第29話 『Millennium Celebration』
グランディアマンダ国現国王、グラウィス・サフィアイナ・グランディアマンドはバルコニーへと歩みを進めた。縁に設置された高台に乗り、直ぐ真下を見れば大庭に整列する多くの人々が彼を見上げていた。その殆どが他国の重役や上役を務める役人達であり、魔人族を敬う各国の首脳達はグラウィスと同じ立場でありながらも、自らは下であるとの意思を見せていた。グラウィスが更に視線を上げ街を見渡すと、大通りが全て埋め尽くされてしまう程の人垣が波打っている。屋根の上に上がり大きく手を振る者や、何やら大声で叫んでいる者もいた。
これら全ての人は彼、国王グラウィスの言葉を待ちわびていたのだ。今か今かと彼らが待ちわびていた今日この日は、魔人族の長の言葉によって始まりを告げられる。
「……我が祖父、アーク・グランディアマンドがこの地に平和をもたらした。父、グラウィス・クァランツェ・グランディアマンドが大地を広げた。私も微力ながらより良き国の在り方を求め続けるうち、この日を迎えることが出来た。これもひとえに、グランディアマンダに住まう民が平和を愛し、この国を愛し支え続けてくれたからだ。今日この日は、グランディアマンダの長き繁栄を祝うと共に、我々王族から国民への、感謝の意を表明する日でもある――
あちこちに打ち上げられた魔法により拡声された親父の演説が国中に響き渡る。俺は仲間達と基地の塔にて、祭りの始まりを待っている。
「リオ。一応聞いておくけど、グラウィス国王様の所にいなくていいの? 国同士の挨拶とかあるんじゃないの?」
「王族としての義務は果たしておいたさ。祭りの催し物その他細かえとこの大半は俺が考えた。後は親父達が運営役として成功に導くだけだ。俺は王族としてではなく、アスタリスクとして祭りを迎える。お前らこそ、両親のとこに居なくていいのか? この国に居られんのも、あと八日間だけだぞ」
「大丈夫」
「お爺ちゃんもお婆ちゃんも、仲間のとこに居なさいって送り出してくれました」
「アタシは言わずもがなよ」
「右に同じだぜ」
残りの日々は好きに過ごせと言ったのだが、結局いつもの如く六人集まり八日間を過ごすことになった。もう互いに過ごす時間は両親と共にいるよりも長い。
「……はいリオ。服はこれで元通りです」
「傷も丁度今治った、というより塞がっただけだけど。破力ってこういう時不便だね。」
体中の切傷をヴァンに治させ、服をアリンに修復させていたが、どちらも問題なく終わった。
破力はこういった再生や治療術が使えない。更に魔力を阻害する性質を持っている。俺が意識せずとも一定量が体内を循環しており、体内に負った傷は治せない。【
「で? いい加減何があったのか教えなさいよ。ヤイヴァはニヤニヤしてるばっかだし、二人で内緒の特訓でもしてたの?」
「お? なんだ嫉妬か? 四六時中リオと一緒にいられるオレに嫉妬してんのか?」
ヤイヴァが余計なことを言ったせいでまた二人の乱闘が始まった。ほんと飽きねえなこいつら。もう体がデカくなって塔も狭いんだから暴れんなよ。
「この傷跡からして、誰かと闘ったんだよね。相手は誰なの?」
「親父だ。まぁ、ちょっとした親子喧嘩ってやつさ」
日も出てない早朝に起こされて何事かと思ったが、まさか『私と闘え』なんてな。寝起きドッキリかと思いきやガチの真剣勝負。気分が高揚し過ぎて派手な技入れちまったのが、ちょいと心配と言えば心配だ。破力の特殊効果で傷はまだ残っているはず。演説だけはやり遂げると言ってはいたが、今日は寝込むことになるだろう。
――我が妻、レティシアと共にいられるのも、みなが種族の垣根を越えようと切磋琢磨し、互いを受け入れ合ったからである。相互理解こそ、人が平和を手にする為に必要な、大切な要素なのだ。こうして手を取り合い、認め合った我々に訪れた千年目の年。これが如何程に偉大であるか、尊きことであるか。この年を、私は一生忘れない。千年祭は、全員が一人の為に、一人が全員の為にある祭りだ。皆で
