第25話 『First Star(ting)』

 グランディアマンダは様々な種族が入り乱れる国ではあるが、取り分け外国からの出入りが激しい場所は、歓楽街大通りに建つ集会館。内外関係なく足を運ぶ者が多いのは、集会館が他国と比べ、種族間規制の緩い職の斡旋所であり、かつ国から手厚い保護を受けられる場所だからである。当人の能力(主に潜在魔力量)によって与えられる職、受けられる依頼に制限が設けられていることが唯一の厳しい規制ではあるが、言い換えれば立場や体の弱い者を、命の危険に晒すような仕事を回したりはしないという、集会館の労働者に対する生命保証である。

 なのでここ集会館を拠点とし東西南北あちこちに足を運ぶ冒険者が集まるのは、路銀を稼いだり名声を求めたりするよりは、各国から訪れた者が持ち寄った情報を、収集する為という理由が大きい。職を求めてここに来たということは、その地方がなんらかの災害に被られている可能性が高いからだ。

 冒険者は情報に関して貪欲でなければならない。彼らの主な目的は、新しい土地の開拓や遺跡の発掘。その土地の環境や、自他国に与える影響を調査することを生業とする。彼らが売り買いするものはその土地で手に入れた物品ではなく、その土地の情報。冒険者の持つ情報を最も欲しがり資金や恩賞を用意するのは国や豪商である。例えば、未発見手つかずの鉱山を発見したとし、そこに至るまでの安全な道中や忌避すべき生物等の情報があれば、少ない投資で莫大な利益を生むことが出来るからだ。


「アクアヴェンツィアの宰相、極刑が決まったって」


「今更かよ。七年前に闇金貰ってたのがそんなにヤバかったのか」


「いや、その資金を海賊に横流ししてたんだってよ。あのアルガラン海域を縄張りにしてる奴等さ」 


 集会館の隅にある長椅子に座り談話する二人の男と一人の女。彼らは一人一人が別々の冒険者で種族も異なる接点の無い赤の他人であったが、最近こうして事あるごとに集会館で頻繁に顔を合わせる内に自然と打ち解け、手に入れた情報を互いに持ち寄って世間話をするのが日課になっていた。


「あーあ、水王の逆鱗に触れたか。何でそんな事しでかしたのかねぇ」

 

「それがね、どうもその海賊の頭が……来たみたいよ。前に言ってた天才少年達」


 周囲の騒めく声に彼らが会話を中断し集会館入口に揃って目を向けると、やけに目立つ六人の子供の集団が、勝手知ったる場所と言わんばかりに真っ直ぐ五人掛けの席に向かい、赤髪の少年のみ立ち他の五人が座った。


「近頃噂に聞く子供だけで構成された冒険者の『アスタリスク』……前々から活動してたんだろ?」

 

「ああ。ただの子供だからって見た目で判断するなよ。その辺の冒険者や狩人ども、生半可な兵士より遥かに強いって話だ。ほら、あの一人立ってる魔人の子は四年前、僅か八歳でウルレイトライガーを仕留めたらしい」

 

「はぁ!? いくら魔力に優れる魔人だからってウルレイト級を八歳のガキンチョが倒せる訳無いだろ! どんな化け物だ!?」


 男の一人が仰々しく騒ぎ立てたが、無理もないともう一人の男が頷く。生きとし生ける者達にとって絶対的に害悪である深淵体アビスには様々な種類が存在し、討伐にあたっては一長一短でこなせるものではない。深淵体アビスとの戦闘においては多才な能力を求められ、男の言う通り万能の力と言える魔力を秘めていたとしても、それを扱う技術が無ければ持っていないに等しいからだ。魔人の八歳の子供なら使える魔法は下位がいいとこで、精々ドット級を倒せれば良い方、ブラック級を倒せばそれで十分天才と言える。そこから更に二等級上のウルレイト級となれば、とても信じられる話ではなかった。


