第二章 幼少期
第08話 『Blue Birds Of A Feather Flock Together』
サイか? 亀か? よく分からん間抜け面の謎の動物が、雑草を咀嚼しながらグモグモと喉を鳴らしている。鼻先を指でくすぐってやると、不満げな鳴き声と共にくしゃみを吹きかけてきたので華麗に回避する。
「おい魔人のボウズ、あんまりいじめないでくれや。そいつ、不機嫌になると根張ったみてえに動かなくなっちまうんだ」
この動物の主人と思われる、葉巻を咥えた恰幅の良い、アルプスの山に住んでそうな爬人のおじいさんが俺を窘める。
「こいつ、何て言う生きもんなんだ?」
「なんだ、知らんのか? 一角亀っていう、アクアヴェンツィア国に近い海岸線沿いに生息してる陸亀。そいつを手懐けて飼ってんだ。動きはちょいとトロいが、体力もあって力も強いし、大人しくて人にもよく慣れるから、重てえ荷物運ぶ時に重宝すんのさ。街でもあちこちでよく見かけるだろ」
存在は知ってたが、遠くから眺めてただけだからな。近づこうとすると衛兵とかフィロメナとかが危ないから駄目って止められてたし。
一角亀の像の様に大きく垂れた耳の下、両頬の裏辺りを手のひらでぐりぐりと撫でてやると、大きな目を細めて気持ちよさそうな顔をした。
「お~~よしよしよしよ~~し、ここがええのんか~~そうかそうか~~」
このままム○ゴロウハンドでアヘ顔になるまで愛撫するのもやぶさかではないが、今日の目的は街の探索だ。手を離すと一角亀がもっと撫でろと角で俺を軽く突いてきたが、頭を撫でてなだめる。
「おっちゃん、俺行くよ。お前も元気でな」
別れを告げ、再び活気と雑踏の波に身を投じた。
「あのボウズ、よく見りゃ耳が少し長えし目の色も違ぇやな。混じりモンたぁ噂だけかと思ってたが、実在するとはなぁ。親のどっちかは森人族か渓人族か? あれ待てよ、魔人と森人が両親っつうことは……いやいや、まさかなぁ」
第08話 『Blue Birds Of A Feather Flock Together』
グランディアマンダ国は巨大な壁が国全体を包み、真上から見下ろすと綺麗な円形をした国だ。それをドーナツを切り分ける様に八つに分断し、各地区を形成している。ドーナツの穴にあたる箇所を中心街と呼称し、その街の更に中央にある広場から東西南北八方へと放射状に大通りが伸びる。北への大通りは城へと続く城下街。そこから時計回り東側に住宅街、商店街。南側に大農園と放牧場。そして西側に工業街、歓楽街だ。八つの大通りが各地区への入口であり、隔てる境界線とも言える。
各地区を統括管理しているのがご存知
なんの変哲もない青空が拡がっているように見えるが、よく目を凝らすと薄~い魔法紋が波打っているのが分かる。これは、グランディアマンダ国全体を覆う、超大型の大結界、【
生存本能や生殖能力は無く、摂食すらしない。ただただ目の前に存在する生物を殺戮するだけの、正体不明謎の生命体、“
その
今俺が歩いている通りは、城下街を分断するように、中央広場と城を結んでいる。城下街東通り沿いは、城に使われている石材と同じもので建てられた建築物が並んでいる。事務所やちょっとした高級住宅が並び、住み込みで城に勤めている者以外は大体ここに住んでいる。西側はちょっと雑多で、住宅やら露店やら何やらで入り乱れており、街を拡張する前の昔々の名残が残っている。通り沿いに並ぶ露店の一つに、うまそうな串焼きを焼いている店があったので覗いてみた。棒キャンディのように渦を巻いた肉が鉄串に刺してあり、その肉に縞模様の葉が付いている。
「おばちゃん、この寄生虫に乗っ取られたでんでん虫みたいな串焼き何?」
「小さな魔人のお客さま、商売の邪魔になるような発言は控えて欲しいさね」
ミランダに用意して貰ったお駄賃で一本買った。山豚のミンチ肉を、丸めた薄い生地に詰めて、渦巻き状にしたものを串に通し、焼いてから香草を刺したもので、ぜんまい焼きという、割とポピュラーな食い物らしい。店の隣のベンチに腰掛けて、人波や景色を眺めながら賞味。こうして食事をするのもまた一興。刺してある香草は山椒のような風味がする。肉に煉りこんでいないのは、好みが判れるからだろう。好きなら一緒に食えばいいし、嫌いならとってしまえばいい。俺は前者だ。B級グルメまいう~。
