第49話 ベルウッド大作戦
ep.8-8 November / 27 / T0059
27日の昼前。
外では静かに雪が降っている。
俺達の居場所はホテルの一階バンケットホール。
ストーブが焚かれているので温かい。
俺とウウクとティーゼルさん。
ウサギ人女性:カミアキンさん、ロバ人男性:ブレールさん。
集められた大勢の人間と獣人族を前にして5人で椅子に座っている。
言うまでも無い。オーディションだ。
映画やドラマで散々見たが、まさか俺が審査する側に回るなんて驚きだ。
集まった人々は全員このコミックバンドの趣旨は聞いている。
獣族が多い。陽気な彼らはノリノリだ。だから参加希望者が多く集まった。
一人ずつ得意な楽器を演奏したり、歌ったりしてもらう。
エレキギターは無いが、それ以外は大体似たり寄ったりの楽器が一通りあるので平気だと見える。
一人飛び抜けて目立つ奴が居た。獣族に似てるが変わった出で立ちだ。
黒い肌で目も赤い。ツルッとしてマネキンみたいな体。人間には見えない。
職業は歌手だそうだ。ブレールさんに聞くと、獣人ではなく魔人だという。
なんだそりゃっと聞くと、人間は猿に近くて遠い。獣人はもっと動物に近い。魔人はクリーチャーやモンスターに近いそうだ。
なので特別な能力を持っている奴も稀に居る。ただ数が少なくてとても珍しいらしい。
その男性はひょうきんで、目立ちたがり屋。ユーモアもあった。名前はトゥブルッツ。
類まれな声量で歌声を響かせる。
彼は目立っていた。その容姿も含めてだ。しかもよく喋る。
一人は決まったと全員は頷いた。
オーディションは進む。
技術的な部分は分からないが、見ていて華があるかどうかは何となく分かる。
テレビと映画は見まくったからだ。素人感覚だが外れないだろう。
ブレールさんやカミアキンさんが「彼は有名」「彼女は腕がいい」など、色々と評してくれるが、いまいちピンとこない。
男性グループに女性は紅一点として入れても良いかも知れないが、それだとドタバタコメディはできない。一体感がない。
男の下品で愉快な仲間意識が必要だ。
俺は首を横に振りつづけた。上手いだけならタダの演奏家だ。有名なら尚更に既存のイメージが付いて離れない。
それではスターにはなれない。俺達が必要なのはアイドルだ。アイドルになる魅力と素質。
それを引き立てるメンバー。それら全部でブランドだ。
それぞれがそれを楽しんで演じられる人が良い。
地球のブランドイメージ戦略が必要だ。
俺はやるときはやる。
俺はクレイジーキャッツとドリフをイメージしている。
演奏にはもっとアップテンポでロックやジャズの要素があれば完璧だと思った。
そして選んだ。出てきたのだ。
みんなの印象に残り、魅力的な候補が。
人間の管楽器演奏者:エルビー。男性。ボイスパーカッションを見せてくれた。
寡黙な感じだが、皮肉好き。それでいて人を喰った感じが憎めない。
獣族の管楽器演奏者:アッマド。男性。トカゲ人。人間から見てもハンサムだ。
クールで落ち着いてる。そしてお茶目だ。見た目は二枚目、中身は三枚目。
人間の管楽器演奏者:カラヴァッジョ。男性。女好きでスケベな感じが良い。
ムードメーカーで器用だ。人間の少ないこの街で磨かれた、種族を超えた関係を築く力がある。
獣族の弦楽器演奏者:ササ。男性。リカオン人。犬系の獣人で背が低い小柄な男の子だ。まだ若い。
その小さな体でベースを軽快に引く。指をパチンッ☆っと鳴らすのが癖。可愛がられるいじられ役だ。
獣族の弦楽器演奏者:ラスティ。男性。トリ人。とてもひょうきんでよく喋る。
歌も美しく、地声でもよく響く。羽毛も赤くて派手で衣装いらず。以外にもマッチョだ。
獣族のピアノ演奏者:チャイコフ。男性。ガゼル人。鹿の獣人で、メガネを掛けた静かで知的な男性だ。
ムードを壊さずに盛り上げる必要性を理解してる。役割はこなせる。女性受けが良さそうだ。
人間のピアノ演奏者:バーグマン。男性。かなり太った男性だ。太い指で鍵盤を弾く姿は魅力がある。
憎まれず、誰にでも打ち解けられる。引き立て役になるし、それも受け入れる器が有る。
獣族の歌手:アリョーナ。女性。キツネ人。高い身長でボンッキュッボン!!マリリンモンローみたいだ。
男なら一目で惚れてしまう。白っぽい毛並みも豊かでセクシー。歌唱力も抜群。でも、身を引く時は引く。
