第32話 『Departure Sun』

 とうとう……いや、ようやくだ。この時を待ち望んでいた。真の力を開放したベルスさんとの闘いを。竜人族が竜人たるその理由は、この竜化にある。だがティアのように透き通るような青空色の美しい竜とは、全く毛色が違う。雄々しく、禍々しく、ひたすらに、徹底的な狂気にまみれた力を感じさせる、灼熱の赤い竜。その姿は人型に近く、全身を鋭く赤い鱗で覆い、翼を生やした巨人のよう。戦闘に特化した狂戦竜士。金色の瞳は戦闘への昂りに満ち満ち、噴火寸前の火山が蓄えていた力を開放するかの様に、巨大な魔法陣を展開した。


「【震天地戦空羅アースハープ】」


 静かに、しかし張り詰めていて深く、直接心臓を叩き鼓動を無理やり響かせるような声。分厚い雲が出現し空を覆い太陽を遮り、ベルスさんは俺の行く手を阻むかのように掌を向けた。


「来い。リオスクンドゥム」


 言われずとも。こっちは無理をして五つ目まで出した技だ。制御不能に陥ったこの技は、相手か自分が砕けるまで止まれない。止まるつもりもない。


 死ぬ覚悟なんてとうに出来ている。どんな理不尽な死であろうと笑って受け入れてやる。だがせっかくなら最高に笑える死がいい。だからアンタみたいなすげぇ人と闘って死ぬのもありだ。俺の全てを出しきり、それでも生き抜く事が出来たのなら、


 旅立ちの鐘を鳴らす。





 第32話 『Departure Sun』





「……よし、出来ましたぜアーク様。こんな感じでいいんでしょう?」


「…………うむ」


 大闘技場の八隅の一角の柱の上。カリヴァーンスの問いかけにアークがゆっくりと頷いた。

 舞台をドームのように覆っていた【八紅金剛封陣ディアマンドヴェール】は国を覆う大結界と繋がり、街と観客席のみを覆い、リオとヤイヴァ、ベルスの闘う舞台のみを天の元に晒していた。


「こんなこと俺がいうのも何かと思いますけど、ベルス殿の技にリオ様が耐えきれると思えませんよ? 今リオ様が使ってるあの技もすんげえ技ですけど、リオ様にはまだ早すぎます。自身の技とベルス殿の技、両方に押しつぶされて死ぬ可能性が高いですって」


「…………うむ」


 カリヴァーンスがリオの死を危惧するも、相変わらず頷くだけのアークに溜息をついた。ここ数百年、口を語らないアークの心情を読み取れる者が誰もいない状態が続いていた。そんな中、唯一の理解者が出現した。だが今その者は剣を掲げ天に上り、強大な戦士へ立ち向かっている。


「アーク様。アーク様も、あんな風だったんですか? 一人剣を振るう自分の可能性を信じて、戦ったんですか? リオ様の可能性を、信じているんですか?」


 伝説の戦い。アークとカオスディアマンドの戦いは神話の如く語られ、この国に限らず他国でも知らぬものはいない。今日の闘いははその神話の再現か。カリヴァーンスはアークの意志を知りたかった。弟のように可愛がっているリオを、死なせたくないという思いもある。出来るなら、闘いを止めたかったのだ。


「…………」


 アークは空を見つめたまま何の反応も示さない。カリヴァーンスはかぶりを振り、リオの無事を祈った。


「…………一人では、ない」


 アークの小さな呟きは、近くにいたカリヴァーンスすら聞き取ることが出来ず、宙へと消えた。







 【絶極滅天崩剣アドヴェントディアボロスライザー】。傷一つ入れる事すら不可能と言われた絶対存在、カオスディアマンドを貫いた、曽爺ちゃんの編み出した魔法剣の最終奥義。

 この術で造り出された柱は、術者の持つ全ての力を倍増させる機能を持っている。一柱で二倍。二柱で更に二倍。術者の肉体が耐えられる限りどこまでも増やせる。

 曽爺ちゃんは当時八柱まで造り出したので二百五十六倍の力を得ていたことになる。想像を絶する破壊力だったのは間違いない。

 俺は五柱まで造り出せた。通常の三十二倍の力を発揮していることになるが、力の源が破力だ。つまり、三十二倍の速度で俺の命を蝕むことになる。が、デカい代償を払っただけあり、破壊力は飛躍的に増している。


「「はぁぁぁぁっ!! うおらああああ!!!!」」


 巨大な結晶剣となったヤイヴァと共に突っ込む。ベルスさんへと寸分たがわず、狙いを外さず、今ある全てを刻む込む為に。


「……最弱震羅ピアナシモ


 !? 今、空が揺れたぞ。一体何の術だ? 全く見えない。いや、見えないが聞こえる。強烈な圧迫感。巨大な大気が、降ってくる!