割れんばかりの拍手と歓声が国を包んだ。グラウィスは手を振り国民へ答えたのち壇上から降り、周囲に見られないようゆっくり、大きく深呼吸をした。城の中へ戻るとレティシアと側近、使用人達が近づき、満面の笑みで彼を迎えた。
「グラウィス様、お疲れ様です。素晴らしい演説でしたわ」
「何百年経とうと慣れるものではないな。後半は完全に台詞を忘れて内心大汗をかいたぞ」
額の汗を拭うグラウィスの軽口に一同が笑い、だが彼の様子にレティシアだけが笑わなかった。何気ない仕草で汗を確認するかのようにグラウィスの服の上辺を撫でる。ほんの僅かに顔が歪んだのを、レティシアは見逃さなかった。
「服も汗で凄いことになってるわ。部屋に戻って着替えるついでに休みましょ?」
ああと頷いたグラウィスはレティシアを伴いその場を後にする。直属の使用人が手伝いに行こうとすると、使用人長のアローネが引き留めた。
「少し二人だけにさせてあげなさい。私達がいれば落ち着けないでしょう」
アローネもグラウィスの、甥の様子に気が付いていた。何か、大きな傷を負っていることに。
扉が閉まり、レティシア以外の視線が無くなったところでグラウィスは膝を付き、脂汗をどっと流した。
「グラスっ」
「ふ、ふふ。平気だ。いや、何と言えばいいか。平気では無いのだが、こうして膝をついてしまうほどの強さを、リオが、息子が身に着けたと思うとな。父として喜ばしいんだ」
「それはいいから、座って服を脱いで」
レティシアはグラスに肩を貸し寝台まで連れ腰掛けさせる。上着を全て脱がせ、そこに現れたのは、右肩から左脇腹に掛けて大きく斜めに真っ直ぐ走る裂傷。レティシアは息をのみ、【
「……治りが遅すぎる。ただの傷じゃない。呪いに近しい類。ねえグラス、リオは一体、何の力を手にしたの?」
「
「そんな意図が……。でもこの力は危険よ。あなたの魔法防壁を貫いてこんなに深く傷つけるなんて、上位魔法でも難しいのに。こんなに恐怖を感じる力は初めて。使ってるリオだってきっと無事で済んでいない。恐らく……命を削ってる。止めさせるべきよ」
傷跡に触れないよう手を這わせると、残留したリオの力が与える未知の戦慄が、レティシアの手のひらに伝わる。本能が警鐘を鳴らし、レティシアはその危険性をグラウィスへ訴えた。
「私もそう感じた。だから忠告したさ。だが私の目を真っ直ぐ見つめ、有無を言わせないほどの固い意志を乗せて、はっきりと言い返されてしまった。……もう、あの子は遠い場所にいる。心はとうに成熟し、私以上の剣技を一瞬だが見せた。将来はジジイ……父にも勝るとも劣らない技術を身に着けるだろう。誰から手解きを受けたのやら。そしてこの力だ。もう、私を超えている」
齢十二の息子が追いすがるどころか、自身を超えたと嬉しそうに語るグラウィスに、そういう問題ではないとレティシアは頭を抱えた。
「そう悲観することはないさ。リオは、リオスクンドゥムは新たな太陽。我々だけじゃなく、皆を、世界を照らす太陽だ。私達肉親でも、この国に留めておくことは出来ない。ならば盛大に見届けよう。あの子が世界に昇る瞬間を」
グラウィスは窓から空を見上げた。何処までも遠く深い青空が広がり、太陽が燦然と輝いていた。
第29話 『Millennium Celebration』
千年祭は八日後の丁度千年目にあたる日に向けて、今日から連日八日間に渡って開かれる。初日から四日目は街の住人が主として出店を広げたり、各々の種族文化を見せ合うような日として当てられている。ここまでは前哨戦と言ったところで、本格的に盛り上がるのは五日目以降。五、六、七日目に中央広場の大闘技場で行われる目玉イベント、天下一決定戦。今は闘技場の姿は何処にも見当たらないが、ド派手な演出で出現するようセッティングされている。
「ど、どこ行っても人だらけ……」
