第33話 『ASTERISK Shines By The Reflected Light Of The World』

 リオが大闘技場で大暴れした日より一週間後。千年祭はとうに終えたというのに熱気は冷め止まず、街の飾りは減るどころか逆にどんどんと増え、未だグランディアマンダに住まう人々の心は興奮に包まれていた。

 史上最も大きく熱い祭りという噂話を聞きつけた外国の者達は、こぞってグランディアマンダに押し寄せ、もはや世界の中心と言っても過言ではないこの場所から、旅立とうとする若者達がいた。


「食料よし。薬よし。小道具よし……うん。ばっちり。それじゃあ、お父さん、お母さん。僕行くよ」


「はぁ。なんかいっぱしの男になっちゃったわね。相変わらず顔は女の子みたいだけど」


「一言余計だよお母さん!」


 エイスクレピア家の邸宅前では、ヴァンが両親へ別れを告げていた。強くカッコよくありたいというのが彼の望みなのだが、その容姿のせいで可愛い可愛いと言われ続け、とうとう今日この旅立ちの日にまで引っ張られてしまった。息子が勇ましく挨拶をしたというのに母親が茶化し、ほんの少しくじかれてしまったヴァンはぷんすかと怒る。


「待て、ヴァン。これを持っていきなさい」


 ヴァンはヴェンツェルからくたびれた本を受け取った。それは許可なく持ち出さないようにと教えられていた大事な魔術書であり、ヴェンツェルの知識が詰め込まれた、世界でただ一つの貴重な本である。受け取る訳にはいかないとヴァンが拒否しようとすると、その心情を察したのか、ヴェンツェルはヴァンの手に強引に本を握らせた。


「言ったはずだぞ? 私の医療魔術、全て覚えるつもりで励みなさいと」


 軽くヴァンの額を小突き、笑う父。その隣で微笑む母。ヴァンは深く、感謝を告げるように頭を下げ、勢いよく顔を上げ笑顔ではっきりと叫んだ。


「ありがとう! お父さん! お母さん! 行ってきます!!」


 ヴァンは荷を背負い、両親の見送る中、大通りを駆けて行った。









「準備はちゃんと出来てるか? 長旅となると色々物入りになるぞ」


「大丈夫」


「食べ物はいっぱい詰めたからね、スコール。でもお腹が減ったからってすぐ食べたら、あっという間に無くなっちゃうから、自重しなさいね?」


「……。大丈夫」


 必要な道具は全て揃え、一式は荷の中に詰めたと言うスコールだが、その中の殆どは食料ばかりである。旅そのものに不安は無いが、食料問題を抱える可能性を危惧するリーマスとメリッサはスコールに釘を刺したが、やはり不安は拭えなかった。

 旅は永遠ではなく、いつか帰ってくると分かっていても、それは絶対ではない。決して拭えない大きな危険があるこの世界では、今生の別れになる可能性が高い。大切な事は全て王子に伝えてあるも、やはり直接伝えた方がいいと、リーマスはスコールへ真実を打ち明けようとした。


「スコール。その、こんな時に言うのもなんだが……。実は、私達はお前にずっと、隠していたことがある」


「……? 本当の父ちゃんと母ちゃんじゃないこと?」


 何故知っているのだと仰天する夫婦に対し、スコールは何時ものように抑揚のない、しかし心を込めた言葉を二人に送った。


「父ちゃん、母ちゃん。二人が父ちゃんと母ちゃんでよかった」


 少し言葉足らずではあったが、だからこそスコールの一点の曇りもない言葉は正確に届き、その想いはリーマスとメリッサの長年抱えていた憂いを溶かした。スコールの言葉に二人がどれだけ救われたのか。目を瞑り口を噤むリーマスと、肩を震わせ瞳を潤わせるメリッサ二人の手をスコールは握った。


「行ってくる」


 それだけを短く告げ、手を離し振り返ることなく人並みの中へと消えたスコールを、ファンレロ夫妻は様々な想いを入り混じらせながらも見送った。









「長旅となると、道具の手入れも疎かになりがちだよ。濡れたりしないようしっかり包みなさい。それから、持つ物は必要な物だけを。一つ増えただけでも邪魔になるし、体への負担にもなるからのう」


