第07話 『Family』

 転生して六年と少し。親父は俺の願いを叶えてくれた。生まれてきた子は双子。森人族の弟に、魔人族の妹だ。


 弟と妹が生まれた際に初めて知ったのだが、異種族同士で子を成すと、どちらか一方の種族の外見的特徴、及び特性を引き継いで生まれてくる。森人族の血を強く引き継いだのであれば、青い瞳に長い耳に高い魔力。獣人族であるのなら、獣の特徴を持った耳と尻尾、優れた五感と身体能力を持った子が生まれてくる。

 んで、極々稀に両方の特徴特性を持って生まれてくる、俺のような雑種も存在するようだ。それに関して、引き継ぐ特性、寿命の長さ等々書庫を漁ってみたが、そもそも異種族同士の夫婦が少なく、文献にも表面を撫ぞる程度に書かれているだけで、何の情報も得られなかった。この世界の遺伝とか染色体とかって、どういう法則に則ってんのかね?


 俺の右手を弟、アスト――アストラウス・メルフェイエ・グランディアマンド――が。左手を妹、ルーナ――ルナウレア・メルフェイエ・グランディアマンド――が握って、キャッキャと笑っている。二人から手を離すと、途端にその顔を歪め、泣き出しそうになる。仕方がないので、もう一度握らせると、また笑顔になった。俺の後ろでは、親父とお袋が寄り添いあい、俺たちを見つめて幸せいっぱいと笑顔を振りまいている。


 俺トイレ行きたいんだけどなぁ。離しちゃダメかなぁ。





第07話 『Family』





 アストとルーナはごくごく普通、つまり、俺の様に異世界の記憶を持って生まれたような、異常な存在では無かった。どこからどう見ても完全無欠の赤ん坊であり、一にオギャー、二にオギャー、三四を跳んで、五でもオギャー。泣かない日は無い。ミランダ達もてんてこ舞いだ。


「り、リオ様の時と全然違い過ぎます~! 子育てってこんなに大変だったんですね~!」


 お腹が空いているのでも無く、粗相をして不快感を訴えているのでもなく、何をしても泣き止まないアストを相手にミランダがあたふたしている。ルーナは俺に抱えられてご満悦といった様子だ。最近伸ばし始めた俺の髪を握りしめ、涎でべとべとにしてくれちゃっている。鼻と鼻を合わせくすぐってやるとキャッキャと喜んだ。


「リオ様が特別中の特別なだけ。これが普通なの。今更何を言ってるのよ」


「今回はアスト様とルーナ様、まさかの双子。苦労は二倍。でも幸せも二倍よ。ほらミランダ、リオ様が手伝ってくださってるのだから、今のうちに敷き布を取り換えちゃって」


「は、はい! ……ととっ?」


「どうしたのって、あら? 陛下が近づいて来てるわね。もう会議を終えられたのかしら?」


 ミランダの尾がピクピクと反応している。他の皆も耳や鼻が反応し、扉に目を向けた。


 【共振探知ユニゾーノ】。体内の魔力を周囲に放射、自身以外の人や物体が持つ魔力と混合させ回収し、魔力の質や量によって各個人を特定、居場所を探り当てる魔法だ。獣人族は更に共振探知に合わせ優れた嗅覚、聴覚、触覚を活用し、音や匂いにも魔力を共振させ、より細かく感じ取る事が出来る。探知範囲には個人差があり、五十メーダーから千メーダー以上と扱う者の能力に依存する。

 大なり小なり誰しもが魔力を持っており、意図的に隠すようなことをしなければ(【透過暗隠形メタクロシス】といった隠遁術等。かなり高度な魔法)どんな者でも居場所を探し当てられる。

 例外対象として、魔人族のように膨大な魔力を内包している人物は、本人が意図せずとも魔力が漏れ出しており、【共振探知ユニゾーノ】を使わずともどころか、魔力の扱いを苦手とする者ですら無意識にその存在を感じ取れてしまう。俺にはさっぱりだが。


