第8話 恋敵は傷を舐め合う同士にもなる

 私達の住んでいる場所から、一番近い商店街にあるパン屋さんに到着。

 ちょっと大きめで木造のお店ね。


「はい、つきましたー!」


 店内は清潔で明るくて、イートインスペースもあるみたい。

 店員さんのいらっしゃいませというよく通る声がする。

 少数だけどかわいい女の子ばかりです。


「女の子が多いわね」


 女性客が多い。なるべくカズマとくっついて、恋人っぽい雰囲気でけん制しましょう。


「夕方になると、がっつりお肉系のパンを買いに男性のお客さんも増えますよー」


「肉か」


 カズマがお肉に反応しました。女の子なんて眼中にないようです。

 いや助かるんだけどね。


「あんまりお金はないわよ」


「わかってるって」


 報酬はもらいました。けど、見習いのお給料は多くありません。

 当然ですね。節約しましょう。


「ついでにこのくらいの値段で買える、おすすめとか聞いてもいいか?」


「今はお客様も少ないですし……まず配達帰りの報告をしてからでしたら」


 きょろきょろと近くの店員さんを探すエルミナちゃん。

 それを見つけた店員のお姉さんが声をかけています。


「お帰りエルミナちゃん」


「ただいま戻りましたよー」


 ふむ、警戒しましょう。エルミナちゃんという前例がいますからね。


「あ、接客中だった? すみませんお客様」


「いえいえ。初めてなんで、ちょっとおすすめでも聞こうかと思いまして」


「新しいお客様をゲットしてまいりましたよー」


「偉いわエルミナちゃん。それではごゆっくりお選びくださいまし。任せていいわね?」


「はい。お任せくださいな」


「イケメン……」


 去っていくお姉さんのつぶやきは聞かなかったことにしましょう。


「じゃ、おすすめお願いね。高いのは無理よ」


「ばっちりですよー。お店を好きになってもらえるように頑張ります!」


「元気だな」


「はいなー。エルミナは元気と可愛さが最大のとりえです。他のとりえを百とすると三百はありますよー」


 この自信はどこから来るんだろう。

 実際可愛いし、自信たっぷりで人懐っこいところも愛らしさに繋がっているのは確かね。


「これでお客様になっていただけたら最高です。なんでしたらエルミナに会いに来てもいいのですよ? 会いたくなったらぜひ!」


 期待を込めた目でカズマを見ているエルミナちゃん。

 その期待は無駄なのよ……苦しみが増すだけだというのに。


「いや、普通に迷惑かけるだろそれ。腹が減ったら来るさ」


「ああ……はい…………」


 目に見えて落ち込んでいるエルミナちゃん。

 カズマ初心者はこうやってボディブローのように、こつこつ心にダメージが蓄積されます。かつての私のようにね!


「あ、このパンは男性でもご満足いただけるように、ボリュームがあって、具が大きくて味濃い目です……」


 それでもパンの紹介はするのね。

 プロね、エルミナちゃん。そういうところ尊敬するわ。


「なにを落ち込んでいるんだ?」


「いいえーなんでもございませんよー。恋というのは難しいものですねえ」


「そうだな。俺にはさっぱりわからないよ。そういうのは同性にでも聞いてみたらどうだ?」


「あやこさん……これははぐらかされているのでしょうか?」


「残念だけど、こういう時の七割は素よ。カズマ歴十年の幼馴染である私が保証するわ」


「うわーお……鉄板保証じゃないですか……」


 がーんという文字が背後に出てもおかしくないほど落ち込んでいるわね。

 呪いのせいもあるけれど、元々カズマは色恋に鈍感である。

 こんなことで挫けていてはいけないのよ。


「なんだかわからんが、元気出しな。エルミナが笑顔じゃないとこっちまで気が滅入るぜ」


 カズマがまーた女の子の頭を無遠慮に撫でている。

 カズマが身長百八十後半なのに対し、百五十くらいのエルミナちゃん。

 まるで仲の良い兄妹のようで、真実を知らなければ微笑ましい光景だ。


「ふほおぉぉう! 出ましたよ! 元気出ました! もっと撫でるともっと出ますよ!」


 女の子の頭を撫でると好感度が上がるという、男性からすれば素敵な機能。

 私からすれば最悪な機能がエルミナちゃんの好感度を上げていく。

 もともとイケメンなカズマがやると効果は絶大なものになる。なってしまうのさ。

 できればならないで欲しいです。切実に。


「うおおおぉぉう! この止めどなく溢れる想いはまっさああぁに恋! カズマさーん! 好きだー! うおおおー!」


 一気にテンション上がったなあ。この切り替えの速さは心の強さなのかもしれない。

 そういえば、私以外の告白ってどうなるのかしら?

