第10話 配達はすんなり終わらない

「すみませーん。パンの配達でーすー!!」


 ノックを続けていると、ガチャリという音に続いて扉が開く。

 外開きの左右二枚の豪華な扉は、ぎぎっと鈍い音を立てています。


「お待たせいたしましたー! ご注文のミートパイ二つ。クルミスコーン一つ。ミールベリーパン二つですー!」


「遠いところまでご苦労様。ちょっと手が離せなくて。ごめんなさいね」


 現れたのは私より十歳は上に見える車椅子の女性。濃い色で、黄色に近い金髪。

 ゆるくウエーブがかかった腰まで届くロングヘアーの美女だ。

 キリっとして少しキツ目の目つきと、セレブっぽい優雅さのある、多分元の世界じゃ関わることのないタイプの人だな。


「いえいえー。お気になさらずに」


「そちらの方々は?」


「私達は付き添いです」


「街の治安がいいといっても、日が沈んでからの独り歩きは不安ですから。俺達が付き添っているんです」


「いいお友達ね。ロザリア・リバーライトよ。よろしくね。はい、代金よ」


「はい、ちょうどですね。ありがとうございましたー!」


 エルミナちゃんからバスケットを受け取り、膝の上に乗せるロザリアさん。


「あのー? 使用人の方とか……いらっしゃらないのですか? 車椅子じゃ運ぶのが辛くありませんか?」


 エルミナちゃんが暗に持ちましょうかと聞いている。

 そういえばなんでメイドさんとかいないんだろう。


「ああ、足のこと? ちょっとした怪我で、まったく動かせないわけじゃないわ」


 それでも車椅子の主人にお客の対応を任せるなんてあるのだろうか。

 こっちの常識がまだわからない。もしかして普通のこと? いやいやそんな。


「ちょうどみんな夕飯の準備をしていたところなの。よろしければ一緒にいかが? そちらのお二人も」


 私の前にカズマが立つ。相変わらず背中が大きいわね。


「いや、俺達はまだもう一軒配達があっただろ。忘れたか?」


 そう言って自分の持っている包みを見せるカズマ。

 それは私達の分……断ろうとしている?


