第四章 青年期
第24話 『ASTERISK』
「おいおい、俺をどこに連れてこうってんだよ。もう一刻近く歩き続けてんぞ」
「いいからいいから。どうスコール、いた?」
「あっち」
「依頼書に記載されていたおおよその居場所と一致しますね」
「リオったら、今日が何の日かまた忘れてんのよ? ほんっと、自分の事に関しては無頓着なんだから」
「リオにとっちゃ祝日なんざどうでもいい日だからな。でも今日の贈りモンは間違いなく喜ぶぜ」
そこまで言われて気が付かない訳がない。今日は俺の十二歳の誕生日だ。俺にとっちゃ誕生日など十三日の金曜日以上にクソったれな日でしかないのだが、愉快な仲間達は俺にプレゼントを用意してくれたようだ。それは街の外にあるらしく、スコールが度々探知を繰り返している様子から、何かしらの生物を探し回っているみたいなのだが。
「見つけた」
スコールが耳を激しく動かし、目的と思われるモノを指さした。平原の向こうから何やら結構な勢いでこちらに走ってくるデカい獣が見えるが……おい、ありゃ
「どうリオ? ウルレイトライガーの討伐依頼が掲示されてたから、他の冒険者達とちょっと揉めたけど何とかもぎ取ってきたんだ。アリンがこれならリオが喜ぶはずだって」
「ウルレイトライガーを一撃で倒したいって、以前リオが話していたので。今のリオなら可能だと思うんです」
「唯の贈り物じゃ満足させられないから
「イシシシ。遠回しに死ねって言ってるようなもんだしな。でも刺激的じゃねえか。オレもこんくらい派手な贈りもんのほうが好きだぜ」
なんと、俺への贈り物はあのウルレイトライガーだと言うのだ。確かに俺は一撃で仕留められるほどの強さを得たいと漏らした覚えがあるが、それをアリンはしっかり覚えていたようだ。しかしそれを俺に贈り物として捧げようとは、齢十でなんてファンキーな思考回路。それに納得する他の奴らも同様だ。俺の好みを良く分かってくれてて涙がちょちょ切れそうだぜ。普通に考えたらお前をライガーの贄として捧げます、と言ってるようにしか考えられんがな。
それじゃ頑張ってねと俺とヤイヴァをこの場に置いて数歩下がる仲間達。取り残された俺に標的を定め殺意全開で飛び込んでくるライガー。いいね、大好きだぜお前ら。後でお前らにはとっておきの返礼をしてやろう。んでもってライガー、貴様には出来立てほやほやの必殺技を送ろうじゃないか。
大きく跳躍し、個体は違えど以前と変わらぬ巨大な牙をむいたライガー。いやあ、最初の戦いから四年か。あんときゃまだズブのトーシローだったが、今は違うぜ。
俺をかみ砕こうとガチリと歯と歯を打ち鳴らすライガーだが、そこに俺はいない。縦に裂けた邪悪な瞳が、鼻先に佇む俺を見た。縮地法っつってな? 本来は相手との間合いを詰めるとき、動きの起こりを作らず重力を利用して移動する技法だ。今はバックステップ代わりに使った。どうだ? その場から動かず、何もしていないのに避けたように見えただろ? んでもって既に反撃の準備も整えているぜ。
ライガーに対して半身に構え、左足を軸に大きく下げていた右足を、下がった勢いに逆らうように反発させ、振り子のように大きく水平に薙いで思い切り隙だらけの横っ面に叩きこんだ。
「グボオオオオオオオオッ!?」
俺に蹴飛ばされ地面を五回転ほど転がり、足を震わせながら立ち上がるライガー。そこそこの強さで蹴ったつもりだが、思ったより転がったな。もう生身でもコイツに負けはしないだろう。右手をヤイヴァに差し出すと、待ってたぜと喜びながら俺の手を握り、剣へ変身して手の平へ収まった。接近戦は危険だと判断したのか、ライガーが顎を大きく開き、深淵の焔を吐き出そうと口内に溜めてしているが、そのパターンは予測済みだ。顎を開く前より走り出して目前まで近寄っている。口の中にヤイヴァを突き刺しブレスを中断させ、牙を掴んで逃げられないよう抑え込んだ。じたばたと暴れようとするたびに喉奥に刺したヤイヴァで刺激し、激痛を走らせ動きを鈍らせる。それでもライガーはもがき、顎をガタガタと動かし俺から逃れようとした。
「おい、いつまでこんなクセえ所にいさせる気だ。遊ぶのも悪かねえけど、オレのことも考えてくれよ」
「わりいわりい。ちょいと意趣返しがしたくてな。未練とも言うが」
