ここでの生存術

第31話 新生活

ep.6-1 May / 10 / T0059





 この日の早朝は日課の愛の育みと訓練。


 そして、朝食の準備とウウクのランチボックスの用意から始まった。


 電気の無いこの世界は夜明けと共に目覚める。超早寝早起き。 

 


 学校の校庭には日時計があり、だいたいそれに合わせて授業するとのこと。

 しかし、子供も大人もそれぞれ家庭の仕事などもあるので、始業時間は曖昧だ。


 だが、朝・昼・夕の時間に、数少ない時計を持った施設が鐘を鳴らす。それが合図だ。


 だいたい10時位から本格的に始めるらしい。

 明確な教育カリキュラムは無く、レベルを見て進級させる。

 話せても読み書きのできない子供と大人は珍しくないらしい。

 

 だから遅刻も珍しくない。勉強できなければ一生一年生。ダメなら退学。

 出来る奴はドンドン飛び級。


 この土地ではお米は一般的ではないが、パン、クスクス、豆が主食だ。

 店でなら手打ちのパスタも普通に食べられる。お米も輸入物がある。

 トマトや芋にそっくりな野菜も作られていた。


 ウウクに持たせるお弁当になるものがイメージできず、土地柄に合わせて作ってみた。


 ひよこ豆のブリトー、茹で野菜、果物、香辛料で揉んだ焼いた豚肉。それらを食べる木製のフォーク。


 これら全部、庭に生えていた大きなハランに似た葉っぱで包んで、カゴ製のランチボックスの中に入れてあげた。

 さらに、お手拭き用のおしぼりと、この土地で一般的な革製の水筒にお水を入れる。


 ウウクが浮かないように、ここでは一般的な革製の袋にお弁当をしまって持たせてあげた。

 

 携帯するお弁当を初めて見たウウクは喜び、作って用意している間はずっと俺にスリスリとくっついてきた。


 ゴッズさんも豚肉を食べるのだろうか?


 一緒に学校まで手を繋いで行き、指定されたクラスの担任:黒人女性の“ズロース先生”に改めて挨拶する。

 先生は数々の言葉の喋れない移民を相手にしてきたらしく、ウウクにも優しく接してくれた。

 ちょっと心配そうなウウクを元気づけ、先生にお願いし、俺は学校を離れた。


 ギルドで仕事を探さないと。

 




 飲食店やウェイターの仕事は、未だに文字や数字の読み書きが出来ないので今回は見送った。 

 一応金はあるし、出費も多くないので、時間的に融通の聞く仕事を探す。

 “イマーンさん”が受付に居たので挨拶して相談すると、目星があるので明日来いと言われた。


 仕方が無いので家に帰る前に、商店街で布団を買った。


 サバイバルシートはあるが、流石に汗は吸わないし、上に掛ける物も無い。枕も欲しかったので買って行く。

 配達してくれるというので依頼すると、店が閉まった後に帰りに届けると教えてくれた。

 

 そのまま帰宅する道中に、別の店で良い物を見つけた。

 取っ手付きの扉が付いた小型の箱だ。

 そいつはまさに目的のものにバッチリの大きさだった。俺は即座に買って持って帰った。

 

 買って来た木箱を流し台の側に置く。ストーブとは逆の部屋の隅だが綺麗に収まる。

 

