第45話 ベルウッドでのデート

ep.8-4 November / 25 / T0059


  


 この街“ベルウッド”は獣人族で肉食中心、草食中心、雑食と多種に渡る種族が共存している。


 さらに多くの人間族、幾つかの宗教が絡み合うのでウーベントやハッサリーよりは複雑な街だそうだ。





 ここで一つ説明をすると、“獣人族”という呼び名だが、“獣人族”は正式名称で名詞である。


 これを特定の誰かを指す代名詞の単数を“獣人”と呼び、複数を“獣族”と使い分ける。それが正しい使い方だ。


 彼は獣人。彼らは獣族。彼は獣人族で、猫の獣人です。という感じだ。


 ただそんな細かい使い分けをしているのはインテリ層で、普通の住民はただ単に略した意味で“獣人”とか“獣族”と使う。脳内翻訳の日本語に訳するとこうなるのだが、文字では綴りと、言葉のイントネーションが違う。


 人間の場合は名詞も代名詞も変わらないが、人間以外の種族からは“人族”とスラングで括られたりもする。





 ベルウッドの街には中央の守備隊基地を囲むようにダウンタウンの商業施設。

 付近には宗教関連施設、そして観劇場がある。


 観劇場はこの街とカリィタウンにしかなく、とても人気があると説明してくれた。

 アッサビケシンさんも友人や家族と頻繁に行くらしい。


 その他のアップタウンには住宅地。街の外には農場と牧場。それを囲み、守る為に多種多様な警備がされているそうだ。


 しかし人口が増え、牧場の拡張も難しくなってきたので、街の近郊に小規模な集落も作られている。


 クリーチャー被害が怖いので多くはないらしいが、今回の熊騒動で被害が無くて安心したとバク人のアッサビケシンさんは話していた。


 ウウクはこの観劇場シアターに大きな興味を示した。


 俺は日頃からウウクに本や映画の話を聞かせてあげていた。

 

 ウウクはスマートホンに入っていた動画、プロモーションムービー、写真も頻繁にいじって眺めていた。


 電子辞書に収録されていた文学作品、昔話や、スマホにダウンロードされていた電子書籍も時間があれば朗読してあげた。


 そして電子辞書の中の白い犬が主人公で、英語教材用のアニメは特にお気に入りだ。

 

 時には即興で作ったお伽話やコメディ、ドリフターズやテレビの芸人のネタでもリクエストされればなんでもやった。


 ウウクは何でも喜び、大笑いしていた。


 だが、散々せがまれて見せたネタの中で一番気に入っていたのが、ゲッツ!だった…。


 ウウクはこれを、スマホの中に入っていたマイケル・ジャクソンの動画を研究し、ムーンウォークで披露してきた。


 そんな俺達が見に来た観劇場は、屋外の屋根付きのステージだった。

 

 窪地の斜面を利用した簡単な客席と、その正面に舞台がある。それほど大きくはない。

 演奏会の音楽を聴きやすいように、舞台は貝の様に覆われ、木造の半円形のドームが屋根と背面を形作り、スピーカーの役割をしていた。

 

 しかし、今は特に催し物はなく、ベンチのような客席で食事や休憩をしている人々が座っているだけだ。


 冬の昼間だからしょうがないだろう。

 だがウウクはちょっとがっかりしてた。

 映像と話で聞いただけのコンサートや演劇が見たかったのだろう。


 近くの守備隊の兵士に話を聞くと、熊騒動で演目は中止しており、今の時期は雪の降っていない日にだけやるそうだ。


 演目は主に演奏会のコンサート。演劇は珍しいそうだ。


 その後は昼食を取るために店を探した。


 ウーベントでもそうだが、カフェとレストランなどの専門店は一件もない。

 専業食堂の店も少ない。殆どが宿屋と食堂を兼業している小さなオーベルジュだ。


 外食は飲酒宿屋タバーンや屋台、パブでの軽食が多いらしい。

 俺達は座ってゆっくり食べたいので、数少ない食堂を探した。


 しかし幾つかの店を探したが、どこも満席だった。

 飲酒宿屋タバーンなどのオーベルジュも熊騒動で満室、満席。なかなか繁盛していた。


 街の人に聞きこみをすると、獣族の牛人の女性が、地元の人しか行かない店を紹介してくれた。

 

 お礼を言ってその店を探すと、路地裏で建物に挟まれながら、小さな飲食店の看板が確かにあった。


 珍しくはないが、ガラス窓が無い店だ。

 表からは店の中が伺えない。俺とウウクは恐る恐る扉を開ける。



_ギィッ…



 扉を開けると木造で造られた店内が眼に入る。


 やたらと大きな机と椅子。カウンター。

 奥には厨房があるようだが、店員らしき人がいない。


 座席には小柄な獣族:カエル?や犬のような人が何か食べている。

 店内はストーブの火で暖かく、いい香りがする。


 また、外観の印象と違い店内はやけに明るい。

 宿泊先のホテルにもあったが、天井に黄色っぽい半球状のガラス窓の様な物が取り付けられており、そこから陽の光が入っている。

 

