第43話 森の中に潜む影
ep.8-2 November / 24 / T0059
雪が吹雪いてきた。
風も出てきた。
右に目を向けるとハンターのアキニィとムワイ。
左に目を向けると、ウットゥルサさん、スコット、ジョー、ハッジャ、アブド。
それぞれがギリギリ目視できる位置にいる。
スコットは巨大な白い槍を持っていた。材質は象牙のようにもみえる。
一際巨大な槍を持った姿は異様に目立ち、他の三人が持つ槍と大きさの比較をすると巨大さがよく分かる。
ジョーさんは一人だけ斧を持っていた。大きいが、槍と比べると心配だ。
ウウクとティーゼルさんと俺達三人のチームは、俺達街ウーベントから来た二つのハンターのグループのに挟まれたところにいる。
一つはアキニィ達。もう一つはスコット達のグループだ。
その二つのグループの真ん中でバックアップとして待機している。
ウウクは持参した槍を二本地面に突き立て、ボウガンを構える。
俺はポンプガンにお湯と、試作品の単四電池サイズの弾丸5発を詰めた。
来る時に貰ったサンプルの紫2発。灰色3発と、あまりの単四乾電池サイズ1発はポケットの中。
ティーゼルさんは肉厚の剣を腰に差し、ロバートさんから渡された袋の中身を取り出している。
「ティーゼルさん、それは武器ですか?」
「そうだ。以前話しただろ? 昔使ってたオートボウガンだ。準備だけはな」
ティーゼルさんはそう言いながら袋から大きなボウガンを取り出した。
黒くて大きな機械的なボウガンだ。釣り竿に付けるリールのようなものが付いてる。
「すごいね。どうやって動かすの?」
ウウクは興味津々だ。
「使い方は普通のボウガンさ。ただ、3連射できる。射程は短いがな。その代わりに当たると電気が流れて麻痺させられる。ボタンを押せばリールが巻かれ、銛も獲物も引き寄せられる」
「これが古代遺跡で?」
「そうだ。正確には発掘された物を、俺がチームメンバーから貰った。どんな遺跡かは知らない。そいつも教える気はなかったからな」
「それも秘密なんですか?」
「ああ。知っている事を知らされる方が危険だ。知らぬが仏。だからこの布陣もバラバラなのさ。お互いの秘密はなるべく見せない。それが優しさだ」
「そうなんですか…」
ティーゼルさんは整備の終えたボウガンを手に持つ。手には黒い皮の手袋がはめられ、俺達同様の防寒装備。
夜は始まったばかりだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
静かだ。
待機してから数時間以上、何事もなく時間だけが過ぎて行った。
寒い夜なので交代で休憩を取るように指示が出た。
俺達はさっきまで温かい正門付近の監視小屋で休んだ。
今はハンターのアキニィとムワイ、ハッジャとアブドが休憩に行っている。
スコット、ジョー、狼人:ウットゥルサさんはその場から動こうとしない。
外壁から離れ、俺達の視線の先には篝火が幾つも焚かれ、闇夜を明かりが照らし熊の発見を助けてくれる。
だけど光の届かないその先は暗闇だ。
降り続ける雪は月と星の明かりを遮り、暗闇を更に濃くする。
ティーゼルさんは連絡用の笛を咥えながら辺りを監視する。
ウウクもボウガンを持ちながら警戒している。
俺はその二人の間で、布で包んだポンプガンに取り付けた単眼鏡で周囲を見回す。
赤外線のサーモグラフィは深夜の暗闇の中でも俺を助けてくれる。
背中の外壁の上から俺達を見守るウーベントの守備隊には、布で包んだボウガンを構えている様にしか見えないだろう。
見渡しながら喋ることもなく、疲れない程度に五感に意識を集中させ続けた。
その時だ。
_ピィィィィィィィッ!!
警笛だ!!