 水棲型生物は、水温が冷たいと困るが、熱くても困る。

 なので、冷やす道具も有った。


 【水槽冷却装置】

 冷媒に植物性の微生物を利用し、発電菌の電力と超流動体エーテルで稼働する水槽冷却装置だ。見た目は水槽のエアーポンプ。

 本来は水槽用だが、生物が生活する大きさの巨大な水槽まで冷やすので、超ハイパワー。


 この装置の冷媒を、空っぽになったワインの小さな樽に入れて水を注ぎ、本体の電源を入れると、たちまち樽の中の水が凍りついた。


 これで冷蔵庫の保冷剤は確保できる。

 木箱にマルチツールの工具で、コードが一本通る穴を開け、凍った樽と冷媒を中に、本体を木箱の上に乗せて外気に触れさせればOK。


  さらにもう一つ。


 【補修用耐衝撃テープ】

 宇宙服に穴や、傷が付いた際に補修するためのテープ。無色透明なので、他にもいくらでも応用可能。

 宇宙空間での多目的用なので、耐衝撃・絶縁・耐熱、耐水、耐放射線、断熱素材の丈夫なテープ。

 付属の小型レーザーカッターでなければ切れない。

 こいつも他の素材と同様に、微生物が生産しており、生ごみを食べさせれば作り続ける。


 このテープを木箱の内側に張り巡らせれば断熱処理が施される。


 以上の加工により、我が家に簡易冷蔵庫が設置できたのである。

 温度調節は不安定だけど。


 そして今夜のご飯の為に小麦を塩と水でこねてトルティーヤを作ることにした。

 保存食以外にも、冷蔵庫があれば保管できるので、常備食となる豆も水に浸し、調理の準備をする。


 ついでにレモンに似た柑橘類とワインビネガーと油、調味料でドレッシングを作り、切った野菜と和える。


 日中はそんな形で洗濯、掃除など、おさんどんをして時間を過ごした。


 家電やガス台、圧力釜が恋しい。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 現在時刻 およそ13時。


 家事が終わり、ウウクは16:00前には戻ってくる。はず。


 それまでいつもの訓練を繰り返す。


 今回は更にステップアップ。

 腰に挿したブラスターを抜いて撃つ作業を繰り返す。


 無駄な超流動体エーテルを発散し、一度腰のベルトに挿す。ホルスターがないので少しやりにくい。


 この状態で姿勢を正してから、ブラスターを抜いて的を狙って撃つ。撃つ。撃つ。

 空っ欠の状態でしょぼい光弾を撃つと、8発しか撃てないが十分。


 再度チャージ→調整→強制終了から、挿してから撃つ。


 これを繰り返す。


 弾が狙った位置へ行かないなら、改めてきちんと構えて撃って確かめる。


 これを繰り返す。


 繰り返す。


 ……。





 「ただいま〜ショウタ〜♪」


 「あぁ、お帰りウウク〜!」


 気が付いたら帰ってきていた。

 




 ウウクは作って焼いたトルティーヤと、お豆のスープをむしゃむしゃ食べながら今日の事を話してくれた。


 ズロース先生がいつも側にいてくれた。授業が始まる前にみんなで立って、文字を一字ずつ読み、アクセントの練習をした。

 

 みんなと先生の歌った歌をゆっくり歌った。授業中にお絵かきもした。自分よりも大きなお兄さんもいた。

 

 それよりもっと小さな男の子も女の子もいた。みんなで同じことをした。お外でみんなとご飯を食べた。

 

 喋れない子同士で遊んだ。


 そんな事を楽しそうに話してくれた。

 

 湖での狩りの時、戦いの時はウウクの雰囲気はまるで別人だった。

 でも一緒に居る時やこんな風に話すときは、まるで年端もいかない少女のように華々しく絢爛だ。


 その二面性はどちらもウウクの個性なのだろう。俺にもあるし、誰にでもある。

 けど、こんな環境に陥ってもウウクが楽しそうに一緒に居てくれるなら問題無さそうだと、しみじみ感じた。

 

 食後にはウウクが学校から持ってきた本を読みながら、ウウクが習ってきた字を教えてもらった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





September / 23 /T0059


 



 仕事が決まって早4ヶ月。

 