「非公式だから詳しくは知らねえけど、流石に一人じゃ無くて座ってる子供の中の誰か二人が混じって戦って、結果はボロボロの辛勝……って、いやそれでもその年にしちゃ異常な強さなんだけどよ。先日はその時と同程度の体格のライガーを討伐。そんでもって倒した本人は全くの無傷。嘘みてえな話だが、運んできた脳天から真っ二つになったライガーを見ちゃ、信じない訳にゃいかないのさ」

 

「更に驚くことなかれ。あの魔人、かの有名な無能王子だって話よ。あ、これあんまり口外しちゃ駄目だからね。一応お忍びって話らしいから、言いふらすと首チョンパよ」

 

「は、ははは……違う意味で驚いたよ。それってつまり魔法使わなくともライガーを無傷で討伐出来る、正真正銘の化け物って事だろ……」


 男は乾いた笑いを浮かべ、無能と呼ばれた天才魔王子を見つめた。





 第25話 『First Star(ting)』





「さっきからあの人達、こっち見てなんか話してるね」


「リオを化け物って言ってる」


「王族であらせられるリオを化け物呼ばわりだなんて、無礼な人達です」


「リオに喧嘩売ってるってことは、アタシ達アスタリスクに売ってるのと一緒よ。アタシも買ってあげるわ」


「おいリオ、買うのか?」


「買わねーよ」


 どう解釈すりゃ喧嘩売ってるように思えんだよ。この程度の事で騒ぐなっつの。


 俺、ヴァン、スコール、アリン、ティア、ヤイヴァ。アスタリスクとして活動し始め一月。ヤイヴァを除いた四人は元々身内意識が強い奴らではあったが、名乗り始めてからそれは更に顕著になり、俺達に対する視線や些細な小言にすぐ反応を見せるようになってしまった。自意識過剰という意味では無く、仲間を傷つけるような言葉に敏感だ。特に俺に関する悪口にはすぐ感情的になり、未だ魔人族から俺への誹謗中傷が流れる城にはもう来させられない。先日はヴァンが城の書庫で俺を謗った魔人と揉め、相手も含めて出禁になってしまった。それは俺も看過することは出来ないとヴァンに注意はしたが、そうとう腹に据えたらしくいつまでもグチグチと文句を垂れるので、頭に拳骨を入れて強引に納得させた。涙目になったヴァンを見て、女の子を殴ってしまったかのような妙な罪悪感に駆られはしたが。


「にしてもすげえ人の数だな。あのチビデブ館長、いつから呼びかけてたんだ?」


「明け方からみたいだね。集会館の人達が街を駆けまわってたのを見たよ。緊急を要する事件らしくて、城でも兵士に召集が掛かってるとか聞いたけど、リオは何か知ってる?」


深淵体アビスに関わる話だってのは聞いた。ただその正体の確認が取れてねえから、大っぴらにはしてなかったんだがな」


 一週間前、近隣で無残な死体が見つかった。被害者は一人の狩人。日帰りでこなせるお気楽難易度の依頼を受注していたらしいが、達成期限を三日を過ぎても姿を現さないので集会館が捜索班を出したところ、南にある雑木林の中で全身をバラバラに切り裂かれた狩人の遺体があったらしい。

 その殺され方がとある深淵体アビスの習性と一致するらしく、混乱を避ける為に確定しない限り公表を控えると、国(親父とその側近)と館長が会合して決めていた。

 だが今朝方にとある冒険者が例の深淵体アビスを見たと南門兵に伝え、その後すぐさま親父達に報告が上がり緊急招集が掛けられた。

 親父もお袋も、あの爺ちゃんですら出張る程皆慌てていて詳しい話を聞けていない。門兵は中継を通さず、首になることも厭わず親父へ単身報告に上がったという。その異常性、緊急性から考えて、直ちに国へ影響が出る程の深淵体アビスと考えていい。