「天に挑むには、まだ早いぞ」


 大気の爆弾が俺達を襲う。結晶剣は見えない空気の障壁に阻まれ、強烈な不可視の圧力が俺達を押し返した。凄まじい下降気流だ。魔法で作った疑似的な積乱雲と、ベルスさんの特殊能力により支配下に置かれた大気が生む強烈なダウンバースト。

 だがまだだ、この程度でこの技は終わらない。体勢を整え、もう一度ベルスさんに向け突撃する。


小弱震羅ピアン


 再び空が揺れる。さっきよりも揺れが大きい。落ちてきた大気はまるで不可視の隕石。結晶剣と衝突し勢いを完全に殺され、大きくよろめかせられた上に、結晶剣にヒビが入ってしまった。段階的に威力を上昇させている。恐らく遥か上空でハウリングさせて振動を倍増させているのだろう。これがこの魔法の恐ろしさか。次はもっと強大な大気の爆発が起こる。


「畜生が!! そのふざけた魔法正面から切り裂いてやる!!」


 スピンする体をなんとか制御し直し、馬鹿の一つ覚えで突撃する。これしかねえ。これだけが取り柄。これだけが今の俺達のやり方!


微弱震羅メズピアン


 大気が炸裂し、空軍機がエンジンを全開に吹かせたかのような馬鹿でかい轟音が天から響き、空が落ちる。先の衝撃よりもはるかに大きく、受けきれない。

 高速で落下する気流にベルスさんが乗り、俺へと巨大な拳を構えた。


「落ちろ」

 

 勝てない。脳裏によぎる想像は現実となり、剣は砕け散った。










「ふふふ。リオ、楽しそうですね」


「ヤイヴァも」


「あんなに破力を使って大丈夫かな。見た目以上に体の中がボロボロだと思うけど」


「あの二人に言った所で聞かないし。止めたらまた拳骨くらうわよ。それにしても、ベルスおじさんがあんなに強いなんて。竜化したのも初めて見たわ」


 観客席にて観戦するヴァン達は、宙高く飛び上がっていた二人がベルスの技により、地面に叩きつけられる姿を見ても慌てることは無い。血反吐を吐き捨て、軋む身体を強引に起こし、立ち上がるリオの姿を見て観客がおおいに盛り上がるのに対し、四人はそれが当然と言わんばかりに静かに笑う。


「負けそう」


「うん。でもリオの事だから勝つことなんて考えて無い。全力でぶつかり合った先にあるものが、リオの望みだから」


「それ、リオが前に言ってたわね。先にあるものって何なの?」


「……誰も知らないもの、だそうです。何なんでしょうね?」


 謎かけでもしているのかとティアは首を傾げたが、直ぐに思い至り納得したと手を打ち、にっこりと笑った。


「アタシ、分かっちゃったわ。リオの言いたいこと」


「知らない事、いっぱいある」


「ははは。スコール、それ答え言っちゃってるよ」


「そういうことですか。なら、全員で口にしましょう」


 リオの真意を知った四人は、その答えを大声で叫んだ。


「「「「世界は広い!!!!」」」」









 あー畜生。砕かれちまった。幾ら倍増させたところで元の数値が小さけりゃ効果が薄い。俺が扱うにはまだ力不足か。ベルスさんがあんな力を秘めていたのも仰天だ。世界は広い。そうだな。聞こえたぜ、ちゃんとよ。まだまだ俺達の知らない世界がある。


「なぁ大将。どうしてそこまで我を通そうとする? 俺が言えた義理じゃねえが、どんだけ馬鹿なことしてるのか本当に理解してんのか?」


 目の前に降り立ったベルスさんが訳の分からんことを問い掛けてきた。んなこと今更すぎんだろ。


「おいおい、説教のつもりか? 俺の行為はそんな幼稚に見えんのか?」


「そうじゃねぇ。大将はすげえやつさ。下手な大人なんかよりよっぽど逞しく生きてる。だがな、人は一人じゃ生きていけねぇ。それは大将なら言わずともその意味をよく知ってるよな?」


 ベルスさんが顎で指した方をちらりと向けば、ヴァンと、スコールと、アリンと、ティアの姿が見える。そういうことか。あいつらが俺を必要としてるって言いてえんだな?