 以上、探知の仕組みをどや顔で話すミランダに、一つ手伝いを頼んだ。以前、『魔力が無い俺は探知できない』とアローネお姉ちゃんが言っていたが、一体どういった現象が起きているのか詳しく確かめたかったので、ミランダに探知を掛けてもらった。結果、彼女曰く“ぽっかりと穴が開いている”様に見えるそうな。どういうことかと言うと、飛ばした魔力が俺に接触すると、通過したり避けたりするのではなく、“何処かに消えてしまう”ということらしい。それって魔力が俺の中で何らかの現象を起こしているか、別の要因が魔力におかしな動きをさせているってことじゃんかと。それを知って最初に浮かんだ仮説が、RPGなんかでありがちな魔力無効化とか、吸収とかの異常能力。実験として魔法で灯された蝋燭の火に手をかすらせてみたり(普通に熱かった)、爺ちゃんの部屋にあった自立して踊るキショい木偶人形なんかに触れてみたり(突然殴りかかって来やがったのでイラついて破壊してしまった)と色々実験してみたが、特段それらしき結果は得られなかった。それ以前に、そもそもこの世界の魔法に関する知識、研究、ノウハウが個人ごとに差がありすぎるし、存在する以上従うべき法則というものがハッキリと分からない以上、幾ら仮説を立て実験しても遠回りばっかりなんだよなぁ。


「やあ、皆。アストとルーナの様子はどうだい?」


 にっこにこの笑顔を振りまく親父。親父は忙しい合間を縫ってこうして毎日二人に顔を覗かせている。俺が赤ん坊の時もそうだった。親父は時間が許す限り家族と共に過ごそうとする。

 親父が若い頃、爺ちゃんは城を空けてふらふらとしていたし、人物画でしか知らない婆ちゃんは約三百二十年前、親父がまだ十歳だった時。死期を悟った婆ちゃんが爺ちゃんの冒険に連いて行き、遠い異国の地で亡くなったそうだ。墓の場所は、爺ちゃんだけが知っている。


「今日はリオ様がいらっしゃるおかげで、アスト様もルーナ様も嬉しそうです」


「そうかそうか。よし。どれどれ~パパが抱っこしてあげますよ~」


 お袋にはゾッコンだし、このだらしない顔した親馬鹿っぷりからすると、結構家族の愛に飢えているんだろうな。よしよしとあやしながらルーナを親父に渡す。が、ルーナは自分を抱いている相手が俺じゃないと気づくと、途端に顔をくしゃくしゃにして泣き出してしまった。


「あ、あぁ……やっぱり駄目か……」


 親父はすぐ俺にルーナを返した。俺の胸元をもう二度と離さんとばかりにしっかり掴み、ぐずるルーナの様子に父は苦笑し、ミランダ達も頬を緩めた。親父、不憫だな。


「不思議ですよね~。ルーナ様はリオ様じゃないと泣き止まないんですよね~」


「アスト様はレティシア様かリオ様なら泣き止みますけどね。私たちが何をしてもご満足いただけないようなのに、お二方とも、リオ様が触れていればそれだけで落ち着いていらっしゃるのですから」


 ミランダとフィロメナの言う通り、アストもルーナも俺相手ならすぐおとなしくなる。親父とミランダ達は全く駄目。おもちゃも効果なし。ルーナに至っては俺限定で、おまけにアストより我儘っぷりが強いようで、俺が視界に入ると抱っこしろと手を伸ばしてアピールをしてくる。


「純粋無垢である赤子は、大人では理解出来ない何かを感じ取っていると聞く。アストもルーナも、我々にはない特別な何かを、リオから感じ取っているのだろうな」


 そう話す親父に頭を撫でられた。親父の言う通りなら、二人は魔力の無い俺から何を感じ取っているというのだろうか。もしかしたらスカラー電磁波でも照射しているのかもしれない。アストとルーナには白いおべべでも着させるべきだろうか。

 おっ、ルーナがうとうととしている。そろそろお寝んねの時間か。アストもやけにおとなしいと思ったら、泣き疲れたのか寝息をたてていた。


「父上、今ならルーナとアストを抱っこできると思いますよ?」


「ん~……いや、今日は退散するとしよう。起こしてしまっては可哀そうだ。それに、本当はリオに用があって来たからな。二人が寝たのなら手が空いただろう? 少し付き合ってくれ」


「? 分かりました」


はて、俺に用とは何事かね。









 親父と二人並んで廊下を歩く。すれ違う兵士や文官は、俺達が視界に入った途端に皆丁寧に頭を下げ、通り過ぎるまでぴくりとも動かない。以前なら猜疑心に満ちた目を向けたり、俺の姿が見えなくなったところでひそひそと悪口を言っていたが、それもすっかり成りを潜め、一部の連中を除いて俺に対する評価は随分と様変わりした。現金な野郎共が。


