第48話 闘技場の魔剣

 リビングでゆっくり、カズマとこの世界に来た経緯を話し終えました。

 ちょっと疲れたわ。喉を紅茶で潤しましょう。


「ちなみに二人が見た魔法陣って、こーんな形しとりゃせんかったかのう?」


 アレックスさんが、紙にさらさらっと書いたのは、どこか見覚えのあるもの。


「似ている……気がするな」


「ええ、アレックスさん。これをどこで?」


「ワシと相棒が別の国を旅していた時に、同じくロイヤルに呼び出された。船で一月はかかるところを、一瞬でこちらに戻されてのう……いやあ驚いたわい」


 楽しそうに笑いながら話すアレックスさん。いや笑い事なんですかそれは。


「こちらというのは王都にですか?」


「いんや、二つほど隣の町じゃな」


「ほうほう、してその効果と条件は?」


「ズバリ、アルスマグナを名乗り暴れていた、如意棒とゲイボルグの討伐じゃ。何年かかってもいいから達成しろとな。まあ、どんな恩恵があったかは秘密じゃ。ミステリアスなおじさまってかっちょいいじゃろ?」


 ニヒヒっと笑うアレックスさんは、ミステリアスというよりお茶目なおじさまよね。

 でもまさか昔のアレックスさんも呪いにかかっていたなんて。


「なるほど、尋常じゃないほど胡散臭い武勇伝はその力のおかげってわけですか」


「見くびるんじゃないわい。半分は既に実力で相棒と手に入れとったものじゃ。もとから才能ってもんが違うんじゃよ」


 胸を張るアレックスさん。自信に満ちた表情で、おひげが揺れているわ。


「しっかしざまあないわいロイヤルのやつ! やたら高圧的で、いきなり呼び出しておいて、一方的に頼みごとなんぞしてきおったからのう。相棒も嫌っておったわ。いい仕事じゃよカズマくん、あやこちゃん!」


 めっちゃいい笑顔だ。私もロイヤルは、どうしても好きになれそうになかったわ。


「その相棒さんって今は何を?」


「ああ、あいつは……もちろん男じゃよ。別の国で英雄になって、お姫様と結婚しやがったんじゃ。毎日いいもん食いおって……最高級ステーキを食いながら極上の酒を飲んでおる!」


