第47話 朝食とクレスさんと新たな事件

 魔法の訓練から一日経って、朝八時。

 カズマと一緒に部屋を出て一階におりていくと、なにやら鎧を着込んだ兵隊さんが数人。


「なんだ? 新しい住人ってわけでもないようだな」


「でしょうね。なにかあったのかしら?」


「おお、あやこちゃん、カズマくん。おはようさん」


 兵隊さんの中からアレックスさんが挨拶してきました。


「おはようございます」


「おはようございます。あの……なにがあったんですか?」


「いやいやちょっとした世間話じゃよ。ほれほれそんな格好で何人も来るから、住人が不安になるじゃろうが」


「いや失礼。朝からお騒がせして申し訳ない。どうしても護衛すると聞かなくて」


 クレスさんだ。昨日とは違うラフな格好だけど、デザインと材質から高級品であるとはっきりわかる服ね。


「クレスか。朝早くからどうした?」


「クレス様、お知り合いですか?」


「友人だ。くれぐれも失礼のないように」


「はっ!」


 ビシッと敬礼している兵士さん。やっぱり貴族なのねえクレスさんは。


「あの……なにか事件でも……?」


「事件といえば事件じゃなあ。なんせワシに相談に来るくらいじゃ。こんな老人を引っ張り出そうとは世も末じゃわい」


「人聞きが悪いですよ。ちょっとお話したいことがありまして」


「そう言われてものう……これから優雅な朝ごはんを作るところなんじゃ」


「優雅さをさらに上げる料理を持ってきました。あやこくん達もどうだい? 贔屓にしているシェフに作ってもらったんだ」


 さっきからほんのりいい香りがするのはそのせいね。


「お酒も用意してあります」


「そうかそうか、いや~せっかく持ってきてもらったんじゃ、飲まねば失礼じゃのう~」


「ええ、朝から飲んでも仕方がありませんよ。僕が飲んで欲しくて持ってきてしまったんですから」


 アレックスさんが乗せられている。でも私達は関係ないのにいいのかしら。


「友人と食事をする。どこもおかしくはないだろう?」


「まったくだ。一食分節約もできるしな」


 カズマが食べたいです! という目で見てくる。

 私もお腹がへっているし、節約できるしいいわね。


「それじゃ、ご馳走になります」


「ああ、存分に楽しんでくれたまえ」


 鎧の人達を玄関に残し、食堂へ。

 そしてパンとスープにサラダ、魚料理という一見普通の食事が始まる。


「こいつは美味いな! 料理そのものは普通だよな?」


「ああ、シンプルだろう。だからこそ超一流が作ると美味しいのさ。食材も最高品質だ。それゆえ極上の味となる」


「とても美味しいです」


 スープのおかげで体が芯から温まるわ。

 今まで食べていたものと比べてもまったく違う。

 本当に同じ料理なのか疑問に思うくらい。お金持ちっていいわねえ。


「高級品ってのは、高い理由があるわけだな」


「値段だけを上げている偽者も多いがね。この料理は絶品だ」


「こういう料理を食べていると、普通の食事が美味しく感じなくなりそうね」


 パンも柔らかくてもちもちしていて、口の中に広がるほのかな甘みが素敵ね。


「んん~! ひっさびさに美味いもん食ったわい! 朝っぱらから最高の気分じゃあー!」


 魚料理は蒸してあるのか、まだ暖かい。

 朝食だからかシンプルで、油っこくない薄めの味付けで美味しいわ。


「ごっそさん。いいもん食ってるなクレスは」


「冷めないうちに届けられてよかったよ」


「本当に美味しいです。ありがとうございますクレスさん」


 紅茶で食後の一服。アレックスさんは一人だけお酒を楽しんでいる。

 兵士の皆さんは退出。部屋の外で待機しているらしいです。


「さーて、要件はなんじゃ?」


「そういや用事があったんだったか」


「まあね、最近闘技場に現れた凄腕の剣士の話は知っていますか?」


「いんや全然」


「私もまったく」


 そもそも私達は別世界から来たし。闘技場があることも今知りましたよ。


「その男が全勝無敗。行きと帰りは稲妻を纏って消えるもんで素性も不明。ただ強いものだけを求めているんだけど……ちょっと困ったことになった」


「困ったこと?」


「もう挑戦者がいなくなって、戯れに騎士団長の一人……確か第二騎士団長だったかな? まあその人が挑んでボロ負けしたのさ。そこから強いやつが来なければ、騎士団の強者を順番に潰すと言い出してね」