「そういえば、今日の会議は随分早く終えたようですが、なにかあったんですか?」


「いや、逆だ。何も挙がらなかった。六年後の記念年になにを催そうか議論したんだが、いい案が出なくてな」


「記念年……千年祭のことですか?」


「ああ。大きな節目で私達魔人族が出来る行事で何かないかと……」


 突然立ち止まった親父の足元に、いつの間にか黒装束のいかにも怪しい奴が膝を付いていた。懐から書簡を取り出し親父に渡し、じっと構えている。“暗茜部隊ルビア”の連中の一人だ。親父は書類に目を通すとさらさらと何か書き、黒装束に返す。懐にしまい直し、親父に一礼する。俺にも頭を下げてきたので、取り敢えず挨拶しておく。


「お疲れ様、ヴィアンさん」


 俺に“本名”を呼ばれヴィアンさんは少しこける。親父は何で知ってんだよと言わんばかりに眉間に皺を作り俺を睨んだ。

 暗茜部隊ルビアとは、裏方で内密の仕事、つまり暗殺、諜報、潜入等の危険な任務を請け負う工作部隊のことであり、特にヴィアンさんのような王家直轄、正確には親父の直轄の連中はその素性を堅牢に秘匿されている。王族以外に彼らを知るのは八岐紅蓮オクタクリムゾンの八人のみ。だがあくまで存在だけだ。種族、家族構成、名前等々は親父とじいちゃんしか知らない。

 困惑を隠せないヴィアンさんが無言で親父を伺うと、親父は小さく手を振り下がっていいと促した。ヴィアンさんは手に魔法陣を浮かべ、宙へ溶けるように消えた。


「はぁ……。あのな、リオ。安易に素性が漏れるような言葉は口にしないでくれ。特に名前なんかは知る者が知れば、一族郎党全て洗い出されてしまうんだぞ」


「周りに誰もいないから大丈夫ですよ。だからこそあの人も姿を見せたんですから。それに、王家直轄の部隊なら、盗聴されるようなことは万が一も無いでしょう?」


 俺のような例外がいなければ、な。どれだけ探知に引っ掛からないか確認する為に蛇男ごっこで彼方此方潜入しまくったが、魔力無しという体質が生む効果は絶大だ。

 暗茜部隊ルビアの存在とヴィアンさんについては少し前、謁見室に忍び込んで知った。その時親父が渡した書簡の色と形を覚えてたから、ヴィアンさんだと分かって挨拶したのだ。でももうちょっといいリアクションが欲しかったな。


「……魔法が使えない子供だからと舐めるなよ、とけん制したのか?」


 やべ、半分見透かされた。暗茜部隊ルビア使って調べたい事があったんだが、まずったか?


「……まあいい。今回は不問にしといてやる。今は六年後に控える千年祭だ」


 見逃してくれた。やったぜ。


「祖父がこの国を建国して千年。比類するものがない程に偉大で大切な年になる。当年は各国の首脳陣から平民まで、多くの人々が集うことになるだろう。それで私達魔人族が国への、人々への感謝として何が出来るのかと考え、ふと気づいたのだ」


 階段を上る。屋上に向かっているようだ。時々俺が昼寝するときに使う場所。すげえ気持ちい風が吹くんだぜ。


「グランディアマンダ国は確かに巨大な国であり、多民族の坩堝でもある。多くの文化が混在してはいるが、我々魔人族は個体が少ないせいか独自の文化がない。多文化国家自体はある意味文化とも言えるかもしれんが、それを魔人族の文化というのもおかしな話だ」


 親父の言う通り、この国はトップや上役が代々魔人族なだけで、国の運営や方針に他の種族も深く関わっている。スパイ天国にもなりかねないこんな無茶な政治でやっていけるのは、魔人族がいかに恐れられているかを物語っているともいえる。


「名産なんかも似たような理由だ。交流が盛んだから各地方の様々なものが集まっているが、やはりこの国特有といったものがない。いや、ないわけではないが、自国で生産している物をわざわざ他所の国で注目する筈もなし」


 屋上に着いた。今日もすげぇいい天気だ。群青色の空に意識が吸い込まれそうだ。


「多くの種族が集う豊かで平和な国、グランディアマンダ。それはそれで良い魅力的な点でもあるが、名目上は魔人族が統治している国で、魔人族は他種族のおんぶに抱っこでやっているともとられかねない」


 親父は見張り兵に屋上に誰も入れさせないようにと命令する。顔を見れば見張っていたのはラウレンスさんだった。後でチェスしようと約束する。ラウレンスさんはニコニコ顔で敬礼し、下がっていった。