人間の歌手:アンナ。女性。可愛い感じだ。慣れてない感じが応援したくなる。
歌唱力が高く、売出し中の若手らしい。
最後の一人まで審査し、この日のオーディションは終了となった。
残った俺達はバンケットホールの一角で会議を始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ウサギ人:カミアキンさんが興奮した面持ちで話しだす。
「メンバーを探したり、楽団のオーディションは沢山観てきたけど、今回は一味違うわね」
ロバ人:ブレールさんも頷く。 「本当に。オーケストラのオーディションは珍しくないが、一から10人に満たないバンドをプロデュースなんて初めての経験だ」
そうだろう。音楽業界の会社でもなければ、こういうことはあまりしないだろう。
普通なら誰かがメンバーを集める為に活動する。第三者がコミックバンドという企画を作るためにメンバーを探すのは初めてだろう。もちろん俺も始めてだ。
その後はみんなでディスカッションだ。ウウクの素人意見のイメージは観客目線だと伝え、第一印象を尊重した。
ブレールさんは音楽の技術的な部分、ティーゼルさんとカミアキンさんは総合的な評価。
俺は単純に魅力とコンセプトとネタとの組み合わせで評価した。
ブレールさんはドラムスとしてはこの土地でトップ。双璧をなす存在は少ないらしい。
その上でコミックバンドの趣旨を明確に理解した人物は必要なので、彼はリーダーとして不可欠。コミックバンドは方向性が大事、舵取りが必要だ。
そうして数々の中から全員が一番印象に残った、例の彼らは必然的に候補として残った。
そしてメンバーは決まった。
俺がメンバーの振り分けをした。
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★リーダー&ドラムス(打楽器)
=ロバ人:ブレール
★ボーカル&ギター(弦楽器)
=トリ人:ラスディ
★ボーカル&トロンボーン(管楽器)
=人間:カラヴァッジョ
★サックス(管楽器)二枚目
=トカゲ人:アッマド
★ベース(弦楽器)チビ
=犬人亜種:ササ
★ピアノ(ピアノ)
=シカ人亜種:チャイコフ
★ピアノ(ピアノ)デブ
=人間:バーグマン
☆ソンガー&コーラス
=キツネ人:アリョーナ
☆ソンガー&コーラス
=人間:アンナ
他、演出補助:演奏者。
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俺が発表し、集められたメンバーのプロフィールの用紙を他の全員が見る。
メンバーを確認するティーゼルさんの目が細くなる。
「ショウタ。彼らは入れないのか? 特にトゥブルッツ」
「そうよ? 他の誰かと入れ替えたら? 彼以上の人は居ないわ」
ティーゼルさんの疑問に、カミアキンさんも同調する。
ブレールさんも困惑の表情を露わにする。
そうだ。魔人のトゥブルッツ。彼はスピーカーなんか不要な、素晴らしい歌唱力と声量がある。
ユニークで、間違いなくスターになる。だけど、だから駄目だ。
そして、このコミックバンドの候補の中には人間:エルビーという男性も候補から抜けている。
メンバーが多すぎても良くないから抜いたのだ。
「はい。あの二人は入れませんでした。彼らではコミックバンドのイメージと趣旨に合いません。
魔人のトゥブルッツでは目立ちすぎて他のメンバーが喰われます。人間のエルビーは性格的にドタバタコメディには向いてません」
俺の判断にみんな黙る。もったいないと考えているのだろう。
だが、目的と手段を履き違えるとダメだ。空回りは観客が引く。
俺達はコミックバンドのチームで押し出す。それに合った構成が必要だ。
だが、まだ足りない。決定的なモノが足りない。
「しかし、これではダメです。まだ足りません」
俺の一言に全員が顔を見合わせる。ウウクも意図がわからず不思議な顔をする。
「何が足りないの?」
そんなウウクが尋ねてくる。
「ライバルだよ」
そうだ。一番必要なのはライバルだ。
観客は応援するから盛り上がる。
コミックバンドが街の住人、観客の全てにウケるとは限らない。
楽曲や演目の中身に興味の無い人、嫌いな人も居るはずだ。
