第18話 撤収

ep.3-5 day / 5





 男:アシフは憔悴しきってグッタリしていた。俺には人道的処置の考えがあるので、水を飲ませてガッハ(バッファロー)に乗せてあげた。


 この近辺には【プクティス】という大型のトカゲが居るらしいので、直ぐに【ウーベント】の街に移動することにした。


 男から聞き出した情報をウウクに説明しながら、テントやレジャーシートを片付け、作ったばかりの干物も回収する。


 男達の死体と、持っていく必要の無い物は、どうしようもないので放置することにした。


 男達の荷物で使えそうな物は、男達の衣類でまとめてガッハに乗せた。そして俺とウウクもガッハに乗ってみる。



 目指すウーベントは南東にあるらしい。



 高校生の時、修学旅行先で乗馬をした。馬は群れのリーダーとその騎手に付いて行くので、素人の生徒が乗って手綱を引っ張っても言うことは聞かない。


 もしかしたら、そういう訓練をされているせいかも知れないが、とにかく乗って揺られるだけだった。


 しかも馬の背中は不安定で、その為に鞍(くら)と鐙(あぶみ)が付いている。

 ついでに正しい乗り方が分からない素人は、その場で指導される付け焼き刃の乗り方をして、お尻が痛いと言う奴が出てくる。


 でも俺はその体験からバイクに興味を持って、ピーキー過ぎて乗れないようなバイクを求めた。

 しかし、お金がなかったので50ccのミッション車に乗っていた。

 それでニーグリップを覚えた。


 だが、こいつはバイクとは全く違う面白さだ。


 ガッハはモコモコの大きな背中に鞍と鐙が付いている。

 足は競馬の馬みたいに長くないみたいだが、太くて体がでかい。

 そんなに振動も無い。多分馬よりも乗り易い。

 さらに目線がバイクよりも段違いに高く、気分が良い。

 そして何と言っても可愛い。最初は厳つくて怖そうだったが、この牛は人に慣れていて温厚だ。


 指示の出し方は分からないが、不思議とこちらの意図を汲んで進んでくれる。


 きっと頭が良いんだろう。


 ついでに言うと、ニーグリップは全く役に立たない。



 「ショウタぁ~♪ この動物可愛いね~♪」


 「な~。すっごく可愛い。こんなの初めてだよ。」


 「私も~♪ こんな風に動物に乗るの初めて♪」



 ウウクは嬉しそうにガッハに乗りながら頭を撫で、ガッハもそれに合わせて耳をプルンプルン動かしていた。



 「美味しいのかな〜♪」


 「うん、そう思うのは分かるけど、口には出さない方が良いと思うよ?」



 男:アシフが乗るガッハと、俺のガッハはロープで繋がっている。

 俺がリードし、男はガッハに揺られながら付いてくるが、精魂尽き果てている。


 俺の横のウウクは寄り添うように揺られていて、まるで一緒にデートをしている気分だ。


 襲われた事には憤りを覚えるが、結果として人里やあの場所の危険が分かってラッキーだった。



 まさに、結果オーライだろう。



 アシフに案内させて、湖のある高原から離れ、ガッハに乗って下り続ける。


 なだらかな山道を歩き続けると、細い木々が並んで生える林が見えは始めた。

 針葉樹の林だ。そして俺達を乗せたガッハは針葉樹の林の中へと入っていく。


 この林の中にはどことなく人や動物が踏み固めたような道らしきものもある。


 林の木々の隙間から木漏れ日が差し込み、苔の様な植物が生えた茶色い土をガッハが踏みながら歩いて進む。


 ガッハ達はのんびり歩いているのかもしれないが、俺達の歩行速度よりも早い。かなり快適だ。


 林の中もスギ花粉が舞っているなんて気分の悪い事は一切なく、鳥の声が響き、大きな見知らぬ昆虫が木を登っていた。

 それらは見慣れない風景ではあるが、気持ちの良い森林浴を俺達に体験させてくれる。


 林の中には目立った倒木も少なく、土地の起伏も少ない。木々の密集率も低いので俺達を乗せて歩くガッハは俺達に天然の自然公園の体験ツアーを楽しませてくれた。



 そうして歩き続けていると、ガッハが立ち止まる。


 どうしたのだろうか?



