第48話 シャボン玉
ep.8-7 November / 26 / T0056
ティーゼルさんが去った後も俺とウウクはダイニングに居た。
朝食が終わり、今ここはカフェラウンジとして使われている。
ここのダイニングを午後はランチ、ディナーのレストランへと変貌させ、空いている時間はカフェとして利用できる。
すぐ隣にはバンケットホールも有る。無駄のないスタイルだ。
どこの店もカフェ専業の店がないのは、それだけでは経営できないからだろう。どこも兼業だ。
そのカフェラウンジの一角の朝と同じ場所。
俺達の部屋にはローテーブルしか無く、書き物が出来なかったのでここで考えている。
ダイニングの奥の隅の席。
ウウクが俺の正面に座っているので周りからは俺が見えない。
卓上には追加で頼んだコーヒーと、ウウクに持ってきてもらった俺の私物。
さらにホテルに頼んで用意してもらった筆記用具。
ウウクは自分の学習セットで勉強と読書。
俺は何の因果かネタ作り。
地球外の惑星で、異星人に向けた見世物を考えるSF作品なんか見たこと無いよ。
そもそも制約が多すぎる。
屋外での舞台設備に、ここでは照明もスピーカーもマイクもない。
用意できるのはピアノや弦楽器、打楽器と管楽器。
参加者は、ミュージシャンと歌手。
役者と脚本家はいない。もちろん舞台監督も居ないので演劇は不可能。
コンサート以外で、明るくて派手で、魅力的なもの。
どうみたって演奏会やライブしか出来ない…。でもそれはダメ…。
困ったな…。
「そんなに難しいの?」
ウウクがしれっと聞いてきた。
君があんなの見せるから…。
「難しいよ…。俺はただのサラリーマン。舞台演出家じゃないよ…」
「いつもいっぱい、色々やってくれるじゃん?」
「仮にやってもお客さんが理解できないよ。台詞のあるネタをやったとしても、音響設備が無いと声が届かないから遠くの人は分からないし」
「一発ギャグっていつもやってたじゃん? ほら♪ ガチョ~ン!!」
ウウクが猫の手で引っ掻くような動作をする。
「アレはネタの合間に挟むから面白いんだよ。それだけ繰り返したってつまらないよ」
「いっぱいやったら? ラブ注入♥」
「そういう問題じゃないよ…」
ウウクはあっけらかんと俺が適当にやったネタを思い出しながら真似してくる。
勘弁してくれ…マジで…。
「第一に演奏家と歌手がこんなに沢山いるのに…コンサート以外って無茶だよ。鳥が飛ぶのを辞めるようなもんだ」
俺は手を振って給仕さんを呼ぶ。人が変わって今は男性のトカゲさんだ。お代わりのコーヒーを注文する。
何か別の切り口で探すか。
役者は誰もいない。演劇以外。
手品、コント、ダンス、漫才、宝塚、ミュージカル……。
やり方が分からない…素人には無理だ。
練習時間が必要だろうし、共通の教養や話題も分からない。すぐにはできない。
アイドルイベントみたいにするか?
“第一回!!ベルウッド美少女コンテスト!!”みたいな…。
すごく日本的だ。ウケるとは思えない。
後は、大食い対決とか、のど自慢大会とか…。
演劇の内容のネタだったら、映画やドラマをそのままパクっちゃえば出来そうだけど…。
「ウウクの故郷だと何か皆でやる演劇とかあった?」
「無いよ。楽器の演奏ならやってくれたな。結婚式の時とか、お祭りとか。私も草笛なら出来るよ♪」
「ウウクはなんでも出来るな~。俺はそんな芸達者じゃないからな…」
「なんで? カクテルとか作ってたじゃん?」
「あれはごっこ遊びだよ。プロはあんなもんじゃない。ここだってプロが居るんだからそれを活かしたいな…」
「プロって?」
「演奏家のプロフェッショナル。楽器の演奏できる人がこんなに沢山いるんだよ?」
俺はウウクに参加者の紙を見せた。ピアニスト、ドラマー、ヴァイオリン、など、地球そっくりな楽器から見たこともないような楽器まで、弾ける人が山ほどいる。
歌手も男性から女性まで幅広い。
ウウクも一緒に一覧表を眺める。
「こういう人達はショウタの知ってるような芸はやらないの?」
「やらないよ。そんな人なんかいな………。いや、いたな。」
居る。
昔の芸人だ。生粋の芸人。
ドリフターズとか…あと、あれだ……なんだっけ…。
そう言えば昔読んだ小説で、タイムスリップした主人公が未来のネタを過去の世界で演出する話があったな…。
ソレにも出てきた。名前が出てこない。
いや、さっき見た。なにかで…。
「なぁ、ウウク。さっき俺に見せたネタをもう一回やってくれる?」
「? 何? ゲッツ?」
「違う。ついさっきの」
「ら・ぶ注入♥」
ウウクが笑顔で俺にハートマークを差し出す。可愛い。
「じゃなく、その前」
「がちょーん?」
「ソレだ!!」
谷啓だ!! スーダラ節とかの!!
