第27話 『Preserved Hearts』

 カラミティディヴァイダー。今まで戦った深淵体アビスの中では最も強い階級を持つ。だがこいつらに関しては話は別だ。大穴猫をどれだけ喰らったか知らんが、リトリート級を超えてはないだろう。下調べも済んでいるし、俺達の勝利は揺るがない。


「リオがさっき使ったのって上位魔法よね? いつの間に修得してたのよ」

 

「お手軽に撃てるよう改造した【渦振空破撃インパルス】の廉価版だ。威力は低いし、範囲指定も出来ねえが発生が早い」

 

 ヴァンと魔法技のバリエーションを増やそうと案を出しあってる時に思い付いた。座標や発生量を省き性質と形態のみ変化させ、簡易に発動できる様にした魔術だ。作ったものの殆どは攻撃用でなく、主に自衛や緊急離脱する際に使用する。

 

「必要な魔力も少なくていいから、敵に囲まれた時に後を気にしないで撃てるのが利点だよ」

 

「ふーん。後でアタシにも教えなさいよ」

 

「ワタシも知りたいです。銃弾と相性も良さそうなので」

 

 そうか、弾に組み込めば範囲はともかく発生座標は変えられる。面白い使い方ができるかもな。

 

「一体起きた。ヴァン、あれちょうだい」

 

 スコールが尻尾を振りながら伸ばした手の平に、ヴァンがはいはいと虹色の飴玉のような物を乗せる。スコールはそれを躊躇いなく口の中に放り込んだ。旨いのか不味いのか、体を震わせたスコールの左右の頬に髭のような赤い筋が二本浮かび上がる。ギュッと閉じていた目蓋を開くと白目が真っ赤に充血しており、まるで赤天に浮かぶ銀の月のような瞳が瞬いた。

 顔にヒビが入った四本腕のディヴァイダーは自身に向かって歩いてくるスコールに刃を降り下ろす。しかしそれよりも早く懐に潜ったスコールは両腕左右に【加流射カタパルト】の陣を纏わせ、目にも止まらぬ速さで拳を幾度とマシンガンのように乱打する。あまりに強烈な乱打にディヴァイダーは体が宙に浮き、スコールのフィニッシュブローで吹き飛び、岩が砕けるほどの勢いで壁に叩きつけられた。


「固いな。肉体もほぼ金属の硬度。切断を狙うなら関節か。ヴァン、ティア、武器を使う際は刃こぼれに注意だ」


 ……誰だお前。いつものぽけっとした表情の寡黙なスコールはどこ行った? なんでそんな喫茶店のダンディな店主みたいになってんだよ。


「今スコールが舐めたのは七色蜂蜜と、血行増進とか消化促進とか色々と吸収力を高める数種類の薬草を煎じて混ぜた、僕とお父さんで作った七色丸薬。身体能力を一時的に急上昇させる効果があるんだ。でもスコールの場合は相性がいいのか効きすぎちゃって。前も試しに舐めて貰ったことがあるんだけど、性格があんな風に変わっちゃうんだよ」


 強力な滋養強壮効果がある七色蜂蜜で何か出来ねえかと、ヴァンの親父さんに以前頼んでいた物だ。効果の程は見ての通り。確かに己の身一つで戦うスコールとは相性抜群なのは理解出来るが、まさか性格すら変貌してしまうとは。


「ディヴァイダーは五体。リオはヤイヴァと一緒のようなものだから、こちらも五人。一人一体だ。あのディヴァイダーは私が貰う」


 そう言うなりスコールは湖に波紋だけ残して姿を消し、凄まじい衝撃音を響かせディヴァイダーの顔面へ拳を入れる姿で現れた。ディヴァイダーを中心に壁に大きく放射状の亀裂が走り、パラパラと破片が落ちる。洞窟が崩れねえかちょっと心配だな。


「その蜂蜜丸薬っての、アタシも貰っていいかしら?」

 

「別にいいけど、鼻血が出るかもよ? 体質にも依ると思うけど、僕は一つ目で舐めてる間も効果が切れた後も暫く止まらなくなっちゃった」

 

「……やっぱやめておくわ」

 

