第11話 『Unveiling』
グランディアマンダで唯一、入出国可能な箇所は四つある。北門、東門、西門、南門の四箇所だ。上空も地中も、巨大で強力な大結界、【
俺達はそんな過保護な国から抜け出し、凡そ四半刻歩いた先の残丘森林地帯、“枕の森”と呼ばれる場所へ足を踏み入れた。この森は定期的に兵士が巡回や鍛錬で回るので危険度は低く、木こりが伐採しに頻繁に訪れているので、青空が見える程度に見通しが良い。俺達はこの森で、とあるキノコを探す。
「……キンチャクダケ?」
「そう。こいつを三十本以上採取するのが今回の依頼だ」
背負う大きな竹籠の中から取り出すのは、サンプルとして渡されたキンチャクダケと呼ばれるキノコ。その名の通り、狐色をした巾着のようなキノコだ。傘の部分は柔らかく、柄と石づきは固い。
「見本だからこいつは小さいが、大体握りコブシぐらいの大きさの物を依頼主、ミリヤムさんはご所望だ」
「緩やかな斜面で、倒木の近くによく生えてるって言ってたよ」
「スコールは、これについて他に知ってることはあるか?」
「美味しい」
ブレないなお前は。何の宛にもならんじゃないか。
「それじゃあ頑張って沢山集めるんだな。依頼より多く採ってきたら、これで美味いもん作ってやるってさ」
美味いもんという単語に、スコールの尻尾が激しく反応する。コヤツは何でこうも飯に貪欲なんだ? 親父さんに修行の一環とかで断食とか、食事制限されたりでもしてんのか? まぁ、やる気が無いよりはいいし、これからはこうしてちょくちょく依頼をこなすのが目的だから、積極性を絶やさないなら歓迎だが。
「さて、この森に来たことがあるのはスコールだけだ。常に三人で行動して、逸れないように。それから万が一、気性の荒い野生生物や、
俺の言葉にヴァンとスコールが頷く。見知らぬ場所で行動にルールを設けるのは鉄則だ。とは言っても、今もどこかで俺の護衛達が目を光らせている筈だから、危険な目に合うのはそうそう無いだろう。
「ほいじゃあ行くとしますか。スコール、この森で起伏のある場所は知ってるか? 登り降りの多い場所だ」
スコールは暫し頭を傾け考え、それから北の方角を指した。
第11話 『Unveiling』
落ち葉が積もる地面をサクサクと踏みつけ、倒木の近辺で土を撫でながらキンチャクダケを隈なく探す。懐かしい。生前の幼稚園児ぐらいの時だな。こんな風に、じっちゃん達とよく山菜採りに山や森の中を散策したもんだ。ワラビとタケノコの味噌汁は美味かったなぁ。
「あった」
「えっ、どれどれ? うわ、おっきいね」
「おお~、記念すべき第一本目はスコールの手柄だ。大きさも申し分ないな。やるなスコール」
スコールは褒められて、尻尾をブンブンと振り回し喜びを表現した。
「もっと、たくさん採る」
「僕も負けないよ!」
調子の上がった二人は、俺を置いて元気良く斜面を駆け上がっていく。
年相応の二人の無邪気な背中を見て、さっき少しだけ思い出した生前の幼い頃の記憶が、より鮮明になりながら頭に浮かぶ。もう、ちょうど今の俺の歳位になるんだな。
あの頃は空虚な生活を送っていた。何もかも分からないまま、しかし波乱万丈の日々が過ぎ去る。きっと、貴重な体験をしたい、心揺さぶる何かに会いたいと幼心に願った俺に、神様が与えた糞みてえなプレゼントだったんだろう。平和な日本で滅多にない体験をしたせいか、何をしても満たされなくなってしまった。少しでも奮起しようと色々な事に手を出したが、ショックで精神が早熟してしまったせいか、先を読んでしまう考え方が染みついて、どれも満足出来ないことが殆どだった。
