第28話 新天地

ep.5-5 May / 7 / T0059





 朝の目覚めはスッキリだ。ウウクと寝るとすごく気分が良い。


 胸から出る甘い蜜が俺の体に影響しているのは何となく分かる。


 それが余計に胸を吸う羞恥心を消してくれた。


 今朝も一生懸命吸い、頭を撫でられながら腰を振った。





 「おはようございます」


 「えぇ、おはよう」


 女将さんにとうとう何も言われず鍵を渡された。





 「ウウクおまたせ。入ろう」


 「うん♪ 一緒に入ろ♪」





_シャァァァァァァ…



 「ねぇ、ショウタ。今日はどうするの?」


 「ムッサウィルさんのところに行って、証明書を貰って、住む場所を聞こう。これからの相談もする。部屋には荷物を残して、ダメなら戻ってこよう」


 「うん。分かった」



 俺が石鹸で頭を洗い、その間にウウクが胸に石鹸を付けて俺の背中を洗ってくれる。

 彼女の手は前に回され、俺自身を綺麗に洗っている。


 でも、やたら念入りに先端をいじるから元気になっている。

 ウウクは俺のアナログジョイスティックが大好きだ。



 女将さんにもう一泊するか分からないが、荷物を置かせて欲しい旨を伝えると、快く許可してくれた。

 先に今日のシャワーと朝食代を払い、食事をとる。


 ウウクは今日も元気モリモリだ。俺より食べる。

 




_ブーッ・ブーッ、ブーッ・ブーッ



 食事を終えて部屋に戻ると、ポケットに入れていたスマホが震えた。

 当てずっぽうで決めた時計の時刻はもうすぐ9時だ。


 部屋の中でしていた外出する支度を一度中止し、外に出る。ウウクも一緒だ。


 牛舎に行くとガッハ達に挨拶代わりに頭を撫でてあげ、昨日作った日時計を見る。


 ピッタリだ。影と線が寸分の狂いなく重なる。

 ほぼ24時間で間違いない。これもわざとなのだろうか?