 俺は街から離れた農場の片隅で糞ったれな土をいじっている。



 いや、愚痴ってる訳じゃないんだ。

 本当に糞ったれなんだ。



 ミミズの。





 あれからイマーンさんから紹介された仕事は、想像もしたこと無い仕事だった。


 街が運営・管理をしている衛生局員の補助人員の仕事だ。


 何の仕事かと思えば、街のみんなが使う公衆トイレと下水道の管理だ。


 うえ!? と思いそんな顔をすると、イマーンさんは普通の人が想像するほど汚くないし、割のいい仕事だと教えてくれた。

 とりあえず紹介先に行くと、局員の人と、奴隷や解放奴隷の方々が沢山居た。


 奴隷なら余計な賃金を払わずにすみ、解放後も本人が好んでこの仕事を続けるそうだ。


 俺の想像の奴隷は、アメリカの南部で広大な綿畑で白人に虐待され、人間として扱われないものだが、ここはローマ時代や、日本の奉公人に近いみたいだ。


 人間同士の戦争はこの大陸の付近は下火なので、そう多くは無いらしい。


 もちろんあるが、地域的にずれている。だから借金や一身上の都合、家庭の事情で身売りした者などが多い。

 奴隷の売買は主に国や街などで行われ、民間や個人での商売が禁止されているのがこの大陸らしい。


 国や街として、個人の莫大な利権と富に繋がるビジネスには介入する。共産主義的だ。

 その為にもっと自由にできる国や海外へと新たな場所を求める奴が多いらしい。

 だから大海原へ、外の世界へと旅立つ。


 この土地も例外ではない。だが、どこにでもギルドがある。民間や個人運営の警察が蔓延っている。

 ベンリーなどは自分達が治安と安全を維持し、犯罪を取り締まることに誇りを持つのがスタイルだ。


 だから、奴隷への虐待、そして全ての犯罪にも国、街、個人から攻撃され、罰せられる。

 それもこれもクリーチャーやモンスターと言う自分達よりも強大な捕食者と対抗するために培われたものらしい。


 俺達はトップではない。そして、なれない。


 その意識がみんなの連帯感を高めているのかもしれない。


 そして、この衛生局員の仕事は普段は一般の募集はしないそうだが、今回は特例で、ベフさんとイマーンさんの口利きで入らせてくれたらしい。


 この街にはローマ帝国や江戸時代の様に街のあちこちに公衆トイレがある。


 街を作る際に、安全と上下水道は最優先で考えられている。

 この下水道は石などを削って作るのだが、井戸となる水道とは別の水が引かれる。

 

 そしてこの水が下水として使われる。

 