 ティアは実より美を取った。鼻血を撒き散らしながら戦うのは流石に嫌らしい。副作用をヴァンに聞くと、全身が中度の筋肉痛になることと、軽い眩暈が半刻程度続くことの二つ。それなりの代償か。

 

「ていうかよ、スコールの奴遠回しに補助型のアリンに一人でディヴァイダー倒せって言いやがったな」

 

 確かに一人一体って言ってたな。スパルタなのは相変わらずか。

 

「やってみます。駄目そうなら呼びますので、その時はお願いします」

 

 積極的な意欲を見せるアリンは片手に銃、片手に魔法具を握り立ち上がったディヴァイダーに向かって行った。随分と逞しくなったのう。

 

「アタシはあの一番大きくて腕が多いディヴァイダー貰うわ!」

 

「じゃあ僕はあっちに行くよ」

 

 思い思い勝手に決めたディヴァイダーの元へ意気揚々と挑む仲間達。俺達に残されたディヴァイダーはようやく起き上がった弱そうな個体のみ。

 

「おいおい、間違い無く一番つええ奴ティアに取られたぞ」

 

「親父さんの仇とは口にしなかったが、なんだかんだで討ち取りたい気持ちがあんだろ。譲ってやれ」

 

「ちぇ。餌の取り合いに負けた貧弱な雛鳥みてえな奴なんか、いたぶったとこでなんも面白くねえよ。あ、そうだ。生き残った大穴猫あいつに喰わせて強化させんのはどうだ?」

 

 悪魔のような提案を俺ではなくフェリクスへ、腹黒い微笑と共に送るヤイヴァ。フェリクスは背筋を震わせ、縋るような目で俺を見た。ごめんちょ、俺もヤイヴァと同じことちょっち考えたわ。


「喰わせてる間に軍が来ちまうから無理だ」


 それもそうかと頭の後ろに腕を組んでため息をついたヤイヴァに、ほっとして息をつくフェリクス。


「ここじゃ“あの術”も使えねえしよ。あ~あ、つまんねえな」


「だったらとっとと殺してあいつらの戦いっぷりを観戦するとしよう」


「……しゃあねえな。それで我慢すっか」


 俺の手に変化しながら飛び込んで来たヤイヴァを掴み、こちらに向かって両腕広げ走るディヴァイダーに向かい走る。鎌のような腕を左右から振るう瞬間にしゃがみ避け、足に軽く体当たりをしながらディヴァイダーを前のめりに転ばせる。無様な姿で湖に突っ伏すディヴァイダーの背に乗り、後頭部へ切先を静かに当てた。


「「破術・尖杭穿撃デヴィル・パイルパンカー」」


 切先より零距離で放たれた赤黒い杭は易々と頭蓋骨を貫く。ディヴァイダーはびくりと一瞬痙攣し、黒い瘴気を上げて真っ白な骸骨へと成り果てた。こいつらディヴァイダーは散々狩られたせいで弱点も対処法も完璧に露呈している。初見とは言え、経験を積んだ俺達には大した脅威ではない。


「す、すげぇ……」


「今使った技は兎も角として、避ける際にやったのは狸退たぬきびきっていうちょっとした体術だ。敵が近づく直前に蹲って丸まり、躓かせて転ばせる。俺達みたいな人型やコイツみたいな二足歩行相手にはそこそこ有用だ。覚えておいて損はないぞ」


「はっ、はい!」


 なんか思わず指導しちまった。ヴァン達の面倒見てるうちに、教育癖がついてしまったようだ。肝心なうちの子達は一体どれほど成長したのか。今回は単独での戦闘だ。ゆっくり観戦させてもらおう。フェリクスにヴァンから受け取った血止めと鎮痛薬を渡し、ディヴァイダーの死体を椅子代わりにヤイヴァと共に座った。


「硬くて座り心地わりいな。ケツも冷てえし」


「ああ。……そういやさっき脱いだ下着どうしたんだ?」


「ん? あれ、おかしいな。はくの面倒くせぇからズボンの袋に突っ込んだんだけどな。ここに来るまでに落としたか?」


「変な横着すんな」





 第27話 『Preserved Hearts』





 観戦と言っても、ドーピングスコールはそろそろ決着か。ディヴァイダーは刃を振るう度に根元の部分を殴り弾かれ、とうとう片腕が千切れ飛んだ。顔どころか全身にヒビを入れたディヴァイダーは、いつ砕け散ってもおかしくない。止めを刺そうとしないとこを見るに、ありゃ遊んでるな。