大通りはどこもまともに歩くことすら難しい程に人が押し寄せている。あちこちに開かれた露店が更に道を狭くし、民家を跨いで幾つも張られた紐にぶら下がる灯りやら、カラフルな飾りやらで圧迫感が増している。人混みに酔いふらふらと壁に寄りかかり、大きく深呼吸をするヴァン。それを気遣いアリンが何時の間にか買っていた飲み物を渡した。
「ありがとうアリン。祭りの雰囲気は嫌いじゃないけど、これだけ人がいるとなんか疲れちゃうんだよね」
「ワタシもそうです。基地の中とか工房でゆっくり作業してる方が好きなので、性に合わないんです」
インドア派二人は人の大波から外れ、影で涼しみ始めた。俺もそっちに行きたいが、お母さん役のヴァンが離れてしまったのでアウトドア派から目を離す訳にいかなくなった。
「スコール、あんた髪の色変わってただでさえ判別しづらいんだから、ふらふらしないでちょうだい」
「……」
「聞いてねーし。もう首輪と紐つけとけよ。財布持ったオレの身にもなってくれ」
両手いっぱいに菓子やら惣菜やらを抱えるスコールの髪は銀色から、柴犬の赤毛色のような変色させている。ご両親のリーマスさんとメリッサさんも同様だ――
四年前。城の庭園の隅にある
「狼人族……ですか?」
当時俺がつるんでいたヴァンとスコールの二人について話題が上がり、スコールの出身に関して二人から注意を受けていた。ファンレロ一家はこの国に亡命をしていて、親父達が匿っているのだという。
「そうです。図抜けた戦闘能力と有能な特殊能力を有した一族で、元々は獣人族のうちの一部族であったのですが、その強さのせいか何時からか別種族として扱われるようになりました」
「実際、彼らの力は八年前の魔力喰いの断金災でもかなりの功績を挙げたようでしての。白打戦においては右に並ぶ種族はいないと言われるほどの強さを誇っていたのですじゃ……だが」
「ライオネリウス国国王は彼らが反乱を企てたとして、四年前、一族郎党皆殺しにしたのです」
国でどんな内輪揉めがあったか。今となっては知ることが出来ないが、どうやら狼人族の族長がクーデターを画策していたらしい。あくまでらしいなのだが、元々ライオネリウスの国王周辺と狼人族間でいざこざがあったようだ。
「そのせいで軍にも国民にも被害が出ましたし、国王の求心力は下がり国を離れる者が続出して……あ、また負けてしまいました」
――保身に走ったのか、本当にクーデターを企てていたのかは分からんが、ライオネリウスの国王が重鎮も含めてやってくるとの話が入った時点で、ファンレロ一家は狼人族特有の銀色の髪を染めている。顔を知られている可能性が高いリーマスさんとメリッサさんは、祭りが落ち着くまで城の離宮で過ごすことになった。
「スコール、あまり離れるな」
俺が呼び掛けると露店から目を離しすぐさま近寄ってきた。頭を撫でてやると、疑問符を浮かべながらも尻尾を振る。
(あの子は寂しがり屋で、昔は私達にくっついてばかりでしたけど、今はリオ様達があの子の居場所なんです。差し出がましいとは思いますが、どうかスコールの事、よろしくお願いします)
(リオ様。スコールは額を殴られた時の後遺症で、幼い頃の記憶を失っています。その事が原因で万が一何かありましたら、“ウルヴの森”へ行ってください。もしかしたら……)
先日、詳しい話をファンレロ夫妻から聞いたが……まさか、本当の両親じゃ無かったとはな。記憶を刺激し精神に異常をきたす可能性もあるため、スコールにはその事を告げてないと言う。
「ちょっと、何でリオの言うことだけは聞くのよ?」
「スコールん中じゃ上下関係がはっきりしてんだな。犬なんかは序列決めて一番下の奴のいう事は聞かないとかなんとか」
「どういう意味よそれ!? アタシが下って言いたいの……って、リオ? なんでアタシの頭も撫でるの……?」
天下の大通りで喧嘩なんかされちゃたまらんからに決まってる。もう少し大人しくしてくれ。
ピンポンパンポーン♪
「あ? 何の音だこりゃ?」
