第49話 如意棒とカラドボルグ

 黒い鎧を着た魔剣、カラドボルグに戦いを挑まれるアレックスさん。

 本当に迷惑な鎧です。なんとか全員無事に帰りたい。


「アルスマグナを出せ」


 アレックスさんがポケットから出したのは、小さい爪楊枝のような赤い棒。


「ほいっと」


 一気に武術で使う、二メートル近いしっかりした棒になりました。

 ますます昔話の如意棒ね。


「これで満足かの? ワシらはもう帰りたいんじゃよ。腰も痛くてのう」


「勝負しろ。命のやり取りこそ、剣を磨く唯一の道」


「人の話は聞いて欲しいもんじゃの」


 がっくりうなだれるアレックスさん。こんな面倒な勝負は断りたいわよね。


「何故戦うんだい? きみはもう十分強い」


「足りぬ。我が最強の剣であると示すまで、誰にも負けず。いかなる剣でも折る」


 なんて無駄な向上心。それをもっといいことに使って欲しいわね。


「そこの男……貴様は戦えるのか?」


「俺? いや、どちらかといえば素人だ」


「カズマくんは関係ないじゃろ。無関係な人間を巻き込むでない」


「なんなら三人でくるがいい」


 私は数に入れないのね。正直助かるわ。


「戦いたくなるようにしてやろう」


 鎧の男が消え、闘技場全体を雷が走り回る。

 かろうじて人に被害は出ていないけれど、これじゃあいつか死ぬわ。


「何をしている!」


「この闘技場にいる人間がどうなろうと、我が闘争心さえ満たせればそれでいい」


 舞台の中央で佇む鎧の人から、さらに威圧感と、黒い火花が噴出した。


「かー……タチ悪いのう……カズマくん、いざとなったらあやこちゃんをつれて逃げるんじゃよ」


 舞台に下りて如意棒を構えるアレックスさん。

 普通のシャツとズボンで戦えるのかしら。


「魔剣カラドボルグ。参る!」


「アレックス……異名は多すぎて忘れた。好きに呼べい!」


 二人の姿が消え、何かがぶつかる音だけが響く。


「なるほど、人として到達できるほぼ頂点だな」


「若い頃のワシはまだまだこんなもんではなかったんじゃよ」


 中央で鍔迫り合いのまま話し始める二人。速過ぎて見えないわよこれ。


「今では小手先の技術に頼るのみじゃ。こんな風にのう。伸びろ如意棒!!」


 伸びた如意棒が、カラドボルグのお腹に突き刺さり、そのまま壁まで叩きつける。


「このまま追撃させてもらおう。アルスマグナ相手に卑怯もなにもないんじゃよ。暴風爆破ハリケーンブラスト!!」


 渦を巻く暴風がカラドボルグに迫る。

 如意棒を払いのけ、両腕で風に耐えてアレックスさんに歩み寄っていく。


「効いていないな。あの鎧、相当硬いぞ」


「傷もつかないほどの鎧か。あれも特殊な装備なのかな?」


 アレックスさん、大丈夫かしら。強いのはここまででわかるけれど、まだ敵はさっきの技も使っていない。


「ふん、風を起こすだけか。小細工とも呼べんな」


「ふっふっふ……その風はただの風ではない。ブラストの名はなぜついておるか、教えてくれるわ!」


 カラドボルグが爆発する。まったく何も無いところが、突然爆発したように見えたわ。


「ぬうっ!? これは……」


「これぞ真骨頂! 風が触れた場所はワシの意志で爆弾となる。風に気を流していたことに気付かんかったか?」


 どんどん爆発が起こり、舞台の半分を絶えず爆発が襲う。

 見失わないように風で爆風を後ろに流し続け、緩急をつけてカラドボルグを逃がさない。


「よかろう、全力を出すに相応しい男だ。煌く輪舞スパークル・ロンド!!」


 暴風の中を逆送するように、大量の電撃がアレックスさんに迫る。


「なにいいぃぃ!? ええいやっかいな!! 爆破じゃ爆破!」


「爆破では御しきれぬほどの雷光ならばどうだ?」


「うおおぉぉぉ!? なんちゅうイヤなやつじゃあぁぁ!!」


 慌てて上空へと飛ぶアレックスさん。普通に二十メートルくらい飛んでますけど。

 本当に人間なのかしら。


「無駄だ。敵を討ち果たすまで、その雷光は永遠に貴様を追い続ける」


「ええい如意棒!!」


 電撃を打ち落としていくも、数が多すぎるのか、地上に着地するまでに何発か当ってしまっている。


「よく戦った方だ。アレックスよ、久方ぶりに楽しめた」


「ぬぐおおぉぉ!?」


 とうとう電撃で如意棒を弾き飛ばされてしまう。


「アレックスさん!?」


「終わりだ。煌く稲妻スパークル・ライトニング!!」


 アレックスさんに肉薄したカラドボルグは、そのまま雷光の一撃を切り上げた。


「うおおおぉぉぉ!?」


 アレックスさんに光が直撃し、胸から真っ赤な血が、舞台に舞い散る。


「アレックスさあああぁぁん!!」


「いやまて、これは血じゃないぞ」


「これは……花びらか?」


 アレックスさんの血が、ひらひらと私達のいる場所まで飛んでくる。

 それは確かにバラの花びらだった。


「やーれやれ、ここまで油断させるのは苦労したわい。ま、結局は作戦通りってところかのう」


 アレックスさんは、平然とその場に立っていた。


「終わりじゃ。沈むがよい」


 大きな音がして、カラドボルグの身体が舞台に大きくめり込み、クレーターを作る。


「気と花をバリアーにしたことはわかる。だが……この重さは!?」


「このバラはワシの気を流し込みながら特殊な方法で育てたもの。一つ、昔の二つ名を思い出したから教えてやろう。当時の名は重力の薔薇グラビティ・ローズ。花に触れたものの重さから、重力の方向まで程度コントロールできる」