 ヴァンは地の利を活かし得意の【匍匐凍上フロストバイト】で巻き上げた水ごと凍らせ、身動きの取れないディヴァイダーの膝関節に刀を振りぬき切断した。スコールの言ったことを忠実に再現した訳だが、動いてないとはいえ、あの有るか無いかの隙間に刃をいれるとは大したもんだ。目に自信のあるヴァンに日本刀はぴったりだったな。深淵の焔を吐こうとした口に【光陰翔槍ラピッドランス】を打ち込んで塞ぐと、立ち止まり何やら考え事をし始めた。あっさりし過ぎたせいで消化不良なんだろう。何か実験でもしようとしている様子だ。


 アリンは……おお、えぐいえぐい。ヴァンを真似て【匍匐凍上・魔封球フロストバイト・ボックス】を幾つも放り投げて凍らせた身体を駆けあがり、両目に銃口を突っ込んでマズルフラッシュを何度も焚いている。“魔封弾”を頭蓋骨の中に撃ち込んでいるな。


「そういやあの変わった形の武器、なんつう武器なんだ? パチンコか? それとも弓みてえなもんか?」


 この世界に銃という武器は存在しない。魔力という万能の力に加え、個々人の身体能力が高いのもあってか飛び道具が発展していない。弓なんかへたすりゃ矢を飛ばすより走った方が速いという始末だ。だからこそ自身の力が直接加わる剣や斧等を頑強に作る技術ばかりが先行している。自分の体に直接ついてれば強化しやすく、逆に離れると貸与しづらくまた貸与出来たとしても時間経過と共に徐々に効果が低下するからという理由もある。


「アリンの魔力はそこそこあるが、操作は苦手みたいでな。あの武器はそれを補う為に作ったもんだ。魔力を込めると武器に描かれた式に従って中で指向性のある小規模な爆発を起こし、その爆風で武器の中に込めた特殊な弾、魔封弾を飛ばす仕組みだ。弾は色々な種類の魔法紋がそれぞれ刻まれてて、場合に応じて装填することで様々な魔法を発動することが出来る。座標指定は必要ないから式も小せえし弾も小型で済む。今は下位魔法紋しか刻めねえが、中位魔法紋も刻める弾を開発中だ」


「ほお~。オレとリオがやってっことと一緒なんだな。あ、いや待て、もっとクリソツなの思い出したわ。あれ前にヴァンがやった【二重陣奏・魔弾デュオ・ライフル】とかってやつが原型だろ」


「ご名答。あれをお手軽に撃てるようにしたもんがあの武器だ」


 ホントは生前の地球で猛威を振るってる武器が元だけどな。っと、話し込んでいるとディヴァイダーの頭蓋骨が砕け散り、何百本もの針が落ちた。どうやら撃ち込んでいたのは【千棘裂・魔封弾ニードル・ブリット】だったようだ。着地に失敗して全身びしょびしょになった以外は完璧と言っていいだろう。


「なんだ、全然戦闘もこなせんじゃねえか。補助型にしとくにゃ勿体無いぜ」


 そうは言ってもアリンはどちらかと言えば体を動かす方は得意ではない。それに物作りにかける情熱と才能を支えるあの腕を、傷つけるような場へは正直入れたくない。何よりあれほどまでに前向きになったアリンの心を支える“何か”。それは危ういものだ。十中八九、俺に絡んでいるだろう。信頼と依存は別物。今後のアリンの動向に少し気を張っておかねば。


「んで大見得切ったお姫さんが若干苦戦気味か。リオに良いとこ見せようとして空振ってんぜ」


「う、うっさいわね! ちゃんとやったるわよコンニャロウ!!」


 いいから戦いに集中しろっての。こっちチラチラ見てねえでよ。ほら、攻撃がかすってんじゃねえか。 

 ティアが相手するディヴァイダーは腕が六本。関節も増え柔軟になった刃が鎖鎌のように四方八方から別々に襲い掛かり隙が少なく、背後へ回っても後ろに目が付いているかのように正確に刃を振り下ろしてくる。何とか潜り込んで一撃を入れても、骨自体も強化されているらしく傷一つ付かない。