「失礼、隣よろしいかな?」
「いいよ」
少し隣にずれると片耳が無い獣人の男が座り、俺が買ったものより一回り大きな串焼きを頬張り始めた。香草が刺さっていない。これの良さが分からないとは、不届き者め。半分になった肉で口元を隠しながら、小声で話しかける。
「ディードさん、今日は非番?」
「いいえ。私服ですが、これでも仕事中です。特別巡回ってやつですね。私が知る限りで四人、周囲を見回っております」
同じように小声で返事を返した男、ディーデリックさん。私服での特別巡回とは、俺の護衛のことだろう。俺を含めた周囲の目が届かないところで、危険を排除しておくのが役目。出来うる限り、俺が自由に街を散策できるようにするための配慮だな。だがこうして接触してきたということは、
「なんか不安要素でもあった?」
「はい。歓楽街のほうでちょっとした騒ぎがあったようでして。初の街探索に水を差してしまって申し訳ないのですが、今日は歓楽街へ近づくのはお控え下さい」
「うぃ~。今後もこうして俺の周囲を変わりがわりでおもりすることになんのかね」
「何せ大国の王子ですから。我慢して戴きたい」
「いや、構わないよ。これぐらい当然の配慮だろ。ディードさんたちには余計な仕事増やして申し訳なく思うけど、俺の我儘を聞いてくれて感謝してる」
「お心使い、痛み入ります。それでは」
立ち上がったディーデリックさんは残った肉を一口で咀嚼し、串を回収箱へ入れるとそのまま人込みの中へ消えていった。歓楽街はお預けか。あそこは冒険者や狩人等の国内外の人々が最も集まる場所。一番興味がある地区だったのだが、仕方がない。まあ、他にも見たいものは沢山あるし、今日どうしても行きたいって訳ではないからいいけどな。最後の一口をゆっくり味わった後、俺も人の波に乗って中央広場を目指した。
城から中心街まで徒歩で約一刻。およそ三千半メーダから四千メーダ。結構な距離だ。国土総面積はメートル単位でざっと計算して四十三平方キロメートルってとこか。皆大好き東京ドーム換算で九百二十個分……東京ドーム見たことないから全然ぴんと来ねえ。東京二十三区の平均が大体二十、七か八ぐらいだったから、二十三区上位の面積を誇っているのは確か。そう考えると結構でけえな。
中心街の様相は、どちらかと言えば閑静な城下街とは反対に、活気に溢れている。中心街はグランディアマンダ国の各地区へと連なる交差点。全ての大通りがここ中心街へと繋がる。人の往来が凄まじい。この国の住民だけでなく、明らかに異国から来たと思わせるような恰好をした者もいれば、頭からつま先まで長いローブで目元以外を隠した怪しい奴、隠すとこだけ隠したまるでビキニのような布服を着る過激な獣人。背中や腰に長剣や大斧のような武器を携帯した冒険者と思わしき集団。荷車や馬車、先ほど見た一角亀が二頭で巨大な荷物を牽引している姿も見られる。ゲームの世界まんまだな。
即席焼そばの名前した人が乗ってそうな、デカい黒馬がリムジンみてえな長い馬車が目の前を横切った。生前で言うバスのようなものだ。轢かれないよう注意しながら、中心街の更に中心、中央広場へ向かう。途中、全身ローブの人が兵士に見つかって職質をされていたのを見かけた。なにやら一生懸命抗議しているようだが、両腕を拘束されてどこかに連れていかれた。なんだったんだろうな。
中央広場は辺り一面明るい黄緑色の芝生と色彩豊かな花畑が広がり、周囲は大きな樹木で囲まれた自然豊かな場所だった。赤煉瓦を敷き詰めて作られた道を進むと、八つの水柱が噴きあがる広場の中心にたどり着く。円を描くように立ち並ぶ噴水の中心には、虹色に輝く結晶で創られた、神秘的でとても美しい像が立っている。身の丈もある大剣を構えた勇ましい男の像。黒曜石で出来た台座には、この像の人物の名が彫られている。
アーク・グランディアマンド
このグランディアマンダ国という、長きに渡って繁栄することとなる国の創立者という大偉人であり、最強の魔人。最初の魔王。俺の曽爺ちゃんだ。驚くことにご存命であり、文字通りの生きる伝説。グランディアマンダ城の北にある大森林の、王族以外立ち入りを許されない特別区域に隠居中だ。