「バカな……たかが花一つ。触れただけで全身の重力を増すことなど……はっ!!」


「気付いたようじゃな。暴風爆破ハリケーンブラストは、おぬしを倒すための技ではない。おぬしの鎧にワシの気をわずかに染み込ませるため。そのための気の風じゃ。戻れ如意棒!!」


 アレックスさんの手に戻る如意棒。呼べば来るのね。


「このまま剣を潰させてもらう。その鎧の中身がカラッポなのは察しとるよ」


「カラッポ? 無人だというのか?」


「わからない。あいつから威圧感や魔力は感じる。人間じゃないのか?」


 カズマもクレスさんも混乱しているわ。私もよくわからないし。


「さらばじゃ、魔剣カラドボルグよ」


 如意棒が振りおろされ、今までで一番の電撃が大きなクレーターを作った。


「勝ったの?」


「いや、これは……」


「見事だ……見事だった。アレックスよ」


 ゆっくりと立ち上がるカラドボルグ。対照的に崩れ落ちるアレックスさん。


「最大まで高め、放出した雷撃で攻撃の起動を逸らさなければ……この勝利は無かった」


「なぜじゃ…………なぜワシにこれほどのダメージが……」


「煌く輪舞スパークル・ロンドだ。あれで我が電撃の軌道を作った」


「き……軌道……?」


 なんとか立ち上がろうとしても、上半身を起こすのがやっとみたい。

 まずいわ。このままじゃ負ける。


「貴様の言い方に合わせれば、電撃の染み込みやすい場所を、最短距離で届く流れを作り上げた。単純な軌道の攻撃であれば、衝撃でずらすことは可能」


「ワシが……知恵比べで負けたと……」


「恥じることは無い。誇ることはあれ、恥じることなど一欠片も存在しない」


「そうじゃな。おぬしほどの男に傷をつけるのじゃ。誇りに思うとするさ」


 如意棒がカラドボルグの鎧を貫く。ちょうど胸の辺りに深々と突き刺さり、背中まで貫通している。


「なにいいぃぃ!? どこにこれほどの力が!?」


「最初の如意棒での一撃。あの時に攻撃するポイントは決めた。攻撃を分散させつつ、最後の最後で砕けるように。そのために、おぬしの全身の重さを増し、胸の一点のみ重力の方向に細工をした」


「狂った重力でせっせと作った小さな穴、というわけか」


「今も気を流し続けておるが、それでも死なんか。やれやれワシの負けかのう」


 アレックスさんを蹴り飛ばし、如意棒を引き抜いている。まだ死なないのね。

 もしかして不死身なのかも。


「参った。ワシの負けじゃ。ついでにここで勝負を終わりにして、帰ってゆっくり休みたいんじゃが」


「断る。この剣で貴様の首をはね、幕を下ろそう」


 まずいわ。このままじゃあアレックスさんが殺されちゃう。


「いくぞカズマ! あやこくん、きみは告白の準備を。魔法で飛ぶぞ」


「やるしかねえな!」


 舞台へ飛び出すカズマ。私はクレスさんに飛行魔法をかけてもらって、なんとか着地。

 告白……通用するかわからないけれど、やるしかないわね。


「邪魔をするな」


「もう勝負はついたぜ」


 一人でカラドボルグの前に立ちふさがるカズマ。流石に一人では厳しいでしょう。

 なんとかサポートしないと。


「まだだ。その者の首は繋がっている。これほどの勝負だ。どちらかの命が尽きねば終わらぬ。それが礼儀というものだ」


「アレックスさんには恩がある。見捨てて逃げるような真似はできんな」


「自分の命を捨てることになるぞ」


「どうだかな。やってみなくちゃわからんぜ」


「……雑魚が」


 カラドボルグの電光を剣で凌ぐカズマ。ギリギリっぽいけれど、避けられるのね。


「カズマくん、逃げるんじゃ!」


「少しはやるようだが……遊んでやる気は無い。煌く稲妻スパークル・ライトニング


 電撃がカズマの剣を折り、頭に直撃する。


「カズマ!?」


「ぐっ!? う……おぉ……こいつはきくぜ……」


 二歩、三歩と後ろにさがるも、なんとか持ち直すカズマ。


「人の身で我が雷光を受けて倒れぬか。面白い」


「時間稼ぎくらいはできそうだな」


「カズマ、それじゃあ体がもたないわ」


「あやこ、下がってくれ。怪我するぞ」


 クレスさんがアレックスさんを回復させている間だけ、盾になろうとしているのね。


「邪魔をするなと言っている」


「三人で戦っていいって言ったのはそっちじゃない。だからカズマが出てきても問題はないはずよね?」


 なんとかしないと。告白を当てて逃げましょう。運がよければ倒せるかも。


「アレックスさんは僕に任せろ。カズマは時間稼ぎを」


「よくわからねえが、やってみるとするか」


「カズマ、私が言うことをよく聞いて。聞き逃さないでね」


 これでなんとかなればいいなあ……頑張りましょう。

 最悪時間稼ぎさえできたらいいわ。

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