 これお店が大惨事になるんじゃ。


「お、おう……そういうのはちゃんと好きな人ができたら言ってやれ」


「ぐふああぁぁ!!」


 エルミナちゃんの心に深刻なダメージが入りました。

 呪いを理解していないカズマが引いている。

 引きつった笑顔で言われたことが追撃になり、ダメージは更に加速する。

 これは最早カズマが悪いのではない。エルミナちゃんの自爆である。


「なるほど、私以外がするとこうなるのね。なんか中学時代からのデジャブを感じるわ」


「あやこさあぁ~ん……どうしたらいいのですか~?」


 半泣きで私に問いかけてくるエルミナちゃん。

 あなたが呪いの対象年齢だったのがまずかったのよ。

 とりあえず心を鬼にして、エルミナちゃんを諭しましょう。


「どうにもならないわ。なぜなら……」


「なぜなら?」


「どうにかなるなら、とっくに私がしているからよ」


「ぐふあぁぁ!!」


 現実は非情である。カズマの恋愛事に対する鈍感っぷりは、ここまでひどくはなかった気がするけどまあ……似たようなもので……それでもしっかり告白すれば好きだということはカズマ側に伝わっていた。みんな断られていたみたいだけど。


「それが今じゃあ告白すら通らないという有様よ。ふふふ……笑いたければ笑うといいわ……」


「おおぅ、あやこさんが疲れきった顔をしています……元気出してください」


 おもいっきり年下の子に気を遣われてしまった。ちょっと反省。

 心配させてしまったので明るく振る舞おう。


「大丈夫よ。こんなことで負けないわ。鈍感なのはいつものことよ」


「それはそれで大丈夫じゃない気がしますよ?」


「さっきからなんの話をしているんだ?」


「女の子だけの秘密の話ですよー」


「そうよ、カズマは知らなくていいの」


 話しても伝わらない。というか聞かれて告白が暴発したら何が起こるかわからないし。


「なんじゃそら。まあ元気出してくれ」


 女の子同士の会話に入るのはためらわれるのか、カズマがフォローになってないフォローだけして困っている。


「いいです……いいのです……悲しみはエルミナのそこそこある胸にしまっておくのです」


「なぜそこそこあるとか言ったの……」


 さてはカズマにアピールしているつもりね。胸の大小でどうにかなるカズマじゃないわ。


「そっちの食パンと、あと二、三個買って行きましょう」


「じゃ、さっきのやつと……あやこは?」


「こっちのおやつ系を……果物が入っていれば甘いわよね?」


「はい。ジャムと果肉入りですよー」


 そんなわけでお買い物終了。帰って食べるのが楽しみだわ。


「エルミナちゃん。悪いんだけど配達行ける?」


 エルミナちゃんが年上っぽい店員さんに声をかけられています。


「うえぇ……あのお屋敷ですか……あれ? あの周辺は別の人が行ってませんでしたっけ?」


「そうなんだけど……なんか急に来なくなったと思ったら辞めちゃって。暗くなる前に行って欲しいのよ。道わかる?」


「うぅ……ちょっと微妙ですね。あっちにはほとんど行きませんし、例の噂のお屋敷ですよね?」


「正直誰かと一緒に行って欲しいけど……今みんな手が離せないし……」


「どうした?」


 なんでも街外れのちょっと暗い雰囲気のお屋敷があるらしく、最近妙な噂がある。

 そこに一人で行くのが怖いとか。これはカズマと一緒にいる口実じゃなくて本当に怯えているわね。


「あやこ、いいか?」


「はいはい、私も行くわよ?」


 エルミナちゃんの視線からか、雰囲気からか、察して私に聞いてくる。


「ありがとうございます!! 三人で行けば怖くないですよー!」


「男前のお兄さん。本日はご来店ありがとうございます。こっちの新作パン二つおまけしておきますね。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」


 がっつりお肉が挟まっている試作品らしいパンを見せられる。

 できれば感想が欲しいと言われた。試作というのもおまけしてくれた理由なのかな。

 カズマの視線がパンから離れない。


「お兄さん。お礼がパン二個っていうのもなんですし、今度休みの日にでもふたりっきりで……」


「さ、行くわよカズマ」


「お客様をお待たせしてはいけませんよー」


「おい引っ張るなって。どうしたんだよ?」


 エルミナちゃんと一緒にカズマをひっぱって、急いでパン屋さんから出る。

 これ以上ライバルを増やしたくない。言葉に出さなくても、その思いは同じです。

 そんなわけで、エルミナちゃんの案内で配達先へ向かうことになりました。

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