第10話 『There Is A Priceless To Pay』

「おはようリオ!」


「ん~……」


 街中が活気で色付く時間。朝食を早々に済まして一直線、基地へと足を運ぶ。


 基地不在時は当然施錠しているので、鍵を保管しているベルスさんの店へ取りに行かなければ入れない。当初は鍵を複製して一人一人持つようにしようと直ぐ近くの鍵屋、岩人族の若い兄ちゃんに見積もって貰ったんだが、この鍵、そんじょそこらの物では無かった。

 この鍵と錠前は、魔法紋を利用した特殊な物だったのだ。仕組みとしては、刺すと錠前の中に刻まれた魔法紋の式に従い、鍵穴の中で鍵が錠を開ける形に組み換えられる。という宝物庫でも守ってんのかよと思わせる程の強固な鍵である。鍵と錠の完全一組で、作った本人しか式を知らない。似たような型は無い上、変形する鍵がかなり複雑な構造をしているから、分解、調査、解読にえらい時間が掛かる、と言われた。一応見積金額は見たが、平民にはかなりキツイ大金だ。まぁ、俺にとって、というより王族にとっちゃこんなもんかな~な金額だが、ヴァンとスコールの金銭感覚に悪影響を及ぼすので、俺んちのファミリーマネーから支出するのは却下。

 結局、元々の管理者であるベルスさんに預け、基地を使いたい時に借りるという、何の捻りもない決まりに落ち着いた。


 が、ここ一週間、ベルスさんの店へ借りに行っても空振りで、二人より先に基地に来れた事は無い。なので今日は先に基地に来てみたが、案の定、二人が既に寛いでいた。


「おはようさん。ヴァンもスコールも、相変わらず早いな」


 俺が城の書庫から何冊か適当に拝借してきた分厚い本を、太腿の上に乗せて読んでいたヴァンと、即席で作った藁布団の上に丸くなって、うたた寝するスコールに挨拶を返す。俺がここに来た時には、二人がいることが当たり前の光景になっていた。


「今日もスコールが一番だよ。僕も結構早くベルスさんのお店に行ったんだけど、『鍵なら開店前にスコル坊が顔出して持ってったぞ』、って」


 開店前っつったらまだ日が差し込み始めた時間じゃねえか。いくら何でも早えぇっつの。そのうち親父さんとお袋さんに怒られんじゃねえか? スコールを見れば、首から提げた鍵が(紛失対策で紐を括り付けた)鈍く光る。数日しか経っていないのに、スコールのトレンドマークに成りつつある。


「そうそう。ベルスさんが朝ごはん作ってくれたんだ。二人の分もあるよ」


 ヴァンが脇に置いていた布袋を開いた。中から取り出したのは、赤胡麻と一緒に焼いた丸形のパンに、ベージの葉、赤斑牛の肉、数種類の木の実をベースに作ったオリジナルソースを挟んだ……まぁ、ぶっちゃけハンバーガーだ。以前、ベルスさんが手軽に食べられる商品を考えていると話を聞き、俺の脳裏をよぎったのはランランルーと踊るキモいピエロだった。例のポーズを決めながら簡単なレシピをベルスさんに教えたのだが、国中で噂になるほど大盛況だったらしく、今では店の看板メニューとなっている。

 いつの間にか起きてきたスコールが、いそいそとバーガーを受け取る。俺は朝飯食っちゃったから腹減ってないんだが、一応貰っとくか。


「リオ、今日は何をして遊ぶの?」


「ん。今日は小遣い稼ぎをしようと思ってる」


「小遣い、稼ぎ? お金を集めるの?」


 指で口の周りについたソースを指で拭いながらヴァンは聞き返した。スコールはげっ歯類のように頬をパンパンにして、モッチャモッチャと咀嚼しながら頭を傾げている。視線が俺の持つバーガーに固定されているので、半分に千切り差し出してやる。スコールは頬に溜めたものを一気に飲み込み、俺の持つバーガーに直接齧りついた。自分で持って食えや。