「ああああもう! まどろっこしいわね! いい加減その腕うざったいのよ!」


 美しく華麗に? 戦ってたつもりなのだろうが、攻撃が入れられないことでかなりイライラが募ったようだ。大きく下がり鉄爪を展開させ高く構え、三つの魔法陣を出現させた。


「【剛硬体シェルター】!! 【斬旋風刃スクォールブレイド】!! 【超震砕牙メオウシュレッダー】!!」


 【剛硬体シェルター】で肉体を硬化させ、【斬旋風刃スクォールブレイド】で作り出した風の刃を四つの鉄爪に纏わせ攻撃範囲を拡大し、更に【超震砕牙メオウシュレッダー】で高速振動させる。耳をつんざくような高周波を響かせながら、ティアは真っ直ぐディヴァイダーに突っ込んだ。六方から襲い掛かるディヴァイダーの刃が全てティアに突き刺さったが、硬化されたティアに致命傷を与えるに至らない。


「こんのおおおおっ!!」


 中位魔法二つで強化された鉄爪が振り下ろされ、鋼鉄の硬度を誇るディヴァイダーの右半身を易々と切り裂いた。竜人の持つ特性、波動は波や振動を利用した魔法と相性が良い。


「もういっちょおおおおっ!」


 ティアは再び大きく振りかぶり、斜め横殴りで鉄爪を深く切り入れる。あばら骨の辺りで爪が引っ掛かり、ディヴァイダーから黒い血が噴き出した。もう勝負はついたが、鼬の最後っ屁とでも言おうか、深淵の焔がディヴァイダーの口の中で渦巻いている。


「いい加減っ、くたばれええええっ!!」


 追加で【加流射カタパルト】を発動させ力任せ強引に爪を振りぬき、ディヴァイダーの身体を分断した。放射寸前の深淵の焔と共に、ディヴァイダーは黒い霧を焚ち上らせ、死んだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……っしゃあああ!! やってやったわよ!!」


 両腕を上げて勝鬨を上げるティア。ゴリ押しの力比べ。戦略も戦術もなにもあったもんじゃない。自分が傷つくことすら厭わずひたすら力だけを振るうあの戦い方は正直戴けないが、まあ勝ったから良しとしよう。

 もしかすると竜王もあんな無茶な闘い方をしてたのかもな。性格は瓜二つってベルスさん言ってたし。


「終わったようだな」


 手足をもがれた蜘蛛のような絶命寸前のディヴァイダーを引き摺りながら、スコールが歩いてきた。アリンも濡れた服の裾を絞りながら寄ってくる。あとはヴァンだけだが、何を始めようとしているのか。

 【断旋風ワールウィンド】で氷を細かく砕きながらディヴァイダーを覆い、風の向きを一定ではなくあちこちの方向へ吹かせ乱気流を作っている。そろそろいいかなともう片手に魔法陣【駆電光スパーク】を展開し……何危険な実験しようとしてんねん!!?


「え? 何ですかリオきゃぁっ」


 全身ずぶ濡れのアリンを高く放り上げた。次の瞬間、ヴァンの【駆電光スパーク】で発生した雷が迸り乱気流と衝突し拡散。大きな稲光が地底湖を包み、弾けるような音と共に大規模の雷がディヴァイダーを直撃した。雷は更に行き場を求め湖を伝い、俺達にも襲い掛かった。


「痛ででででででででっ!!」


「あばばばばばばばばっ」


「いぃっっっっっっっったああああああああいっ!!?」


「あっぶね。剣になっといてよかったぜ」


「ぎゃあああああああっ!!?」





「ごめん、あんなことになるとは思わなかったんだ。でも電気は水は伝わないって、リオ言ってなかったっけ……」


「それは魔法で作ったような純粋な水の時だけだ。自然の水の中にゃ不純物が多く含まれてっから、それを伝って流れんだよ」


 アフロヘアになったヴァンが全員に謝罪する。感電したのは俺とスコールとティアとフェリクス、そして元凶のヴァン。剣に変身して逃げやがったヤイヴァと放電の瞬間宙に浮かせていたアリンは無事。我ながらファインプレーだ。全身が濡れた状態で感電すれば、低電圧でも死に至る可能性があるからな。