「どこからですか!?」
「北だ!! 北の森からだ!!」
「火で照らせ!! 臭い袋も持って来い!!」
後方の外壁で守備隊の兵士達が騒ぎ始める。
外壁の上の通路を続々と兵士が走って行く。
「来たぞ」
ティーゼルさんは呟く。
視線のずっと先に居たスコット達も走りだした。
俺達は動かない。笛の合図があるまでは動くなと言われた。
遠くの方で人の声が聞こえる。だが、それも雪の降る闇夜の中で方向は不明瞭。
「出たか」
その声に振り向くと、一緒に来た女性ハンターのハッジャと、男性ハンターのアブドが後ろに立っていた。
もっと後ろにはアキニィとムワイも持ち場に着いていた。
「ティーゼルさん、私達スコットに合流します。ここはよろしくお願いします」
「ああ。気をつけろよ」
ハッジャはそう告げると雪の中を二人で走っていった。
女性のハンターのハッジャとアブドは兄と妹のコンビ。
スコットのチームと一緒に熊狩りをしたことがあるらしい。
走り去り、見えなくなると静けさが戻る。
あの時の警笛の音も、人の走り回る音もここでは聞こえなくなった。
「ショウタ。ウウク。気をつけろよ。雪で音が聞こえない。回りこんでくるかもしれん。温度の望遠鏡でよく周りを見ろ」
「……分かりました」
立って構えたまま北東を見る。だが篝火の火の明かりしか見えない。遠くで人の熱を幾つかは感じるがそれだけだ。
「ショウタ。あっち。気配がする」
ウウクは俺の肩を叩いた。
ウウクを見ると南東の森を指差す。そこはアキニィとムワイのいる位置よりも、もっと東にある森だ。
俺は言われるがままに単眼鏡を覗く。
確かに熱がある。それは豆粒の様な熱の反応だ。目に映る青と緑の異質な世界に小さな赤い光点がポツンと浮かぶ。
だが遠い。鹿じゃないのか? 俺は倍率を上げる。
上げ続けた高い倍率は、その超高性能な単眼鏡によって温度の違いが映像化され、木々や石まで青と緑で表示される。
しかし、一つの大きな違和感がある。森の木々の中にタンクのような大きな物体が雪の中に埋まっている。
じっと観察すると、雪の中からゆっくりと、慎重に頭を上げ、こっちを見た。
…熊だ。デカイ。
ネコバスじゃないのか?
「居ました」
俺はそれだけ口にした。
横で二人が身構える様子を感じたが、俺は単眼鏡から目を離せなかった。
怪熊は深淵とも言えるほどの深く暗い森の中で、俺だけが視認できる世界でゆっくりと横に移動した。
だが、その巨大な体と六本の丸太のような足で歩く距離は、慎重でゆっくりな動きに似合わずドンドンと南に進んでいく。
その立ち振舞と動作に似つかわしくないほど動きが早く、歩行距離も長い。
まるで中割りの不足したアニメのように、滑って消えるような動きだ。
「ティーゼルさん、南に移動してます。めっちゃ早いです」
「そうだ。それが怪熊だ。追おう。見失うわけには行かん」
「いや、待ってください!!」
熊はそのままヘヤピンカーブを曲がるようにこっちを向いた。
アキニィとムワイだ!!!
「アキニィさん達を狙ってます!!」
「畜生!!!」
_ピイイィィィィィィィィッ!!!
ティーゼルさんが警笛を吹くとアキニィ達がこっちを見る。
後ろだ!! そう心で叫ぶ。
だが聞こえるわけもなく、警笛を聞きつけたアキニィ達はこっちに走って来る。
しかしアキニィ達は馬鹿ではなかった。
俺達の様子を感じ取り、後ろを直ぐに向いた。
その時だ! 赤く表示される二人は左右に大きく飛び跳ねた。
次の瞬間には巨大な六本の足が生えた高熱の物体が二人の間を走り抜ける。
そのままこっちに来る!!
奴は気がついたのだ。何かが自分を見ていると。
そいつは自分を探し出せると。そいつが一番の脅威になると。
エイイェイと一緒だ!!
直感がそう知らせた。
あれは怯えた者が攻撃する時だ。
ほんとうに強いものは無闇に攻撃しない。逃げる。
力に溺れ、逃げて、怯えて、自分が脅威だと感じたものには無意味な暴力と攻撃をする。
追い詰められた弱い人間と一緒だ。
俺はすぐさま単眼鏡の倍率を戻す。約3倍。見慣れた距離だ。奴は正面。
視界の中の熱の物体は100m以上も離れた位置だ。いつもの練習している標的射撃の位置には全く届かない。
だが相手は異常に大きい。多少のブレなど関係ない。狙って撃てば当たる。
ティーゼルさんとのこの短期間での射撃練習が俺に教えてくれた。
引き金を引くまでの動作もこれまでの訓練で自然にできた。
ポンプは三回されている
「撃て」
ティーゼルさんの声が耳元で聞こえた。
それは俺の指のスイッチになった。
_ッドボッッン!!!!【グッジョ!!】
『グア゛ァッ!?』
耳に当たった! 弾は貫通し、そのまま肩に直撃する。
電車が脱線する様に、熊は走りながら横に倒れ、滑る。
_ボ!シュンッ!【ドッヂュ!!】
_ボ!シュンッ!【ドッヂュ!!】
_ッシュん!!【ッズッシュ!】
_ボ!シュンッ!【ドッヂュ!!】
_ボ!シュンッ!【ドッヂュ!!】
全弾撃った。ウウクもボウガンを撃った。2発目以降は全て倒れた背中に当たった。
次弾以降は全てポンプは一回。威力は半減。まだ距離はある。水鉄砲には遠すぎる。
横を向くとティーゼルさんが頷く。
俺はポケットから貰ったサンプルを取り出す。
紫2発。灰色3発。カバーを開き、順番に装填する。
_ピィィィィィィィッ!!
_ ピィィィィィィィッ!!