「ああ。スコールは親父さんと一緒に狩りをしてっから、街の外の事、社会の事をそれなりに知ってるだろ? 対して俺は頭でっかち。ヴァンは全くの未経験だ。将来絶対に必要になる生き方の知識を、これから勉強しよう」


「えっと、つまり?」


 ヴァンでもちょいと言葉が難しかったか? 俺の指に付いたソースをペロペロ舐めるスコールに、残った半分のバーガーを食べさせながら、もっと簡単に言い直す。


「お金の稼ぎ方を学びましょう。……スコール、俺の指まで齧んな」





第10話 『There Is A Priceless To Pay』


 



 中央広場から北西へ伸びる大通り。この道は城下街西側と、歓楽街を分断する道になる。俺達が目指す歓楽街は酒場や宿泊施設、賭博場に風俗店と、娯楽が密集する地区だ。金持ち、冒険者、狩人その他諸々の大半は此処に立ち入り、金を落としていく。国外の連中も多いから、寄り合い所である冒険者、商業組合、所謂ギルドなんかも数多く点在する。

 こういった色々な意味で個性的な連中が集まる場所は、普通治安が悪くなり易い。だが大通りを挟んだ直ぐ西側の城下街西地区。ここには城に従事する連中、つまり、兵士達の住む家が多い。騒ぎを起こせば屈強な怖いお兄さん達が、勝手知ったる裏道をすっ飛んでくる。加えて、日によってはサボり魔のドゥーカスさんが遊びまわっているし、賭博に負けて大損こいたカリバン兄ちゃんが不機嫌で街を彷徨っている場合もある。なので、歓楽街には八咫紅蓮オクタクリムゾン二人がよくうろついていると知る者は、三度の飯より喧嘩が好きな荒くれ者でも自重する。それを知らずに窃盗傷害器物破損等犯そうものならば、超高速でしょっ引かれ、深い深い地獄の如き地下牢で、人格が破壊され、子孫繁栄が物理的に不可能な体にされる……らしい。


「何だか、その、大人な場所だね」


「お酒臭い」


「今すれ違ったおっちゃん、かなり酔っぱらってたな」


 昼間でも酒場は開いてっからな。親父さんと度々来ているスコールは、さっさと歩きだしてしまう。俺もすぐ続くが、ヴァンは工業街の裏道に訪れた時のように、方々に気を取られて遅れがちだ。


「ほらヴァン。スコールに置いてかれっぞ?」


「あ、う、うん。ごめん」


「歓楽街には来たことないのか」


「うん。お父さんが、危ないから駄目だって」


 エイスクレピア家は代々医者の家系で社会的地位が高いからか、言動も行動も制限された厳しい家柄だ。ヴァンが真面目な性格をしてるのも、きちんと教育が行き届いているからだな。


「しっかり俺の傍にいれば、危ないことにはならないさ」


 肩を組んで傍に引き寄せてやる。少し笑顔を見せるヴァンだが、不安げな顔は消えない。


「ありがとうリオ。でも、後でお父さんに怒られるんだろうなぁ」


「親父さんには俺といつもつるんでっこと、話したのか?」


「う、ううん。内緒にしてる。もしかしたら、リオに迷惑かけちゃうかもしれないし」


「随分殊勝じゃねえか。気にしないでいいから、全責任押し付けるつもりで、俺の名前出せ。王子が連れまわしてるって知りゃ、親父さんもヴァンを怒ったりしねえよ。それに、そのうちヴァンの両親に挨拶に行こうとは思ってたからな」


「……分かった。じゃあリオと一緒に遊んでる事、お父さんに言うね」


 胸に拳を当ててニヤリと笑いかけると、ヴァンが微笑み返した。不安は和らいだようだな。


「おう。……おろろ? スコールの奴行っちまった。ヴァン、追いかけるぞ!」


「うん!」





 グランディアマンダ国で一番金が動く場所はどこか? と、問われた場合、恐らく国民の大半はこの瀟洒で大きな館の事を答えるだろう。実際、それは正解だ。

 この建物は外見こそ唯の金持ちの家にしか見えないが、幾度も幾度も改装を重ねてかなり堅牢な造りをしている。これほどまでに頑強に作るその理由。先に述べた通り、国で金が一番動く場所だからであり……