「痛かった」


「ホントよっ! すっっっごい痛かったんだから!」


「……ティア、ディヴァイダーの刃が刺さった所は痛くないんですか?」


 全身の毛が逆立ってライオンのようになったスコールとティアがヴァンへ猛抗議し、ヴァンが何度も頭を下げる。前に雷が発生する現象を俺が講義したものを魔法で再現しようとしたそうだ。

 あれだけの雷はディヴァイダーにはひとたまりもなかったようで、死体になった骨は焦げ付き、頭蓋骨からはプスプスと煙が上がっている。もしかしたらあの金属のような表面も伝導性を持っていて、本体へのダメージを一役買っていたかもしれない。


「イシシシ。雑魚ディヴァイダーを充てられたのは納得いかねえが、面白れぇもんが見れたな」


「面白くないわよ! ヤイヴァもくらいなさい! 【駆電光スパーク】!」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!? 痛ってぇだろがこのアマ!!」


 人型の状態で【駆電光スパーク】をもらい同じくライオンヘアとなったヤイヴァとティアが取っ組み合う。せめてティアの止血ぐらいしておいてくれとヴァンに頼み、スコールとアリンに大穴猫の子供の回収をさせようとした時だった。


「……人がいっぱい集まって来た」


「ディアマンド隊のお出ましのようだな」


 地底湖の入口より幾つもの兵士が、身に着けた重装備の重量を感じさせないほどの身軽さで地底湖に展開し、あっという間に何十人もの魔人達が俺達を取り囲んだ。


「街の外で背中に子供背負った竜が飛んでくのを見た。って聞いたからもしやと思ってたが、やっぱりリオ様だったか」


「王子にお手を煩わせることになってしまうとはな。ディアマンド隊の恥だ。お前ら、さっさとディヴァイダーを死体を処理しろ」


「承知しました。……おおすげえ、このディヴァイダー消し炭になってるぞ」


「こっちは粉々に砕かれてる。え? 何これ白打でやったの? ひぇー、俺素手でディヴァイダーをこんな風に出来る自信ないわ。まさかあの王子のご友人達、俺より強いってことないよな?」


「そんなことはって言いたいが、すぐ追いつかれそうだな。いやあ今世紀は才能溢れる子供が多いなぁ」


 俺に近づいてきた二人は八咫紅蓮オクタクリムゾンのドゥーカス将軍とカリバン兄ちゃん。トップが出張ってきたか。他の魔人達は将軍の命令のもと、ディヴァイダーの死亡確認と撤去作業を行い始めた。


「お疲れ様です。ディヴァイダーは俺達アスタリスクが美味しくいただきました」


「みたいだなぁ。どうするよ将軍。俺達も他の隊に合流するか?」


「元々此処へ来たのはディヴァイダーの進化具合を量る為だ。リオ様達が易々と葬ったのなら、他に出現していたとしても、各部隊だけで十分対処出来るだろう。このまま城へ戻り、王へ報告に上がるとしよう」


「もし時間があるのでしたら、死んだ大穴猫の供養と、生き残った子供の保護をお願いしたいのですが」


「おっおれ、その、自分からも、お願いします!!」


 俺が二人に頼み込むと、隣によろよろと近づいたフェリクスが深く頭を下げた。俺はいいとして、コイツが頼むとなると話は別だ。相手はグランディアマンダ全兵士を取りまとめる軍事部門の統括、ドゥーカス将軍。この人にお願いをするという事は、俺の様に更に上の地位の者からの命令であるか、若しくはきちんとした手順を踏んで嘆願をするということだ。地位も無く、名声も無く、力も無い者がお願いをするということが、どれほど失礼にあたるか。

 ドゥーカス将軍に目配せすると任せなさいと頷いたので、カリバン兄ちゃんと数歩下がり見守る事にした。


「他ならない王子直々頼みだ。断る理由など我々兵士には存在しない。しかし君がそうして頭を下げる理由はなんなのか? 王子のご友人と言うなれば一考するが、名も知らぬ者の頼みなど、聞くに値しないのだが?」