前回は奥歯ガタガタいわせてやるって言って出来なかったからな。サブターゲットみたいなもんだ。愚痴を零すヤイヴァを引き抜き、破力を漲らせながら牙を強く握り、強化した力任せにライガーを大きく振り回す。フルスイングされ自重と遠心力に耐えられなくなった牙が折れ、そのまま勢いに乗ったライガーが高く宙を舞う。
「そんじゃいくぜ、ヤイヴァ!」
「おうっ! どんとこいや!」
破力を解放しヤイヴァへ流し込む。透き通る幾何学模様の結晶は赤黒く染まり、剣の中心の穴にヤイヴァが構築した陣を妖しく不気味に輝かせた。陣に描かれた式に従い、形態と性質を変化させた破力が行き場を求めて暴れまわる。背負い込むように大きくヤイヴァを振りかぶり、距離など関係なしと目前の敵を切るかのように上段切りを繰り出し、勢いと共にヤイヴァを纏う破力を一気に解放した。
「「【
破力は赤黒い三日月型の巨大な斬撃と化し飛翔する。宙を舞い身動きが取れずなすすべは無いライガーの頭から尾までを通り抜け、真っ二つに裂いた。絶命したライガーは瘴気をまき散らしながら落下し、重い地響きを二つ鳴らした。
俺とヤイヴァ、二人揃って初めて使用できる技、“破術”。破力を俺が生産し、それをヤイヴァが加工し、二人で発動させる。互いの息を合わせなければ成しえない技ではあるが、俺とヤイヴァは初っ端から成功させることが出来た。似た者同士だから思考回路も似てるんだろうな。実戦で使用するのは今回が初めてだったが、何も問題はない。
振り返れば、仲間達が笑っている。肩に担いだヤイヴァもケタケタとその身を震わせ、満足そうだ。
「いい送りモノだったぜ、お前ら。おかげで最高の気分だ。この喜びを、お前らにも分けてやる。街に戻るぞ」
第24話 『ASTERISK』
用があるのは商店街の隅にある汚らしい店。基礎をシロアリにやられてんじゃねえかと思うほど、ボロボロで店全体が歪んでいる。深淵の焔が焼き尽くした後と言われてもおかしくない澱んだ雰囲気を漂わせているが、これでもれっきとした服屋である。以前、アリンと出会った日にスコールがベルスさんに買ってもらった柄入りの布は、ここで購入した物だったりする。
「ンフ、ンフフフフ……よく似合ってるわ、みんな……」
ぎしぎしと今にも底が抜けそうな試着室で、俺達を舐めるような目で見ているのは店主のヘルティーさん。黄色い二本の角を生やした角人族の女性で、シャブをキメて禁断症状が発生しているかのように不健康そうで、目の下に大きな隈を作り、濁った目で生地を穴が開くほど見つめ、底冷えするような笑い声を出しながら織物をする色んな意味でヤバい人だ。インスピレーションが沸くと食事もとらず不眠不休でぶっ倒れるまで服を織り続けるので、何度も何度も死にかけている。隣の民家に住む人が仕入れを兼ねたお手伝いさんらしく、その人がいなければ冗談抜きで本当に死んでしまうらしい。
だがそれだけ打ち込んで織られた服はどれもが手抜きなど一切なく、魂が込められている。外出用、寝巻用、祝祭用、冒険者用、エトセトラと種類を選ばずヘルティーさんの作った衣服はどれも大変優秀で、何十年着ても破けないと言われるほど丈夫にほつれなく出来ている。デザインも発想が常に先を行き、グランディアマンダで流行のファッションを作っているのはこの人だ、という程の隠れた人気を誇っている。
「やっと冒険者らしくなった、って感じよね」
「今まで服は適当だったからね。専用の物があると、やっぱり気合の入り方が全然違うよ」
ティアの服は全身をぴっちりと覆う黒いレザースーツに、関節や脛、腕周りを金属プレートで覆い、可動範囲を狭くしないようにしながらも防御力を高めたスタイル。ちょいとセクシーになってしまったが、機能に問題はないはずだ。左肘周りには仕込み盾を装備し、手の甲までスライドさせると大きく開いた四つの鉄爪が展開する仕組みになっている。攻防一体型の可変式武器。アリンが制作したものだ。
ヴァンは布の服の上に皮の胸当てと、色々な小道具(主に薬草薬品)を入れられるポシェットが多数付いた大きなバックル。太腿まであるロングブーツと薄い金属を仕込んだ腕当てとシンプルな格好だ。最初はガチガチに固めて魔法砲台にしようかと思っていたんだが、剣術を覚えたいとのことでオールラウンドに対応できる格好にした。腰にこれまたアリンお手製の剣……ではなく刀。俺がアリンに教え鍛えさせた日本刀を提げている。額に髪を持ち上げるようにバンダナを巻いているのは、ヴァンの長所である観察眼を汗でやられないようにするためだ。