「パンは暖かいうちに届けたい。信用第一だぜ、エルミナ」


「そうね、すみません」


「で、ですねー。というわけで次の配達がありますのでー夕食のお誘いはご遠慮いたします」


「そう、残念だけど諦めるわ。よいしょっと……」


 膝上のバスケットが揺れている。そのまま車椅子を動かそうとするのが危なっかしい。


「やっぱりお持ちします。届けてすぐに次に行けば大丈夫ですよ。お二人もそれでいいですか?」


「いいわよ。それなら夜までには帰れるわね」


「なら俺が押しましょう」


「あら、美男子に押してもらえるなんて嬉しいわ。日記に書いておかなくっちゃ。あっちの厨房までお願いするわね」


 そして屋敷の中へ入る私達。扉の中の世界は綺麗に、家具も少なく埃が床に溜まってもいない。古いお屋敷っぽかったのに意外です。

 入って直ぐに目に入る二メートルはある大きな銅像と、その左右に伸びている真っ赤な絨毯の敷かれた二回へ続く階段。ここは正面ホールなのね。


「ランプがいっぱいですね」


 一階右の通路を歩く私達。カーテンは全て締め切られており、通路に掲げられたランプが心許ない明かりで私達を照らす。


「ちょっと古いお屋敷でしょう? 設備も古いのよ。でもそこが気にいっているの」


「どうしてカーテンを閉めているんですか?」


「生まれつき肌が弱いのよ。だから陽の光に弱くって……ここよ」


 なんだかいい匂いがする。扉を開けると、レストランの厨房みたいな広い部屋だ。

 なにか炒めものを作っているメイドさんが一人。横には寸動鍋がある。

 こちらを見つけて寄ってきました。


「ありがとう。ここまででいいわ」


 ロザリアさんは、メイドさんと二、三話してからそう言ってくる。


「ありがとうございましたー! またごひいきにー!」


 メイドさんが一礼し、ロザリアさんの車椅子を引いて奥の部屋へ向かうその途中。

 こちらを振り返り、一瞬だけなにか口を動かした。

 なにも聞こえない。きっと口を動かしただけ。


「さ、行きましょうお二人とも」


 エルミナちゃんが私達の手を引いて部屋を出る。なんだか早足ね。

 早足のまま、玄関ホールまで止まることはなかった。

 来た時と同じ、銅像だけのある静かなホールだ。鎧を着た女の人の像。

 女性だとわかるのは、面をしていないため。

 長い髪と女性らしき顔つきが見えているから。


「どうしたのエルミナちゃん?」


「いえ、その……失礼ですけど、気味が悪いですし……あのメイドさん……気のせいかもしれませんけど……」


 普段からは考えられないほど言い淀んでいるわね。

 なにかに怯えているようにも見える。


「最後に……口が動いた時……逃げてって……」


 私とカズマにはわからないけれど、エルミナちゃんは口の動きからそんな気がしたらしいです。あくまでそんな気がするだけという勘に近いものだと補足してくれました。


「あははー。なに言ってるんでしょうね私ったら。違うんですよーこんな怖がりさんじゃないんです。ほら、ここに怖そうな像とかあるもんですから、雰囲気といいますかその」


 銅像に軽く触れて、こちらに笑顔を見せてくる。

 明らかに作り笑いだ。早く帰りましょう。怯えさせる趣味なんてないわ。


「おいまてエルミナ。こっちに来い。なにかがおかしい」


「はーい、今行きますよー」


 こちらに歩くエルミナちゃんと、その後ろにある銅像。

 なんだか来た時と位置が違うような。

 …………銅像が動いている!?


「エルミナちゃん! 危ない!!」


「エルミナ! 走れ!!」


「……ふえ?」


 エルミナちゃんが立ち止まり背後を振り返ると、チャンスとばかりに両腕を伸ばす銅像。

 まずい! このままじゃエルミナちゃんが!


「ひうっ!?」


「ゥオリャア!!」


 間一髪、エルミナちゃんに触れる前に、カズマの飛び蹴りが銅像のお腹に入る。

 身体をくの字に曲げながらホールの奥まで吹き飛ぶ銅像。


「危なかったな」


「カ……カズマさああぁぁぁん!!」


「もう大丈夫よエルミナちゃん」


 カズマの胸で泣きじゃくるエルミナちゃん。よほど怖かったんだろう。

 カズマの服をぎゅっと握っている。そりゃ怖いわよ。私だって同じ立場なら泣くわ。


「安心してるとこ悪いが妙だ。銅像のくせに身体を折り曲げて吹っ飛びやがった」


 むくりと起き上がり、大股でずんずん距離を詰めてくる銅像。意外に早い。

 これじゃあエルミナちゃんと一緒に逃げ切れるかわからない。


「すまないな、エルミナ」


「カズマさん? どうして謝るんです?」


「なに、客の家の像ぶっ壊しちまうんだ。もうお前の店では買い物してくれないな、と思ったのさ」


 カズマはやる気だ。でも今の私にはもっと安全な方法がある。


「大丈夫よカズマ。もっといい方法があるの」


「あやこ? 悪いけど下がってててくれ。怪我をさせたくない」


「ケガして欲しくないのは私も同じよ。そしてこれが……私の今の気持ち。読んで欲しいの。カズマに!」


 銅像に向けて好き札を一枚投げる。

 ご丁寧にハートマーク入りだ。告白の効果を上乗せできる。


「こんなときに……ええっと、あれは……」


 こちらに向かってくる銅像は、大音量のクラクションとともに現れた大型トラックに横からふっ飛ばされ、ドガアアァァ!! と豪快にぶつかる音を残して跡形もなく消えた。


「悪い。伊勢海奥浪さんのトラックのせいで粉々になっちまったな」


「いせかいおくろうさん!?」


「ああ、奥浪さんは、あの大型トラックで今まで九十九人の日本人を轢き殺して異世界に送っている。その道のプロで大ベテランだ」


「その道ってなに!?」


 そんなに轢き殺してなんで免許剥奪されないんだろう。

 いや免許のシステムとか高校生なんで詳しくないけど。


「えぇぇ……なんですか今の……」


 エルミナちゃんがぽかーんとしている。うん、仕方ないわね。

 あんなもの予備知識無しで見せられたら私だってそうなる。

 むしろならない人なんているのかしら。


「うんまあ、あれがカズマの呪いよ。気にしないで」


「気にしますよ!? なんですかあのおっきいぶおおおーっていうの!? なんであんなのが通ってなんの痕跡もないんですか!?」


「呪いって凄いわねー」


「順応してるあやこさんが一番凄い気がしますよー」


「わけのわからん話してる場合か。さっさと出るぞ。ここにいるべきじゃねえ」


 カズマの声ではっと我に返る。そうだ、ここから出なくちゃ。

 全員で入り口に駆け寄り。ノブを回す。


「……開かない?」


「うそですよね?」


 好き札はあと四枚。どうやら簡単には帰れそうにもないわね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る