「父ちゃんがすごく危険な深淵体アビスだって言ってた。どんな深淵体アビスかは教えてくれなかった」


「何だかぞっとするわね。出来る限り今日は集まって欲しいってあの人達騒いでたけれど、それだけやばい深淵体アビスが出たってことかしら」


「お? 館長が来たぜ」


 二階へと続く階段の一番上に集会館の責任者、小人族のオッシアンが現れた。初めて俺と会った時のように震えを隠せておらず、汗で滑るのか何度も眼鏡の位置を直している。大きく深呼吸をしたのち魔法【拡声光ハウル】を発動し、宙に浮かんだ橙色の光より拡声されたオッシアンの声が集会館の隅々まで響いた。


「えー、おほん。ここ集会館の館長を務めております、オッシアン・カンカーンペラで御座います。皆さま、どうかお聞きください。本日集まって頂いたのは他でもありません。皆様に極めて重要なお知らせがあるからです。大変衝撃的なお知らせではありますが、いいですか? 決して、むやみやたらに騒ぎ立てるような行動は控えて下さい。それが難しいと思うのでしたら、口を両手で塞いでください」


 しばらく間を置き、館内のざわめきが収まるのを待っている。まるで全校集会で不審者の話をする校長のよう。そういや俺が小学生だった時の校長も、チビで太って眼鏡をかけた奴だったな。


「よろしいですか? …………“カラミティディヴァイダー”が出現しました」


 館長の言葉に従い、誰一人として騒ぎ立てるものはいなかった。だが逆にその沈黙が一人一人の叫び声と思えるほどに空気が異常なほど張り詰め、口に手を当てていた者や黙って聞いていた者の何人かが失神した。


「……話を続けさせていただきます。既にグランディアマンダでは軍の編成が始まっており、国民への通達もいずれ行われ、出街禁止令が発令されます。この国の軍の強さは皆様も良く知ってるかと思われます。外に出なければまず危険は無いでしょう。グランディアマンダはそれほど混乱することは無いとは思いますが、ここに集まる皆さまの一部は国外の者。またその職業柄ゆえ、出帰国に制限はありません。街の外に出れないと知った国民からの依頼が大量に集まることが予想されますし、これを気に意欲を見せるのを咎めたりしません。問題は、あなた方が受注する依頼が街の外へ出るのが必須だった場合、私ども集会館の職員はそれを安全か否か保障出来なくなるということを忘れないで下さい」


 その後、主に街の外へ出る労働者へ別の仕事を当てる為の手続きについて簡易な説明があり、緊急集会は終わった。









 基地に戻り、ヴァンに件の深淵体アビスが記載されたものは無いかと聞くと、棚からかなりの量の用紙をドサドサと出して来た。城の書庫でコツコツと模写してきたものだという。『盗(取)っちまえばいいのに』と言いだそうとしたら俺の思考を読んで『持ち出しは禁止だよ』と先制攻撃を食らった。真面目ちゃんめ。


「カラミティディヴァイダーに関わる資料はこれで全部。かなり有名な深淵体アビスだから情報はいっぱい集めてあるよ」


「ほーん、カラミティなんて大層な名前背負ってる割にゃ強さは大したこと無いのか……って、あぁ? おいおいなんだこのふざけた能力は?」


「“心臓を食うことでその者が持つ魔力を吸収し、強化される”……恐ろしい能力ですね」


深淵体アビスなのに捕食行動をするなんて……」


「……“魔力喰いの断金災”」


 俺が生まれる一年前。突如現れた新種の深淵体アビス、ディヴァイダー。強さはウルレイト級の中で最上位か、一つ上のリトリート級の下位と言った所で、ウルレイト級に苦戦しない者なら十分に倒せる深淵体アビスだ。

 それがなぜカラミティ級という上から二番目の階級を冠し、カオスディアマンド以来の大災害だと言われるようになったのか。それはヤイヴァとアリンの読んでいる文章にある特殊能力、“魔力吸収”を所持している事。だがこれだけならば災害とまでは言われなかった。まるでその能力を最大限増長させるかのように、大陸を埋め尽くすほど大量発生したことが被害拡大の原因だ。