「そりゃまた豪胆なやつじゃのう」


 話して喉が渇いたのか、紅茶を飲み干したクレスさんが、ゆっくり続きを語る。


「実際に若い騎士団のエースが数人、徹底的に潰された。将来有望だったのに、心を折られていなければいいがね」


「そんなに強いのか……どんなやつだ?」


「全身鎧に包まれていて、顔はわからない。その男は極楽四天王、カラドボルグ。雷のように速く、鋭い剣技は雷光の異名がついた」


 なんだかゲームやマンガみたいな展開ね。

 二つ名とかついている人が結構いるのかしら。


「また極楽四天王かよ」


「もう……迷惑でしかないわね」


「してクレスくん、ワシの知り合いにそんなやつはおらんぞい。なぜワシを訪ねた?」


「カラドボルグは、自分をアルスマグナの生き残りだと言っているそうです。この意味がわかるものと試合を望む。闘技場にていつまでも待つと」


「アルスマグナと……確かにそういったのじゃな?」


 アレックスさんの目つきが変わる。鋭く、険しく、いつもの陽気なおじさまとは思えない。


「心当たりが?」


「ある。かつて、若い頃に戦ったことがある。そやつはアルスマグナの一振り、如意棒と名乗っておった」


「如意棒って……あの延びる棒の?」


 カズマが反応した。私と同じものを想像しているはず。


「知っておるのか?」


「童話っぽいものに出てくるんですよ。同じものかはわかりません」


「君達の世界は、こちらと関係があるのかもしれないね」


「あやこくん達の、世界?」


 ちょっとだけカズマと目配せ。アレックスさんにはお世話になっているし、話してもいいでしょう。


「私達は別の世界から来ました」


 こちらの世界に飛ばされて、カズマの恋心や異性への興味を、分割されてしまったことをざっくり省いて適当に話しました。


「もとの世界では童話というか、物語に出てくるのです」


「それで思い出したぜ。カラドボルグも魔剣だ。タイトルが出てこないが、ゲームとかでも出る。狙った獲物は逃がさない。雷の剣とかそんな話だったような……」


「面白くなってきたね」


 好奇心旺盛ね。クレスさんはこうして色々な事に首を突っ込んでいるのでしょう。


「ワシは確かに如意棒と戦い、勝利した。ワシの武器となったヤツは、今でもこの家に保管しておる」


「おぉ……倒すと武器になるのですか?」


 クレスさんの食いつき方が凄い。興味津々ね。

 カズマもちょっと興味があるみたいで、じっと聞き役に回っている。


「ワシの相手が特例かも知れぬ。保証はできん。しかし……なあ~んで歳とってから来るかのう……アレの相手はしんどいというのに。この歳で頑張りたくなんてないわい! ぜえ~ったいにじゃ!」


「アレックスさんは若い頃に世界中を旅していたらしいので、心当たりがあればと思ったけれど……いやはや大当たりか。やはり僕のセンスは凄まじいものがあるね」


 クレスさんのセンスはともかく、アレックスさんってどれだけ強いのかしら。

 人当たりのいいおじさんだと思っていたけれど、凄い人なのかも。


「でもそれって行かないといけないものですか? 別にアレックスさんが、名指しで呼ばれているわけではありませんよね?」


「おお! そうじゃそうじゃ! いいこと言うのう。本当によくできた娘さんじゃわい!」


 アレックスさん絶賛である。本当に面倒なのね。


「まあ、それはそうですが……現れなければ徹底的に各地を潰してまわると公言しているものでして。平和のためにも一つ、その力を見せて欲しいんですよ」


「そりゃお前さんが力を見たいだけじゃろう? 平和を守るのは騎士団にでもやらせればよい」


「そりゃそうだ。騎士団全軍でどーんといけば倒せるだろ?」


 カズマさんが身も蓋もないことをおっしゃっていますわ。まあそりゃそうよね。


「王立騎士団の名誉はガタガタになるけれどね。僕はそれも面白いから見たいけど……闘技場にいるだけで、騎士団全部は動かせない。かといって個人で行って負けたらいい恥さらしだ」


「メンツを重んじる貴族や騎士団長には、荷が重いというわけじゃな」


 やんごとなき身分の人も大変ねえ。そんなことまで気を遣って。


「ぜひ戦っているところを見たいのですよ。アレックスさんと、そのカラドボルグとかいう男がね」


「おおそうじゃ! あやこくんとカズマくんは別世界から来たんじゃろ? もっと詳しく聞きたいのう~その話。何か力になれるかも知れぬ」


 あーこっちに話の矛先が……強引にも程がある話の方向転換ね。

 アレックスさんになら話してもいいかもしれないわね。


「信じてもらえるかわからない話ですが。私はいいかと」


「俺もいいぜ。協力者はどこかで必要になる。二人なら言いふらしたりしないだろ」


「それは誓おう。戦友の願いならね」


「ワシもじゃ。こんないい子達を困らせるやつはのう、老害というんじゃよ」


 話してみよう。私達も全部を理解しているわけではないけれど、なにかヒントがあるかもしれない。

 そんなわけで、クレスさんにした話を、もう一度アレックスさんにもしたのでした。

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