 「どうしたのかな?」


 「ショウタ。音が聞こえる。空気もおかしい。」


 「音?」



 黙って耳を澄ますが、特に感じない。


 …いや、違和感がある。


 鳥の声が…聞こえなくなった。

 何も聞こえない。静寂だ。



 「は、 はしらせろ」


 「は?」


 男が後ろから声を出す。


 「走る?」


 「でかいのだよ、ぷくてぃす、おいつけないからいそいでくれ」


 「あぁ! でかいトカゲか!?」



 急いでガッハの手綱を握り、映画のようにパシパシ叩いて鞍を蹴るが、ガッハは動いてくれない。


 やっぱ素人じゃダメか!?



 「勘弁してくれよ。 逃げて家に帰ろうぜ!」


 「なんか来るよショウタ!」


 ウウクが2時の方向を見つめて言う。


 「でかいトカゲが来るらしいぜ!?」



_ザザザザザザっ!  


 草をかき分けるように影が地面を這ってくるのが見えた。

 だけどそれが生き物なのだと後ろで怯えるアシフの様子で理解できた。


 林の奥の方から真っ黒な生き物がズルズル這うように進んでくると、ヌッと顔を出す。


 コイツだ。間違いない。

 でけぇ…。乗用車のバンくらい大きさのトカゲだ…。

 テレビで見た女のお笑い芸人が鬼ごっこしてたオオトカゲに似てるけど、これじゃ恐竜だぜ…。


 地面に顎をくっつけたままで居たその巨大なトカゲが、何のつもりか口をニチャリッと開けた。

 鳴き声は上げない。


 そいつの外見は真っ黒。なのに口の中は真っ赤。しかも白い筋張った何かが波打って蠢いている。


 寄生虫だ。口の中におびただしい量の寄生虫が生息している。

 

 そして寄生虫の蠢く口の中で、長い長い舌がベロベロと伸縮する。



 …勘弁してくれよ。 


__ブワァァァっ!!!


 プクティスの一番近くにいたウウクは手をかざして炎を放射する。あまり遠いと電気は届かないらしいので炎を使ったのだろう。



 『バァァァァァァァッ!!!』



 炎に襲われたプクティスが見た目にそぐわない甲高い声で鳴きながら後退すると、俺達を乗せたガッハが突然走りだした。


 ガッハは跳ねるように走り、俺もウウクも振り落とされそうになったが、後続のアシフは堪えていた。あの怪我で踏ん張れるんだからそれなりに凄いんだろう。


 俺達を乗せたまま跳ねるように走るガッハ達。


 そのガッハにしがみつきながら、スター・ウォーズみたいに林の中を疾走している景色に面食らっていると、後ろからバサバサと音が近づいてくる。



 アイツだ。


 振り返ると黒くて巨大なトカゲが匍匐前進するような這う姿勢で追いかけてくる。


 その姿は夕焼けに照らされる自分の影みたいにしつこく迫ってきて、背筋が震えた。

 強烈に不気味だ。


 影のように目立たないその見た目と同様に、追いかけてくる足音も木々がなぎ倒される以外には何も聞こえない。まるでストーカーのようにしつこく付きまとう獰猛な姿は、ジョーズを彷彿とさせる。


 あまりにも現実味がなく、俺は自然とジーンズに挟み込んでいたブラスターに手を伸ばし、右手で構えて狙う。


 だけど狙っても狙えず、後ろの男のガッハにも当たりそうだった。


 俺はプクティスの前方の地面を狙って撃った。



_ジョンッジョンっジョンッ!!



 着弾した地面はザバン! と爆発するように音を立ててえぐられ、後方にいたガッハもそれに驚いて射線を空ける。

 その後ろのプクティスも、えぐれた地面を避けるように迂回する。


 すると射線上に障害物が無くなり、プクティスの全身を捉えた。狙ってやったつもりだが、本当に出来て自分で自分に驚いた。


 そのまま揺れるガッハの上でプクティスを狙って撃ちまくる。



_ジョンッジョンっジョンッ_ジョンッジョンっジョンッ!!