そこで二分する勢力があれば、応援に熱が入る。それを模範してコピーバンドも増える。
ファンはお互いに好きなファンを応援し、人気は上がる。
皆の人気者よりも、選んでどちらかに付く。その方が応援のしがいもある。
そして他のミュージシャン達にも注目が集まるのだ。人気の無いものを選んで通ぶるひねくれ者はどこにでも居る。
派手な曲を嫌がる人はさらに違う曲を探す。今回は選ばれなかった演奏者、オーディションに参加しなかった人々のファンはそちら側に付く。
これで住み分けも出来る。
俺はそのことを説明した。そして言った。
「もう一つグループを作りましょう」
みんな呆気に取られた。予想外だったのだろう。
だから俺は発表した。もちろん候補は残ったあのメンツだ。
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◆ボーカル&エアギター(歌手、他)
=魔人:トゥブルッツ
◆ボーカル&サックス(管楽器、ボイスパーカッション)
=人間:エルビー
他、バックコーラス、演奏者多数。
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俺はこの二人組のユニットでコミックバンドを作る。
イメージはブルース・ブラザース。
バックコーラスや演奏に多くの人が必要で、それには今回の候補の選考から外れた人々に入ってもらう。
ドタバタ劇では無く、演奏と演出で人を楽しませる。ちょっと大人な感じだ。
9人組はファミリーと若者。
こっちの二人組は大人がターゲットだ。
「で、ではこのコンビはどうするんだね?」
ブレールさんが聞いてくる。説明に追いつかないのだろう。
何しろ突然現れた自分のグループのライバルだ。驚くだろう。
「この二人はダンスも上手いです。なので演奏者達とセッションを取りながら歌って踊ってもらいます。コミカル路線よりも、セクシーでバイオレンスな感じです。もっと会場と一体になる感じで」
全員俺の説明に理解を示せない。そりゃそうだ。俺は突然ロックとジャズを全面に押し出すグループを立案したんだ。聴いたこともないから想像もできまい。
だがミュージシャンなら分かるはずだ。
俺は昨日同様に説明をした。
ひたすらにキャラクターを作りを意識し、それを演出して演奏することを。
衣装は決まってる。
トゥブルッツが歌い、踊る。エルビーも同じ格好で演奏しながら踊る。
演奏者達もノリノリで歌ったり、踊ったりしながら演奏する。
そなると会場全体もノリノリだ!
俺達の目的は観客を楽しませること。観客を熱狂の渦に巻き込むんだ!!
俺は説明をする為にアカペラや、下手クソなボイスパーカッションと身振り手振りで、知ってる音楽や歌を再現して歌った。
ウウクははしゃいだ。いつものごとく楽しそうだ。
ビートルズにエルヴィス、BOOWYまで、アップテンポなJAZZも、口と家具を叩いて再現した。
客観的に見たら、マイケルがステージでジョニー・ビー・グッドをロックに歌いすぎて引かれるのと同じくらい一生懸命やった。
俺はもう失うものは何もない。
すると俺の猛烈なアピールは伝わった。
ブレールさんはちょっと感激してた。頑張った甲斐があった。
カミアキンさんもティーゼルさんも賛成してくれた。二人も見たいのだろう。
最後にグループ名を考えることになった。
昔のバンドはみんな“ズ”が付く。
ビートルズの影響だろう。
なので俺もそれにあやかった。
9人のドタバタコミックバンドは、
【コズミックズ】
二人組のセッションユニットは、
【エイリアンズ】
こんな世界に来たからだ。宇宙規模のライブだ。
そして明日の午後にはメンバーを集めると説明された。
直ぐにリハーサルをやり、感触を確かめたいらしい。
そして、俺達がこの街にいる間に舞台を開きたいという。
急過ぎるのでは? と確認したが、カミアキンさんもブレールさんも可能性は十分あるという。
やはりプロは違うらしい。
そしてこの日の夜も遅くまで会議だった。
このホテルのバンケットホールを使用するのが“コズミックズ”。
街の外れのリハーサル場で“エイリアンズ”が練習をすることになった。
ブレールさんが“コズミックズ”。
カミアキンさんが“エイリアンズ”を担当することになった。
俺はその両方。両方を常に見比べて、どうすれば良いのかアドバイス。