「ありがとうございます。お爺ちゃん、お婆ちゃん」


「その丁寧な喋り方もすっかり板についたわねぇ。もう立派な淑女じゃないか」


 出発しようとする度にあれがこれがと止める老夫婦にはにかむアリン。内心では早く行きたいと騒ぐ感情を抑え、暫くは会えなくなる義理の両親の、最後になるかもしれない世話焼きを受け入れていた。

 血の繋がらない家族。そのことを嘆いたこともあったが、今ではそんな些末なことと過去の自分を卑下するアリン。家族とは血でなく、こころざしだと仲間が教えてくれたからだ。


「そろそろ出発の時間です。お爺ちゃん、お婆ちゃん」


 その仲間達も、アリンの家族。与えられた家族ではなく、誓い合い認め合った家族の元へ、アリンは向かう。


「おやおや、もうそんな時間かい。なら、最後に一つだけ。仲間とは、家族とは、互いに切磋琢磨し、認め合い、信じあう心が大切だということは、知っておるだろう。だがその事に甘えることの無いように。与えることは簡単だ。難しいのは、受け止めること。受け止めるには、大きな理解と、大きな覚悟がいる。与えられるのは、何も幸せだけとは限らんからだ。そのこと、ゆめゆめ忘れぬようにの」


「……はい」


 今まで優しい言葉しか掛けなかった祖父の初めての忠告に、アリンは深く頷き、心に刻み込んだ。









「よっし、準備万端よ。ベルスおじさん、今日までありがと」


「おう。あんまり無茶する……あててて」


 居眠り竜の足跡前。ティアは別れの挨拶をし、それに答えようとベルスが手を振ろうと腕を持ち上げたが、突然腹を抑え屈んだ。


「ベルスおじさんもね。お店休んだら?」


 ティアがベルスの身を多少慮り暫く休店する事を薦めたが、何のこれきとふんじばるベルス。大事ない様子を見せようと笑顔を見せるが、若干ひきつっている。


「俺のことより、ティア自身の方を気にしな。もう分かってるだろうが、冒険は良いことばっかじゃない。辛いことだって沢山ある。負けんなよ? 困難にも。そして、恋にもな」


 恋という単語にティアは顔を赤らめる。自覚していることにベルスは善きかな善きかなと何度も頷き、更に付け加える。


「助言をしてやろう。大将の心を捕まえたかったら、自分の気持ちを何一つ隠さず表現しろ。恋は駆け引きなんて言うが、大将はまどろっこしい事を嫌うだろう。真正面からぶつかり続けろ」


「こ、心得たわ」


 こりゃ大丈夫かねとベルスは苦笑いする。ティアは父親のテールと同じく、弱みを隠して強がる性格。押せ押せは難しいかと、親友の娘の恋の先行きは少々厳しい道でありそうだった。微妙な顔をしたベルスにティアはムッとなり、生来の性格が出て少々飛躍しすぎた目標を口にしてしまう。


「やっ……やってやるわよ!! ベルスおじさん! リオをメロメロにしちゃって、帰ってくる時には、その、本当の家族になってるんだから!! 首長くして待ってなさい!! それじゃあね!!」


 顔どころか全身を真っ赤にし、空色、ではなく夕日の様に赤い竜へと変化し、荷を持ってティアは飛び立って行った。


「……これは、良い方に転がった、のか?」









「あーすっきりした。チッキショーリオの奴め……次から生もんは控えっか」


 腹部を擦り厠から出たヤイヴァは急ぎ足で城門へと続く道を歩く。その背に荷はない。オレ自身が剣だから荷物みたいなもんだろと、体のいい言葉で言いくるめ、相棒と呼ぶリオに全て押し付けていたのであった。


「「ふええええヤイヴァああああ!」」


 門に差し掛かった所で双子の王子王女がヤイヴァの胸へ飛び込み、濡れた顔を押し付けた。やはりこうなったかと、お兄様を連呼するアストとルーナの頭をヤイヴァはわしわしと撫でる。しかし泣き止むどころか余計に泣き出し、今度はヤイヴァも行かないでと駄々をこねる始末だった。