「あ、す、すいませんでしたっ。お、自分の名は、フェリクス。フェリクス・フォルトゥナって言います」


 フォルトゥナの名を聞いた将軍が目尻をぴくりと動かした。他の魔人達も作業を中断しフェリクスに関心を寄せ、カリバン兄ちゃんも小さく口笛を吹いた。


「……では、フェリクス。君が頭を下げた理由を聞こうか」


「は、はい。自分は一人勝手にディヴァイダーに闘いを挑んで死にかけて、それでリオスクンドゥム様に救われました。その時リオスクンドゥム様に何で逃げないのかって聞かれて、答えたんです。英雄なら怯える大穴猫を、あいつらを見捨てないはずだ。俺も同じなんだって。そしたら言われました。ナディとデュードが、おれの友達が待ってるって。それを聞いて、思いました。あいつらを救う事も出来なくて、友達に悲しい想いをさせて、おれってなんて弱いんだろうって」


 悔しさを滲ませ、手に持った折れた直剣を両手で握り絞めるフェリクス。剣の腹にはフォルトゥナの字が掘ってある。形見の剣だったのか。


「父さんと母さんは英雄なのに、おれにはなにもない。それでもあいつらを救いたいんです。でも色々考えたけど、おれって馬鹿だから、なんにもやり方なんて思いつかない。だから今おれに出来ることをしたいんです。そのためだったらどんだけ辛くたって、どんだけみっともなくたって、あいつらを救ってやるって決めたんです! 身勝手なのは分かってます。駄目だって言うなら、おれ一人ででも最後まで足掻きます!」


 決意は悪くねえ。だが青いな。そんなんで全部救えんなら誰も苦労はしない。結局全て捨てることに繋がっちまう。それでもと足掻くのは大馬鹿のやることだ。だがその考え方、俺は嫌いじゃねえ。


「リオーっ、先に地上で待ってるからねーっ」


「そんな茶番さっさと終わらせて飯食いに行こうぜー」


 台無しだよ。愉快な仲間達は大穴猫の子供達を抱えて先に行っちまった。俺が頼んだ時点で保護は決まったも同然だと理解しているからだろう。カリバン兄ちゃんがやれやれと首を振り、他の兵士に大穴猫の死体と生き残りを探せと命令し、地底湖から出て行った。後には気の抜けた俺とドゥーカス将軍と、小馬鹿にされた事を理解してないキリッとした顔のフェリクスだけが残された。


「……どれだけ辛くとも言ったな? ならば軍に入り、己を鍛えよ」


「ぐ、軍? おれが兵士に、ですか?」


「そうだ。お前の父も母も、守るべきものの為に兵士となり、誰よりも強くなり、誰よりも多くの人を守り、誰よりも華々しく散った。お前に守りたいものがあるのなら、口より先に強さを手に入れろ。そこから先はお前次第だ。その力を王の為に使うのであれば私に従え。そうでないのなら好きにすればよい。意思を貫くとは、そういうことだ」


 あーあ。将軍に捕まっちまったか。こりゃこれから先大変だぞ。泣いたり笑ったり出来なくなっちまうぜ?


「さぁフェリクス。まずは大穴猫の保護を命ずる。ディアマンド隊と共に巣穴に残る生き残りを回収せよ」


「は、はいっ!!」


 こてこての敬礼を決めたフェリクスは出口に向かい走って行った。


「……敢えてあの青臭いガキンチョに誉めるところがあるとすれば、どんなモノ相手でも引かず、自分を押し通す無鉄砲さですね」


「まったく、親子揃って無茶で無謀なことばかりして。周りはいい迷惑だ」


 フェリクスの両親には撤退命令が下されていた。一度体制を立て直し、その後迎え討つとの軍令に背き、最後まで戦い続けた。一人でも多くの人を救う為に。美談として語られてはいるが、軍人としては褒められた行為ではない。