「ぐあああああああああっ!!!」


 突如開いた入口扉から人が飛び出した。玉の様に何度も跳ね、蛙が潰れるような声を出しながらもんどりうち、動かなくった。筋骨隆々な荒々しい髪をした獣人で、背中に巨大な戦斧を背負っている。


「お? 何だ何だ喧嘩か?」


「チラッと赤髪が見えた。多分中で暴れて魔人の怒りを買ったんだろうよ。なんにせよ、集会館でぶっ飛ばされるような真似をした、命知らずの馬鹿野郎ってこったな」


 道行く人は一瞬驚いた様子を見せたものの、直ぐに興味を無くし通り過ぎて行った。


「ね、ねえリオ? やっぱり帰らない? ほら、勉強なら基地でもできるし、ね?」


「経験に勝る知識無し。百聞は一見に如かず。自分の体で稼ぐからかこそちゃんとその仕組みと意味を理解できる。ほらビビッてないで行くぞ。スコール、ばっちいから突っついちゃ駄目」


 怯えるヴァンと、倒れたまま呻く獣人のおっさんを突くスコールの手を引っ張り、館へと入る。





 館の中。一階は天井まで吹き抜けた巨大な大広間になっており、天井のあちこちから垂れ下がった蝋燭に火が灯っている。様々な種族が入り乱れる中央街と同じく、うじゃうじゃとかなりの数の人で溢れかえり、亜人族達のイモ洗い状態。少し異なるのは、どいつもこいつも物々しい雰囲気を漂わせ、武器や甲冑をかしゃかしゃと踊らせる、唯の一般平民でないことだ。


「ここが、国中から依頼が集まる集会館なんだ……」


 ヴァンの言う通り、ここは方々から集まった小口大口の依頼が飛び交う、所謂クエスト窓口だ。多くの冒険者、狩人、賞金稼ぎ、路頭に迷い職を探す連中が此処に集い、富や名声、明日の食い扶持の為に力と知識を振るっている。

 俺が下城して最初に訪れたかった場所。ようやくスタートラインに立つことが出来た。


「さて、そんじゃさっくり依頼を受けるとしますか」





 ここ集会館では、依頼者と受注者が直接やり取りする必要はない。例外を除き、全て窓口を介して契約を結ぶので、依頼者、受注者は書面上だけの関係になる。依頼者は依頼内容と報酬、受付手数料を用意して窓口に提出するだけで、難易度や不備は全て窓口で精査する。受注者側は受けた依頼を達成したら別窓口で報告する。依頼内容にきちんと沿っているか否かが厳しく審査され、合格を貰って初めて報酬を受け取れる。

 だが全て人の手で行う以上、窓口が不備を見逃してしまったり、受注者が予想外のトラブルに巻き込まれてしまう場合もある。なので、登録制度を設けている。先に述べた不備やトラブル、事件事故等に迅速に対応するため。また個人の特定を容易にするためだ。これらは窓口側のメリットになるが、登録者側にもメリットはある。依頼者側としては、気性の荒い冒険者や狩人が多い中で、特に要注意な人物や危険とされる人物と接触する必要が無いので、安全に依頼出来る。受注者側としては、自らの名前を売ることができ、腕や技術を見込んで貰えれば本人に直接依頼が来たり、高難度高額報酬の誘いがくる可能性が上がる等々が挙げられる。


「こんにちは、可愛い魔人さんに獣人さん、爬人さん。お父さんかお母さんと逸れちゃったのかな?」


 窓口は全部で五×三の十五箇所。採取、討伐、作成、探索、特殊の五つに分けられ、対応する受付にそれぞれ担当が三人ずつ配備されている。俺が話しかけたのは、採取担当のプリチーでコケティッシュな森人族のネーちゃん。それは何故か? 苛め甲斐がありそうだからだ。その綺麗な顔を歪めてやる。


「いや、依頼を受けに来た」


「あらあら、うふふ。冗談を言っちゃ駄目よ、坊や。ここは大人の人達が真面目にお金を稼ぐ場所なんだから」


 クスクスと笑うネーちゃん。俺を唯の子供だと思って軽くあしらおうというつもりなんだろうが、そうは問屋が卸さないぜ?


