第16話 言語学習装置

ep.3-3 day / 4





 ウウクが捕まえて縛り上げた男の襟首を掴み上げて、男の両頬をベチベチと引っ叩くと、男は折れた手で庇いながら目を開ける。

 目は充血し、歯が折れて無くなった歯茎からは血を流し、呻いている。


 ウウクは目覚めた男を木にもたれさせ、水を飲ませた。


 男はぐちゃぐちゃと水を零しながらうがいをし、さらに水を飲む。


 ウウクは男の前にしゃがみ込み「どう? あなたは誰? 喋れる?」と言葉を掛ける。


 男は虚ろな目で「TYbunjkl g5fgYu YGj…」と、何か発するが、その言葉は理解出来ない。



 「ショウタ分かる?」


 ウウクが俺の顔を見ながら尋ねてくる。


 「いや、分からない。言葉を聞きながら調べなきゃいけないから、何か喋らせて」


 「またあの道具使うんでしょ? 気をつけてね」


 「また倒れたくないけど…。もしものときはお願いできる…?」


 「大丈夫。任せて。  …じゃ、あなたは私とお話しましょ。 こんにちは」


 「 ……? ygui7yl   ……?」


 「私はウウクよ。 あなたは何処から来たの?」



 男は妙に優しい声で語りかけられていることに酷く動揺している。

 そして俺達と同じように言葉が理解できないので混乱している様子だ。


 それでもそのやり取りを聞きながら俺はタブレットに手を載せる。


 言語学習を選ぶと、流れ込む知識に酔いそうになる。 


 前回とは桁違いの情報量だ。


 膨大なパターンが出てくる。


 類似している言語だけでも100種類以上あるのだろうか?


 まさか訛りや方言、地域別の詳細ごとに分けられているのか?


 そこまでの識別はいらない。


 スタンダードだけでいい。



 かなり絞れた。それでも30近くはあるのか?


 とにかく男のアクセントに近いのを探してくれ。


 単語の音と内容に意識を集中しろ。



 8種類くらいまでは絞れたが違いが分からない。


 ただ、同じような言語が多すぎるから、これが国際標準語に近い言語だと思う。


 どうせやるなら覚悟を決めて8種類全部を選ぼう。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 頭に痛みはない。


 ただ気持ち悪い。インフルエンザの時の気持ち悪さを思い出した。


 そしておでこが少しぬるい。


 ゆっくりと目を開けるとウウクの泣きそうな顔が見えた。



 「…気が付いた? …良かった。死んじゃうのかと思った…」


 「…どれくらい寝てた…」


 「ずっと。 もう夜だよ。明日にしよ」


 「そうしたい」


 「お水飲む?」


 「欲しい」



 ウウクはお鍋のお水を口に含み、口移しで飲ませてくれた。


 とても甘く感じた。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


day / 4





 朝の目覚めは普通だった。


 最後の記憶の気持ち悪さは無かった。


 今はテントの中で一人で寝ている。

 額の上には濡れたタオルが乗せられていて、俺のすぐ側には水の入った鍋がある。


 起きてテントの外に出ると、ウウクが男達が使った槍を持って座っている。見張ってたんだ。



 「おはようウウク」


 「おはよう。ショウタ。 起きて平気?」


 「あぁ、なんともないよ。心配かけてごめん。 寝てないの?」


 「こんな時に寝る人なんか居ないよ。それに見張りは慣れてるし、なんともない方が嬉しい」



 ウウクは微笑みながら近づき、抱いてくれる。

 相変わらず暖かくて気持ち良い。でも、臭いがいつもと違って衣類のせいか獣臭かった。


 少し背伸びをして、ウウクにキスをして唇をしばらく味わう。


 いつも以上に優しく触れ合うキスだ。


 唇を離し、お互いの目を見てアイコンタクトをする。

 

 そしてあの男の方へ一緒に向かう。

 男は木の側で寝ており、腕や足に添え木がされている。ウウクがやってあげたのだろう。



 「ところで、この人は大丈夫なの?」


 「死にはしないと思うけど、大丈夫じゃないと思う。私達の仲間なら一生竜にならずに人の姿で雑用係ね。でも、そうなると男はだいたい自分から戦いに行って、星になる道を選ぶわ」


 「俺は医者じゃないし、こっちの医療レベルも分からない。バイオパックの医療品でも間に合わないな。あいつ(イソギンチャク男)骨が無いらしくて、骨折に対応した医療品が無いんだ」


 「とにかく話をして、コイツの群れを聞きましょう。ダメなら葬ってあげたほうが親切よ」



 ウウクの最後の一言に一瞬たじろぎ、動揺を隠せない。


 医者でもない自分には、まともに動くこともできない男に何をすれば良いのか分からない。地球なら救急車や車で搬送して病院に連れていくか、往診の医者を呼ぶべきだろうが、今はできない。