始まったな。さてさて、放送係は一体誰が任されたのやら。
『皆さんこんにちは。
『同じくっ、プエレルアと!』
『同じく、カン『ムッツリ眼鏡の三人でっ、八日間に渡る千年祭の司会を務めちゃうわ!』ちょっとちょっと!?』
司会進行この三人かよ。人選ミスか、意図的か。闊達なカリバン兄ちゃん。自由奔放なプエレルアさん。イジられ役兼突っ込み役のカンタスさん。まんまバラエティ番組の司会構成だ。しかもいきなり品位の無い言葉をプエレルアさんが発した時点で不安しか感じない。
『勘違いされる方もいるだろうから、正しい名前を言ってくれよな、プエレルアさん』
『そうですよ全く……おほん、カンタスです。どうか宜しくお願いします。この放送は、我々
『早速だけど、この放送の主旨を言うわね。八日間にかけて行われる千年祭だけど、そのうちに八回。つまり、一日一回、私達が考えた大きな催しを開いちゃいまーす』
『他にも、国からのお知らせや各種重要事項が発生した場合も放送致します。中には大事なお知らせもありますので、聞き漏らさないようにしてください』
去年の会議で全体の流れをどうするかとの話が挙がり、運動会や学園祭の運営方法を元にした進行構成資料を提出したが、そのまんま採用するとは。親父達、ちゃんと仕事してんのか?
『んじゃいくわよ! 一日目は、食福! 今街のあっちこっちで屋台やら露店やら広がってるけど、そのどれかの食べ物の中に小金虫を隠したわ。数は全部で十匹。見つけた人は城の庭にある千年祭運営本部に持って来なさい。素敵な商品と交換しちゃうわよ! あ、小金虫はお腹の金色の石部分しか入ってないから、気にしないでね』
俺が考えた案じゃねえか。いや生前にあった祭りのイベントパクっただけだけどさ。
「そんな催しがあるんですね。でもわざわざ
「単純に経済を活性化させるためさ。今回は客に金を落とさせるのが目的だ。ああ言えば、商品欲しさや好奇心で買う奴が増えるだろ?」
店を広げてる連中へのボーナスタイムだ。他にも色々と提案はしたが、まさか全部使われるってこたあねえよな?
「なるほどねー。ただ単に祭りを盛り上げる為にやってる訳じゃないのね」
「
一斉にスコールを見る。スコールは自信たっぷりに頷き、まるで知識をひけらかすかのように堂々と告げた。
「石虫は、食べられない」
「んなことは知ってるわよ!!」
吐き出した小金虫はもうこの人並みの中に埋もれているだろう。探す気にもならん。
二日目。地響きで街全体が揺れる。家畜の波が大通りを濁流のように押し寄せ通り過ぎていく。本日のイベントは、山豚と
大量の暴れ走る家畜に必死にしがみ付く人々を、俺とヴァンとアリンはベルスさんの店の屋根の上から見下ろした。
「いたいた。あそこの赤い屋根の家の前を通ったのがスコール、あっちで今跳ねたのがティアだよ」
西門、東門、南門のいずれかから走り出した豚と牛どちらかの背に乗り、到着地点である城壁の門まで乗り続けることが出来たら乗っていた豚、もしくは牛を丸ごとプレゼント。俺達から参加したのは食いしん坊二人と、問題児一人。
「おかしいなぁ。ヤイヴァが見当たら……あれ? あの山豚の背中に刺さってる剣って、もしかしてヤイヴァ?」
「変な事考えてる顔してっから何かと思いきや、あんな手を使うとは」
「山豚さんがちょっと可哀想です」
どうせ食っちまうからいいだろとかそんなノリだろう。街の人達もなんだあの剣はと少し困惑気味で見つめている。
結果。スコールとティアは最後まで乗り切り見事牛豚一頭ずつ貰い受ける。ヤイヴァは走る途中、刺した剣が脊髄を傷つけたらしく、豚が走れなくなってしまい失格となった。
三日目。グランディアマンダで一番の美男美女を決めるコンテスト……だったのだが。
『え~、午前と午後の二回に分けた投票だったんだが、余りにも圧倒的過ぎて蛇足になった。まだ昼だが発表させてもらうぜ』