 さっきよりも距離が離れたせいで全く当たらない。でも、無反動で腕に負担が無いから気にせずブラスターをぶっ放す。


_ジョンッジョンっジョンッ!!_ジョンッジョン【っびゅチチャ】っジョンッ!!


 当たった!!

 一発だけ。左前脚に当たり、足が引き千切れた!!


 『っっバァァァァァば ァァッ !!!』


 真っ黒なプクティスは引き千切れた足を振り回しながら地面にのたうち回って吼える。


 その光景はウナギやミミズがビチビチ跳ねる姿よりも途方も無く醜くて、ガッハの俊足でしだいに遠ざかり見えなくなった。


 まさにこんな光景を、映画やガンシューティングゲームで見た気がすると感じた自分が少し気に入らなかった。



 そう言えば、あいつの足から血が全く出ていなかった。銃弾じゃないからだろうか?





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 林を抜けると草原に出た。


 手綱を懸命に引っ張ると、ガッハの歩調が緩やかになり、普通の速度で歩き始めた。

 後ろから追ってくるウウクと男のガッハもそれに続いて歩調を合わせてくれる。


 ガッハは三頭ともブフブフっ、と荒い深呼吸を繰り返している。見るからに疲労困憊だ。


 俺もウウクもガッハにしがみつき、緊張感からくたびれた。隣でこんな風にグッタリしたウウクを見たの初めてだ。



 「大丈夫かウウク?」


 「なんか気持ち悪くて…お尻も痛い…」


 「乗り物酔いしたんだろうな…ちょっと休もう」



 林から離れて少し進むと、川が流れていた。あの高原の湖の下流なのかもしれない。


 ガッハはその川辺まで歩くと、勢い良く川の水を飲み始める。ガブガブ水を飲む威勢の良い姿は見ているこっちが気持ち良い。


 ガッハから降りるとウウクに手を貸して、抱き上げるように降ろしてあげる。

 

 同じように男にも手を貸してやり、降りるのを手伝う。

 男はよろめき、降りると同時に地面に座り込む。そして俺の目を見ずに話しかけてきた。



 「なぁ さっきのあれは なんだ あんたもなんかできるのか?」


 「………ふん。」



 …多分手の内は見せない方が無難で、誰かに知られないほうが良いな…。武器を目当てに襲われるのも嫌だし…。



 「なぁ。アシフさんだっけ? アシフさん。俺は貴方を殺すつもりは無いが、襲ってきた落とし前は付けてもらう。ウーベントの街まで案内して、ギルドだかに行って、自白させて、引き渡して終わりのつもりだ。

でも余計な詮索をしたり、俺のことを誰かに話したり、俺が今後誰かに襲われたら、アシフさん。

俺は犯人は【ウーベント】の【ベンリー】の【アシフ】の仕業だとするよ? そんなの嫌だろ? なぁ?」


 「……あぁ…」


「俺達は不運な出会いをして、返り討ちにして、その後俺達は幸運にもあのクリーチャーから逃げ切れた。 そうだろ?」


「そうだな」


「死んだ仲間も運悪く落馬したり、逆に斬られ返された。俺達は運良く勝てたんだ。違うか?」


「そうだな」


「よっしゃ。見解も一致したし、水でも飲むか」



 三人で地面に座り込み、圧縮水筒の水を飲みながら、出来たばかりの干物を千切って食べた。男にも妙な反感をこれ以上持たれない為に、なるべく優しく振る舞ってやる。


 少しでも情を持たせられたらリスクも減る。


 ウウクには男に口止めをしたことを伝え、人前だとお互いの武器や容姿、能力が目立つことを説明した。

 ウーベントの規模は分からないが、街であれば人口が多く、目立つと良くないことを説明するのだが、街を知らないウウクにはピンとこないだろう。


 ウウクの黄色い髪の毛を隠すために、俺のパーカーをウウクの上着の下に着させてみた。パーカーは灰色だからそれほど目立たないと思う。


 俺のパーカーを羽織ったウウクはフードを頭にかぶる。

 はみ出た髪の毛もフードの中にしまい込むと、一応は彼女の金髪が見えなくなった。俺のパーカーではウウクにちょっと小さいけど、その分フィットしてるからバレないかな?



 そうしてウーベントに向けて俺達は出発した。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る