「いや、食事事情は別にいいです」


 凄く悔しそう。表情がころころ変わるわねえ。ミステリアスさの欠片も無いわ。


「しかしお姫様と結婚ですか。俺にはどうやればそんな奇跡のストーリーができあがるのか、さっぱりですよ」


「その国だけで七、八回救っとるからのうワシら。もう財宝では足りないと思ったんじゃろ」


「どんだけピンチなんですかその国」


「今は平和じゃよ。ワシらのおかげじゃ。もう最後の方とか救った時にまたあいつらだよ……という空気が凄かったわい」


 前回よりも渡すものがしょぼくなると威厳が損なわれるとかで、最終的にお姫様といい雰囲気だった相棒さんが入り婿になることで手を打ったらしいです。どんな国ですか。


「話がズレたのう。とにかく、欠片さえ集めればいいんじゃろ。ワシもそれとなく情報を集めてみよう」


「僕も引き続き協力しよう。最高の発明品を作るため、アイディアの源になりそうな君達は応援するよ」


「ありがとうございます。なんだかやる気が出てきました」


「助かります。俺達だけじゃ、やっぱり無理でしたね」


 味方がいるのは心強いわ。しかも土地勘と戦闘力がある。


「欠片を探す手がかりは無いのかい?」


「一応欠片はお互いに惹かれあうようです」


「なるほど、ちなみにカズマ。闘技場に行った事は?」


「ない。ってやっぱり行きたいんだな」


「そりゃそうさ。そろそろカラドボルグに賞金がかかるだろうし、欠片を持っているかもしれないぞ」


 賞金はともかく、可能性はあるわね。

 今までと同じなら大きな欠片を持っているはず。


「ん、欠片探索はしなければならないし……行くだけ行くか?」


「そうね、遠くから見て、入れなかったら帰ってきましょう」


「しょうがないのう。こういうの碌な目にあったことがないんじゃが」


 とりあえず、私達は闘技場へこーっそり行くことになりました。




 そんなわけで四人でやってきました闘技場。

 古いコロッセオのイメージだったけれど、天井の開閉ができる、アリーナのような場所でした。こういうところが最新式の設備っぽいのはなぜかしら。


「やたら綺麗だな。もっと血なまぐさい、小汚い場所をイメージしてたが」


「衛生面で問題が出るといけないからね。清掃と、舞台の素材には注意を払っているのさ」


「それでも自分が戦うのはごめんじゃ。適当に観戦して飽きたら帰りたいのう」


「その魔剣さんを見るには観客席でいいのかしら?」


 観客席も広いなあ。舞台を上から見下ろせるような作りね。

 相当高くジャンプしないと客席に届かない。

 高い壁のようになっているのは危険を減らすためかしら。

 舞台には十人くらいの屈強な男の人達。それぞ武器を構えている。


「ちょうどいいところに来たようじゃな。来るぞ」


 雲も無い青空から、舞台に雷が落ちた。観客席のお客さんから悲鳴が上がる。


「なに? なんなの?」


「これも魔法か?」


 ここでカズマが私の前に立っているのが、ちょっと嬉しい。

 咄嗟に庇うということが自然にできるのね。

 いつまでも庇われていちゃダメなんだけれど。


「我が闘争心を満たす者は見つかったか?」


 雷の落ちた場所から声がする。立っているのは黒い鎧。


「俺達が見えないのか? 噂の黒騎士、相手をしてやろう」


「…………雑魚か」


 鎧から声がする。美術館にでも飾られていそうな装飾のついた、全身真っ黒な鎧からだ。

 声からして男性。しかも三十には届かないくらいの声だと思う。

 二本のツノが付いた頭部を覆い隠す鎧から、顔は見えない。

 けれど私にもわかるくらいの威圧感だ。


「なんだと?」


「失せろ。雑魚は飽きた。次の挑戦者を待つ」


「逃げるのかい? 私達とは怖くて戦えないと?」


 なんだか相手にされていないみたい。十分に強そうだけど……不満なのかしら。


「闘技場とは命を粗末にする場所ではない。魂を賭して輝かせるためにある。消えろ」


「囲め」


 鎧の人を中心に、あっという間に円形に包囲する十人。速いわね。


「カズマくん。彼らをどう見る?」


「強いですね。でも、あの鎧の男……とてつもない威圧感です」


「正直……鎧の男が上だろう。だが、あの人数を突破して無傷というわけにはいかないはず」


 男性陣が分析に入っています。完全に蚊帳の外ですよ。相手の強さなんてわかりません。


「剣を抜け。丸腰を襲っても意味が無い」


「抜けば死ぬぞ。そこから先は命のやり取りだ。雑魚には荷が重い」


「それを望んでいる」


「……つまらん。ハンデをやる。そのまま斬りかかって来い。これ以上、こちらを退屈させるな」


 物凄い余裕ね。鎧の人はそこまで強いのかしら。


「ふざけた男だ……死にたいなら死なせてやろう!!」


 半数が一気に襲い掛かる。それも凄く速くて、私では見逃しそうなほど。


煌く稲妻スパークル・ライトニング


 鎧の人からバチっと光が見えた。

 ほんの一瞬だけれど、なにか電気のようなものだったような。


「見えたかいカズマ」


「かろうじてな。どうやら本当に強いらしい」


「ほう、今のが見えるとは、カズマくんも強くなったのう」


 三人が何か納得している。話に入れないわ。


「ばか……な……」


 十人がぐらりと揺れ、その場に倒れてしまう。誰一人動かない。


「つまらん」


 私にはどう倒したのかもさっぱりよ。でも間違いなくあの人は強い。


「そこの男……我と同じ波動を感じる。降りて来い」


 こっち見てますよ。ええ……どういうこと?


「いかんぞみんな。目を合わせるでない。ああいう手合いは勝負をふっかけられればなんでも構わんからのう」


「聞こえなかったか」


 観客席と舞台を隔てる壁の淵に立って、こちらを見上げる鎧の人。どうやって移動したのよ。


「知らんぷりじゃ知らんぷり」


「老人。貴様からアルスマグナの波動を感じる」


「アレックスさん?」


「いやあ……ははは……その……実はちょ~っとほら、念のためっていうの? ワシの用心深さが裏目に出ちまったというか……持ってきちまったんじゃああぁぁ!!」


 持って来た。あの鎧の男の人が反応した波動。

 アレックスさんに反応がある。つまりそれは。


「如意棒?」


「大正解じゃあぁぁ! ああもうこんなことなら大人しく家にいればよかったんじゃああぁぁ!」


「如意棒……人に負けたと聞く。そうか、貴様がその男か」


「行っておくが、ワシはぜえええええったいに勝負せんからな! 老人をいじめてなにが楽しいんじゃ!!」


 全力の拒否です。そりゃあ拒否したくもなりますよ。

 刺すような威圧感の中、私はただ成り行きを見守ることしかできないのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る