 入って良いのか少し迷うと、客席のカエルさん?が声を掛けてくれた。



 「どうした? 食事かい?」 


 「はい。すいません。空いてますか?」


 「もちろんだよ。お〜〜い!!お客さんだよ!!」


 

 カエルさんが奥の厨房に大声で叫ぶ。すると中からひょっこりとネズミ?の様な大きな獣族が顔を出した。



 「あいよ。お客かい? 座っててくれ。メニューはテーブルにある」



 するとまたネズミさんは顔を引っ込めてしまった。


 その様子を見ていたウウクの顔がパーッっと明るい笑顔になる。


 ウウクはこの街で獣族と会話ができるといつも嬉しそうだ。

 俺もシルバニアファミリーの世界に来た気がする。


 獣族は体が大きいので、それに合わせて作られたであろう座席はゆったりと快適だった。


 コートと帽子を脇にどけ、大きなテーブルでメニューを広げる。

 家具が大きく、対面に座ったウウクがちょっと小さく感じる。俺はなんだか子供になった気分だ。


 メニューは肉・魚・野菜と昆虫など、かなり細かく分けられていた。


 メニューをウウクに読んでもらいながら眺めていると店員が来た。

 さっきのネズミさんではなく人間の男性だ。



 「いらっしゃい。何にします?」



 茶色い髪の太めの男性は、水の入った木製のカップをテーブルに置きながら聞いてきた。

 丸くて大きな鼻が目立ち、茶色いエプロンをしている。ウェイターではなくコックのようだ。



 「えと、温かい料理で、お薦めはありますか?」


 「そうだな。人間ならミートパイで良いと思うよ。ここの自慢だ」


 「じゃそれと…、後はどうしようかウウク?」


 「う〜んじゃあぁ… 「ちょっと待った」


 

 ウウクと次の注文を相談しようとするとコックの男性が話を遮ってきた。


  

 「ここのミートパイは人間には量が多い。二人で一つ頼んで、あとはパンとワインで腹いっぱいだ。追加はその後考えな」


 

 男性は笑顔でそう忠告した。


 俺とウウクは顔を見合わせて笑顔になる。


 

 「ならそうします。お薦めのパンとワインも一緒で」


 「はい。少し待つから先にワインを持ってくるよ」



 男性はそのまま厨房に声を掛け、カウンターで瓶入りのワインと木のカップを2つ用意してテーブルに置くと厨房に戻ってしまった。


 俺とウウクは用意されたワインをカップに注ぐ。



 「じゃ、乾杯しようか?」

 「うん♪」


 カコッギュっ


 俺とウウクの乾杯は今でもカップを軽く押し付けるキスのような乾杯だ。


 何となく気に入ってしまい、直すこと無く続いている。


 口をつけて飲むと、渋みの強い少し重めの赤ワインだ。

 それでも飲みやすく、ウウクも進んでいる。



 するとさっきのカエルさんと目が合った。

 お礼を言おう。



 「先程はありがとうございます」


 「ありがとうございます♪」


 「いや、気にしなくていいよ。ここは地元の人しか来ないから入りにくいだろ?」


 「街の方に紹介してもらったんです。どこも満席で」


 「ああ、みんな外に出たくないけど、家に篭もりたくないから店を使うんだ。ここは長居すると怒られるけどな!」



 そう言ってカエルさんが笑うと、別の席の犬さんも釣られて笑っている。そして会話に入ってきた。



 「そうだよ!ここの親父に邪魔だからダラダラするなって怒鳴られるんだよ!ッハッハッハッハ!!」


 「うるせーよ!! 文句あんならずっと食ってろ!!」



 奥の厨房からネズミさんの怒鳴り声が聞こえ、カエルさんと犬さんはさらに大声で笑い出す。


 落語にでも出てきそうなあっけらかんとした雰囲気だ。陽気で明るいのが獣族なのだろう。

 

 雑談をしながら話を伺うと、獣族は冬でも外に出たがる人が多いらしい。


 だが、獣族は南の国の出身者で移民が多く、寒いのが嫌い。なのでパブや飲酒宿屋タバーンやオーベルジュに集まるらしい。


 ここの店主は集会所に使われると食事目的の人が使えなくなるので、食ったら帰れ。を推奨しているそうだ。

 その為にメニューも少ない品目で腹が膨れるようにしているそうだ。


 ついでに天井の黄色い半球状のガラスの事を聞いてみると、ガラスではなくクリーチャーの目だと教えてくれた。

 昆虫型クリーチャーの目や羽は頑丈でガラスの代わりによく利用するそうだ。


 会話中にも新規の客が数名入り、俺とウウクは途中から出てきたパンを摘みながらワインを飲む。カエルさんと犬さんは挨拶して帰っていった。


 二杯目を飲み終わる頃についにミートパイが出てきた。

 

