どうして外に憧れるのか。どうして今、お前らを誘わないのか、そのうち理解するだろう。だからな? もっと沢山学んで、それからよく考えて、選べ。自分の歩く道を」


 戸惑う二人に笑いかけてやり、さらに肩を引き寄せる。


「そんな難しく考えなくていいんだよ。これからも、今日みたいに一緒に遊びまくるってことさ。そしていつかやってくる選択の時に、お前らの心が出した答えに従え」


 二人の胸、心臓に位置する箇所を叩く。ヴァンとスコールは、自分の胸に手を当て、不思議そうな顔で俺を見つめた。


「俺がこの国を出るのは千年祭が終わってから。俺たちが十二、三歳になる頃だ。そん時、お前らが俺と同じ道を歩きたいって言うんだったら……」


 二人から手を放して立ち上がり、天の咢を見つめる。俺の心を揺さぶる場所が、あそこにある。こうして手を伸ばしても、届かないだろう。だがいつか、いつかきっと届かせる。今は小さなこの握り拳を、あの向こう側へ。






「……大歓迎だ。俺と一緒に、世界を見よう」







 その時の俺の言葉に何を思ったのかは分からないが、ヴァンが決意に満ちた瞳を空へと向け、スコールは月を見つめてゆっくりと尻尾を振っていた。






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