ただ、向こうも長年プロでやっているので心配はいらないと言われた。
俺が下手糞なアカペラで伝えた音も、ブレールさんはその場で次々に直していった。
やはり、プロフェッショナルは違う。
俺達は解散し、昨日と同様にウウクと寝た。
明日の朝も早いので、エッチはしなかった。
それでも俺とウウクは抱き合って眠った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
November/28/T0059
次の日から俺はウウクと一緒にリハーサル場とホテルを往復した。
メンバーは即決で承諾してくれた。選ばれてみんな喜んでいた。
どうやら街の一大イベントとして認知されているらしい。
冬で仕事も少ないので、みんな直ぐに楽器を持って集合する。
集まったメンバーは、それぞれのリハーサル会場へ案内された。
俺は空いた時間、移動時間にスマホに入っている曲の中から使えそうな曲を選び、イヤホンでこっそり聴いて確認をし続けた。
まずは“エイリアンズ”
“エイリアンズ”には衣装を見せて、他の演奏者に試着させて演奏する姿を見せて、観客から見たイメージを掴ませた。
主役の二人はノリノリだ。
魔人のトゥブルッツの方が背が低いので、凸凹コンビな感じが良い演出になった。
背の高い方の人間:エルビーがそのままエルウッド役。
魔人のトゥブルッツは黒い肌が黒人のようでソウル・ミュージックがよく似合う。難なくバック転をするその姿はジェイク役にもピッタリだ。
共演者たちにもグループの趣旨を伝え、クール&セクシーで自由な演奏を伝えた。基本はR&BとJAZZだ。
カミアキンさんとバンドリーダーへ、俺がイメージする音楽を伝えた。
また下手糞なアカペラでだ。
でも誰も笑わなかった。好評だ。
そりゃ、もともと地球のプロが作ったんだ。
元は悪く無い。
午前中はそのままピッタリくっついて彼らの演奏と演出を見守る。
プロは違う。あっという間にそれっぽくなった。
トゥブルッツの声はすごい。スピーカー無しとは思えない。それでいて本人は平然としている。
そして午後にはトンボ返りでホテルへ戻る。
バンケットホールでは9人が練習をしている。演出やSEのサポートで若手の子も数人いる。
彼らはブレールさんの事前説明を聞いている。
ドタバタコメディも乗り気だ。
人間:カラヴァッジョ、トリ人:ラスティ、犬人:ササの三人は、元々はっちゃけ過ぎて他のグループで煙たがられていた。
だがそれもこのバンドなら、それが活かせる。
何も言ってなくてもギャグみたいなやり取りをし始める。
周りのメンバーもそれをサポートできる。問題無い。
しかし、コメディをするのでネタは覚える必要がある。
誰が、何をやるのか。どうなるのか。そこだけをまず打ち合わせた。
演奏に遅刻する演出は、例の三人が大喜びしていた。
後は演奏しながら様子を見る。
ここのグループはなるべくコミカルでポップに。ストーリーを演出する。そして怒涛の展開で観客を引き込む感じをお願いした。
俺はこの状態を毎日繰り返した。ウウクもそんな俺に付いてくる。
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December / 3 / T0059
クマ退治の事後処理は既に終わっている。
でも俺はまだこの街にいる。
今日が開催日だからだ。
ウウクと一緒にそれを楽しもうと約束した。
俺達は昨日も夜中までリハーサルに付き合った。
やれるだけはやった。
彼らはもう素人の指示などいらない。演じる自分達で構成できている。
それでも、持ちネタの量は俺が多い。なので、アドリブに困ったり、観客に受けないネタには助言や注意をした。
今晩のステージは詳細は告知されていない。
特に“エイリアンズ”は非公開だ。水面下で進んでいる。“コズミックズ”でもブレールさんしか知らない。
俺とウウクは顔なじみとなったホテルの従業員たちと挨拶しながら遅い昼食を取った。
ここ数日、ウウクとまともにエッチをしてない。そんな感じじゃなかったのだ。
ウウクも俺のことを察して何も言わない。俺の頭や背中を撫でてくれるだけだ。
二人共部屋にはほとんどおらず、外出していつも誰かと一緒だった。