「アスト、ルーナ。そうやって困らせないの。リオもヤイヴァも、二人が大きくなったら帰ってくるから」


「「やーーだーー!!」」


 先程リオを見送ったレティシアが二人の肩に手を置くが、嫌だ嫌だとかぶりを振り、ヤイヴァの服を握り締め離そうとしない。


「城で年が近く一緒に居てくれるものなどリオとヤイヴァしかおらんからの。そりゃ寂しくなるさ」


「前王様も笑ってないで何とかしてくれよ。出発に遅れちまうぜ」


 昨晩庭園で行った晩餐会で周囲の制止を聞かず、貝を焼かずそのまま食し、腹を下して厠に籠っていた事を棚に上げ遅刻原因を責任転嫁するヤイヴァ。


「ふええええリオ様ああああ」


 少し離れた場所でも大人げなく喚くミランダを見送りに来ていた他の使用人達が慰める。アローネはこめかみに手を置き、ミランダの精神的な未熟さをどうしよものかと悩んでいた。









 東門の外。目指すのは西にある天の咢なので西門から出りゃいいんだが、ここは始めて外へと駆り出した場所で思い入れもあり、親父も太陽が昇るのは東からだとここを勧められた。


「体はもう問題無いのか?」


「見てくれだけは。内臓があちこちやられてますけど、そのうち治ります」


 まったく酷い一週間だった。激痛で気絶し、激痛で目が覚めを三日間繰り返し、砕けたり変な方向へ曲がった骨をヴェンツェルさん他多数の名医が無理矢理に切除接合をして修復し、何度も止まりかけた心臓を強引に動かすために七色女王蜂の蜜の原液を流し込まれたりと、まさしく地獄のような日々だった。

 今だって呼吸すると胸周りが痛えし、食事はまともに取れねぇし。昨日はこれ見よがしにヤイヴァが俺の目の前で美味そうに肉を食うから、仕返しに貝は生で食うと美味いぜと薦め食わせてやった。


「……リオ」


 親父が呟き、俺の頭を撫でようと手を伸ばしてきたが逡巡し引っ込めた。もう子供扱いはしないということだろう。別にそんくらい気にしねえのによ。

 代わりに握り拳を作り、親父へと向けた。男同士の挨拶なら、深い言葉も意味も必要ない。親父は少し間を置き、同じように作った拳を俺の拳に軽く当てた。こうすると親父の強さが、親父の持つ温もりがよくわかる。国を背負う男の拳だ。親父は何を感じ取っているのだろうか。少なくとも、俺がこれからの人生に不安や後悔などなく、期待と興奮が外に向けられているのが伝わっているはずだ。


「父上。とびっきりの経験と旨い酒を土産に帰ってきますから、全部受け止められる盃を用意しておいてください」


「……結局、お前は私に父親らしいことを何一させてくれなかった。帰ってきたら私の愚痴に付き合ってもらうからな」


 そんなこと恨んでんのかよ。手が掛からず勝手に実るさつま芋のようにほくほくと育っただけだというのに。


「リオーーーー!!」


 俺を呼んだのは門からこちらに向かって走ってくるヴァン。隣にスコールもいる。上空からは竜化したティアとその背に乗ったアリンがバサバサと降り立ってくる。親父のすぐ隣に魔法陣が出現し、お袋とヤイヴァ、アストとルーナが現れた。転移魔法【閃廻天元跳躍ディストートスペース】。お袋にしか使えない超々高難度の魔法だ。だが、おかしいな。いくら空間を無視した魔法跳躍といえど、【八紅金剛封陣ディアマンドベール】がある限り街の外に出ることは出来ないはずだが……ありゃ、いつの間にか消えてやがるぞ。何があったんだ?