 日付も気になり、女将さんに聞く。

 今この土地は、ツンクラト歴59年の5月7日。一年は365日。


 全部出来すぎていて、返って関心した。

 アイツが夢中になるはずだ。気になって調べたがるのもよく分かる。


 曜日は聞き慣れないが、一週間が七日なのも全部一緒なので時計や日付も全部変えた。



 「なぁ、ウウクはどんな生活がしたい?」



 街の中心の守備隊基地に向かう道中に俺はウウクに質問をした。


 俺は聞いてみたかった。ウウクは狩猟採集の縄文生活で、こういう世界に馴染みはない。

 俺だって馴染みはないが、社会の中で働く必要があることは分かる。



 「生活っていわれても…ショウタとの赤ちゃんが欲しいくらいだけど…出来ないらしいし、後はお話が出来るようになりたいな」


 「そうだね。まず学校に行って言葉を覚えなきゃね」


 「うん。どんなのかな?」


 「教えてくれる人が喋るのを真似するのが多いと思うよ?」


 「ふーん」


 「言葉だけなら俺も分かるし、一緒に頑張ろう」


 「ね。一緒♪」



 そしてウーベントの守備隊基地に着くと前回と同じ兵士の女性が居た。

 彼女はムッサウィルさんは二階の部屋に居ると説明して通してくれた。


 階段を上がり、以前と同じ部屋を目指して進み、目的の扉にノックをする。



_コンコンっ


 「入ってくれ」中から声がした。


 両開きのドアを開けると、ムッサウィルさんが座っていた。



 「来たな。準備はできてる。座りなさい」



 前回と同じ様に俺達は机の前の肘掛け椅子に座る。

 それに合わせてムッサウィルさんは机の中から羊皮紙を二枚取り出した。



 「この二枚が君達の身分証明書だ。本籍地はこのウーベント。この書類と証明書にサインと、赤いインクで指紋を押してくれ」



 言われたとおりに俺は皮の書類と証明書に【斉藤翔太】とペンで記入し、左指を赤いインクに付け、指紋を押す。 

 後はウウクだ。



 「ウウクもこれに名前を書くんだけど…どう書こうかな…。ムッサウィルさん、【ウウク】ってどう書きますか?」


 「そうだな。こう書けばいい」



 そう言うとムッサウィルさんは、別の紙に変わった文字を書く。

 テレビか授業で習った古代の文字みたいで、アルファベットとは違うが、筆記体のような文字だ。



 「ウウク、あんな風に真似して書いてくれる?」


 「…? あれが私の名前?」


 「そうだね。こっちの世界の言葉の文字だけど」


 「ショウタのと全然違うよ?」


 「俺の書いた名前は俺の世界の文字なんだよ」


 「じゃ、私もそっちが良いな」


 「え!?」



 困ったな…。



 「ムッサウィルさんすいません。ウウクがわたしの国の文字が良いそうなので、ちょっと待って頂けますか?」


 「構わないよ。確かに不思議で複雑な文字だ。しかし、偽造されにくく魅力的だ」



 そうなると、どうなる? 当て字か意味か…。



 「なぁ、ウウクの名前はなんて意味?」


 「名前の意味? 星の神様の一つで、運命の神様よ」


 「運命の神様?」


 「そう。死んでも星に帰って、また竜に戻るの。迷子にならずに家族や仲間といつまでも巡りあうの」


 「そういう信仰か…。生まれた日はどんな日? 季節とか」


 「春を過ぎた暖かい日、雨の日の夜」


 「春の雨の日…」




 ………【運命竜】でウウクと読ませるか? キラキラネームを超えるな…。


 でも、今思いついたのは【雨々駆ううく】とかだし…。


 いいや。両方使っちゃえ。


 俺はムッサウィルさんが書いてくれた紙に書いてみる。字、間違って無いよな?

 


 「じゃぁ、ウウク。コレどうかな? 【運命竜 雨々駆】 “運命竜”は、その神様の意味で、“雨々駆”は、ウウクの名前の音と、雨に駆けるって意味なんだけど」


 「わぁぁ!」



 ウウクの顔が輝いた。気に入ったらしい。



 「これで良いよ♪ 何かいっぱい線があるね!」


 「そうだね。……画数が多くて普通なら嫌がられそうだけど…。中二っぽいし…」


 「ダメなの?」


 「いや、ダメじゃないけど。じゃ、コレでいい?」


 「これが良い♪」



 ウウクは紙にその字を真剣に俺に教わりながら、一生懸命書いて練習した。

 それから羊皮紙の証明書には一字一字、時間を掛けて書いた。 


 それだけでお昼になった。その間ムッサウィルさんは待たされている側なのに、ウウクと一緒になって真剣に彼女の名前の漢字を真似して書いていた。


 彼はウウクの名前が決まった後に意味を教えたら、カッコいいと感じたらしく、漢字に感化されていたのだ。

 

 ウウクが書き終わると、ムッサウィルさんに自分の名前も書いて欲しいとせがまれた。

 しかし、使える当て字となる漢字が見当もつかないので後日にして貰った。電子辞書があって良かった。


 二人の身分証明書を頂き、今後の生活の話をすると、物品の売却をしたティーゼルさんのよろず屋に行って、家を相談するようにと言われた。


 彼には既に話をしてあるらしい。その彼と俺達は顔合わせが済んでおり、商店組合長で顔の広いティーゼルさんが仲介役となるとのこと。


 ムッサウィルさんにお礼を言って退室し、ティーゼルさんの店へ向う。 



 


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





_カランカランッ



 「いらっしゃい」


 「こんにちはティーゼルさん」


 「おぉ、来たか。話は聞いてる。座ってくれ」



 案内され、以前の椅子に俺とウウクは腰掛ける。するとそこへティーゼルさんは紙を三枚持ってきた。



 「すぐに紹介できる安い二人用の家はこの三つ。まだあるが、家賃が一ヶ月120ディルを超える。あまり勧められん」


 「アパートとか無いんですか?」


 「この土地では塀より高い建物はあまり作ってない。目立つと金があると思われて、盗みに来る奴が居る。それ以外にもクリーチャーから攻撃されるリスクも増える。こんな土地だとあるのはカリィタウンくらいだな」



 見せてくれたのは建物の間取りのような紙。手書きの絵で雑然とポイントが書いてある。用意してくれたのだろう。



 「大きくなくても構わないのですが、ガッハを三頭育てられて、できればシャワーの浴びられるような環境はありますか?」


 「………。 農家になるな。街の外だ。勧められない」


 「そうですか…」


 「しかもガッハを三頭は大変だぞ。売ったらどうだ?」


 「一頭は良いんですが、もう二頭は愛着があるのと、わたし達が乗るかもしれないので」


 「なら、貸し出せよ。俺が中に入る。農家やギルドでガッハは重宝される。普段は貸し出して、必要なときには返してもらえ。そうすれば金にもなる」


 「良いんですか?」


 「良いよ。坊主が儲かれば俺も儲かる。相手も儲かる。それが俺の仕事だ。ベンリーに貸さなければ争い事に巻き込まれない」


 「なら、ガッハはそうします。それじゃ、シャワーは?」


 「無いな。相当高額な物件ならあるが無駄だ。だから作っちまえ」


 「作る?」


 「そうだ。条件の合う家に作っちまえ。別にとやかく言われないさ。みんなそんなもんだ」



 借家に勝手に改築工事を平気でするのか…日本だと考えられないな…。



 「条件の合う家だと…井戸が欲しいですね。すぐ近くに」


 「そうだな。だとちょうどコレだ。これしかない」


 そう言ってティーゼルさんは用意された三枚の内の一枚を指差した。


 それは街の中心から少し外れた、小さな二階建ての家だ。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 「二階建てのログハウスか」