「この国は力で成り立っている。支配という言葉は、長き年月で多少風化してはいるが、消えた訳ではない。我々に魔法という力があるからこそ、絶対の庇護を求めて皆がここにいるのだ」


 眼下に広がる街並みは、俺にとって異国情緒に溢れかえっている。これは模型では無く、間違い無く現実なのだ。この国で場所も地位も一番高い場所に立ち、しかし見下ろすだけ。ここにくるといつも心が疼く。あの街に両手を広げて飛び降りたくなる。


「それでな、前にリオが言っていた事を思い出した。人々が学ぶ場所を作ってはどうかという話だ」


 ああ、去年ぐらいにそんな話もしたような気が。識字率の向上、数学的思考の習得、道徳性の育み。国民が自分らしく生きられる国、という綺麗な名目で、国民に知識つけさせれば新しい発明が沢山できて富国もできて外貨もがっぽり♪ って言った覚えはあるが、マジで履行すんのか。


「運営開始は十年後を目途にしている。千年祭の催しというのは無理があるだろうし、先伸ばしになる可能性はあるが、中止されることはないだろう」


「俺の名前を出しますかね。普通なら子供の戯言だと一蹴されるんですよ」


 一人の子供が何も考えずにさらっと言った事を国の運営にしちゃうのってどうかと思うの。


「リオをただの子供だと思うような者がいるはずないだろう。私を含めて、次はどんなことをしでかしてくれるかと皆楽しみにしているくらいだ。だが……」


 そこまで言って親父は言葉を閉ざした。なんだよ、もったいぶんなよ。

 

「だが、同時に不安もあってな。リオが私達とは違う、どこか遠く、全く違う世界を見つめているということに、な。お前ならその場所に、簡単に辿り着くだろう。だがその先は、その場所は、お前が幸せになれる場所なのかと……」


 何を考えているのかと思えば……。アンタもお袋と一緒か。何かにつけて俺の今後を憂いている。国の事を考えてろよ。親父は王様なんだからさ。


「リオは外に出るたびに、よくこうして遠くの景色を眺めていると聞いた。あのクソおや、うぉっほん。私の父であり、お前の祖父であるリベルタスも、私が幼い頃から、よく空を、遠くを眺めていた。お前と父は、よく似ている。だから思ったのだ。いずれお前も遠くにいってしまうのかと」


「……ええ。いずれはこの国を出て、世界を旅したいと思っています」


「やはり、そうか」


 親父は俺から視線を外し、空を眺めた。俺が遠くを見てたのは、この世界の未知という未知に思いを馳せて、踊る心に酔いしれていたからだ。親父には、何が見えてんだろうか。


「……お前に渡したいものがある」


 空から視線を落とした親父は、懐から何かを取り出し、手の平を開いた。差し出されたのは、黒金に金剛石の小さな金剛石が埋め込まれた指輪だ。……結婚してくれってこと?


「王家のみに伝わる特別な指輪だ。受け取れ」


 親父の手の平で鈍く輝くそれを取る。ずっしりと重く、仄かに暖かい……のは親父の体温が移っただけか。輪右手の中指に嵌めてみた。サイズが合わない。こういうのはこっそり相手の指のサイズを調べて、やだ、私の指にぴったり(はぁと)って言わせないと駄目じゃない? 親父に右手をひらひらと振った。ぶかぶかの指輪が暴れる。


「嵌めた者の魔力を吸い取り、大きさが変化するんだが、お前には魔力が無いからな。大人になってから嵌めれば丁度良くなるように削り出してある」


 お前が大人になったら結婚しよう(キリッ)。いやもう婚約ネタはいいや。指輪を外し、じっくりと眺める。よく見れば輪の内側に魔法紋が彫られていた。


「これは……通信機能か何かついているんですか?」


 探知の時に使う式に含まれている模様と似た部分がある。


「……お前の知識量にはなんというか、本当に驚かされる。魔法が使えないなら学ばない、というのがお前の考え方だと思うのだが、違ったようだ」


 こんなビックリ面白珍現象に俺が興味持たない訳無いんだよなぁ。


「それは遠距離でも所有者同士で会話をすることができる式を組み込んだ、“詠懐封珠えいかいほうじゅ”で出来ている」


 おお、これがあの詠懐封珠。大量の魔力を蓄積することが出来る特殊な石で、山一つ掘っても目ん玉ぐらいの奴が一つ取れるか取れないかという、超希少な物質だ。……あ、放浪してる爺ちゃんはこれで俺が生まれた知らせを受け取ったのか。