ウウクもリハーサル中の空いた時間に、演奏者にもらった横笛を吹く練習をしてた。これがまたメキメキ上手くなった。
食事を取って、久々の何もない時間を楽しむ。
ウウクとお茶を飲み、今日までのことを話した。
彼女は未経験の今日までの体験に心から喜んでくれた。
巻き込んで引き連れてしまったが、そう言ってもらって安心した。
ダイニングの給仕係に、以前にお風呂を頼んだ羊さんが居た。彼女に今晩のお風呂をお願いする。
彼女は快く引き受けてくれた。明日にはウーベントへ帰る。心残りは無いようにしたい。
ソワソワして落ち着かなかった。
俺はウウクを連れてバク人:アッサビケシンさんのモスクへ向かった。
靴を脱いで上がり、アッサビケシンさんに挨拶する。
今日の舞台を知っているかと質問すると、もちろん。と言われた。
もはやこの街で知らないものはいないと説明された。
プレッシャーが襲ってくる。
俺はアッサビケシンさんにお願いして、成功するお祈りをしてもらった。
そのまま街をブラブラ回った。
今日は雪は降っていない。壊れた外壁は修復作業が進められ、しばらくすれば元通りだろう。
作業を進める労働者の様子を眺めながら歩いた。
この街を歩く時は肌寒い。でも、握ったウウクの手だけは熱かった。
そろそろ時間だろう。俺とウウクは屋外観劇場へと足を向ける。
会場へ向かう通りは既に人でいっぱいだった。
街の人が全員集まって居る気分だ。
人混みを掻き分けながら進み、顔見知りの運営委員の獣人に挨拶すると俺を案内してくれる。
客席付近の関係者席だ。俺とウウクはそこに座る。
「いよいよだよショウタ♪ 楽しみだね♪」
「そうだね…大丈夫だといいけど」
ウウクは俺の手に自分の手を置き、ギュッギュっと、握ってくれる。
俺はウウクに元気付けられながら開演を待った。
「おう。ショウタ」
「こんばんはショウタさん」
ティーゼルさんとカミアキンさんも関係者席に来た。
二人も運営の仕事が一段落したのだろう。
「こんばんは。ティーゼルさん、カミアキンさん」「こんばんわ♪」
「楽しみね♪ 私の見ていた“彼ら”は最後よ」
“エイリアンズ”担当のカミアキンさんは彼らを贔屓にしている。
もはや俺の口出しが出来るレベルでは無いほどにまで仕上がっている。
俺はティーゼルさん達と話し、待ち時間を潰した。未だに不安だ。
後ろの立見席でも人がごった返し、喧騒が増す。
次第に日も暮れ始め、篝火が灯される。
そしてファンファーレが鳴った。
「始まるな」ティーゼルさんはニッと笑う。
ウウクの俺の手を握る力も強くなった。
ステージの前にスーツを着た人間の男性が立ち、観客の騒ぎ声も止まる。
静かになると男性は大きな声で宣言した。
「ハロー! レディース&ジェントルメン!! 今宵はお集まり頂き誠にありがとうございます。 今晩の舞台は特別なステージです。最新で、斬新。ファンタスティック。きっとみなさんの心を躍らせるショーがご覧になれるでしょう」
男性は朗々と開会の告知と宣言をし、主催者やスポンサーの紹介を行った。
それに合わせての演奏が会場で全体を沸き立たせる。
数分を要する紹介が終ると、男性は下がり、拍手が起こる。
別の女性が舞台に上がると、演奏者の紹介をする。
ファンファーレとともに最初の演奏者のグループが登場した。
前座だ。
幾つかのグループが会場を温め、会場のムードを盛り上げる。
以前聞いた民族音楽に近い音楽だ。だが上手い。これだけでも素晴らしい。
それが終るとまた別のグループ。
今度はクラシックに近い。これも良い。
この手の音楽はインパクトは無いが飽きない。それだけでも強力だ。
彼らの適度な演奏が終ると拍手が起こり、最初のグループ同様にステージを降りる。
コレが幾つか繰り返される。
長く感じる。曲に集中できない。ソワソワして落ち着かない。
「落ちついてショウタ。大丈夫だから」
ウウクは俺の手を握りながら言ってくれる。
「……そうだねウウク。ありがとう」
俺はその言葉を頭の中でリフレインさせながら演奏に集中した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
戯曲の様な楽曲の演奏をベテラングループが終えた。
大きな拍手と共に彼らは礼をしてステージを下がる。
進行役の女性がステージの中央に出てくる。