「どうですか、スコール? ぶかぶかだったりきつかったりしませんか?」
「大丈夫、ぴったり。軽いし動きやすい」
サポートタイプのアリンはとにかくいろんな物を持ち運べるようにと、あちこちにポケットのついた厚手の服を着て、更に追加で物を引っ掛けられるようにベルトを要所要所に巻き付けている。左右の太腿のホルダーには様々な魔法紋を刻んだ短銃が二丁下がっており、陣を展開せず魔法を射撃できる優れものだ。重くなりすぎて動きがにぶるんじゃないかと思うが、実はアリン、馬鹿力の持ち主だったことが最近判明した。俺達の中で膂力が一番あるのは俺だったのに。腕相撲勝負で逼迫されたときは焦った。あんだけ鍛えてんのに二つ年下の女の子に負けたとなったら心が折れる。
スコールにはとにかく軽い素材を使い防御を捨てて、機動力を限界まで確保している。関節だけを硬い皮で保護し、それ以外は全て薄手の衣服。唯一の重い装備、と言ってもこちらも軽く作られているが、アリン製の銀色のガントレットを両腕に装着している。徒手空拳で戦うスコールの手首への負荷を減らすためで、防御用ではない。一度武器を持つことを提案したことがあるが嫌がられた。理由は、金属同士がぶつかり合ったりした際の音が苦手だから。ある程度距離があるなら平気らしいが、目の前で金属音が響くと頭痛がするそうだ。
「イシシシ、仲間は皆立派なおべべ着てんのに、オレたちゃ随分頼りねえ恰好だな」
「ヤイヴァは剣になりゃほぼ無敵だし、俺は機能性よりカッコよさを追及したからな。浪漫装備ってやつだ」
ヤイヴァの白いノースリーブの上着には、胸に『切り裂きヤイヴァ』と不吉過ぎる字が墨で大きく斜めに書かれており、パンツは黒いジーパン(のようなもの)とまるで生前の日本にいそうな不良少女の恰好で、特に意味のない小さく黒いベルトを両手首と首に巻き付けている。踵が高めの皮サンダルを履いており、どう考えても長時間の歩行や悪路に向いていないが、しょっちゅう剣に変化して俺に背負いこまれているので特段問題は無いっちゃない。
俺は脛まである皮のブーツにネイビーブルーのジーパン。厚手の黒いインナーの上に半袖薄手のオシャンティーなシャツを羽織っている。機能性零だ。他の冒険者が見たら馬鹿にしてんのかと言われてもおかしくないだろう。
それにしてもいいセンスしてるぜヘルティーさん。王子から直々の依頼という事でかなり気合を入れたということだが、どれも完璧に仕上げてきたな。
「ンフフフフ……どの服も内側に魔法紋を織り込んでいます……成長して大きさが合わなくなったら魔力を流し込んでください……生地が体に合わせて大きくなります……王子様は、他の人に頼んでくださいね……損傷した時も、同じです……少し時間はかかりますが、再生します……」
「至れり尽くせりだな。礼を言うぜ、ヘルティーさん」
「ンフフフフ……私はお金に見合った仕事をしたまでですよ。ちょっと色が付いているのは……まあ、私から王子様への誕生日祝いだとでも思ってください……」
確かにとんでもない金額を払った。俺達がコツコツと溜めてきた資金の八割以上が今回の装備一式で吹っ飛んだのだ。だがそれに見合う、いやそれ以上の価値あるものをヘルティーさんは作成してくれた。
「さてさて……こっちもちゃんと仕上げておきました……王子様、後でこれも着込んだ姿、見せて下さいね……」
そう言ってヘルティーさんが用意した袋を受け取る。着るとはまだ決まってないけどな。
「その黒いのも服だよね。ここで着ないの?」
「わざわざ隠すようにくるんじゃってよ。何企んでんだ?」
「そうよそうよ、もったいぶってないで着て見せなさいよ」
せっかちだなお前ら。少しはアリンとスコールを見習ってどっしり構えてろよ。
「さあ、基地に行くぞ。ヘルティーさん、コイツが無駄にならないように、祈っててくれな」
はいはいと頷くヘルティーさんの服屋を後にし、五人を連れて基地へと帰った。