『一番の美男はっ! デレレレレレレレレ……デン! グラウィス・サフィアイナ・グランディアマンド! そして一番の美女がっ! デレレレレレレレレ……デン! レティシア・メルフェイエ! なんとなんと、グランディアマンダの王様王妃様が一番と言う結果に! まぁ予測できたわよね~』
『とても喜ばしいことだと思うのですが、このやりきれない気持ちは何でしょうか』
「あの二人に勝てる奴なんかいんのか?」
「この国で一番奇麗な人は? って聞かれて一番最初に思いつくお方達だもの。勝てっこないわ」
親父もお袋も美男美女としての知名度が高すぎたな。参加型にしてそん中から選ぶ方式にしちゃえばよかったのに。
「リオもかなりの美少年ですけどね」
「イシシシ。笑い顔がえぐいから減点」
「お 前 に だ け は 言 わ れ た く な い」
四日目。地区対抗リレー。城下街、住宅街、商店街、大農園、放牧場、工業街、歓楽街、中央街の八つの地区の住民から代表各二十名を選出し、城下街を分断する大通りを駆けて競争するという催し。出場条件は一般職(兵士、冒険者、狩人等の危険職を除いた、いわゆる身体を資本としない普通の職業)に勤めてる者で、その街の住人であること。魔法の使用は一切禁止。一人当たりおおよそ二百メーダー走ることになる。勝った組の所属する地区には今年の予算が二倍下りるという、身も蓋もない権利が与えられる。
『住宅街のみんな! あんたらが勝ったらどんな商品でも半年間二割引きで買える手形あげちゃうわよ!』
とんでもないご褒美をプエレルアさんが確約してしまったため、他の地区担当の
「住宅街は家計の紐を握る奥様方が本気だ。みな恐ろしい顔をしている」
「負けたらあの男共総スカン食らうぞこれ」
大通りの観戦沿道で放送が聞こえなくなるほどの歓声やら罵声やらが参加選手を叩く。スコールがいつぞやと同じように耳を布で覆い隠すほどだ。
「あれ!? お父さん!?」
「……遅い」
住宅街代表には何故かヴァンの父親のヴェンツェルさんが混じっていた。必死の形相で走っているが、確かに遅い。ドンケツだ。住宅街の住人と思われる人々からはブーイングが飛んでいる。ぜーぜーと息荒く走るヴェンツェルさんは、急に覚悟を決めたような顔をし、懐から何かを取り出し口の中に入れた。途端に大量の鼻血が噴出し、しかし先程とは全く別人を思わせる程の筋肉が盛り上がり、急激に加速して前を走る選手をごぼう抜きした。
「あれ、七色丸薬の効果よね? ありなの?」
「魔法は使っていませんが……そうまでして勝ちに行くのは、みっともないですね」
辛辣なアリンの言葉にぐうの音も出ないと息子のヴァンが落ち込む。だが奥方のマーリオンさんの『お小遣い下げるわよ!』という露骨な罵声も混じって響いてたからヴェンツェルさんには同情する他ない。
結果は住宅街組が一着でゴールしたが、薬を使うのはずるいと猛抗議があったため、二着の歓楽街組が同着扱いで一着とされた。カリバン兄ちゃんのとこに予算増やしたら着服してギャンブルですられそうな気がする。
そして俺が最も待ち望んでいた日がやってきた。五日目から七日目までの三日間に行われる、大闘技大会。初日は十五歳未満の子供が闘う少年の部。残りの二日は十五歳以上の参加者で世界最強を決める。
「ふざけんな! なぁにが少年の部だ! 何が楽しくてガキと闘わなくちゃなんねえんだよ! つーかオレは一人に数えられっからリオの武器としては扱わんとか結局意味ねーじゃねえか!」
ぶち切れるヤイヴァ。俺も少年と大人で分けるのは当然反対した。んなもん自己責任だろうと。だが平和な国で大人が子供を殴るような場面は他国からの体裁が悪いと却下されてしまったのだ。
「落ち着けヤイヴァ。ほら、耳かせ」
「あ? んだよもう。うわくすぐってぇ…………え? それホントか? ていうか、あのおっさん戦えんのか?」
「ああ。単純な強さなら爺ちゃん以上らしいぞ。しかもこの条件なら俺とヤイヴァ二人でいける」
「そうかそうか。そいつは……アヒャヒャッ。ワクワクしてきたぜ!」