「俺ら王族なんかよりはずっとマシですよ」


「……黙秘させて頂きます」










「フェルの馬鹿! どれだけ心配したと思ってるのよ!!」


「わ、悪い……」


「ホントに悪いって思ってるの!? 死んじゃうところだったんでしょ!?」


「だ、だから悪かったって……」


 基地に連れて来たボロボロのフェリクスを見るなり、ナーディアとデュドネは椅子から飛び上がり目に涙を浮かべて怒り出した。随分と慕われてんじゃねえか。


「ちゃんとリオスクンドゥム様にお礼は言ったの?」


「ああ、もちろんさ。それと、おれ今日から兵士になったから」


 大穴猫の巣穴で起きた出来事を話し始めたフェリクス。あの苛めっ子達がまあ、変われば変わるもんだな。俺を王子だと知って様付けで呼ぶのだけはちょっと控えてほしいんだが。


「一件落着だね」


「お腹減った」


「ハンバーガーでも食べに行きますか?」


「アリンったらハンバーガー好きよね? アタシも好きだけどさ」


「おめぇらはどうすんだ? オレたちゃ出掛けっからもう基地は閉めるぜ」


 ヤイヴァが声を掛けると三人組は頷いた。これから城の方へ行き、入隊手続きを行うとのこと。それもナーディアとデュドネの二人も加えてだ。十三歳以上無いと入隊出来ないので、少なくとも二人の年は十三ということか。しかし仲のいいこって。俺らは冒険者でこいつらは兵士。俺達はもうすぐ国を出るからわからんが、何十年後かに、どこかで会う日が来るかもな。


「あの、リオスクンドゥム様っ! 少しだけよろしいでしょうかっ」


 ナーディアが顔を真っ赤にし、ガチガチに緊張して俺を呼んだ。どういうことだとフェリクスとデュドネを見ると、両手を合わせお願いしますと頭を下げている。

 腰を上げてナーディアの前に立ち何だと問うと、ギュッと目を閉じ……あらあらまぁまぁ、頬にキスされちゃったわ。


「えっとあの、リオスクンドゥム様っ、本当にありがとうございました! えっと、その、きゃああああああああっ!!」


「あっ! ナディ! ああもう。リオスクンドゥム様、アスタリスクの皆さん、フェルを助けてくれてありがとうございました。待ってよナディーーーー!!」


「……リオスクンドゥム様。おれ、強くなります! 強くなって、この国も、リオスクンドゥム様の王族の方達も、色んな人を守れるように頑張ります! それではっ、今日はホントにっ、ありがとうございました!!」


 脱兎のごとく駆けだし基地を出たナーディア。デュドネは何度も俺達に頭を下げた後追いかけ、フェリクスはもうその気でいるのか、俺に敬礼をして基地を出て行った。





「……行っちゃった」


「行っちゃったね。でもナーディアってリオを怖がってたんじゃなくて、惚れてたんだね。あんなに顔真っ赤にしちゃって」


「イシシシ、女の子の甘酸っぱい青春。可愛いもんじゃねえか。因みにここにも顔真っ赤にしてる奴がいるぜ。甘みの全くないすっぺぇ顔した奴が」


「ティア、そんなに悔しいのでしたらティアもリオにキスをしたらどうですか?」


「すっ、する訳無いでしょ!!? 恥ずかしくて出来な……じゃなくてっ、する理由が無いわよ!! というかリオっ! なんで避けないのよ!!?」


 別に避ける必要もないだろ。あれぐらいの年の子にキスされたとこでどうってこともねえし。


「唇だったら防いだが、頬だったからな。あんぐらい多めに見てやっていいだろ」


「うっわ、超上から目線。あ、上だったわ。しかも天辺」


「そっか。一応王族だもんね。となると、不敬にあたるのかな。頬へのキスは親愛の証だから、一般市民如きが王族に~って」


「ティアも王族」


「ならば問題ありませんね。さあティア、やっちゃいましょう」


「やらないわよ!! やっちゃいましょうって何よ!!? あんた達アタシに何させようとしてんのよ!!?」


 好きだの嫌いだの、俺はそんな経験する余裕も、入り込む余地もなかった。誰かを好きになったことも、愛情を抱いたことも無い。好かれたことは、あったような、無かったような。どうでもよかったから覚えてねえや。





 今はどうだ? 俺は……こいつらが好きだとは思う。俺の一部みてえなもんだ。だがフェリクスみてえに守りたい存在だって胸張って言えるかっつーと……分かんねぇな。なんか久々だな。自分が何を思ってんのか分かんなくなっちまうのは。




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