「おお!! 本当にリオスクンドゥム様がいたぞ!!」


「リオスクンドゥム様ーー!! こっちを向いてくださーーーーい!!」


「リオスクンドゥム様ーーーー!!」


 一般人は立入禁止である外壁の上に、大勢の人が登っていた。俺を呼ぶ声に反応してか、その数は増えだし、外壁の上を埋め尽くした。どうやら先日のベルスさんとの闘いは国中で語られているらしく、天下一決定戦の優勝者を差し置いて、俺の名ばかりが飛び交っているらしい。手を振る集団の中にはホーエンローエ夫婦やオレーシャさんの姿、イサンドロさんやヘルマンニさん。その他知り合った人達が大勢押しかけている。


「リオスクンドゥム・メルフェイエ・

グランディアマンド王子にっ、敬礼!!」


 野太く響くドゥーカス将軍の号令に、外壁を背に並ぶ八咫紅蓮オクタクリムゾン、ディアマンド隊、その他大勢の兵士が一糸乱れぬ動きで右拳を胸に当てた。


「はははっ、お見送りがいっぱいいるね」


「ふふ。皆リオの事が大好きなんですね」


「ほらリオ、答えてあげなさいよ……って、どうしたのよ? 何も言わないの?」


 答えようにも胸周りが痛えから大声は出せねぇし、もう挨拶周りはとっくに済んでんだ。とっとと行くぞ。


「……リオ?」


 俺の顔をスコールが覗き込んだ。んだよ? ちゃんとやれってのか? 体はまだボロボロだっつーのに。

 やたらと静かだと思い振り返れば、ヴァン、アリン、ティアは着いてきてねえし、ここにいる全員の、何かを期待するような視線が俺へと集中している。すぐ目の前にヤイヴァが立ち、シシシと嫌な笑みを浮かべている。


「やろうぜ、相棒。何だったらこの後オレが担いでくって」


 嘘付けコンチクショウ。お前だって結構キツイんだろ? ……ったくよ。はいはい分かりましたよ。やりゃいんだろ。やりゃぁよ。


 差し出した手をヤイヴァが掴み、剣となる。スコールが大きく下がったのを見計らい、術を発動させた。


「「【我昇天破斬ライジングヘリオス】!」」


 巨大な刃で大地を切り裂く。術は維持したまま、俺を中心に六方へと一直線の跡を刻んだ。立て続けに中心へとヤイヴァを強く突き立て、暴走するぎりぎりの、ありったけ限界の破力を流し込む。大地に描いた紋章アスタリスクが鳴動し、それぞれの六方先端より光が飛び、宙を駆け、空へと伸びる。


「「【紅紫銀琥空黒アスタリスクバースト】!!」」


 空で弧を描いていた六つの光は衝突し、混ざり合い、弾け飛ぶ。広く拡散したそれらは、一つ一つ全てがアスタリスクの形をした、虹色の結晶。太陽の輝きを受け、乱反射して極彩色の光をばら撒いた。


「イシシシ。見ろよリオ。あいつら嬉しそうだぜ」


 人型へと戻ったヤイヴァに肩を支えられ、顔を上げれば俺達の作ったアスタリスクの結晶を手に取り、振りかざす人々の姿があった。満足か? もういいよな? だったら出発するぜ。

 軋む体を黙らせ荷を背負う。超痛えけど、まだ動けるな。だったら突っ走るとしよう。


「さあ……行くぞ!」


 走り出した俺のすぐ隣にヴァンが並んだ。


「どこへ行く? は愚問だね!! とにかく走ろう!!」


 スコールが追い抜き、振り返り笑顔を綻ばせる。


「行き当たりばったり」


 アリンが俺のすぐ斜め後ろに付いた。


「それがアスタリスクのやり方です!」


 今度はティアが追い抜き、両手を広げ空を仰ぐ。


「まだ見ぬ場所! まだ見ぬ世界がっ、まだ見ぬアタシ達の姿になる!!」


 ヤイヴァが俺の肩を叩き、前を真っ直ぐ見つめ、ニヒルな笑みを浮かべながら叫んだ。


「アヒャヒャヒャ!! 世界さんよぉ! お前の姿をさらけ出しやがれ!!」





 大切な何かが無くたって、俺は人生を謳歌できる。


 他の道は全部無視して、真っ直ぐ突っ走る。


 世界の中心を踏みつけて、叫んでやる。


 良い死を!


 良い人生を! ってな!




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