代わりにスペシャルマッチのようなものを強引にねじ込ませて貰った。唯一楽しみな試合だ。あの人とは、一度闘ってみたかったからな。
「それじゃ、僕達から参加するのはリオとヤイヴァだね。スコールはしょうがないとして、アリンとティアはいいの?」
「ワタシはリオの雄姿が見たいので参加しません。そっちの方が楽しめます」
「アタシも悩んだけどね。ディヴァイダーの時はちょっとカッコ悪い所リオに見られちゃったから、今度はアタシがリオのカッコ悪い所、見させてもらうわ」
「素直じゃな「黙りなさいスコール」もごもご…………ぺろ「キャアア!?」」
分かりやすいティアの心情を見抜いたスコールの発言をティアが阻止した。が、どうやら手のひらを舐められるという反撃をくらったようだ。舐められた手を抑え目を丸くするティアに、スコールは勝ち誇った顔でブイサインを送っている。スコールの方が一枚上手だ。これは下に見られてもしょうがない。
ムキィーと癇癪を起こし喚くティアをどうどうと抑えながら、もう一度ベルスさんに頼み屋根に昇った。ここからならはっきり見えるだろう。
「大闘技場なんて影も形も無いけど……どこにあるの?」
「まあ見てろって」
きょろきょろと見渡す仲間達を落ち着かせ、中央公園を眺めているとサイレンが鳴りだした。始まるようだな。
『さぁさあさあさあっ! お前ら! 長く待たせちまったな! 千年祭で最大の催し! これを待ち望んでいたという奴は大勢いるんじゃねえのか!?』
『大勢? いいえ! 全員が望んでいたはず! とっとと始めるわよ!』
『中央街の公園付近にいらっしゃる皆さん! 今朝お知らせした通り、危ないから柱より内側に入らないで下さい! 柱からも大きく距離を取って下さい! 近づいちゃ駄目ですよ! それではアーク様! よろしくお願いします!!』
曾爺ちゃんの名が出たことで国民が騒ぎ出した。そのうちの一人が気付き、指を天に向けて指す。その先を追うと、赤い小さな点が見えた。
「あ……アーク様だ!!」
一人が叫んだことにより、一斉に全員が空を見上げた。まさかの大偉人の登場にアーク様アーク様とその名を呼ぶ声があちこちから吹き出し、大々合唱となって天に上る。遥か上空にいる曾爺ちゃんはそれに答えるかのように、地上からでもはっきり見える程の巨大な魔法陣を展開した。街の外に置かれていた大闘技場の“部品”が四方八方から集まり、何トンあるかも想像つかない幾つもの石材が、曾爺ちゃんの周囲をゆっくりと回転しながら浮遊する。
「お? 【
ドーム中天から染み渡るように【
「柱の上に誰か……あれって、グラウィス様ですか?」
「あっちにリベルタス様もいる」
柱の上に向かい合うように立った親父と爺ちゃんが魔法陣を展開すると、鳴動して八角柱に赤い波紋が走った。それに引き付けられた石材が大きな音を立てて次々と衝突する。いい加減なように見えるが、緻密な魔術操作によって正確な場所へ誘導され接続される石材。徐々に形を成し王冠のように広がり続け、大闘技場の巨大な観客席が出来上がった。
周囲が暗くなり、空を見上げると巨大な円形の土台、闘技場の舞台がゆっくりと降りてくる。中心に曾爺ちゃんが胡坐をかいて座っていた。轟音を響かせ、柱の内側に落ちる。
再び【
八角柱に刻まれた式に従い術が発動する。国を覆う【
「どこに闘技場造るかずっと悩んでたんだが、こうして一段高い場所に造れば街を解体せずに済む。国のど真ん中に造ったのは、【
唖然とする仲間達に説明したが、衝撃的な光景だったからか聞いていない。ひどいぜ。これ考えたの俺だからって毎晩会議に出されてあーだこーだ追及されて大変だったのに。
「んじゃ、行くとしようぜ。おめえらにはいい席とってあっから、俺とヤイヴァの戦いっぷりを、存分に見て楽しんでくれ」
門出の祝いにゃ丁度いい。旅立ちの鐘は、ここで響かせる。
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