 トイレットペーパーの無いこの世界では、水で洗う。

 イスラム教徒と一緒だ。知ってたから良かったが、最初にこの街に来た時は混乱した。

 便器の目の前に置かれた水桶から、柄杓で水を取り、素手かトイレに用意された海綿などを湿らせてお尻を拭く。


 衛生局員はこの手洗い用の水桶に水やお湯を補充したり、トイレの掃除をする。そして尻を拭くための素材を調達して補充するのが日課である。


 そしてここの公衆トイレの一番のポイントはあまり臭わないことだ。

 その昔、ボットン便所を使った時に、蓄積した便やアンモニアの臭いや刺激で目が痛くて泣いたことがあった。

 でも、ここの公衆トイレではそんなことは無い。

 溜まった糞尿は下水を流れる水が洗い流し、常に清潔に保たれている。


 だが、ここでは下水にとんでもないのが居る。


 クロウラーだ。


 クロウラーというイソメに似た巨大生物を下水の底へ放逐し、糞尿を食べさせるのだ。

 かなり大きく平均で30cmを超え、1mくらいのもザラに居る。


 このクロウラーが下水の中をひしめき合いながら徘徊し、人が餌を落とすのを待ち構え、処理してくれる。

 もちろん餌は人の糞尿だ。

 そして、流れる下水の水がクロウラーの糞や残骸を押し流す。


 俺の仕事でもあるのだが、問題はこの水で流されてきた糞便を誰が片付けるかだ。


 実はミミズだ。


 これまた驚くほど巨大なミミズがクロウラーの糞と、食べ残しの便をドンドン食べてくれる。


 流されて出てくる下水を、水路のように管理し、ミミズを誘導する。


 戦国時代の障子堀をイメージしたら分かるのだが、その中でミミズが飼育されている。

 この中に俺達はドンドン土を上から被せて、ミミズの環境を良くする。


 そして、ミミズはその下水と土を耕し、食べつくし、また大量の糞を出す。

 ミミズ達は自分達が食べ終わった糞だらけの土が出来上がると、勝手に這い出て移動する。


 そのミミズ達を俺達はまた、別の糞便の所に長い棒や網、はたまたベテランは虫笛で誘導する。


 天然の生体生ゴミ処理施設だ。

 だから、街の中の生ゴミもここに運ばれてくる。面倒くさがりは自分ちの庭の土に埋めて小さなミミズにまかせたり、公衆トイレの中に投棄する。


 最後に俺達はミミズの糞だらけの土を農家の人達に供給する。


 このミミズが食べて、ミミズが排泄した糞で出来上がった土は、とても綺麗で臭くない。

 ミミズは糞便を混じりの土を食べ、良質な土にするのだ。


 初めて触った時は驚いた。とても良い香りがして、綺麗な土になっていたから。


 クロウラーとミミズの土で育った野菜や穀物は、寄生虫やアブラムシ、その他の有害な虫がつきにくい。

 そしてドンドン育つ。農薬も科学肥料も作らなくて済む。


 だから、糞便の管理は街の繁栄の最重要課題だ。


 なので、トイレの管理は思ったよりも楽で、街とこの処理施設の規模が大きければ大きいほど農産物や家畜の生産量のステータスとなる。


 だから、人員への手荒な扱いはしない。

 何しろミミズの世話と、トイレの管理をする人が、金の成る木の幹に当たるからだ。

 もちろん根っこは人の糞便であり、葉はミミズだ。

 

 奴隷なら生活費用だけで人件費を少なくしてお金を生産できる。楽で尊敬されて、実入りの良い仕事で解放奴隷も辞めない。


 この世界では下水管理は美味い仕事だった。





 なので俺は今、ミミズの土を農家の人に引き渡し、そこから帰る道程である。

 

 仕事として文字や数字の読み書きもほとんどやらないので、多少ある力仕事はミミズに土をシャベルで上から被せる。出来上がった土をシャベルで取る。それくらい。


 この街は良い人口で、今後の拡張計画も進んでいるらしい。

 

 あれからウウクはかなり喋るようになった。子供や同じ移民のおばさんと仲良くなって、よくお話をすると嬉しそうに毎日話す。 

 

 学校でも色々学んで、仕事の合間の勉強と学校に行く俺よりも、変な先入観や考えが無い分だけ識字能力も高い。

 この前も俺に学校の本を読んでくれた。


 話は変わるが、この土地では長さの単位こそ違うが、メートル法と全く一緒だった。

 数字もアラビア数字では無いだけで、全く一緒だった。文法も英語に似ている。


 どこまでも都合の良い世界だ。

 イソギンチャク男が、別の宇宙にこんな惑星があるなら調査をしたくなるのも正直良く分かる。


 俺はこの仕事の合間や帰りに新しい訓練を始めた。


 ポンプガンは何でも撃てるが、威力が有り、発射音も意外とデカイ。

 何よりも危ない。


 そこで馬車で移動した先々で射撃の練習を始めた。


 早朝は家の裏でブラスター。


 仕事先の空いた時間にポンプガンだ。


 今日も弁当と一緒にポンプガンを携帯している。

 一応クリーチャー対策でもある。


 なるべく菱型や、ラグビーボール、ライフル弾などの円錐状の物体が安定して飛ぶ。

 それに近い理想的な石を見つけたら革袋に仕舞う。 


 今日は街から離れた、山の近くのウィスキーの蒸留所の近くの農家へ届けた。


 そこは針葉樹の森が近く、その中の生き物を狙うことにした。


 ガッハが引っ張る荷車を止め、ガッハを休ませてあげる。

 大人しく頭の良い牛のガッハは、荷車を引く時は勝手に逃げたり、離れることは無い。


 俺は静かに森の中に分け入る。


 しばらく歩くとすぐに見つけた。

 ウサギだ。地球のよりちょっと大きくて、デブで耳が小さいがウサギだ。


 距離をなるべく縮めて、しゃがみ込む。

 

 一回ポンプして、ストックを伸ばす。


 今は水が入っている。


 目視でもハッキリ見える。


 俺は照星をウサギに狙いを定めた。


 そしてゆっくり引き金を引いた。





 今日は坊主だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る