 こんなに重症だし、戦場映画とか、ドキュメンタリーでも大体は死なせてあげてる。

 そもそも犯罪者を助けることが正しいのかどうかも分からない。


 だから多分、俺の感覚は現実的では無いのだろう。



「まぁ、話してから考えよう」



 俺は男に近づき肩を揺する。


 すると男の目がゆっくり開く。



 「おはよう。 話はできるか?」


 「……はなせるのか?」



 歯が無く、腫れているので呂律は回っていない。でも間違いなく言葉が理解できた。


 一生懸命覚えた、拙い英語なんかよりもハッキリ分かる。


 関西弁とかの方言を聞いた時に、馴染みがないのに分かるのに近いかもしれない。


 ただ、ウウクの時と違い、日本語を話している様な自然な感触や実感が無い。外国語だと自己認識している。



 「あぁ、分かるよ。あんた達はなんで俺達を襲ったんだ?


 「………こんなところに、きんぱつのおんななんかめずらしいからな…」


 「ふーん……。 どこから来た? 名前は?」


 「、、、…うーべんと… なまえはあしふ」


 「その【ウーベント】は、どんな所なんだ…アシフ?」


 「……まちだよ…しらないのか…?」


 「ここに来たのは初めてなんだ。 この辺の土地はなんて名前で、どんなところだ?」


 「…あ? は は は、 なにいってんだ あんた」


 「良いから言えよ。 死にたくないだろ」


 「……りくのことう つんくらと の ひがしがわ そこそこさむい」


 「陸の孤島の【ツンクラト】? 東側。んで、寒冷地方と。 で、この近くにウーベントって街があるのか?」」



 俺は用意していた手帳にメモして確認を続ける。

 陸の孤島ってなんだよ?



 「そうだよ あんた なにいってんだ」


 「訳ありなんだよ。 あんたは俺達を捕まえに来たのか?」


 「いや、    べんりーだよ いちおう な 」


 「べんりー? なんだそりゃ?」


 「は? だから  べんりーだよ しらないのか?」


 「ベンリーなんてバイクしか知らないよ。 それはなんだ?」


 「あん? あ あぁ ばいく?  べんりー は べんりやだ だいこうやだよ はんたーともいうな」


 「便利屋? 代行業で、ハンター?

 そのまんまだな。 …いや、俺がそう認識してるのか?」


 「は?」



 俺の脳内変換の自問自答に男が困惑している。 こっちだって困ってるんだよ…。



 「その【ベンリー】ってのは、どんな仕事で、ここには何をしに来た?」


 「くみあいに かにゅうして しごとをもらうか さがすのさ。 なんでもある  ここにはしごとできた」


 「組合に加入? …ハローワークか人材派遣会社で、何でも屋をする……。  何をしに来た?」


 「はんとだよ はんてぃんぐ  このへんはでるだろ」


 「ハンティング? 出るって何が?」


 「…くりーちゃーだよ  どうぶつもいるけど くりーちゃーが よくでるだろ」


 「【クリーチャー】ってなんだ?」


 「チッ…  …ッチッ  …でかいのだよ。 …もういいだろ   ちょっと やすませてくれ」



 カチンと来た。

 テンポが悪いし、話は進まないくてイライラする。こいつらには命まで狙われたのに態度がでかい。

 ムカつく後輩や、うだつの上がらない野郎よりも腹が立ってくる。


 俺の先輩や上司にはトッポイ人が何人か居た。大嫌いだったが、それを真似したくなった。



 「ンだとテメェ、こっちはテメェのせいでエライ目にあってんだよ。 はっ? 何様なんだよ? おい?ねぇ? 聞いてんのかよ?」



 男は不貞腐れたようにうつむいている。怪我もあってだるいのかもしれないが、自分の立場を理解していない。完全に舐められている。



 「きこてんよ  いきがんなよ」


 「だったらテメェは黙って聞かれたことに答えりゃ良いんだよ。脅されてぇのかよ? なぁ?」


 俺はウウクに声をかける。


 「なぁ、ウウク。 コイツ話をしたがらないから脅かして欲しいんだ。」


 「え? 驚かすの?」 


 ウウクが事情に着いて行けず、心配そうに聞いてくる。


 「いや、怖がらせて、こっちの方が強くて敵わないことを知らしめたいんだ。できる?」


 「じゃ、ちょっとビックリさせようか?」



 するとウウクは指を立てた手をかざす。



_ビリビリッ!!


 「!ひゃっぁぁ!!!!!」



 座りながら飛び上がる人間を始めて見た。直後に男の目つきと雰囲気が変わる。

 途端にオドオドと怯え始めたのだ。



 「ナァ、良いか? こっちはテメェを丸焦げにすン事も、丸焼きにもできンだヨ。 テメェのお友達も一人見てるだろ? 分かったか?」


 「わ わかった わかったよ」



 尋問は続く。






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