その昔はシャボン玉ホリデーとかで演奏型のコントをやってた!!
確か…名前は…。
クレイジーキャッツだ!!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺はとにかく書いた。
こっちの字だと上手く書けないので、日本語で紙に書き殴った。
テレビで見た昭和芸能史の特番やネットで見た映像を思い出しながら、適当な構成を書いた。
でも、知ってるネタなんか微々たるもの。
なので、“8時だョ全員集合!”とかのネタも混ぜこぜだ。元ネタも何かわからないものまで混ぜまくる。
映画はよく見たから、そのへんからも持ってくる。
ランチになるとそのまま隣のテーブルをくっつけてもらい、食事を取りながら考えた。
面倒なのでサンドイッチをお願いした。ウウクと一緒にそれを食べる。
食べながら書いた。
「…出来た…かな……」
「ホント!? 教えて♪」
「え、あっ、うん…えっとね…」
「お~いショウタぁ」
名前を呼ばれた。顔を上げるとティーゼルさんだ。
誰かと一緒だ、急いで私物を鞄にしまう。
一緒なのは二人だ。獣族のウサギさんと、馬さんだ。
「ティーゼルさん。お帰りなさい。そちらの方は?」
「ただいま。こちらは俺の友人だ。ウサギの女性がカミアキン。ロバの男性がブレールさんだ」
「初めましてショウタさん。ウウクさん。ウサギ人のカミアキンです」
ウサギ人のカミアキンさんは長い耳の白ウサギさんだ。スレンダーで手に肉球もある。
「こんばんは。ロバ人のブレールです。わざわざ相談に乗ってもらってすまないね」
ロバ人のブレールさんは茶色のロバさんだ。体がデカイ。手も大きく、爪が蹄のようだった。
二人の獣族と握手をしながら挨拶をする。
ウウクは握手する手を嬉しそうに握っている。
紹介が終えると、何をしに来たのかと疑問が浮かんだ。
俺はとにかく三人を席に座って頂き、「ところで、どうかしたんでしょうか?」と俺は尋ねた。するとティーゼルさんが話しだす。
「とりあえず、アイディアの提案と相談を直接話そうと思ってな。俺達だけで考えても規模も何も分からん。そのほうがお前もアイディアが出しやすいと思ってな」
ティーゼルさんがそう説明する。獣族の二人も頷く。ウサギ人:カミアキンさんがまず語りだした。
「私はこの街の商店組合長をしています。舞台の演目についてティーゼルに相談したの。ちょっと目新しいことをしたいの。マンネリ気味だから」
するとロバ人:ブレールさんが口を挟む。
「マンネリは少し語弊がある。ショウタさん、私はこの街の演奏家組合長をしています。この街は舞台で演奏をしているのですが、新しいことに挑戦したいんです。今のメンバーで出来ることを広げるために」
「そこで私達はこの街に来てたティーゼルに相談したの。熊の被害で怖がってる人もいるから、舞台も街も心機一転出来るように。ティーゼルは本国で色々経験してるから参考になると思ったの。そしたら、ショウタさんの方が知識があるって紹介してくれたの」
ウサギ人:カミアキンさんはチャーミングな赤い瞳を輝かせながら俺に説明した。
もはや俺の仕事になっているらしい。
だが心配だ。
「ティーゼルさん。ちょっと」
俺はティーゼルさんを呼び、ちょっと離れた所に連れて、小声で話す。二人の相手はウウクに任せよう。
「二人に俺達の紹介して大丈夫ですか?」
「平気だよ。ホテルを利用してるのだって、カミアキンのお陰だ。それに銃と熊の事さえバレなきゃ問題無い」
「なら、良いんですけど…ただ、俺の考えてる内容で大丈夫か分からないですよ?」
「だからだろ? 相談すればもっと具体的にやりたいことが聞き出せる。又聞きで説明されてもお前も嫌だろ? 直接話そう。ダメなら普通のコンサートだ」
「そうですね…まず話し合ってから… 「本当にぃ!?」
なんだ? ウウク達がなにか騒いでる。
俺とティーゼルさんは一先ず三人の下に戻る。
ウサギ人:カミアキンさんがウウクの手を握ってはしゃいでいる。
ロバ人:ブレールさんも何やら笑顔だ。
俺達は席に着くとブレールさんが笑顔で俺に言った。
「すごいですねショウタさん!! もう出来てるんですか!!」
……。
「いえ、あの、そういう訳では…」
「だってさっきショウタ、“出来た”って言ってたでしょ? んふふ♪」
ウウクの奴…わざとだな…
「なんだショウタ。できてたのか?」
「いえ、ティーゼルさん、完成してるわけではなく、アイディアをまとめてるだけといいますか」
「アイディアがまとまってるんですね!?」
カミアキンさんが食いついた。
腹を括ろう。
「コント…?」
