第36話 クレスさんからの依頼

 お掃除して次の日。流石にお仕事がないと申し訳なくなります。

 なので雑用でもしようと一階リビングまで降りたところ。


「や、お邪魔しているよ」


 クレスさんがいました。

 椅子に座り、ゆったりとお茶を飲んでいるだけで絵になる人ね。


「おはようございます」


「おはよう。来てたのか」


「ちょっと相談にね」


 それより壁に立っている鎧を着た兵士さんが気になります。

 三人とも直立不動で立っていますよ。朝からなによこの圧迫感は。

 兜で顔が見えないし。なんだか怖いわね。


「ああ、気にしないでくれ。レイの事を話したら護衛を付けられてしまってね。暴れたりしないから安心してくれたまえ」


 こっちに会釈してくる護衛さん。こっちもとりあえず会釈。


「君達は僕の戦友だ。手荒な真似はさせないよ。ま、金狼アレクの星の巫女に手を出すマヌケがそういるとは思わないけれどね」


「金狼?」


「赤眼のアレクだっけ? あ、皿洗いのアレクなら聞いたことがあるだろう?」


「ああ、皿洗いとして有名だったとか聞きました」


 アレックスさんの目は赤くないはず。誰と間違えているのかしら。


「じゃあそれで。もう報酬はもらったね? なくすんじゃないよ」


「量が多すぎるだろあれ」


「少ないくらいだよ。君達は自分が成し遂げた偉業を理解していない」


 とりあえず席につく。まあ二度とやりたくないわあんなの。


「ついでにテストモニターの謝礼も入れておいたよ」


 カズマの仕込み鉤爪と、私の射撃武器はクレスさんに返しました。

 一時的な借り物で、終わったら返したんだったわね。


「なかなか有意義だった。あのあと兵士やメイドにも撃たせてみたけれど、多少魔力があれば反応して撃ち出せる。しかも溜める魔力は僕のものでいい。実験は大成功だね」


 あの魔法の弾丸を撃ち出すメイドさんを想像してしまった。

 なかなかにシュールね。


「鉤爪はどうなった?」


「壊れた。あれだけの死闘だ、耐久テストにもなったし、弁償を要求するつもりはない」


「刃に魔力が付くのは便利だったな。あれでなきゃ切っただけでダメージはなかったかもしれない。あれが振動したり、チェーンソーみたいになればもっと強いかもしれないな」


「チェーンソーとはなんだい? 興味深いね。そちらの世界の技術かい?」


 あ、これ長くなるわ。目が輝いているもの。


「長くなりそうだし、先に要件を済ませよう。報酬はありがたく受け取る」


「そうね、それ以外にやることがあるなら、先にお願いします」


 クレスさんは話のわからない人じゃないので、大切な用事があればこれで本題に戻る。


「ちょっと相談というか……星の巫女案件かもと思ってね」


「なにかあったんですか?」


「出るらしいんだよ」


「出るって……なにが?」


 その言い方じゃおばけが出そうね。

 でも魔物も魔法もあるんだし、いてもおかしくないわね。


「はぐれものさ。そいつを興味本位で調べたい」


 完全に興味本位って言ったわね。もういっそ清々しいわ。


「はぐれもの……野党とかか?」


「違うよ。この平和を第一とする国で野党なんて成立しない」


「もったいぶるのはやめろ。仕事の話なんだろ?」


「直球でいこう。出るらしいんだ、はぐれミュージカルスターが」


 ああ、はぐれミュージカルスターね……ん?


「いやいやいや……えぇ? なんだそれ? はぐれなのにスター?」


 カズマが珍しく混乱しているわ。

 私も意味がわからない。ミュージカルってあの劇場でやるやつよね?


「野生のミュージカルスターが出るらしいんだ」


「なんで言い方変えたんですか」


「というか町中に出るんだろ? 野生も何もないだろうが」


 多分ツッコミどころはそこじゃないわよカズマ。


「とにかくその……」


「野良ミュージカルスター」


「もう意味わかりませんって」


「今日もどこかでミュージカルが行われている。らしいよ」


「らしいとかじゃなくって、まずそれってよくあることなのか?」


「ないよ」


 実にさらっと言われました。なんかもう肩の力が抜けたわ。


「なんで常識みたいに言ったのですか……」


「いやあ常識外れの存在だろう? もしかしたら知っているんじゃないかと思ってね」


「どういう意味だ全く」


 クレスさんも噂で聞いただけみたい。

 そもそもどんな噂よ。都市伝説なのかしら。


「出会うとミュージカルに目覚める。しかも感情移入してしまうと、いつの間にか参加してしまい、気づいたときには気分はスターってもんさ。実に面白いだろう? ぜひ歌って踊る君達が見たくてね。暇なら連れ出そうかと……」


「カズマ、クレスさんの後ろに立って」


「ん? いいけど」


「悪かった。悪かったよ冗談だ。仕事もないんだろう? 協力して欲しいのは事実だ。敵はそれほど危害を加えるタイプじゃなさそうだからね。しかも町中だ。どうだろう? 報酬は当然渡す」


「そんなやつはいませんでしたってオチだったら?」


「いい暇つぶしだったってことで額は少ないけどお礼はするよ。星の巫女をこっちの都合で拘束してしまうからね。ボディーガードとかそんなものだと思えばいいよ」


 まあ悪い話じゃないわね。いい加減ちゃんとした仕事もしたいし。

 町中なら妖魔や聖者が出てこない限り安全なはず。


「アレックスさんには許可をもらってある。あとは受けてくれるかどうかさ」


 ちょっとカズマとアイコンタクト。

 仕方ないなあ……みたいな顔で頷くカズマ。決まりね。


「わかりました。どこまでできるかわかりませんが、お受けします」


「そうかい、そいつは助かるよ。ありがとう」


 嬉しそうねクレスさん。受けると決まる前より表情が明るいわ。

 はぐれミュージカルスターの調査だもの、断られることも考えていたのでしょうね。


「レイの時も気になったんだけどさ、なんでクレスはそんなことに興味を持つんだ? 自分から危険に首突っ込んでいるだろ?」


「単純に興味もある。どうしてそんな存在がいて、何故そんな奇行に走るのか。そういうところに発明のヒントはあったりするよ。それに」


 ここでクレスさんの顔が引き締まる。

 ちょっと場の雰囲気が真面目なものに変わった気がします。


「あまりこの街での事件を放っておきたくないんだよ。それだけさ」


 空気が変わったのを察知したのか、異常なまでにキメ顔で言うクレスさん。

 なんとなくだけれど、本気で街を守ろうとしている気がしました。


「レイの時も街を汚したからだと言っていたな」


「ああ、まあ僕について深く知る必要はない。知らないからこそ君達といるのは居心地が良くてね。ガラじゃないが気に入っているよ。この空間が」


 かなり意外な発言ね。やっぱり秘密があるんでしょう。

 本人が言う気になるまで、追求は避けましょうか。


「そうかい俺も嫌いじゃないぜ。この場所も居心地がいいしな」


「そうね。仲良くお茶が飲める空間は大切よ」


「まったくだ。それじゃあ準備ができ次第、出発したい」


「はい、色々取ってきますね」


「動きやすい格好にするんだよ。ついでに王都を案内しよう」


「助かるよ。まだ俺達にはわからない場所が多くてな。」


 こうして、出かけることになりました。

 これはお散歩なのか仕事なのか……悩みどころね。

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