人生の終わり方すら、中途半端だったなぁ。と思いきやだ。宇宙の気紛れ超絶ミラクルクルクルルが、俺を生き返らせやがった。神様って奴は、人から感謝されたいのか、それとも罵られてえのか。そりゃあさ、嬉しくない訳ねえよ。このファンタジーワールドは、間違いなく俺に貴重な体験と、心揺さぶるモンを提供してくれるさ。実際、かなり楽しんでるしな。だけど王族は無えわ。その癖魔法が使えないとかいう訳の分からんおまけ付きだ。神様がサボってねえか、アカシックレコードという名の議事録を見せてくんないかね。せめて一般市民に転生させてくれりゃ、変なしがらみもなかったのによ。好き勝手やっても、何してもお咎め無しじゃ張り合いねえだろ。才能無しと罵る癖に、名前を出しゃどいつもこいつも萎縮しやがって。魔法が使えないっていうデメリットが全然デメリットじゃねえ。我に七難八苦をとまでは言わねえが、もっとぶつかって来いよ。全力で迎え撃ってやるから。もっと俺を、世界を引っ掻き回してくれ。
膝を落としクラウチング姿勢を取り、坂を見つめる。障害と逆向こそが人を強くさせる。培う痛みが心を鍛え、肉体を昇華させる。強き心身を持って大地を蹴り前進すること、それ即ち進化の体現。俺の今ある全ての力は、他の誰でもない。俺の為だけにある。俺だけの人生を、色濃く染め上げてやる。
はしゃぎ合う二人を追い抜き、ひたすら真っ直ぐ突っ走る。
「ん?」
「え? うわわっ! リオ!?」
どんな奴でも掛かってきやがれ! 世界よ、俺はここにいるぞ!
「ふははははははっ!! 未熟な俺達に必要なモノ! それはまだ見ぬ神秘がもたらす期待! 想像を絶し超える経験! 生涯を彩る素晴らしき光景! そして速さこそが濃厚濃密なかけがえのない人生を生み出すのだああああああ!!」
「っ!」
「あ! 待って待って! 二人とも待ってよーーーー!!」
結局、森で一番高い所まで走り込んでしまった。スコールは○立のCMで流れそうな木に寄りかかり肩で息をし、ヴァンは日陰で仰向けに倒れてゼーゼーと胸を上下させている。魔人ってすげえ。魔力だけじゃなくて身体能力も高いんだな。有り余る体力にテンションが上がってしまい、周りが見えなくなってしまった。
「はっはっは。すまんすまん。調子に乗っちゃったんだぜ」
「も、もう、僕、エホッ、走ら、ないから、ね……」
獣人族は身体能力が高いからスコールはいいとして、爬人族も結構体力あるんだな。あの速さにある程度は食らいつける力はあるようだ。やはり、この世界の亜人達は地球の人間より肉体が優れている。
「はぁ、はぁ、ふう……ようやく落ち着いたよ。それよりさ、ここ何処かな? 倒木も無いし、キンチャクダケは無さそうだよ?」
「さあ? 随分走ったからな。あっちに【
あんな馬鹿でかいドーム、洞窟とか地下に潜らん限りどっからでも見えるし。
「なら大丈夫かな。あれ、スコールは?」
「ん? 居ねえな。そこに寄っ掛かってたんだが。スコーーールーーー」
「ここ~~」
間延びした声が聞こえる反対の斜面へヴァンと向かう。果たして、俺たちの目に飛び込んで来たのは、しゃがみ込むスコールと、狐色の絨毯。生い茂るキンチャクダケだった。
「うわあっ……! こんなにいっぱいキンチャクダケがある!」
「こりゃすげえや。こんなに群生してるもんなのか。やるじゃねえかスコール。大手柄だ」
今度はピースサイン付きでスコールは尻尾を激しく振った。
「取り放題だーーーー!」
ヴァンはキンチャクダケの海に飛び込み、ズボズボと引っこ抜き始めた。スコールもヴァンを真似して抜き始める。俺は竹籠を構え、二人に引っこ抜かれてポンポン飛び交うキノコを全てキャッチした。
「もう入らないね。何本ぐらい採ったかな?」
「全部で百六本だ。依頼の三倍以上、しかも全部でかい奴だ。スコール、美味い飯が待ってるぞ」
「早く帰ろう」