 で、どうしよう。持ち歩いてたらそのうち無くす可能性あるし、だからと言って箪笥の肥やしにするのも……そうだ、お袋から貰ったこれにくぐらせるか。


「っ、その首飾りは、レティの……」


「はい。母上が僕に持っていなさいと」


 俺が服の内側に首から下げていた、翼を模した銀の首飾りに、親父は目を見開いた。親父が驚くほどのモンか。詠懐封珠と同等以上の価値がある代物か、それとも……


(母上、これはとても大切な物なのではありませんか? いつも肌身離さず持っていましたよね)


(ええ。でもリオにあげる。リオに持っていて欲しいの。……リオ、貴方に魔力が無い事を、気にしては駄目だってリオは言ったけどね、私は、私はどうしても悔やみきれないの。だからせめて、魔法の力を与えられなかった代わりに、私の宝物を、リオに与えるわ。……身勝手なお母さんでゴメンね。でも、少しでもリオの為に、何かしてあげたいの。だって、リオは私の、私たちの大切な、大切な家族なんだから)


(母上……)


(愛してるわ、リオ……)


 ……首飾りを取って、細い細い鎖の輪に指輪を通した。黒く輝く指輪と、白く煌めく首飾りの対照的な色合いは、ずっと見ていても飽きなさそうだ。


「……考えていることは、レティも同じ、か」


「どうしました?」


「いや……あぁ、リオ。その指輪の事で、少し言い忘れた。その指輪はな、王家にのみ伝わり、そして歴代の王のみが、嵌める事を許される」


 ……やっぱり、どうしても俺を王にしたいのか。


「私は……私は、出来るなら、将来お前に王を継いで欲しいと思っている。リオならば、この国を今以上に豊かに出来る。祖父と、父と、私を超えて、人々を幸せにする力を持っていると、信じているからだ」


 駄目だ。俺には向いていない。俺は、王の在り方に沿えない。

 王とは、国が滅び、民草が死に絶えても、最後まで生き残らなければならない者だ。在野に投げ出され、一生消えない汚名と罪悪に苛まれても、汚水を啜り、辛酸を舐め苦汁を飲んで生き延びる。血筋と誇り、国民の想いを決して絶やさない。神のように皆の生きる象徴であり続けるのが王だ。

 俺は……あの時俺は、死を受け入れた。生まれ変わりはしたが、この世界でも俺に死が迫った時、抵抗するだろうか。いや、恐らくしない。間違いなく、受け入れてしまうだろう。それ程までに俺の命は軽く、そして他人を鑑みない。

 だから、親父の想いには答えられない。


「だがこれは、強制でも、命令でもない。私の、唯の望みだ。お前に王位を継ぐ意思が無い事は、分かっている。だから、お前に託すその指輪は、せめてもの願掛けだ。その指輪は、王が嵌める指輪。だからお前は、将来どこへ行こうとも、この国に帰り、王にならなければならない……指輪が持つその意味に、願いを込めた。どこへいようとも、私達の元に帰って来られるように。一人の父として、お前を迎えられるように」


 ……。


「……出立の日は決めているのか?」


「まだです。外に出るには、まだ知識不足です。まずは街に降りて、見分を広めて、必要な知識と経験を積んで……そうですね、早ければ千年祭を終えたあたりで、この国を出ます」


「そうか」


 親父は再び空を見上げた。俺も一緒に空を見る。怖くなるほど澄み切った、広い広い青空だ。こういう時、どんな言葉を掛ければいいのだろうか。そう考えた時、不意に体が持ち上がった。親父が俺を抱いたのだ。


「……。こうして、父様に抱っこされるのは久しぶりです」


「そういえばそうだな。知らず内に、随分重たくなった。お前が国を出る頃には、もっと重たくなっているんだろうな」


「帰って来た時には、多分父様と同じぐらいになってますよ」


「はは、そうだな。その時は、お前を抱く代わりに盃を交わそう。リオに酒を注いで貰うのが、私の密かな夢なんだ」


「はい。その夢、絶対に叶えましょう」


 もし、この国に帰ることが出来るのなら。俺の、生前も含めた人生の中で最初に飲む酒は、親父との乾杯の酒にしよう。笑顔を絞り出す親父の顔を見て、そう心に誓った。




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