「大将はあいつらにとってかけがいのない存在だ。大将は太陽なんだろ? あいつらを暖め導く大事な太陽が「いい加減にしやがれ」


 何を言い出すかと思いきや、そんな下らねえこと考えてたのか。折角の闘いに余計な茶々入れんなや。狂戦士の癖に勝負の真っ最中に相手を気遣うような真似しやがって。俺達を舐めんな。


「人は誰も同じ道なんか歩んじゃいない。同じ景色を見ようが、同じ音を聞こうが、同じ思い出に浸ろうが、心が出す答えは違う」


 人は互いの本当の心根を分かり合えない。腹を割って酒を酌み交わそうが、どんだけ相手を理解しようが、例え心と心が繋がろうが、絶対にだ。だがそれがどうした? そんな当たり前の事で何を悩む必要がある。


「あいつらは光につられる羽虫じゃねえ。俺の歩いた後を着いてくるだけの考え無しでもねえ。心に抱いた自分の言葉に従う、俺と同じ身勝手な奴等だ」


 俺はあいつらに俺の目的を、欲望を伝えた。きっかけはどうあれ、あいつらも俺と同じ答えを出した。だから家族名を、アスタリスクという名をつけた。輝き方は違えど、いつか離ればなれになる時が来ようとも、俺達は同じ星だと名乗る為に。


「もっと我儘になりやがれ。意思と意思をぶつけ合え。そして世界をかき混ぜろ。この世の全てを引っ掻きまわせ」


 成すべき事を成そうとする想いが、自らを満たす為の欲が、世界を盛り上げ、未知の存在をさらけ出し、そして新たに生み出す。それが人の本質。全ての人に、全ての存在に、俺は期待をしてるのさ。


「この世の全てに意味はある。見せてくれ。お前らの真髄を。本当の世界の姿を」


 ふらふらと近寄るヤイヴァ。前髪で顔が見えないが、口元が笑っている。差し出された震える手を握る。ヤイヴァは再び剣となり、闘う意思を見せた。俺達に言葉は邪魔なだけ。目の前の存在に、俺達の魂をぶつけるだけだ。


「俺達の名はアスタリスク。世界よ、もっと輝け。世界の輝きが、俺達の輝きになる」


 ヤイヴァを真っ直ぐベルスに向ける。もう一度、【絶極滅天崩剣アドヴェントディアボロスライザー】を使う。これが最後になるだろう。

 ベルスさんは俺の言葉を反芻しているのか、目を閉じ黙っている。かと思いきや、体を震わせ、唐突に大声で笑いだした。


 「……くっくっく、ガッハッハッハ!! 済まねえな大将!! 俺は随分と日よっていたようだ!! いいだろう! 全開の力を見せてやる! だが! 俺の輝きに耐えるか!!?」


「その質問、最初っから俺の、俺達の答えは変わらねぇ。大歓迎だ!!」


 そう答えると翼をはためかせ、ベルスさんは大きく上昇した。先と同じ状態だ。今度はもっと強い攻撃が来るはず。


「いけるか、ヤイヴァ」


「あたぼうよ。リオこそ、ヘマすんなよ?」


「分かってるさ。行くぞ!!」


 柱を五つ出現させ、結晶剣を造り上げる。みしみしと体中がおかしな音を立てるが全て無視し、発生した衝撃波を推進力に変え、高速で上昇する。


「さあ大将!! 次はもっとすげえぞ!! 微強震羅メズフォルト!!」


 空が落ちてくる。衝突した大気は結晶剣に大きく亀裂を走らせる。これじゃ足りねぇ。もっと。もっとだ!! もっと力を!!