 各国の受けた損害は尋常では無く、小国からは膨大な死者と難民が溢れ、そこから強力なディヴァイダーが生まれるという悪循環。日を追うごとに死者の数は増大し、それに比例してディヴァイダーも強化される。魔力を奪い続けた一体のディヴァイダーはとうとうカラミティ級へと成長。更なる成長を遂げればカオス級へと至り、手の付けようがなくなる最悪の事態に陥りそうになった時だった。

 

「こいつが、お父様を殺した深淵体アビス……」


 ティアの父親、竜王テールが自身を犠牲にして討ち滅ぼした。カラミティディヴァイダー出現地域に最も近く、直接対応を迫られていた竜人族の住まうドラゴニア国からは当然応援要請があり、グランディアマンダ国は軍を派遣していたが到着に遅れてしまった。山岳地帯で軍が遠回りせざるをえなかったことに加え、大寒波がドラゴニア周辺を襲い、猛烈な吹雪によって足止めを食らってしまったからだ。その軍は爺ちゃんが直接指揮を取っていたらしく、私がもっと早く着いていればテールは死なずに済んだと、当時の様子を話す爺ちゃんが遠い目をしていたのを覚えている。


「全然知らなかった」


「ワタシも初めて知りました。グランディアマンダは世界一安全な国だってよく分かります」


 グランディアマンダ国は【八紅金剛封陣ディアマンドヴェール】という強力な結界に護られ国民から一人も死者を出さなかったので、グランディアマンダで生まれ育った者は、カラミティディヴァイダーにあまり恐怖心を抱いていない。軍も同じく屈強な各部隊に強力な魔人族も混じっていることもあって被害はほぼ無いに等しく、領土内の掃討作戦は迅速に済み他国からの要請で出張るほうが長かったと聞く。


「リオを化け物扱いすんのも頷けんな。魔人ってのはモノホンの化け物だ。見ろよこれ。記録に残ってる魔人の死者はたった五人だけだ。どいつもこいつも前戦で積極的に戦ってこれらしいぜ。あ、待てよ? こんな反則的な兵力があんのに、なんでこんな騒ぎ立てる必要あんだよ。あの館長、軍を編成してるっつってたよな? そんなにほいほい湧いてんならもっとしっちゃかめっちゃかになってんだろ」


「千年祭」


「ああそっちが目的か。んじゃ軍の目的は防衛じゃなくて早期討伐と、他の国から要請があった際の派遣だな」


「リオ、ワタシ達はどうしますか?」


 ん~、どうすっか。正直に言えばディヴァイダーに興味はあるし、こちらから出向いていきたいんだが。


「リオにしては珍しいね。こういうのには直ぐ飛びつくと思ってたのに。僕達は冒険者登録してるから街の外に出ても問題無いし」


「アタシも興味あるわ。お父様の仇って訳じゃないけど、お父様が戦った深淵体アビスっていうのを考えると、ね。行ってみましょうよ」


「居場所が分かんねえんだよ。出現したのは南っかわだって情報だけじゃどうしようもねえ。ディヴァイダーを見たって言う冒険者は誰だか知らんし、探したり情報収拾してる間に軍が速攻でぶっ殺しに行っちまってるな」


 スコールとヤイヴァの言う通り、千年祭を目前に控え余計な騒ぎを起こしたくない親父達は、さっさと不安の芽を摘み取ってしまう筈だ。俺達が出現場所に到着した時点で、怖いお兄さん方の手によってディヴァイダーはぐちゃみそにされているだろう。


「今回は諦めるぞ。館長が言ってた国から出られない国民からの依頼ってやつに、面白いもんがねえか期待するとしよう」


 それならしょうがないかとやる気を失う一同。あのな? 仮にも相手は深淵体アビスなんだから、そんな残念そうにすんじゃねえよ。俺やヤイヴァみたいに頭のネジがどっかぶっ飛んでんならともかく、お前らまで危機意識を欠如させんな。生死に関わるんだからよ。