改めて名前を見てひとつ気になったが、曽爺ちゃんの家族姓が無い。グランディアマンドと言う姓は、創立当時王になった時に曽爺ちゃんが名乗った姓だ。
子供に授ける姓、どちらを与えるかは夫婦間の相談で決める。別にどちらでも構わないのだが、古くから父親側の姓を与える者が多い。両方の姓を名乗ってもいいが、その者に新しく子が出来ると一族間で揉める場合があるそうな(お袋がそうだったらしい)。俺の場合はグランディアマンドに勝る魔人族の姓はないので、必然的に母のメルフェイエという姓を貰った。
家族姓はその血筋、先人たちのルーツを表す。それを名乗らないということは、多分何か深い事情がある。今度会いに行った時それとなく聞いてみるか。
「うるせーよバーカ! オレらがなにしようと勝手だろー!」
この場に似つかわしくない汚い雑言が聞こえる。目を向けると、五人の子供が何やら揉めている様子。どうやら五人のうちの三人が花壇を踏み荒らし、それを残りの二人が注意しているようだ。
汚いダミ声を上げているのが、体格の良い俺より一つ二つ体の大きい魔人族の男子。その後ろにいる二人のうちの一人は渓人族の男の子。もう一人は水人族の女の子。群青色のウェーブが掛かる髪に、特有のヒレっぽい耳。なんか目つきの悪い女の子だな。多分あのダミ声のガキがリーダーで、後ろの二人が子分だろう。
それに相対する二人。一人は銀髪銀目の獣人の男の子で、もう一人は黒みがかった紫色の髪に山吹色の瞳の……男の子? か? の爬人。なんか覇気がないというか、ダミ声に押され気味で腰が引けている。銀髪獣人君は臆してなさそう……いや、あれはぽけっとしてるだけか。無表情で感情が読み取れない。
「あ? おいそこのオマエ! なにこっちみてんだよ! ぶっとばすぞ!」
あのガキ、俺に標的を変えやがった。こっちにずんずんと肩を怒らせて歩いてくる。たまにいるよな、無駄に周囲に威嚇しまくって粋がり、なんにでも攻撃的になるやつ。回りよりちょっと腕っぷしが強いだけで、世間知らずのまま生意気に育った青臭いガキだ。ああ嫌だ嫌だ。俺の神経を逆撫でするタイプその一だ。
「なんだオマエも魔人か。なあ魔法使ってみろよ魔法。オマエと俺の魔法どっちが強いか勝負しようぜ!」
いつの間にやら子分らも後ろについて、ニヤニヤと笑っている。こいつ等、どう育てられればこんな捻くれた性格になっちまうんだ?
「おい聞いてんのかよ! 勝負しろって言ってんだよ! おい!」
喧しいガキだなぁ。お前はアウトオブ眼中なんだよ。俺、あっちでハラハラポケっとしてる二人に興味持ったから。
「っこの! ムシしてんじゃねー!!」
三人を避けて歩く俺に、右拳に魔法陣――式を見た感じ強化系。粗削りだが――を浮かび上がらせ殴りにきた。そこまでは良いものの、肝心の拳はコテコテのテレフォンパンチだ。避け抜けてガキの懐に潜る。そのまま首根っこを掴んで抑え込んでやろうとしたが、ガキが急に力なく倒れてきたのでバックステップで素早く懐から離れる。パンチは陽動で実は~……って感じでは、なさそうだな。突っ伏したガキは全身をピクピクと痙攣させ、呼吸が口が陸に打ち上げられた魚の様に浅く早い。
「あぅ……あぅ……かふ、………ぅ……」
首元で何かが光る。よく見れば小さく細い氷が刺さっていた。多分俺の護衛の仕業だ。魔法で作った氷に痺れ薬か何かを塗布して死角から狙い打ったようだ。瞬きする間もなく氷の針は溶けて消えて無くなる。なるほど、証拠隠滅も兼ねてるのか。
「うわぁ! フェルがやられちゃったよナディ!」
「さ、流石は魔人といったところね。水人族であるあたしに感知出来ない魔法を使うなんて。今日は見逃してあげる! ほらフェル! 立って!」
二人の子分はフェリクスとやらをズルズル引きずり、公園から去っていった。あの水人族の女の子、魔法だということには気づいたみたいなんだが、行使者と効果までは特定出来なかったようだ。水人族の魔法そのものに対する反応と索敵範囲は獣人以上と聞いたことがあるが、至らなかったのはあの子が未熟だからか、それとも俺の護衛が優秀だからか、はたまた両方か。
にしても、子供同士の喧嘩に介入してくるとは思わなかった。この程度なら見逃してほしいもんだ。
「ふぇ、フェリクス達を追い払っちゃった……」
黒紫髪の子が感嘆の声を漏らした。やったのは俺じゃないがな。頭に後ろ手を組んで二人組へと振り返る。