 そこは井戸が目の前にある小さなログハウス。離れた所に公衆トイレも有る。人が二〜三人住むには十分な大きさだ。



 「中心部から離れてるが、門からも離れてるから安全だ。しかも下水の始まりはこの場所。だから清潔だ」


 「ここのお家賃は?」


 「安いぞ。40ディル」



 一軒家の借家が四万円。

 良いんじゃないか? 俺のアパートとどっこいだ。



 「とにかく中を見ろ」



 そう言ってティーゼルさんはログハウスの玄関のドアの鍵を開けて入っていく。


 入ると正面に大きめのテーブルがあり、その奥には流し台に使うような台。


 右手の北側には煉瓦で作られた専用のスペースに薪置き場とストーブ等があり、換気もできるガラス窓が付いていた。

 玄関を入ってすぐ右手には階段があり、そのストーブの上を走るように二階へと続いている。


 左手の南側には大きなソファと、小上がりの8畳くらいの空間がある。 


 階段を上がった先の二階には、面積の2/3くらいのフラットなスペース。

 ログハウスの床もまるで汚れておらず、掃除も行き届いている。


 ガラス窓もあり、家全体が優しく輝くようなブラウンの光沢を放ち、優しい高級感を醸し出していた。


 ウウクは中に入った瞬間に顔を輝かせ、中の探検を始めていた。



 「なんで今まで借り手が居なかったんですか?」


 「ここは俺の物件だ」


 「そうなんですか?」


 「貸す気はなかったが、気が変わってな。借りるなら使えばいいし、シャワーだろうがなんだろうが好きにしろ。周りも俺が管理してる土地だから人が来ない。柵で囲われた範囲は自由だ」


 「ありがとうございます。ウウクも気に入ってるみたいだし、ここにします」


 「おう」



 ティーゼルさんは心なしか嬉しそうだ。



 ウウクにここに住むことを伝えると嬉しそうにしていた。


 持ち主がティーゼルさんで、この人から借りることを伝えると一生懸命お礼を言った。

 言葉は通じないが気持ちは通じ、ティーゼルさんも喜んでいた。


 その後の宿屋に帰る道中にシャワーの相談をした。



 「大工さんに頼んだほうが良いですか?」


 「それでも良いが、割高かもな。とにかくお湯で体を洗う場所が欲しいんだろ? ベンリーに相談したらどうだ?」


 「ベンリーにですか?」


 「シャワーはお前の宿屋のと同じでいいんだろ?」


 「とりあえずは」


 「あれを作ったのはゴッズだ。ゴッズに言えば作ってくれる」


 「ゴッズさんですか?」


 「そうだ。ゴッズは何でもできる。お前もベンリーになるならゴッズの仕事を見ておけ。役に立つぞ」


 「? わたしはベンリーになるんですか?」


 「何言ってるんだ。当然だろ? 学校に行くなら定職は無理だ。勉強の合間にデキる仕事ならベンリーだ」


 「そうか…ベンリーか。どうやってなれば?」


 「ギルドに行け。細かいことは向こうが教えてくれる。職人以外の移民は最初はベンリーで仕事を探し、働いた所で定職に就くのが多い」


 「なるほど。ありがとうございます」

 


 そして宿屋に戻る。

 戻ると女将さんに事情を説明し、置かせて頂いた荷物を回収してお礼を言った。


 別れ際に何かあれば相談するようにと言ってくれた。親身になってくれて顔がほころぶ。


 そして夕焼けの空の下で、ティーゼルさんがガッハ達を連れて行ってくれた。

 彼の店の裏に納屋があるので、そのまま引き受けてくれるそうだ。


 ウウクは寂しそうに三頭の牛達の背中を見送り、見えなくなるまで動かなかった。



 二人でログハウスまで手を繋いで歩いて帰る。



 今日からあそこがマイホームだ。





 ちなみにウウクは連れて行かれた三頭が食べられてしまうと勘違いしていた。

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