「冗談でもないんだなぁこれが。なぁ森人のお姉さん。依頼を受けるのにはそれに見合った能力を備える必要がある。それを精査するのがアンタらの仕事だ。でも、逆に言えば依頼の内容がそいつに見合ってれば誰がやったって構わない訳だ。例え、俺みたいなガキンチョでもな」


「ぼ、坊やったら、随分と博識なのね? でもね……」


 話は続けさせない。受付台に飛び乗り、胡坐をかいて身を乗り出す。こんなことをするとは思ってなかっただろう。驚きたじろぐ森人のネーちゃんへ畳み掛ける。ここからはずっと俺のターンだ。


「そりゃ様々な決まりがあるのは重々知ってる。しかし、各種項目の中に“年齢制限は含まれていない”。含ませる必要が無いからな。常識的に考えれば、小さな子供に受諾なんぞさせれば親は勿論、依頼主も黙ってないからだ。集会館の信用も落ちる。登録させるなんぞ論外だ」


「そ、そこまで分かっているのなら、あ、貴方を受け付ける訳にはいかないことは」


「言ったろう? 年齢に制限が無いなら、依頼が俺に見合ってりゃ問題無いんだと。だから今、俺を測れ。その位の事ならアンタら森人族にはお手のもんだろ?」


「……なら、貴方にその能力が無かったら、ここから追い出しますので」


 あってもテキトーな事言って追い出すつもりだろうよ。森人族のネーちゃんは俺を睨みながら手に魔法陣を展開させ、俺の魔力を測り始めた。何よ言う程大して……と小声で呟き、その表情は段々驚愕へと色を変える。


「何、これ? え? 何で? どうして魔力が、そんなまさかっ。え、え?」


「どうしたよ、お姉さん。何が分かったか、教えてくれよ?」


 森人のネーちゃんと瞳が交差する。俺の目が魔人特有の紅色で無いことに気付いたようだ。視線が少し横に逸れたので髪を上げ耳を見せてやると、とうとうその口をわななかせた。


「魔人だけじゃ無く森人の特徴も混じった、紫の瞳の子……魔力の、無い……まさか、まさか貴方は、い、いいえ、貴方様は……」


 ようやく気付いたな。ネーちゃんの顎をそっと人差し指で少し持ち上げ、顔を近付けニヤリと笑いかけてやる。


「さぁ、お美しい受付嬢さん。“魔力が全くないこの無能な俺”に、ぴったりな依頼を見繕ってくれ」





 森人のネーちゃんが裏口にすっ飛んでってから少し。ギャーギャーと悲鳴やら罵声やらドタバタと駆け回る音が裏口から響き、周囲の連中が何事かとこっちを見ている。


「うーん、王子様が来たなんて知ったら、普通こうなるよね」


「そりゃそうさ。分かってて全部やったからな。あのネーちゃんの素っ頓狂な顔見たか? なかなか傑作だったぜ」


 くっくと笑いを漏らすとヴァンにうわぁ…と呆れられた。スコールは待ち飽きたのか、自分の尻尾の毛繕いをしている。

 やがて裏から森人のネーちゃんが両手いっぱいに依頼書を持ってふらふらと出てきた。


「か、館長がご挨拶をしたいとのことですので、少々お待ちください……」


 そう言うなり、広間の端にある扉が勢いよく開き、中から太った小人族のおっさんが真っ青な顔で慌ただしく飛び出し、俺達の元へドタドタと駆け寄りピタリと静止すると、見事に九十度の角度で腰を曲げ頭を下げた。


「お、お初にお目にかかります。私、ここ集会館を取り仕切らせて頂いてます、館長のオッシアン・カンカーンペラと申します。グランディアマンド一族様に於かれましては、益々……」