「はい…。コメディといいますか、演奏しながら笑わせる内容です」
俺は自分で書いた文書を読み、口で説明しながら伝える。
「6~7人くらいで、演奏しながらギャグをするんです。茶化したり、からかったり」
「それはコンサートじゃないのか?」 ティーゼルさんが質問する。
「いえ、楽曲を聴いてもらうのが目的ではなく、楽曲を演奏する人が観客を笑わせるのが目的です。なので、ワザと滅茶苦茶な演奏をしたり、演奏に間に合わずに遅刻したりを演出するんです」
俺はそれから説明をし続けた。
なるべくミュージシャンはひょうきん者で、目立ちたがり屋を数名。
デブとチビは入れたい。華が欲しいのでハンサムな男性と綺麗な女性も組み入れる。
ハンサムな男性はわざとキザに演じる。メンバーの一部はハンサム野郎を皮肉って、羨ましげにしつつも、仲が良い。
彼らがドタバタと楽器を演奏しながら愉快なことをする。
女性は二人組でセクシーな人と可愛い人。この女性はメインメンバーではなく、ゲストメンバーや司会。
見てる人をリラックスさせ、歌を歌う。女性が若さが命だ。ちょこちょこ変われば面白い。
それから演奏ができなくてもいいから、喋って動けて盛り上げられる人が一人は欲しい。ピエロ担当だ。
でも、落ち着いて、動じずに場をコントロールできる演奏家も入れる。
ネタとしては極力セリフは使わない。
ボディランゲージと楽器の演奏を声の代わりにする。
役者じゃないし、スピーカーが無いからだ。
演目が始まる。演奏家が数名とリーダーが演目開始の演奏を奏でる。
ド派手に盛大に!
だがよく見ると数人が席に居ない。変だと観客も気がつく。
すると何人かが客席や舞台の横から忍び足で楽器をもって現れる。
そいつらは平然と席に座り、楽器を演奏するが音程が調子外れ。
途端にみんなズッコケる。
馬鹿野郎!と怒るリーダー。
だが、そいつらは楽器を声の代わりにして、C調でおちょくる。
諦めて演奏を始めるが、音程が合わない。合わす気もない。
演奏しながら立ち上がって、遊び始めるメンバー。
そんな感じで始まる。
昔ながらのコントのイメージだ。
アホが一人、演奏中に飯を食い始め、食ったゴミをその辺に捨てたらリーダーが滑って転び、助けようとした別の人も滑って転ぶ。
他人の演奏中に横から邪魔をする。邪魔された奴は仕返しをする。
お互いが邪魔をし合いながら、相手の演奏をきちんとやってあげちゃう。
ある場面では、一人が意気揚々と別の楽器を演奏しようとするが、なかなか始まらない。 すったもんだの末に、やっと始まるかと思えば、演奏できない。ズッコケるメンバー。
所々は会場全体が静かになるであろう場面にセリフを入れるが、基本的にはオーバーリアクションと、ズッコケ。そしてボディランゲージ。
メンバーのアクション、動き、行動、フリに合わせて常に音楽を入れる。SEは大事だ。要とも言える。軽快な音楽でそれを演出する。
俺はそれを説明し続けた。
モデルのウウクに適当に動いてもらい、それに合わせてボイスパーカッションの真似事や、動作と音を説明し、上からタライが降ってくるタイミングまで言った。
軽快な音楽を説明するのは大変だった。
アカペラや口とカップを叩いて説明し、ブレールさんがノリノリでそれをより正確でリズミカルに調度品を叩いて楽曲に直した。本業はドラマーらしい。
全てが古典的な内容だ。だけど、知識のない俺にはこれが限界だった。
全ての説明が終るとみんな黙ったままだった。
ちょっとこの沈黙が耐えられない。
「あの、どうですか?」
「良いんじゃないか? すごく」 ティーゼルさんは頷く。
「ええ。遊んで笑わせる部分はいくらでも増やせそうね」 カミアキンさんも好意的だ。
「コレだよ。遊び心があってすごく良い。演奏も活用できる。私は気に入ったよ!」 ブレールさんはノリノリだ。
その後もさらに話した。
演奏家の中にお調子者はいる。普段は混ぜないようにしていたが、今回はそういうメンツを集めてグループにさせてみる。
歌手も入れる。イケメンも居る。リーダーはブレールさんがやれそうだという。
夕食も軽く取った。
結局ラストオーダーまで居た。
それでこの日は解散になった。
フロントへ明日の朝に洗顔に使うお湯を届けるようにお願いした。
俺は顔を洗って寝たいとウウクに告げ、一階の洗面所で顔と歯を磨き、そのままベッドに直行して寝かせてもらった。
ウウクは俺を抱きしめ、そして眠った。
クマ退治より疲れた気がした。
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