第9話 怪しい噂

 街外れのお屋敷まで三人歩く。外れといっても獣道を往くわけではありません。

 日当たりの良い大きな公園から道が何本も伸びているので、その中の一本を道沿いに歩くだけです。


「綺麗な公園ね」


治安向上のため道幅が広く作られているらしく、日光と木々が絶妙なバランスで、噴水の音と、街の人々の声でとても明るい場所です。


「この先ですよー。ここまでは平和なんです。ここからまさかあんなことが起こるなんて……」


「不安を煽るんじゃないの」


「いい場所だな。のんびりしたい時にでも来るか」


「その時は一緒ですよ!」


「……そいつはのんびりできそうにないな」


「静かに寄り添うことなど、私にかかれば造作もないのですよ」


 エルミナちゃんの明るさは武器になるけど、静かな時間も好きなカズマには使い所を見極める必要がある。逆に静かにさえしていれば、一緒にいても特に問題はない。

 恋の進展もないと思うけど。


「やっぱりデートスポットだったりするのかしら?」


「ですよー」


 芝生と噴水があって広い公園……もう元の世界じゃあんまり見ないわね。

 腕組んでいるカップルとかいるわ。いいわね、告白が通って。

 恋人を大切にするのよ…………誰目線なのよ私は。


「ま、俺には縁のない場所だな」


「もうわざととしか思えないのですが……」


「諦めなさい。期待なんてした時点で負けなのよ。私達はもう負けているの」


「どんな悟りを開いておられるのですか」


 その程度でカズマを好きでい続けようなど片腹いたし。

 そもそも年頃の異性に、完璧に心情を察して動いて欲しいというのがおかしい。

 漫画やアニメで女の子が怒るシーンは結構理不尽なのですよ。


「そういえば、噂ってなんだ? この国って治安がいいんだろ?」


「ですです。けど……そのお屋敷に行った子が、お店をやめちゃうんです」


「やめる?」


「理由は色々です。けど、やめちゃってから、どこでなにをしているのか……お店の誰も知らないんです」


「こっちの仕事がどうなっているか知らないが、やめた人間のその後なんて知らなくて当然じゃないか?」


 アルバイトみたいなものなら、やめた人のことを覚えているパターンは少ないでしょう。

 クラスメイトでもない限り、プライベートで連絡は取らないものじゃないかしら。


「仲のよかった人にも連絡がないんですよ。しかも、遊びに行こうって約束した日になっても来ないとか」


「そいつの家には?」


「行っても無駄みたいです。引っ越したらしく、行き先を告げないで消えるのです」


「そいつは……エルミナを一人で行かせたくはないな」


「お屋敷も怖いのですよー。お金持ちのお家がある地区なのですが……あの雰囲気は無理なのです」


 怖さを語るエルミナちゃん。何事も

 そこからまたしばらく歩きながらの雑談タイムです。


「いよいよ……この時が来ましたね。エルミナ達の旅も、ついに終着点ってやつが見えてきましたよ」


 配達用バスケットの取っ手をぎゅっと握って遠くを見つめるエルミナちゃん。

 カズマが待つと言い出したけど、自分の手で配達すると言って譲らなかったためエルミナちゃんが持っています。


「この先に……俺達の目指すべき場所がある、か」


「そのノリはなんなの……」


「覚悟を決めましょう。お二人とも、ここからは恐怖が支配する世界……気を強く持つことです」


「最早精神力だけが身体を動かしているぜ」


「完全に住宅街よ。どこに消耗する要素があったのよ」


 たまにこういうボケ乗ってくるわねカズマ。

 景色が公園から閑静な住宅街ってな場所に変わっていく。

 あらあら、どこも一軒家で二階建て以上ですわよ。


「お金はあるところにはあるザマスねえ」


「まったくだ。俺達にも少し分けて欲しいくらいザマスな」


「お二人とも急な口調チェンジはエルミナが困惑するから程々にお願いするザマス……ちょっと楽しいのでむしろ混ぜるザマス」


 ダメだ。これツッコミいなくなる。


「ええっと、どこまでなんの話してたっけ?」


「私の主食は殺した敵の前歯よエルミナちゃんってところまでですよー」


「言ってないわよ!?」


「そこから今日の親知らずはコーヒー味ね、と続くんだぜ」


「味!? その私はなんで歯を食べてるのよ!?」


「コーヒーが好きだからじゃないか?」


「ならコーヒーでいいじゃない!?」


 毒にも薬にもならないやりとりをしながら住宅街を進む。

 日が沈みかけているからか、街灯もぽつぽつと明かりが灯る。

 電気じゃないみたいだけど、やっぱり魔力で動いているのかな。


「見えてきましたよ……あのお屋敷です」


「う……わ……」


「なるほど、こいつはエルミナにはちときついな」


 そのお屋敷は道の突き当たりにある大きな、いかにもお金持ちが住むような洋館です。

 しーんと静まり返っていて、壁全体にツタが絡まっている。

 もともと白かったのかもしれない壁は、ほとんどが黒くくすんでいること。

 そして全てのカーテンが締め切られていることを無視すれば、普通のお屋敷です。


「これは仕方ないわね」


 カーテンが締め切られているからか、屋敷から明かりが見えない。これは怖い。

 夜に一人でここに来いと言われたら拒否する。私でもカズマがいなかったら拒否します。


「ですよね? ですよね? ここ本当に怖いんですよ」


「悪かったな。心のすみっこで、一人で行けばいいじゃないかと思ってた」


「うん、ごめんね……これはきついわよ」


「いいんですよ。わがまま言ってついて来ていただいているのは事実です。ありがとうございます」


 ぺこりとお辞儀して、門についているベルを鳴らすエルミナちゃん。

 がらんがらんと嫌な音がする。もっといい音色の鐘に変えて欲しいです。


「出てこないですねえ。扉の方に行きます?」


 外門は周囲の柵と変わらないくらい、すかすかの見栄え重視タイプなので、敷地が伺える。

 見たことのない種類の紫の花が、正面扉までの一本道を両側から彩っています。

 なぜかあまり綺麗と思えないのよね。こちらを呼び込んでいるような、風もないのに揺れて、おいでおいでと手招きしているような薄気味悪さを感じます。


「正直気が乗らないが……届けずに戻るわけにもいかないからな」


 やはり出てこないので、カズマが先頭に立ち敷地の中へ。何もなければいいな。

 一応『好き』と書かれた札、『好き札』は懐に五枚ほど持っているから、これでなんとかなる範囲でお願いします。

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