急くスコールはパンパンの籠を勢いよく持ち上げるが、相当な重量があるせいで足元が覚束ない。
「これ、持って帰るの大変だね」
うーん、一番膂力がある俺が運んでも日が暮れてしまうだろう。だからと言って転がして運べばキノコに傷がついてしまう。傘を潰さないように、それと濡らさないようにってミリヤムさん言ってたからな。それに、こんな斜面で転がして手を離してでもしまったら……
「どうしたのリオ?」
「いいこと思いついた」
スコールが寄りかかっていた木を撫でる。皮は厚みがあるし、これならいけるな。腰に差していたミリヤムさんから借りたナイフを取り出し、木へ突き立てる。
「この~木なんの木気になる木~♪ 見たことも~ない木ですから~♪」
木の皮を四角く剥いだ。縦二メンテ、横一メンテくらい。丁度いいかな? 剥いだ皮のツルツルの面を下にして地面に敷く。二人を呼び、皮の上にスコールを乗せ、その後ろにヴァンを乗せ、さらに後ろに籠を背負った俺が座る。
「……。ね、ねえリオ? 僕降りていいかな? 何だかとっても嫌な予感がするんだけど……」
「逃がさないわよ♪」
「うわわわわ!」
ヴァンに後ろから抱きつき、首に両腕、腹に両足を回し絡ませてがっちり拘束する。
「ヴァン、俺達は一蓮托生だ。酸いも甘いも、一緒にかぶりつこうではないか。さあスコール! 出発だ!」
「うん」
頷いたスコールが体を前後させる。木の皮のソリは最大静止摩擦力を超え、徐々に速度を上げながら斜面を滑る。ソリはあっと言う間にトップスピードに乗り、雑草地帯を抜け森に突っ込む。
「ひゃああああ! 危ないよ! 危ないよーー!!」
「スコール! ぶつかんなよ! お前の操縦に掛かってるぜ!」
「うん」
「ああああああああああ!!」
「あんまり大口開けてっと下噛むぞ!」
木と木の間、岩の岩の間を猛烈な速度で通り抜け、さらに勢いを付けたソリは落ち葉を舞い上がらせながら森を滑り下りる。時折ぶつかりそうになるもスレスレで横切り、その度にヴァンが悲鳴を上げた。
「すすすスコール! スコール! 前! 前えぇぇぇーー!!」
ヴァンは慌てふためき前方を指を差した。今度は何だ?
「……みずうみ」
「この速度じゃ止まれねえし、避けんのも無理だな。よし、そのまま突っ込め」
「うん」
「えっ? えっ!? えっ!!? 何言ってんの嘘でしょやめてやめて僕泳げないんだよーーーー!!?」
「アキラメロン。ほら行くぞ!」
「やめてーーーーーーーー!!」
湖は低い場所にあったようで、しかも丁度木の根がジャンプ台替わりになり、ソリは飛び跳ね綺麗な放物線を描き宙を舞う。
「……」
「わあああああああああああああ!!」
「飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで♪」
湖が大きな三つの水飛沫を上げた。
「~~ぶはぁ! はっはっは! 結構飛んだな! K点越えだぜ!」
「~~~~ぷぽっ(ぶるるる)」
「~~! ~~! あっぷぁっ!? 溺れる! 溺れるぅ! …………。浅いね」
湖は俺達の膝くらいの深さだった。周りを木の根が支える黒い土壁に囲まれた、ちっこいカルデラのような場所だ。水は透明度が高く、小さな昆虫が泳いでいる。
「何で此処だけ窪んでるんだろ?」
「元々は湖じゃなく、地下を流れる湧水だったんだろう。少しずつ、少しずつ地中を削って、地面が自重に耐えられなくなって沈下した。落ちた土や塵は湧水に流されて、周りをゆっくり侵食しながら、長い年月を掛けて湖になった……んじゃねえの?」
「へえぇ……ねえリオ、キンチャクダケが入った籠は?」
「水に濡らすといけねえから、落ちる直前に優しく放り投げた。あの辺に転がってるだろ」