「ヤイヴァああああああああ!!」


「おう!! 「六つ目だ!!!!」」


 追加出現させた増幅柱が混じり周囲を回る。結晶剣は復元され更に巨大化し、衝撃波を貫いた。しかし限界を超えた術の行使に耐えきれず、全身の骨が何十か所も折れ、筋肉が断裂し、意識が吹っ飛びそうなほどの激痛が襲う。


「さあ大将!! あと二回だ!! 死んでも恨むなよ!! 大強震羅フォルト!!」


 もう何の音なのかも判別出来ない。低すぎる周波数の超重低音は痛みと、不快を超え苦痛を感じる程。流星雨のように降り注ぐ衝撃波に渾身の力を込め飛び込む。


「「うおらああああああああっ!!!!」」


 受けきり、受け流し、切り裂く。もう剣を握る感覚がない。腕が千切れたかと思ったが、まだ繋がっている。まだいける。


「はーっはっはっはぁ!! 嬉しいぜ大将!! これが正真正銘最後の攻撃!! 最強の竜人の最強の術!! 最大出力の【震天地戦空羅アースハープ】だ!! 極強震羅フォルティシマ!!!!」


 ベルスさんが両手を天に掲げた。上空の大気を、全て操っている。空間が捻じ曲がりすぎ、光を遮断しているのか、所々黒点がぽつぽつと出現する。信じ難い光景だ。圧縮された空気がプラズマ化して青白い発光が黒点の間を走っている。

 急降下する衝撃波。砕けた世界に混じり襲い掛かるベルスさん。究極の物理攻撃に、俺の力が勝負を挑む。


 前だけを見ろ。真っ直ぐだ。真っ直ぐ。余計な考えは捨てろ。前だけを見つめて、真っ直ぐ、真っ直ぐ……









 静かだ。あんなに燃えたぎっていた心がこんなにも穏やかに落ち着いている。視界に靄がかかって霞み、何もかもが曖昧だ。ここが……涅槃なのか? 違う。破力の副作用だ。俺の思考が止まりかかっている。

 まだだ。ここじゃ終われない。まだ終わっちゃいない。終わるな。右腕は、駄目か。左は、まだほんの少しだけ動く。立てるか……右足もまだ動く。そうだ、立て。歩け。歩け。歩け。

 術の効果は……まだ残っているな。ヤイヴァが遠くに倒れているが、まだかろうじて意識を保っている。頼む、もう少し耐えてくれ。


『どうしてそこまで無茶をする? それだけの代償を払って、何を望む?』


 代償? 何を言ってやがる。俺は常に全力なだけだ。その日、その瞬間に出せる俺のやり方を、生き方を示しているだけだ。


『死んだら、何も残らない』


 んなことは知ってるよ。だから生きてる間にやれる事をやり抜くんだろ? 後悔しないように。


『そうやって常に突っ走り続けて、行き着いた場所にどうしようも無い壁がそびえたなら、どうすんだ?』


 そうさなぁ。そんな壁があったなら……


 壁に……俺の名前をでっかく描く。そんで寄っ掛かって鼻歌を歌おう。そして、こう言うのさ。


「今日は、死ぬにはいい日だ」


 ってな。






「大将……!!」


「何……ぼさっと、立ってんだよ……まだ……終わってねえぜ?」


 ここまで近づいてようやくベルスさんが見えた。もう勝負は終わったと判断してるのか、立ったまま動かないベルスさんに、手を当てるつもりが足が限界を迎え、抱きつくように飛び込んでしまった。もっとちゃんとやりたかったが、仕方ない。“仕込み”は既に整っている。後は、発動させるだけ。不意打ち気味になってしまうが、まあ、鼬の最後っ屁ってやつさ。体内からボカンといくから結構痛えと思うが、あんたならダイジョブだろ。

 ベルスさんに刻んだ三つの傷痕。縦に走り、交差する斜めの斬撃の跡。俺達の紋章。


「俺達の名は……アスタリスク」


 刻んだ傷痕が光る。周囲に落とした【絶極滅天崩剣アドヴェントディアボロスライザー】の六柱が鳴動し、斬撃と共に流し込んだ破力が増幅される。


「あ!! しまった!!」


 俺とヤイヴァの意図に気付いたようだが、遅い。術は発動した。ベルスさん。あんたという世界の輝きに答えよう。これが俺達の輝き。この輝きを持って、外へと飛び立つ。


「【紅紫銀琥空黒アスタリスクバースト】…………」


 全身を煌めかせるベルスさんが破裂音と共に打ち上がった。ひゅるひゅると揺れる放物線を、描きながら。闘技場を超え、外壁より高く、更に城よりも高く高く飛びあがる。





 鐘の音が響きわたると共に、大きな花火アスタリスクが咲いた。




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