 コックの男性が鍋づかみでふっくら膨らんだパイを運んできた。


 これもまた大きい。ボールの様な器に、ドーム状のパイ生地が覆われている。

 窯で焼かれたんだろう。黒い石のボールを木の受け皿に載せて運んできた。


 テーブルの真ん中に置かれたパイのドームは香ばしく、いい香りだ。

 取り皿と木のスプーンを手に持ち、パイの上部にスプーンを入れると、パリパリっとパイに穴が空き、中から蒸気が溢れ出る。


 ミルクとチーズがたっぷり使われたミートパイだ。


 ウウクは自分で取りたいと子供のようにねだるので、俺の分もお願いした。


 香ばしくサクサクのパイ生地を壊しながら、熱いシチューと、パイの底に敷き詰められたお肉をほじくりながら器に装われる。

 

 熱々のシチューはとても美味しい。バターもたっぷり使っているのだろう。ハーブのたっぷり入ったお肉との相性もよく、パイの食感も気持ちがいい。

 

 ボールの縁に付いたカリカリした生地を剥がしてシチューに浸すと、それだけで嬉しくなる。


 ウウクも喜びで子鹿のように椅子で跳ね、熱いシチューにも仰天していた。


 ウウクと一緒にシチューを取り合うように食べたが、それでもなかなか減らない。予想以上に多い。


 忠告通りこれのみの注文と、アルコールのお陰で食欲が増進され、二人でなんとか食べきった。


 ミートパイだが、シチューの中に豆や根菜、カブに似た野菜など、食べごたえがとてもあった。 


 食後の水を飲んでいると、丸鼻の男性が食器を下げてくれた。食後の休憩ならそのまま席を使っても良いと言ってくれた。


 俺とウウクはその申し出をありがたく頂戴し、しばしの休憩を取った。


 ワインは量り売りで、飲んだ分だけの会計だった。二人で約6ディル、6000円。あの量なら手頃だ。


 食後の散歩がてらブラブラと再びウィンドウショッピングをして、道具屋などを覗いた。


 ウウクがクマ退治で使った槍が一本壊れてしまった。

 白い牙の槍だけでは困るので、消耗品の代わりの槍が欲しいらしい。


 高くないのであれば買いたいと思ったが、武器屋らしい店は何処にもない。


 雑貨店のような道具屋に入ると、薪割り用の斧やナイフ、包丁などが有り、店主にもう少し専門的な物は売ってないかと尋ねた。


 すると店主から身分証明を求められ、俺とウウクは真鍮のベンリーのタグを見せた。


 タグを確認した店主は俺達を店の奥に案内してくれる。

 そこには弓矢や槍、剣や大きな斧など、兵士や狩人用の専門的な武具類が置かれていた。


 素人には売れないようにできているのだろう。


 ウウクが槍が欲しいことを告げると、店主は入って直ぐの場所を案内してくれる。

 大小様々な槍がある。長い物は5m以上はある。スコットが手にしていたのは3m位だろうか?


 ウウクは店主に投げるのにも適した槍が欲しいことを伝えると、2m以上ある槍を出した。細めの槍で刃には返しがない。

 癖が無く、無駄な装飾や機能もないので飛ばしても安定するだろうとのことだ。


 品は中古で、値段は30ディル。予算的にも安全の為にも問題無いと考え一本買った。 


 二人のデートを終えてホテルへ帰る道中で、音楽が聞こえた。

 

 俺とウウクは顔を見合わせた。


 コンサートだ!!


 クマ退治が終わり、今日は雪も降っていない。俺とウウクは走った。


 観劇場の舞台には獣族と人間が椅子に座ったり、立ったりしながら楽器を演奏していた。

 弦楽器と笛、打楽器で構成され、民族音楽みたいな楽曲だ。


 近くには屋台も出ている。人もあちこちから集まり、勝手に歌っている。

 クマ退治が終わったので、その記念の飛び入りコンサートらしい。


 舞台の下でゴッズさんに似た豚のピピン人がお尻を振りながら踊っているのが可愛らしい。


 客席は満席で、みんな舞台の周りで立ち見をしている。


 俺とウウクは日の暮れる街並みと舞台を眺めながら石の手すりに腰掛けて、身を寄せあって聴き入った。 


 この街に遊びに来れてよかった。








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