「本当に見事な演奏でした。どうもありがとうございます。
残念ではございますが、そろそろクライマックスです。そして次のグループは、新進気鋭の新しいチームです。演奏をして頂きますのは、“コズミックズ”の皆さんです!!」
割れんばかりの歓声が街の真ん中で鳴り響く。
ヒューヒュー、っと囃し立てる声に、拍手。
観客は今回のメインだと気がついている。
その期待も凄まじい。
溢れるような拍手の洪水の中でステージ上に楽器が用意され、演奏者が集まる。
ドラムスのロバ人:リーダー、ブレールさん。
サックスの二枚目:トカゲ人、アッマドさん。
ベースのチビ:犬人、ササ。
ピアノのメガネ:シカ人、チャイコフさん。
全員がお辞儀をしてから配置につき、準備を始める。
しかし、明らかに空いたスペースがある。
不自然だ。
観客もガヤガヤと騒ぎ始める。
観客の見えない場所、ステージ横の待機所に演奏補助のチームも配置についた。
この関係者席からなら見える。
“コズミックズ”の演奏者は観客の不安を他所に演奏の秒読みに入る。
ブレールさんの合図が入る。
◇Scene.1◇ クレイジーキャッツ「シャボン玉ホリデー」◇
「a 1、2. 1,2,3,4!!!!」
_パパッパッパッパパッパパ~♪
軽快な音楽が始まる。立って踊るような演奏の始まりに、観客は色めき立つ。
聞いたことがないメロディーなのだろう。
そこへ颯爽とコーラスのキツネ人:アリョーナさんと、人間:アンナが躍り出る。
男性の口笛と掛け声が響く。
美人と可愛子ちゃんの飛び込み参戦にボルテージも上がる。
その声を受けながら二人のコーラスが折り重なる。
彼女達は共演者一人ひとりにへ声を掛けるように歌って、ステップを踏む。
とても親しみやすくて明るい楽曲だ。何度でも聞きたくなる。
そこへ観客席から太った男性が割り込んできた。
運営委員がサポートし、人の波を掻き分けながら屋台のお菓子を食べながら出てくる。
何事だ、と観客は騒ぎ出す。しかし止まらない演奏。進む楽曲。
ステージの皆と同じ衣装の太った男性がステージに上がると歓声が上がる!
笑い声とともに「イイゾイイゾっ!!」と叫び声がする。
拍手に応える太った男性:バーグマンはピアノに近づくと、演奏しているシカ人:チャイコフの椅子へ太った体で横入りして、先に座っていた彼をお尻で突き落とす。
ズルリと椅子から滑り、ズッコけるチャイコフ。
ドッ!と沸き起こる笑い声。
シカ人チャイコフは太った人間:バーグマンを押しのけるように小さな椅子にお尻を乗せ、結局一緒に座って演奏する。
再び沸き起こる拍手と歓声!
セクシーなキツネ人:アリョーナはそんな二人のピアノに腰掛け、尻尾を振りながら長い脚を組んで歌う。
今度はステージの脇から演奏中のトカゲ人:アッマドの下を潜るような匍匐前進で、トリ人:ラスティと、人間:カラバッジョが現れる。
手にはギターとトロンボーンが握られ、遅刻したのが一目瞭然だ。
滑稽な二人の登場にまた会場が笑い声に包まれる。
異変に気づいたリーダーの最年長のロバ人:ブレールはドラムを叩きながら、ドラムの向こう側を覗こうとする。
サックスを演奏中のアッマドは、足元の二人に気づいており、サックスを吹きながら体の向きを変え、ブレールの目の前に立った。
ブレールはアッマドが邪魔するので足元の二人が見えない。
ドラムを叩きながら体を横にすると、アッマドも同じように体をその方向に傾ける。
ブレールが逆に傾けばアッマドもそっちに傾く。
その様子に笑いが起こり、這っていた二人は何食わぬ顔で立ち上がり、演奏に加わる。
アッマドも向き直ると、開いたブレールの視界に突然演奏している二人の姿が映り、驚きの表情をする。
そんな始まり方で、メンバーが揃う。
揃えば演奏がより盛り上がり、愉快なメンバーの登場に会場から爆発するような拍手が飛び出る。
その後も、曲が変わり、演奏をしながらセンターのトリ人:ラスティ、トカゲ人:アッマドと人間:カラヴァッジョが曲のテンポを勝手に変え、皆が釣られて遅くなる。
曲が変わればネタと雰囲気が変わる。
ロバ人:ブレールも演奏中にドラムの上に洗面器を乗せられ、そのまま演奏すれば洗面器をスティックで叩き、観客席から笑いが起こる。
演奏中に怒ったロバ人:ブレールが人間:カラヴァッジョの首を絞め、締め具合によって彼が吹くトロンボーンのテンポやトーンが変わる。