基地の塔天辺。六人で向かい合うよう円陣を組み立つ。俺の真剣な表情に、仲間達はヤイヴァを除き緊張気味だ。
「お前らに告げる。今日、今この時を持って俺達は解散。友達関係を止め、冒険者“ごっこ”は……終わりだ」
ごっこを強調して、一人一人の目を見つめながら静かに話す。俺が何を言いたいのか理解しているようだが、不安が残っているようで少し瞳が揺らいでいる。
「今日まで俺達は多くを学んできた。それで何を知った? 何を見た? 何を感じた? ……俺は何も、何もだ。知ったことも、見たことも、感じたことも、まだまだ小さい。俺の心は、まだ満足しちゃいねえ」
これは俺にとっても最終通告だ。今日で兵士達の俺を護衛する任も解かれ、外に出れば俺達を護るものは何もなくなる。完全な自己責任。此処にいれば安全で平和な一生を送ることができるだろう。だが俺はそれを捨てる。
「……だからこの国を出る。本物の冒険者として、世界を駆ける。お前らは……どうする? 今こそ、自分の心が出した答えに従え。それを咎めたり、引き留めたりはしない。だが少しでも答えに迷ったり、嘘をついたりしたら、もう二度と俺と顔を合わせることは無い。勝手に生きろ」
五年前、ヴァンとスコールへ送った言葉を、今度は答えを求めてもう一度送る。もうあの頃の俺達とは違う。自分の道を自分で選べる。それぞれが胸に抱いた望みがある。同じ道を歩く必要はない。突き放す言い方をしたのは、こいつらを試しているからだ。俺と一緒にいる覚悟が不完全な時点で、今ここで永遠にサヨナラだ。
「ワタシは、リオと共に行きます。もう、手を引いてもらわなくても追いつけますから」
「……(こっくり)」
一番最初に答えを出したのはアリンだった。五人の中で一番成長したのはアリンだな。芯の強い子になった。
二番目はスコール。口には出していないが、俺に付いていくと瞳が語っている。駄目だと言っても付いてくるだろう。
「アタシは、まだアタシの願いを叶えてない。だから今、ここで叶える。アタシも冒険者になるわ。リオ達と一緒に」
「オレは理由なんかねえぜ。ただリオと一緒にいりゃ面白えモンに沢山出会えそうだって思ってるだけさ。もしオレがリオから離れる時があるとすりゃ……ヒヒ、そんときゃ死ぬ時だな」
ティアの願いは最初から変わらなかった。変わったところがあるとすれば、下手な強がりが大分無くなったことか。いい意味で自分を押し出せるようになった。
ヤイヴァは……特に言うことはねえな。こいつは俺に似すぎている。生粋の快楽主義者だ。俺が欲望を抱き続ける限り、どこまでも一緒だ。
「なんだか、僕の理由だけちょっと恥ずかしいな。……僕、リオみたいになりたいんだ。リオみたいに強く、カッコよくなりたい。……リオに、認めてもらいたい。リオが言う心揺さぶる存在に、僕もなりたいんだ」
……俺が恥ずかしくなってきたぜ、ヴァン。俺みたいな奴に憧れるなんざ、しょうがねえ野郎だ。
「ホントにいいんだな? 後悔したり諦めたりするんなら文字通り切り捨てるぞ」
「うん」「(こっくり)」「はい」「もちろんよ」「二言はねぇ」
躊躇いなく頷きやがった。心の底から愛すべき馬鹿共め。いいだろう、お前ら全員、連れて行くとしよう。
ヘルティーさんから渡された品を広げた。俺の希望を受け入れ真心込めて織ってくれた黒いロングジャケット、その背に描かれた紋章を五人に見せた。
「こいつは俺達の紋章だ。縦に走る線は
ジャケットを渡し、全員が着込んだ。ははっ、悪くねえ。様になってんじゃねえか。だがまだまだ子供だな。あどけなさすぎる小さい星だ。これからが楽しみだぜ。
「団体の冒険者ってのは一緒の窯の飯を食って、一緒に寝泊まりして、一緒に血を流す、家族同然の生活を送る。だから自分達に家族名を付ける習慣がある。より深い絆を結ぶために。俺達もそれに倣おう」
俺が手の平を差し出す。強く頷いたヴァンが手を乗せ、無言のままスコールが手を乗せ、首飾りを握りしめたアリンが手を乗せ、片手を腰に当てて胸を張るティアがもう片手を乗せ、鋭く瞳を歪ませ笑うヤイヴァが手を乗せた。
「俺達の家族名は『アスタリスク』。今日から俺達は一つの家族だ。俺達の名を世界に、天に輝かせよう」
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