遠くの方から警笛の音がする。援軍だ。
『グボア゛ッァッァァァァ!!』
ッ!!! 起きやがった!!
ネコバスみたいな巨大な影は六本の足で起き上がり、腰を入れて踏みとどまる。
俺はまだ装填中だ。あと二発。
「ハアッ!!」
ウウクが俺の左横を瞬間的に助走をつけて一気に腕を振った。
手には道具が握られ、黒い光が一本走る。
_ズッシュ!!
『ボぁギャァッ』
どこかに刺さった。踏みとどまり、堪えて踏ん張る声だ。
怪熊はそれでもなお、こちらに走り寄る。
装填が終わり、構えながらポンプする。
両目を開いて熊を見た。熱の映像には赤い塊が見える。
だが、肉眼には黒い物体が影のように見える。人の目には判別しにくい。
槍は足に刺さっている。ビッコを引きながら、右肩と背中から血を流しながらも、怪熊は大きな牙を覗かせながら走ってくる。
それでもなお早い。人の足の速度じゃない。しかしまだ遠い。
その時、プクティスの真っ黒な姿を思い出した。きっと見えないように獲物を仕留めるのがこの土地の流儀なのだろう。
何か、から姿を隠すために。
両目の情報で時間はあると感じた。
ポンプをさらにもう一回。二回。
そして引き金を引く。紫だ。
_ッドボッン!!【ドンッ!】ガチャュッゥ!!
頬だ。ぶち抜いて何かを粉砕した。熊は声もなく再び倒れ、横転する。
「まだ生きてるぞ。油断するな。頭を狙って全弾ぶち込め」
_ドボッ!シュンッ!【グッチュッ!】
_ドボッ!シュンッ!っどん!!
_ドボッ!シュンッ!ッズっどん!
_ドボッ!シュンッ!ッズん!!
「はぁ、はあぁ、はぁ、どう…ですか?」
頭が真っ白だった。闇雲に打ちまくった気がする。頭は狙ったが、それだけだ。
「分からん。見に行こう。ウウク、炎は出すなよ? 誰かに見られる。ショウタもポンプガンをしまえ。代わりに俺の槍を持て」
俺達はティーゼルさんの声に従った。
ウウクは自前の白い牙の槍を持ち、俺は撃ち尽くしたポンプガンをバイオパックに投げ入れて、ティーゼルさんの槍を借りる。
ティーゼルさんはあのオートボウガンを構えながら近づく。
遠くから人の声が聞こえる。別のチームと守備隊だろう
反対側からはアキニィ達が向かってきているのが見える。
アキニィ達は無事だ。だがまだ結構距離があり、雪の積もった大地を走る速度は遅い。
しかし、あの距離を音もなく一瞬で走る熊…とんでもないやつだ。
その事実が恐怖を掻き立てた。慎重に走って怪熊に近づく。
そうして近づいた熊は異質だった。
暗く、白い雪の上に、マット加工の影が浮かんでいるようだった。
だが触れてみると毛皮だ。堅く、鋭い針のような毛皮だ。
その影がマイクロバスくらいの大きさなのだ。
俺とウウクは槍で頭を突いた。反応はない。ティーゼルさんも熊の目を松明の明かりで確認している。
「どうですか?」 俺は聞かずに入られなかった。
「………大丈夫だ。死んでる。最後の弾の幾つかが致命傷だったのだろう」
「そうですか…良かった…」
「やったねショウタ♪」
ウウクは俺に跳びかかってスリスリしてきた。
とてもじゃないがそんな気分じゃない。でも、嬉しかった。
「三回ポンプの弾のお陰だな。ハッキリ見えればブラスターを撃ちまくった方が簡単だっただろう」
ティーゼルさんは熊の様子を見ながらそう振り返った。
確かに、パワーと弾数と使い勝手ならブラスターの方が遥かに強い。
だが射程と、熊が補足できるかどうかだと、単眼鏡が無ければ当たらなかっただろう。
「本当ですね…プクティスの方が楽だった気がします」
「しかしよく頑張った。素晴らしい成果だ」
「ありがとうございます。 ……でも、ティーゼルさんの秘密兵器のお陰ってことで、お願いします」
「そうだな。でも、分配される素材と金はお前の資産として俺が計上してやる。安心しろ」
「…お手数掛けます」
「なに。俺も銃の性能が拝めて満足だ!」
この後は合流した各守備隊、ハンター達には、ウウクの投げた槍とボウガン、そしてティーゼルさんが仕留めたことで説明は終わった。
誰もどうやって倒したのかはティーゼルさんには聞かなかった。
俺達も彼らがどうやって仕留めるつもりだったのかは分からない。
それがここのハンターの流儀らしい。
熊の処理は朝に持ち越しになり、守備隊が警備をしてくれた。
俺達ハンターは用意された宿で休むことになった。
とてもくたびれた。
俺とウウクは用意されたホテルで裸で抱き合って眠った。
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