「誰か来た。二人」


 スコールが扉に目を向けた。立ち上がったアリンが丁寧な仕草で扉を開けると、そこに立っていたのは扉を叩こうとする仕草のまま固まった水人族の女の子と、顔を青くしガチガチに緊張している渓人族の男の子の二人だった。……どっかで見た事あるような。


「……ナーディアさんとデュドネさんですね。ワタシ達に何かご用ですか?」


 ……あぁ、アリンを苛めてたあの三人組の内の二人か。取り合えず立ち上がったスコールにお座りを命令し大人しくさせ、刀に手を掛けたヴァンの手を蹴飛ばし払う。


「それは脅しに使う玩具じゃねえ。殺すための道具だ。次やったら拳骨だかんな」


「ご、ごめん」


「おー、リオこっわ。でもリオのいう事は正しいぜ。武器で威嚇するなんざ自分が弱者だって言ってんのと同じだ。アスタリスクの名が廃るぞ」


 そうだねと頷いたヴァンは刀を腰から抜き、床に置いた。自分が悪いと思ったら直ぐ反省して改めるのはヴァンの美点だ。書庫でのいざこざの時もこうしてりゃ出禁にならずに済んだのに。


「ヴァンはワタシを守ろうとしてくれたんですよね。嬉しいですけど、もう大丈夫ですから。それで、ワタシ達に何かご用なんですか?」


 ヴァンの刀を引こうとしたのを見て悲鳴を上げたナーディアと、腰を抜かし尻餅をついたデュドネにアリンが再び問うが、完全に萎縮してしまったようで何も言わない。


「もう。リオがあんな怖い顔するから二人共ビビっちゃってるじゃない。アリン、取り合えず中に入れさせてあげましょ」


 ……え? 俺のせいなの? ヴァンのせいじゃないの? ねえ、なんで君達二人は俺を見てプルプル震えてるのかな?





「あ、あなたたちアスタリスクに、お願いがあってきたの」


 椅子に座らせたナーディアと呼ばれる女の子が震え気味の声で話を切り出した。俺の顔をちらちらと伺い、もじもじとなんだか怪しい。仏の顔を幾つも持つ俺を怖がるとは、なんて失礼な女の子だろうか。仏のハンドサインは「怖くないYo~お話聞くアルよ~」というサインで、俺の場合は何時でも波動拳を打てるように構えているだけだというのに。ダイジョブよ☆とにっこり微笑みかけたが顔を伏せて髪で表情が隠された。プチショック。


「ほ、ほらデュード。あんたから言ってよ」


「う、わ、わかったよう……。あの、僕たちの友達の、フェル。その、フェリクスを探すのを、手伝って欲しいんだ」


 フェリクス……俺がぶん殴ったアイツか。あの後結局何の音沙汰も無しに何年も経ったが、一体何をしていたのやら。噂によれば苛め行為がぱたりとやんで大人しくなったというつまらん話をどっかで耳にしたが。


「どうしてわざわざ僕達アスタリスクに? 喧嘩していなくなっちゃったから見つけてとか、あんまり迷子探しみたいな話ならお断りだよ」


「う、うう。た、確かに喧嘩したけど。でも他に頼れる人がいなくて」


「一体何があったんですか?」


 話を進めながら同時に蜂蜜水をナーディアとデュードの前に置かれた茶器に注いでどうぞと勧めるアリン。あれほど辛い目にあったというのに、もう克服したらしい。ありがとうと元苛めっ子の態度に戸惑いながら礼を言う二人にアリンは静かに頭を下げる。蜂蜜水に口を付けた二人は目を丸くし、その甘美な味の虜になったようで夢中になって味わっている。子供に甘い物は何にも代えがたい御馳走だからな。これで萎縮した二人は落ち着くだろう。アリン、ナイスだ。

 蜂蜜水を飲み干して再びありがとうと答えたナーディアが、話の大要を話し出した。


「……フェルの奴、カラミティディヴァイダーを探しに行ったの。『あいつを倒す』って」


 死にたいのかあの餓鬼? ぶん殴ったせいで頭あっぱっぱーになっちまったのか? だとしたら俺のせい?