仲裁に入る人間:アンナとキツネ人:アリョーナ。
それらの演技に合わせて変化する演奏と、差し込まれるSE。
しかし、見せ場の演奏は本気だ。
グレン・ミラーの“In The Mood”や、“ルパン三世のテーマ”などをイメージした曲の数々。
その間で行うコミカルなギャグ。
緩急のメリハリが付き、ノッたかと思えば落す所は落す。
中盤からはアドリブも多い。展開が読めずにこっちも笑ってしまう。
メガネを掛けたシカ人:チャイコフが席から立ち上がると、打楽器を手にしながらステージを歩きまわり、追いかけるようにトリ人:ラスティと人間:カラヴァッジョと、若手の歌手:アンナが歌って演奏しながら4人でステージ中を並んで歩きまわる。
トリ人:ラスティが歌いながらギターを弾き、ベースの小柄な犬人:ササの演奏を足で邪魔する。
少年のササは体ごとベースを回してそれを避けて見事な演奏をする。
奇想天外だ。めちゃくちゃ面白い。
見事な演奏はやがて山場へと向かい、クライマックスへ。
俺が伝え、イメージしながら作ってもらったQueenの“Don't Stop Me Now”のJAZZバージョンのオマージュ曲。
トリ人でボーカルのラスティは、この曲のタイトルとメロディから自作の詩を付けて皆で歌いながら演奏をする。
そこへ女性二人のバックコーラスが入ると段違いだ。
スピーカーが無くても演奏と歌声は会場に響いて冴える!
序破急の様々な曲調の変化に観客もヒートアップだ!
そして曲が終わり、全員がポーズを決める。
その瞬間だ。
スタンディング・オベーション。
キタ。コレだよ。
これがエンターテイメントだ。
コレが地球の音楽だ。
盛大な拍手と歓声の渦の中、コズミックズのメンバー全員はお辞儀をする。
手を振り、鳴り止まない拍手に応える。
それでも鳴り止まない拍手。
名残惜しむ様にステージを降りるメンバー。そこに追撃の歓声と悲鳴。
この瞬間から、この街の一大スターが誕生した。
何処よりもコミカルで、コケティッシュ。それでいてポップで痛快。
全員が降りた後も鳴り続ける拍手。
だがまだだ。
まだ終わってない。
余韻が冷めやらぬ内に、会場の篝火や松明の明かりが一斉に消える。
会場と街の中心は途端に真っ暗闇に。
一転して拍手は止み、ざわめく観客達。
短くはない時間が経つと、どこからともなく音が聞こえる。
静まり返る会場。
観客全員が固唾をのみ、音に注意を払う。
妙な民族的な楽器と音が聞こえる。
笛の音か?
いや、違う。口笛だ。
口笛の低いが伸びやかな不気味な音と、バネのような音が聞こえる。
不可思議な空間と雰囲気が会場を包む。
◇Scene.2◇The X-files theme song◇
この演奏のイメージの元ネタは俺だけが知っている。“X-ファイル”のテーマだ。
曲が流れ続ける中、ステージに篝火が灯る。
そこには黒い帽子を被り、メン・イン・ブラックな格好をした二人の男が立っている。
するとさっきまでのテーマソングはたちまち止まる。
どよめく観客。
何だあれは、とささやく声が周囲で広がる。
左側に背の高い人間:エルビーがトランペットを持って立つ。
右側に背の低い魔人:トゥブルッツがマラカスを持って立つ。
左側のエルビーがトランペットを口につけ、吹いた。
◇Scene.3◇The Green Hornet theme song◇
_パーパラパーパパパパ~!!
_パーパラパーパパパパ~!!!
凄まじく早いテンポで軽快に、それでいて恐ろしげな曲を演奏する。
右側のトゥブルッツもそれに合わせてマラカスを振る。
後ろからはさらにトランペット奏者、トロンボーン、ホルンなどがゾクゾクと現れ、ギタリストなども揃い出す。
まだ終わっていない。
観客は気が付いた。
ここからが本当のクライマックスだ!!
バックミュージシャンが揃うまでは、そのオドロオドロしい軽快な音が絶え間なく続く。
コイツは“グリーン・ホーネット”のメインテーマだ。
まさに蜂が舞い、敵を威嚇するような曲が会場を包む。
その圧倒的な雰囲気と曲の演奏を観客は見守る。
とうとう演奏者の準備が整った。
すると蜂のテーマは止まる。
会場の篝火が一斉に灯される。
そして、始まるギターとトランペットのアップテンポな曲!!