落とした方向に向かい、土壁を伝う木の根をよじ登り、窪みから顔を出したら籠が見えた。よしよし、さっすが俺。ナイスコントロール。
「ヴァン、上がるぞ。スコ~ル~もう行くぞ~」
水がこんこんと湧き出ている水底に顔を突っ込み、ブクブクと息を吐いて遊ぶスコールを呼んだ。
「うええ、靴の中がびちゃびちゃだよ」
湖から上がったヴァンが、靴を脱いで中に侵入した水を捨てる。俺は上着と中着を脱いで腰に巻き付け、腰のベルトに靴紐を括り付けてぶら下げた。スコールも俺を真似し、同じ格好になっている。
「さあって、よっこい、しょ! っとぅ!」
キノコまみれの重い籠を背負う。肩紐とたすき掛け紐が食い込んで痛ぇ。素肌にささくれた紐が直に当たりチクチクする。ヴァンとスコールが後ろに回り込み、籠を支えてくれた。ありがてぇ。
「リオ、大丈夫? 途中で変わろうか?」
「いや、思ってたよりは平気だ。門の所までは多分保てる。二人が持ってくれてる分、少し軽いしな」
最初の依頼だし、最高の形で終わらせたい。そう思えばやる気も湧く。二人に支えられながら坂を下った。
「……へへ」
「……? ヴァン?」
「どうしたヴァン、突然笑ったりして」
「何だか、急におかしくなっちゃってさ。森の中を走って、キノコをたくさん見つけて、あんなに大きな声で叫んじゃって、最後にはビショビショに濡れちゃって。僕、こんなに体を動かしたのは初めてだよ」
「……俺もそうさ。ずっと城に引き篭もってたからな」
「スコールは、いつもお父さんとこんなふうに忙しかったの?」
ヴァンの問いかけにスコールは少し悩み、首をふった。
「いつもする狩りと、今日は全然違う。今日は……あったかかった」
「うん。今日は暖かいよね。服が無くても平気だよ」
ヴァンがスコールに同意したが、スコールは首を振る。俺は、スコールが何を言いたいのか大体察したので、黙って会話を聞いた。
「リオとヴァンがいるから。リオとヴァンがいると、あったかい」
「えーっと、うん? リオは分かんないけど、僕は爬人族だからどっちかって言うと冷たいよ?」
スコールの言葉は抽象的な言い回しが多い。ヴァンは直線的に捉え過ぎだな。
「ヴァン。温もりってのが包むのは体だけじゃない。心も包むのさ」
「心を……包む?」
「同じ言葉でも、色々な意味や表現の仕方、捉え方があるってことだ」
「それって……えぇっと、スコールのあったかいっていうのは、その、うーん……」
「……つまりな、俺らと一緒にいるのは、楽しいってことさ」
物事ってのは柔軟に、言葉は幅広く捉えないと本質を見失う。もっと色々と経験して、色々な知識を身に着けないとな。引き篭もって本を読むだけじゃ、理解出来ない世界がある。
「っ、うん! 僕も楽しかったよ! スコール!」
答えは自分で導くべきだ。その為の過程は、答えを輝かせる為にある。だけど偶にだったら教えてやるさ。喜びは共有してナンボだもんな。俺の言葉ですぐさま意味を理解し、喜ぶヴァンの答えに……おお、スコールが微笑んだ。普段無表情のスコールの笑顔だ。超レアだぞ。
「ヴァン、スコール、門が見えたぞ」
視界の端から端まで続く国壁の、真ん中に構える巨大な漆黒の扉。デカすぎて距離感がおかしくなりそうだ。
「あとちょっとだね!」
「おうさ、もうひと踏ん張りだ。帰るぞ。俺達の場所に……」
「「うん!(コックリ)」」
「……全力でなぁ! ヒャッホーオオォォォ全速前進だあああああ!!」
「っ!」
「あ!? また走るの!? 僕もう走らないよって言ったのにいぃーーー!!」
俺達は、門に辿り着くまで走り続けた。
……背中が、傷だらけになった。
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