「勝てるわけない」


「も、もちろんフェルじゃ勝てないよ。だから止めたよ。でも、フェルが……『父さんと母さんの仇だ』って」


 そういう理由か。以前、フェリクスとやらが勝てない相手である俺を殴ったのは、自分に捨てられない矜持があったからだろう。今回も同じだ。父と母の仇と口にし、勝てないと分かっていても向かって行ったということは、その両親はフェリクスにとって心の支えとなる存在ということか。


「ヴァン、魔人の戦死者名簿はあるか?」


「人数が少なかったから一応写しといた覚えがあるよ。ちょっと待って……多分この二人かな。ドーナム・フォルトゥナとエッセレ・フォルトゥナ。戦死した五人の中で同じ苗字はこの二人だね」


「えーっと? 『当該部隊にてアリアス公国国民の避難誘導中、フォービドゥン級に成長したディヴァイダー十体と接触。殿を務め、討伐に成功するも深淵の焔の呪いにより三日後に死亡』。立派な死に様じゃねえか。夫婦の慰霊にはアリアス公国の国民の殆どが参列したってあるぜ。自慢できる親父とお袋だな」


「冒険者って、そんなのも分かっちゃうの……」


「す、すごいね……あ、フェルの苗字はフォルトゥナだから、その二人がお父さんとお母さんだと思う」


「どうしますかリオ? 二人の依頼を受けますか?」


「居場所」


「問題はそれよね。カラミティディヴァイダーの居場所が分からなきゃ、どうしようもないわ」


 いや、それについては今しがた解決した。カラミティディヴァイダーが出現したという御触れはまだ出ていないにも拘らず探しに向かったということは、この二人ないしフェリクスを含めた三人が何かしらの情報を掴んだということだろう。やたらめったら探しに行ったりは……してないよな? さすがに。


「あ、あの! お金も、足りないかもしれないけどっ、あたし達のお小遣い全部持ってきたわ! だからお願いします! フェルを助けて!」


 そう言って可愛らしい小袋を出してきた。確かに少ないな。とてもじゃないが割に合わん。たとえ一億積まれようともだ。俺達が欲しいのは金ではない。


「冒険者っぽい人が言ってたのを聞いたんだ。『大穴猫おおあなねこの洞窟』に潜ってく姿を見たって「おk把握、とっとと行くぞ」……え?」


「よっしゃ! 暴れるぜぇ!」


「地図だと大穴猫の洞窟は七色蜜蜂の巣から東に五千メーダー辺りです。少し距離がありますね」


「アタシが飛んで皆を連れてくわ! さぁディヴァイダー! けちょんけちょんにしてやるから、顔洗って待ってなさい!」


「ヴァン。“あれ”、舐めていい?」


「洞窟についてディヴァイダーと遭遇してからね。でも一つだけだよ? 鼻血出ちゃうから」


 俺の号令に仲間たちはがちゃがちゃとすぐさま装備を整え、ジャケットを手に外へ飛び出した。やる気(殺る気)満々だな。

 あっという間に居なくなった五人にあっけに取られている二人。ナーディアの手を取り、机に置かれた小金袋を乗せる。


「いい情報まえきんを貰った。俺達にとって非常に価値あるもんだ。この金まで受け取ると貰い過ぎだから返すぞ」


 俺の顔を不安げに見る二人に笑いかけてやり、頭に手を置き安心しろと撫でる。


「報酬を先に貰っちまったからには、お前らの依頼は必ず達成させよう。フェリクスは俺達アスタリスが責任を持って連れ帰ってやる。どっしり構えて待ってろ」


 俺もバサリとアスタリスクが刻まれたジャケットを羽織り、基地を出た。





 やっぱり、リオスクンドゥム様って素敵な人ね……


 うん、めちゃくちゃかっこいい……




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