さっきとはまるで違う!!
もっとスタイリッシュでクールな曲だ!!
◇Scene.4◇The Blues Brothers (Can't Turn You Loose)◇
ブラックスーツにネクタイと帽子とサングラス、黒い肌のトゥブルッツは前に出る。
そして曲の前奏に合わせて歌うように叫ぶ!!
「こんばんわ! 紳士淑女の皆様!! 今宵は冬季ベルウッド特別ビッグライブによくぞお出で下さいました!!
訳あってこのコンサートを乗っ取りました。これが最初で最後かもしれないし、そうではないかもしれません。
遠くはるばるは、ロブスタッドからモガンビードにエッサルバードへツアーで周り、
トゥブルッツにエルビーと、スーパーバンドマンズの愉快な仲間達!
そうです。俺達が“エイリアンズ”です!
いやしかし、そんなことはどうでもいい。問題なのは今ここで何をするかだ。言うべきことはタダの一つだけ。そいつは何かって? 聞きたいンなら教えてあげよう。
さあ! 俺達とのファーストコンタクトを聴いてくれ!!」
言い終わりに合わせて鳴り響くトランペット。
激しいドラム
横のエルビーもトランペットを吹き鳴らす。
ブルース・ブラザーズの“Can't Turn You Loose”のオマージュ曲。
俺はぶりぶりざえもんのイメージの方が強い。原曲はオーティス・レディング。
紹介の一曲目が終ると、二人がポーズを取る。
その瞬間に会場が弾けた。
信じられないものを見たかのような群衆だ。怒号のような歓声と悲鳴。
それに答えながら二曲目が始まる。
こっちはオリジナルだ。メンバーの持ち歌のアレンジで、もっとロックでアップテンポにされている。
乗りやすい曲調に観客もノる。ウウクだってノリノリだ。
魔人のトゥブルッツの歌声が会場に届く。
本人の生声とは思えないパワーだ!
人間のエルビーもそれの横で別の楽器を演奏をしながら足でリズムを取る。
ステップを踏みながらバックミュージシャン達とともに演奏され、歌われる曲はコズミックズの様なストーリーや統一性は無い。一曲一曲が独立している。
曲調がバラードにもなる。ブルースにもなる。そうかと思えば次の曲はJAZZだ。
さらに続く曲は俺が提案した曲だ。エルヴィスの“Viva Las Vegas”のオマージュ曲。
これも曲調に合わせてトゥブルッツが自作した詩を付けて熱唱する。ビバ・ベルウッドだ。
歌と楽曲の畳み掛けるメドレーに熱気が集まる。
冬の夜にもかかわらず、夏の真昼のようにホットだ。
二人の男は踊りながら歌って演奏し、楽器の弾けないトゥブルッツは、俺が教えたエアギターを弾いて踊りまくる。
その姿に、後ろで演奏するミュージシャン達も爆笑している。
短いような長いライブも終幕へと向かう。
最後の曲が始まった。これは静かな曲だ。俺のリクエスト。こっちは詩もしっかり伝えた。
“Fly me to the moon”だ。
JAZZの鉄板。
伸びやかで優しくも低音の聞いたトゥブルッツの声が響き渡り、空に輝く月に酔いしれる。
俺もウウクと手を握って聴き入った。
やはりプロフェッショナルは違う。
数日間のリハーサルで、彼らは全て自分らのモノにした。
彼らが特別なのかもしれないが、それは俺には分からない。
この目の前の演奏会だけが俺だけの真実だ。
俺はこの無茶振りを引き受けてよかったと、心から思った。
こんな素敵な演奏会は二度と無いかもしれない。
そして終わった。
会場は静まり返る。
トゥブルッツは客席へ投げキスをする。
それを合図に会場が爆発した。
コズミックズに負けず劣らずだ。
どちらも優劣無い。
俺はティーゼルさんと、涙を流すカミアキンさんと握手をして抱き合った。
俺達はスターの誕生を目の当たりにしたんだ。
この土地の芸能史はここから始まる。そう感じた。
冷めやらぬ熱気を背にして、俺とウウクは腕を組んでホテルへと戻った。
帰ったら遅い夕食を取り、温かいお風呂を堪能し、ウウクと熱い夜を過ごしたい。
エーテルの世界 ~とりあえずイチャラブチュッチュしながら摩訶不思議アドベンチャー~ Navajo @Navajo
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