「おっと、一応俺の名前を出すのは控えてくれ。これ以上騒ぎは起こしたくないだろ?」


「こ、これは、大変っ、大変失礼を致しました」


 眼鏡が落ちないよう抑えながら、何度も何度も頭を下げる館長。目をぎゅっと結び、プルプルと震えている。


「そんなに畏まんなくていいし、別に何かしようって訳じゃねえから。もっと楽にしてくれ」


「はは、はい……」


 館長はそのまま放置し、森人のネーちゃんが持ってきた依頼書にざっと目を通す。低高難易度構わず全部持ってきたらしい。お? 詠懐封珠の採取依頼あんじゃん。うっわ金額やべえ。報酬金一億ディアム(日本円で約一億ぐらいの感覚)かよ。


「そうだな……よし、こいつにしよう」


「そ、それでですね、あの、依頼の受注に関してなのですが、私共としても、その、大変に申し訳にくいのですが……」


「ああ、いいっていいって。みなまで言うな。ここで受注はしない。この依頼者、俺の知り合いだから直接交渉に行く。アンタらが別に気にすることはない」


「さ、左様で御座いますか」


 館長は重い荷が降りたと、ほっとした表情で額の汗をハンカチで拭った。窓口台から降り、スコールの肩を叩く。


「んじゃ、これから俺とヴァンで交渉に行ってくっから、スコールはあそこの椅子に座って、この受付のお姉さんをじっと眺めて待っててくれ」


「わかった」


 森人のネーちゃんが一瞬ぎょっと体をビクつかせた。一応笑顔を保っているが、目が笑っていない。









「スコール、置いてってよかったの?」


「アイツ、酒の匂いが苦手だからな。集会館まですたこらっさっさと来ちまったし、ゆっくり街並みを見たかったから置いといた。どこに何があるのか確認したいのもあるし、依頼主んとこまでは近いからすぐ戻れる。スコールは集会館には何度も足を踏み入れてるし、そう心配することないさ」


「そっか。……あのお姉さんをじっと眺めてろって言ったのはなんで?」


「『今日は厄日だわ……』なんて余計な事ぼそっと呟いてたのがバッチリ聞こえてな。もっと苛めてやろうって決めたからだ」


「……」









 窓口の森人族を静かに眺めるスコール。自分は見てるだけなのに、なんであのお姉さんは顔色が悪いのだろうとスコールは不思議に思うが、リオの言葉に忠実に従い、二人を待っていた。待つことは兎も角、眺め続けさせられているのは、リオから受付嬢への嫌がらせに過ぎないのだが、スコールはいまいち理解していないのであった。

 次第に飽きが来たスコールは、視線はそのままに、耳に意識を集中させて、周りの音を聞いて気を紛らわらせる事にした。

 鞘の中で揺れる剣の音。甲冑と盾が擦れて響く鈍い金属音。皮靴の軽い足音、鉄靴の重い足音。外を知る者達の、独特な息遣い。これらの音は、初めて集会館に来た時から、聞き覚えがある気がすると、スコール微かに残る記憶を反芻する。知らないのは、その声。他人の人の声。スコールの知らない人の声。スコールは疼いた額の傷を手でなぞった。



 今、自分は独りぼっちだ。もっともっとずっと小さい頃も、確か一人ぼっちで、毎日こうして誰かを待っていた、ような気がする。誰を待っていたのかは思い出せないけど、一緒にいた人のことは、何となく覚えている。毎日毎日お酒の匂いがして、冷たい人だった。お酒の匂いが嫌いだった。寒いのは平気だけど、冷たいのは嫌いだった。だからその人の事が苦手で、そのうち嫌いになった。早く居なくなって欲しいと思っていたら、いつの間にかその人は居なくなって、カッコいい父ちゃんと、優しい母ちゃんに囲まれて、待つことも無くなった。無くなったけれど、こうして一人になると、何故か頭にちらついた。待っていたのは二つの影。追いかけても、声を出しても届かなかった。だから待ち続けた。大好きな足音が響くのを。自分の名前を呼ぶ声が聞こえるのを。




「お待たせ、スコール!」


「少し遅くなった、すまねえな。だがほら、ちゃんと許可貰ってきたぜ」


 気付けば二つの影は二人の友達へと姿を変える。頭が良くて、真面目で優しいヴァン。毎日知らないものを見せてくれる、太陽みたいに暖かいリオ。


「おかえり」


 傷の疼きが、無くなった。




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