「んで、二人はあの糞餓鬼どもの知り合いか? なんであんなのとつるんでんだよ」
「知らない。ヴァンが、あいつらは悪いことしてるって言った。だから注意した」
銀髪の子が俺の問いに端的に答えた。今気づいたが、額の左上にバッテン傷がある。
「で、でも、フェリクスたちってすぐ暴力振るから、ほっとこうよって言ったんだ。なのにスコールがどんどん行っちゃうから……」
臆病風が吹きつく正義心だったようだ。こいつ、引っ込み思案で少しどんくさそうだな。
「フェリクスってのは厄介モンなのか」
「う、うん。力も喧嘩も強いし、魔法も上手だし。でも弱い者いじめばっかりするから、みんな困ってるんだ。でも、君ってすごいんだね。あんな簡単にフェリクスを倒しちゃうんだから。僕、君が魔法を使ったところ、全然見えなかった」
「魔法、あっちから“聞こえた”……ような気がする」
「え? あれ? “フェリクスの首に刺さってた氷”、この人が使ったんじゃないの?」
ほう? 獣人の子は行使者が俺じゃないことに気付き、爬人の子の方は俺の後方にいたにも関わらず、あの小さな氷の針を目で捉えていたようだ。なかなかの探知能力と観察眼だ。あの自信気のある口ぶりだった水人の女の子以上ということは、かなり優秀かもしれない。気に入った。俺は優秀な子が大好きだ。
「なぁ、二人の名前教えてくれよ。一緒に遊ぼうぜ」
「ぼ、僕は構わないけど、スコールは……うん、いいみたいだね。僕の名前はリンドヴァーン。リンドヴァーン・エイスクレピア。みんなはヴァンって呼んでるよ。よろしくね」
「スコラウト・ファンレロ。スコール」
「俺の名は、リオスクンドゥム・メルフェイエ・グランディアマンドだ。リオでいい」
俺の姓を聞いたヴァンが硬直し口をパクパクとさせた。さっきぶっ倒れたフェリクスと表情があまり変わらん。やはり一般人にゃ王族の名だけでも凄まじい効力があるな。
「リオ……もしかして、王子様?」
「ああそうだ。一応この国の第一王子にあたる。だが諸事情で王位を継げないはみ出しモンだ。気にしなくていい。普通に接してくれ」
「わかった」
俺が王族だと知っても態度が変わらないスコールは、なかなかに肝っ玉が据わっている。いや、もしかしたら気にしてないだけかもしれない。呆けた顔からは心情が読み取れない。
ヴァンは口すら動かなくなり完全にフリーズしてしまった。顔の前で手を振っても気付かない。スコールに耳打ちし、ヴァンの横に立たせ、俺も反対側に立つ。
「いいか? せーのでいくぞ。せーの、」
「「フ~~~」」
「いひゃああああああああ!!!!」
両耳に優しく息を吹きかけられたヴァンは、嬌声を上げ再起動。昔のゲームカセットも読み取り部分吹くと動くようになるんだよな。あれ接点に水分が付着して一時的に通電するようになっただけで、錆ちゃうからホントはやっちゃ駄目らしいぜ?
「ほらヴァン。ぼさっとしてないで行くぞ。さっき旅一座っぽい連中が向こうにいたんだ。見に行ってみようぜ」
「あのあのあのっ! り、りりりおすくんどぅむさま! ほんじつはおひがらもよくアテッ!?」
今度は取り乱してしまったので脳天にチョップをかました。映像の乱れたブラウン管テレビは右斜め三十五度で衝撃を入れるのがコツだ。
「リオでいいっつったろ? 気い張んねえでいいんだよ。堅っ苦しい事は全部捨てて、思いっきり楽しもうじゃないか。今日という日は、今日にしかないからな」
ヴァンとスコールの肩に腕を回し、二人を押しながら中心街へ再び足を向ける。気さく過ぎる俺の態度にヴァンはまだ困惑気味だが、スコールはやっぱり気にしていないようだ。二人とも俺になされるがまま歩き出す。
「そういやヴァン、ひとつ聞きたいんだけどよ」
「な、何?」
「お前、男? それとも女?」
「おおおっ男だよ!? どう見ても男でしょ!?」
……男の娘だったか。
「男だったんだ」
「ちょっとスコール!? まさか今まで僕を女の子だと思ってたの!?」
「……」
「何か言ってよ!!」
はっはっは、ユカイユカイ。なかなかいい掘り出しもんだなコイツら。何となくだが、長い付き合いになる気がするぜ。
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